備戦
いつも応援してくださり、ありがとうございます。
物語もついに本編第1巻を迎えることとなりました。
これからも一層頑張って執筆していきますので、
今後とも応援とブックマークをどうぞよろしくお願いいたします。
人間のほとんどの行動は、模範を観察し、模倣することで習得される。
他者を観察することで、個人は新しい行動の実行方法についての概念を形成する。
その後、類似した状況で、これらのコード化された情報が行動の指針となる。
子どもたちは複数の模範を同一視する。
これらの模範は、親や年上の兄弟姉妹のような身近な人々であるかもしれないし、
架空のキャラクターやメディアの人物であるかもしれない。
——バンデューラ『社会的学習理論』
先週の金曜日。
「神城会長、もともと出場予定だった原野先輩が来られなくなりました。
今週末に重い風邪を引いてしまって、水曜の电竞部との試合に出られないそうです」
「構わない。私が代わりに出場すればいい」
神城枫は顔を上げず、目の前の書類にサインを続けていた。
しばらくしてようやく書類の承認を終え、
来週の他部課長との会議内容までまとめてしまった。
ようやく、さっき報告された「出場予定者が病気で欠場」の件に取りかかれる。
聞いた瞬間から内心はすごく焦っていたのに、
表面上は波ひとつ立たせない。
だって私は生徒会長。絶対に完璧でいなければならないから。
……私って、本当に変な人間だよね。
一方で「生徒会長なんて拾い物だ」って心底思ってるくせに、
一方で「私が一番優秀な会長だって証明できる」って妙なプライドを持ってる。
神城枫は心の中でそっと呟いた。
「原野さんはサポート担当でしたよね。大丈夫、私が代わりに上がります」
「会長様、すごいです……! こんなガチゲーもできるんですか?」
「うん、安心して。たまに新しいものにも手を出してるし、
相手は校内の电竞部だけだから、心配はいらないわ」
……
生徒会の仕事を終えて、迎えの車に乗り込む。
表情は平静を装っているのに、
幼い頃から世話をしてくれている黒木さんは一目で見抜いてしまった。
運転しながら、軽く雑談を振ってくる。
「二小姐、何かお悩みですか?」
「全然ないわ。心配しないで、黒木さん」
「ふふ~でも、二小姐はもっと素直な方が可愛いですよ」
「もうすぐ18歳になるのに、可愛いって……」
「女の子は何歳になっても可愛いって言われたいものですよ。
私だって、もうすぐ30なのに、若い男の子に『可愛い』って言われたら嬉しいですもん」
「だったら黒木さん、早く彼氏作りなさいよ」
「だって二小姐の方がずっと可愛いんですから。
私、二小姐が私の『彼氏』になってくれたらいいな~」
「もう、ふざけないで。
……何か、急にゲームが上手くなる方法ってないかしら?」
「珍しいですね、二小姐がゲームに興味を持つなんて。
どんなジャンルかにもよりますけど……大抵は『慣れ』ですよ。
あとは上手い人と対戦して、たくさん経験を吸収する。これが一番早いです」
「上手い人と対戦、か……」
枫は制服の袖口を指でこすり続ける。
他人には自信満々に言ったけど、正直、英雄联盟なんてほとんど触ったことない。
ゲーム自体、普段は話題作りのために軽くやる程度だ。
でも生徒会長として、何でもできる完璧な姿を見せられないと……
自分が理想とする「完璧な会長」に届かない気がする。
だから人員不足がわかった瞬間、真っ先に「私が代わる」って言ってしまった。
実際、生徒会にガチ勢なんていないから、毎年試合で惨敗してるんだし。
枫は小さくため息をつく。
「二小姐、ため息はだめですよ~。
ため息つくと、運気が逃げちゃいますから」
「運気なんて……私はずっと、運に恵まれてきただけよ……」
枫は唇を軽く噛んで、ぽつりと呟いた。
そう。
私はただ、運が良かっただけの卑怯者。
小さい頃から、姉が全部譲ってくれて。
何を競っても、姉は軽々と私にできないことをやってのける。
生徒会長選挙だって、姉が出ていたら……私の出る幕なんてなかったはず。
姉の演説は、誰よりも堂々と、誰よりも輝いていた。
私はただ、運に甘えた惨めな負け犬。
一度でいい。
一度だけでいいから、姉に勝って、姉にちゃんと見てもらいたい。
今回の、姉に関わる电竞試合で……姉に、少しでも高く評価してもらえるかな?
……
家に帰って、すぐにLOLをダウンロードした。
思ったより画面は綺麗で、見づらくない。
ネットで攻略動画をたくさん見て、意外とすぐに慣れた。
一日練習して、枫は小さく微笑んだ。
……このゲーム、思ったより難しくないかも。
「上手い人と対戦か……ネットで、カスタムルームで1vs1できるって見たわ」
昨日の黒木さんとの会話を思い出し、
ネットのやり方を真似して、カスタムルームを作成。
タイトルは『上手い人と対戦したい』
すぐにID「幻影」の人が入ってきた。
幻影 どこのレーンでソロ? チャンプ指定ある?
枫 メイジで……
ゲームが始まる。
枫はほとんどプレイ経験ないけど、
試合のため調べた攻略と動画のおかげで、中路のヴィクトルを選択。
相手は……なんか鈍重そうな巨大な石像、ガリオ。
最初は自信満々だった。
3分後には歯を食いしばっていた。
なんであの人、距離感が完璧なの?
近接なのに、私が兵をラストヒットしようとしたり、消耗しようとしたりするたびに、
逆に返り討ちにされる……。
8分も経たずに降参。
「もう一回……」
……
結局、5試合全部負けた。
正確には、1キルも取れなかった。
枫はもう、涙がこみ上げてくるのを必死に堪えていた。
相手が同情してくるくらい惨めで……恥ずかしくて、悔しくて、胸がぎゅっと締めつけられる。
幻影 一旦休憩した方がいいかも。新規にしては上手いよ
幻影 俺は何年もやってるから経験値が違うだけ。君、センスあるよ
……試合が近いのに、このレベル。
こんなんじゃ、姉に……絶対に見てもらえない。
枫は唇を強く噛んだ。
指先が震えて、キーボードに触れるのも怖いくらい。
でも、ここで逃げたら……また「運だけ」の負け犬のままだ。
深呼吸して、意を決する。
画面に向かって、声に出さずに呟くように、
でも心の中で何度も繰り返しながら、ゆっくりと入力した。
枫 ……もし、よかったら。
このゲーム……教えてください。
……お願い、します。
送信ボタンを押した瞬間、顔が熱くなった。
耳まで真っ赤になって、両手で頰を覆いたくなる。
生徒会長の私が……こんな風に、他人に頭を下げてお願いするなんて。
……恥ずかしい。
死ぬほど恥ずかしいのに。
でも、もっと悔しいのは、このお願いが今一番必要なことだって、分かってるから。
枫はそっと目を閉じて、
小さく、震える吐息を漏らした。
……姉に、勝ちたい。
一度でいいから、ちゃんと見てほしい。
画面の向こうの「幻影」が、どう返事をするのか。
心臓が、どくどくと鳴り響く。




