ツンデレな妹の心は、いつだってお姉ちゃんでいっぱい~
一方その頃、廊下を歩く生徒会の一行。
「会長、なぜあのような試合の要求を飲んだのですか? 去り際に、勝利すれば部費を増額するとまで仰って……」
隣を歩く男子役員が、不可解そうに尋ねた。
神城楓は淡然と微笑む。
「簡単なことよ。正面から彼らを叩き潰したいだけ。生徒会たるもの、正々堂々と、圧倒的な力の差を見せつけて敗者を心服させるべきでしょう?」
「流石は会長だ……」
「ええ、会長の器はなんと広い。まるで将軍のような風格だ」
――だが、その内実は。
(今度こそ、お姉ちゃんを完膚なきまでに叩きのめしてあげるんだから!)
楓の心の中は、野心で燃えていた。
(物心ついた時から、私はずっとお姉ちゃんの輝きの影にいた。それが高校に入ってからというもの……)
どういうわけか、高校入学後の姉はひどく内向的になってしまった。かつては万能だった姉が、書道もスポーツも、あらゆる大会に出場しなくなったのだ。
(はあ? そんなの許せるわけないじゃない。万能のお姉ちゃんは、私の憧れであると同時に、最高のライバルなんだから。彼女が闘志を失うなんて、私には耐えられないわ)
今回の廃部騒動は、お姉ちゃんと正面から対決する絶好の機会。これで通算九十二回目の勝負、勝つのは私よ。
そう思うと、楓は思わず笑みを漏らしてしまった。その様子に、隣の役員や後ろに続く生徒会メンバーたちが足を止め、怪訝そうに彼女を見つめる。
楓は慌てて何食わぬ顔を取り繕った。
「……何でもないわ。ただ、少し愉快なことを思い出しただけよ」
しかし、彼女の脳裏に、先ほど姉の隣に立っていたあの男子生徒の姿が浮かぶ。姉があの人に「千鶴先輩」と呼ばせるのを許しているなんて、初めて聞いた。それに、さっき……。
(お姉ちゃん、あいつの肩に手を置いてた……。許せない、絶対に許せないわ。どこの馬の骨ともしれない男が、お姉ちゃんとあんなに親しくするなんて!)
あの男、一体何者なの?
(可笑しな口八丁で、お姉ちゃんに取り入ろうとしている不届き者なら……ただじゃ済まさないわ。徹底的に調べてやるんだから)
◆ ◆ ◆
『リーグ・オブ・レジェンド(LoL)』を一番勝負終えた。使ったのは自分の得意なジャングルだ。結果は13キル、2デス、6アシスト。
一ヶ月のブランクがあるとはいえ、腕前は微塵も鈍っていない。今の俺なら、チャレンジャー帯でも十分に暴れ回れるはずだ。
次のマッチに向けてクリックしようとしたその時、背後から甘く聞き覚えのある声が響いた。
「すごーい! 影山くん、LoLまでそんなに上手なんだ。やっぱりここに来て正解だったじゃん!」
振り返ると、そこには同じクラスの白瀬結愛が立っていた。
「えっ!? 白瀬さん……どうしてここに?」
驚いて固まる俺のすぐ後ろに、彼女はいた。あまりの距離の近さに、彼女から漂う香りが鼻をくすぐる。
クチナシの花のような香りに、俺は思わずもう一度鼻をくんくんとさせてしまった。
「白瀬さんはね、新しく入ってくれたメンバーよ、影山くん。彼女のことは、あなたが責任を持って面倒を見てあげてね」
新入部員の姿を見るや否や、先輩は一秒とかからず「端正な部長モード」へと切り替わった。
優しげな微笑みを浮かべ、親しみやすさを振りまく先輩を見ていると、数秒前まで自分のデスクで「180センチの大学生とショタの組み合わせ、刺激強すぎ……!」なんてヘラヘラとニヤけていた姿など、微塵も想像できない。
「神城先輩が言ってた『ゲームの達人』って、影山くんのことだったんだね。本当、めちゃくちゃ上手いじゃん!」
結愛は一度言葉を切ると、部室の全員に向かって向き直った。
「1年B組の白瀬結愛です! 神城先輩にお誘いいただいて、本当に感謝してます。これからみんなと仲良くなれたら嬉しいな。よろしくねー!」
超絶に明るく、そして優しいギャル、白瀬結愛。
俺は瞬時に悟った。これこそが本物の「陽キャ」というやつか。こんな風に、何食わぬ顔で全員に挨拶ができるなんて、それだけで凄まじいスペックだ。
「影山くん、よろしくね。**『暗影行動』**のすごい達人だって聞いてるし、これから私を頼りにしていいかなー、なんて」
結愛さんは俺の両手をぎゅっと握りしめた。瞬間、クチナシの清純な香りが鼻腔を突き抜け、ゲーム内のどんな強力な魅惑スキルよりも一万倍は凄まじいデバフを俺に叩き込んできた。
超絶可愛いギャルに上目遣いでじっと見つめられ、断れるはずなんてない。俺は二つ返事で頷いた。
……危うく妄想の世界に旅立ちそうになったその時、視線の端に先輩の姿が映った。千鶴先輩は「やっぱりね」と言わんばかりのニヤニヤとした笑みを浮かべ、背後の夜空さんは相変わらずゴミを見るような軽蔑の視線を送ってきている。
仕方ないじゃないか。
俺みたいなゲームオタクは、道端のゴブリンみたいに単純で、簡単に攻略されて倒されてしまう生き物なんだ。
……いや、待てよ。この身長なら、せめて**巨魔**くらいのランクには入れてほしいところだが。
「さて、メンバーも揃ったところで、私たちの作戦会議を始めましょう!」
先輩は部を設立して以来、初となる会議を宣言した。そして、さっき起きた一連の騒動を白瀬さんに説明した。
事情をすべて聞き終えた白瀬さんは、嫌な顔一つせず、それどころかやる気に満ち溢れた様子で言った。
「そっか、そんな存続の危機だったんだ。よし、みんなで力を合わせて頑張ろうよ! 私、ゲームはあんまり上手くないけど、精一杯力になるから。だってもう、私もこの部活の一員なんだもん!」
まぶしい。まぶしすぎる。もし俺がただの野良モンスターなら、白瀬さんは間違いなく勇者パーティーの一員だろうな。
ふと、俺は無視できない問題に気づき、辺りを見渡した。佐藤先輩が来ていないのだ。
「あの……先輩。佐藤先輩がまだ来ていませんけど、本当に大丈夫なんですか?」
「はは、大丈夫よ。彼は当日の試合には必ず来るって言ってるし、安心して。それに、ポジションはADCをやるってあらかじめ決まっているから」
先輩は佐藤先輩がいないことを全く気にする様子もなく、絶大な信頼を置いているようだった。
「それで、残りの四つのポジションはどう振り分ける? 先に言っておくけれど、私は基本、そのゲームを遊んだことがないの。皆が構わないなら、サポートをやるわね」
先輩は真っ先に、自分が初心者であることを告げた。
「私もあんまり詳しくないんだよね。ほとんど触ったことないし……じゃあ、私はミッドをやらせてもらおうかな。昔、ちょっとだけやったことあるし!」
次に白瀬さんが続いた。
「夜空さんはどうする? 俺、残ったポジションならどこでも大丈夫だから」
女の子はみんなゲームが苦手だろうと思い、俺は自ら夜空さんに尋ねた。
「私……? 影山くん、私はトップをやる。……多分、足は引っ張らないと思う」
夜空さんは予想外に早く、そう答えた。
「じゃあ、俺がジャングルを担当するよ。それなりに自信はあるから」
俺がそう締めくくると、先輩が話を続けた。
「ただポジションを決めただけじゃ、勝ち抜くには不十分ね。もっと情報に基づいた対策が必要だわ。今日、家に戻ったら例年出場している生徒会メンバーのリストをまとめておくわね。過去のプレイ動画やデータも統計に出すつもりよ」
「それで、最終的な作戦立案と相手の分析については……後輩くん、君に任せるわ」
俺が反応する間もなく、先輩はそんな重労働を俺に放り投げてきた。
「いやいや、無理ですよ! 俺、分析能力なんてボロボロだし、ただゲームをプレイすることしかできないんですから」
俺は必死に断ろうとしたが、
「本当に無理かしら? もしこの任務を引き受けて、かつ試合に勝てたなら……後輩くんは、超絶美少女と一日デートができるっていうのに」
先輩は、まるで獲物を待つ狩人のような笑みを浮かべ、誘惑の餌をぶら下げた。
超絶美少女……? もしかして、千鶴先輩自身のことか。もし先輩とデートができるのなら、答えは一つしかない。
「……ならば答えは一つ! 先輩に忠誠を誓います!」




