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土妹子だって、絶世の美少女かもしれない

俺は必死に自宅への道を駆け抜けていた。日頃の運動不足がたたり、肺が焼けるように熱い。



 アパートの近くまで辿り着いたところで、俺は一旦足を止め、深く呼吸を整えた。



 ふと視線を向ければ、路地裏には零れ落ちるように咲き始めた桜が、静かに季節の移ろいを告げている。



 夕闇が迫る空は、憂いを帯びた薄紫色に染まり、道端の自動販売機が微かな羽音を立てていた。夕陽に引き延ばされた自分の影を踏みながら、俺は慣れ親しんだ坂道を登っていく。



 春——それは万物が芽吹き、「恋と希望」に満ち溢れる季節。桜の香りを孕んだ暖かくも騒がしい風が、迷う俺の背中を無理やり押し進める。



 時刻は午後五時を回ったところ。俺は意を決して、まだ見ぬ「許嫁」と対峙するための一歩を踏み出した。



◆ ◆ ◆



 アパートの門前に、見慣れない人影が佇んでいた。



 一人の、少女だった。



 西日の輝きが惜しみなく彼女を照らし、そのシルエットを柔らかな金粉のベールで包み込んでいる。



 傍らには大きなレトロ調のトランクが置かれ、白く細い指がそのハンドルに添えられていた。



 距離があるせいで、その素顔までは窺い知れない。



 けれど、深夜の静寂を閉じ込めたような黒髪が、滝のように肩から流れ落ち、春風に揺れるその様は、見慣れたはずの路地を一瞬にして映画のワンシーンへと変えていた。



「……どこかのお嬢様か?」



 思わず独り言が漏れた。



 まさか、親父の言っていた相手が彼女なのか。俺は焦る気持ちを抑えきれず、大股で彼女へと歩み寄った。



「あの、すみません。どなたかを待たれているんですか?」



 絞り出した声は少し掠れていて、自分でも驚くほど慎重な響きを帯びていた。



 その問いかけに、少女の肩が微かに震える。そして、彼女はゆっくりと、優雅にこちらを振り返った。



 その瞬間、胸元に流れていた黒髪が軽やかに舞い、まるで極上の絹織物が夕陽の下で解かれるような光景が広がった。



 

 俺は、その顔を凝視した。



 陶器のように滑らかな肌、そして右目の下に刻まれた一粒の泣きぼくろ。淡く施されたメイクのせいで、彼女の瞳には抗いようのない、妖艶なまでの魔力が宿っていた。



「待っていたよ。——影山くん」



 名前を呼ばれ、俺の心臓が跳ねた。



 親父が紹介してくれたのは、こんなにも美しい人だったのか。どこかで見覚えがあるような気もしたが、俺の記憶の中に、これほど可憐なお嬢様の心当たりはない。



 神城千鶴先輩も確かに高嶺の花だが、目の前の少女が纏っているのは、もっと優雅で、知性に満ちた空気感だった。



「あら、私だって気づいてないの? 小林雫だよ。これからよろしくね、旦那様♪」



 呆然と立ち尽くす俺の思考を、彼女の鈴を転がすような声が鮮やかに突き崩した。



「……え、小林さん? 委員長……なのか?」



 あの、学校では地味で、お洒落にも無頓着な、言葉少なの委員長。



 目の前に立つ、凛とした美しさを持つ少女と、彼女がどうしても結びつかない。



「やっぱり分からなかったんだね。でも大丈夫、これから時間はたっぷりあるから。ゆっくりお互いを知っていこう?」



 学校での彼女とは別人のような、余裕すら感じさせる微笑み。



 それはまるで、家全体を包み込む女主人ホステスのような、圧倒的な包容力を湛えていた。



「あ、ああ……とりあえず中に入ろう、小林さん。ごめん、外でこんなに待たせちゃって……失礼なことしたな」



 我に返った俺は、慌てて鍵を取り出した。



 春の陽光が差し込む俺の狭い部屋に、今、新しい「日常」が足音を立てて踏み込もうとしていた。


「お邪魔します……っ」



 彼女を招き入れた瞬間、俺の心は猛烈な不安に支配された。ずっと一人暮らしだったこの部屋は、お世辞にも片付いているとは言えない。



 あんなに綺麗な彼女だ。この惨状を見れば、きっと嫌悪感を抱くに違いない。



(『だらしない人ですね、自分の部屋も掃除できないなんて』……とか言われるんだろうか。それとも、『ゴミ溜めみたいで、まるで犬小屋ですね』なんて毒づかれるのか……?)



 脳内でのネガティブな妄想が止まらない。



 しかし、俺の予想に反して、小林さんは不快な顔一つ見せなかった。それどころか、手際よく荷物を置くと、迷うことなくキッチンからエプロンを取り出した。



 そして、淡々とゴミをまとめ始めたのだ。



 さすがにこれを黙って見ていられるほど、俺の心臓は強くない。自分の家、しかもこんなに可愛い女の子に掃除をさせているのだ。俺は慌てて雑巾を引っ張り出し、加勢した。



「カップ麺の空き殻がいっぱい……それに、辛いものばかりですね。こんな生活を続けていたら、栄養が偏っちゃいますよ?」



 小林さんは、諭すような優しい声で言った。



「あ、いや……辛いものが好きっていうのもあるんだけど……」



 俺は頭を掻いた。同年代の女の子を部屋に入れたのは、これが人生で初めてだった。



「ふふっ、ちょうど良かったです。私、中華の四川料理なら少し自信があるんです。これからはちゃんと、あなたの好みに合わせて作ってあげますね」



「いや、そこまでしてもらうのは悪いよ。俺ももう子供じゃないんだし……」



 申し訳なさと気恥ずかしさが限界を突破しそうだ。



「断らなくていいんですよ。伯父様の頼みでもありますし、何より私の父も、あなたをしっかり支えてあげなさいって言っていますから」



「……そうなんだ」



 俺はリビングのガラステーブルをピカピカに磨き上げながら、ずっと胸に引っかかっていた問いを口にした。



「小林さんは……この婚約のこと、どう思ってるんだ? やっぱり、不本意だよね。親同士が決めたことで、無理やり世話を焼かされてるわけだし」



「そんなことありませんよ。ただ、私もまずはお互いを深く知る期間が必要だと思っています。その上で、本当にふさわしいと思えたら……籍を入れればいいんです」



 小林さんは手慣れた様子でゴミ袋を縛り、玄関へと置いた。



「それで、影山くん。あなたには好きな人がいますか? もしいるのなら、私のことはただの『同居人』だと思ってくれて構いません。父も、一年間一緒に過ごして気持ちが通じ合わなければ、無理強いはしないと言っていますから」



「……多分、いないと思う」



 答える瞬間、脳裏に白瀬さんの顔が浮かんだ。正確には、好意はある。けれど、それは好きというより憧れに近い。自分との差は分かっているし、俺の片想いなんて、どうせ飛んで火にいる夏の虫で終わるだけだ。



「良かった。……それじゃあ、改めてよろしくお願いしますね、旦那様♪ 好きな人ができたら、隠さずに教えてくださいね?」



「……ああ、よろしく。あと、その……とりあえず『旦那様』って呼ぶのは勘弁してくれ。恥ずかしいし、もっと……お互いに慣れてからじゃないと」



 彼女のからかいだと分かっていても、情けないことに俺は、遊び慣れた男のように余裕を持って返すことなんて、到底できなかった。

ここまで読んでくださった読者の皆様、本当にありがとうございます。


正直に申し上げますと、今のところ作品の伸びが芳しくなく、自分の力不足を痛感する日々です。ですが、少しでも多くの方に届けるため、タイトルの微調整とタグの追加を行いました。


また、私は海外の作者ということもあり、日本の皆様にとって違和感のある表現や、文化的に理解しにくい内容が含まれていないか、常に不安を感じながら執筆しています。もしおかしな点がありましたら、ぜひ教えていただけると幸いです。


これからも毎日2回更新のペースで、影山くんと、彼を取り巻く魅力的な美少女たちの物語を大切に描いていきます。


もし少しでも「面白い」と感じていただけたら、ブックマークや評価をいただけますと、執笔の大きな励みになります!これからも、応援よろしくお願いいたします。

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