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裏切りと復讐に満ちた王国で、私だけが歴史を書く

作者: Tahu aci
掲載日:2026/02/17

 シャンデリアの光が偽りの星のように大広間にきらめく。

 ドレスが舞い、軽やかな笑い声がワルツの旋律に溶け込む。

 今夜は、私にとって幸せな夜のはずだった。

 私は婚約者の隣に立ち、正式な婚約の発表を待っていた――上流貴族の家と、ついに認められた下級貴族である私たちの家族との結びつき。


 しかし、その手を離された。

「アリシア…」

 彼の声が、突然訪れた静寂の中に響く。

「君はヴァネッサを傷つけた。だから、婚約は解消する。」

 世界がひび割れるようだった。

 囁きが広がり、家族の名前が軽蔑の色を帯びて呼ばれる。

 ヴァネッサが一歩前に出る。顔は蒼白で、瞳には涙が光る。

「騒ぎを起こしたくはないけれど…もう黙っていられないの」

 私は戸惑い、胸の奥が締め付けられる。「あ…あなたは――」

「もういい」

 婚約者が私の言葉を遮った。

 二人の若い貴族――彼の忠実な取り巻き――が前に出る。


「私が直接見ました、アリシア様がヴァネッサ様を庭で押したのを」

「そして、もし鉱山事業の協力が続くなら、ヴァネッサ家を潰すと脅した、とも聞きました」

 私は固まる。

 それは…嘘だった。

「私は決して――」声が震える。

「嘘だ!」

 取り巻きの一人が指を差す。「庭の使用人も見ています!」

 一人の女性使用人が群衆の前に押し出される。顔は青ざめ、目は私を見ようとしない。

「わ、私は…アリシア様がヴァネッサ様の手を引っ張るのを見ました…」

 その手は震えていた。私への恐怖ではなく、彼らに従わざるを得ない恐怖の震えだった。

「証人がいる!」私は焦りながら叫ぶ。「庭の使用人――彼と一緒にいた!」

 一人の男性使用人が前に出る。顔には決意が宿る。


 だが話す前に――

 取り巻きの一人が頭の警備に耳打ちすると、

 使用人はすぐに引き戻された。

「さっき、何も見なかったと言っただろう」

 警備の声は群衆にも届くほど大きい。

 使用人の顔が変わる。唇が震える。

「ま、間違えました…見ていません…」

 小さな笑い声が響く。

 その瞬間、私は完全に理解した。

 これは単なる誤解ではない。

 決定なのだ。

 婚約者は冷たく私を見つめる。

 迷いもなければ、真実を求める気もない。

「今日、君の本性を見た、アリシア」

 胸の奥が崩れ落ちる。

 私は群衆の中で父の顔を探す。

 彼は私を見ていた――怒りではなく、失望で。


 そして顔を背けた。

 それはどんな非難よりも痛かった。

 その夜、私は追い出された。

 雨が激しく降り、私の残った尊厳を洗い流した。

 貴族街の外、覆面の男たちが私を取り囲む。

「見ろよ。捨てられた小さな貴族だ」

 私は戦う力も希望も失っていた。

 剣が体を貫き、冷たさが痛みより先に広がる。

 私は倒れた。

 空は黒く、雨が顔を打つ。

 ああ…これが死ぬということか。

 意識が遠のく。

 そして――

 声がした。

 柔らかく、近くで。まるで魂の奥で囁かれるように。


「哀れだね」

 誰…?

「悲劇的な死だ。裏切られ、捨てられ、踏みにじられ」

 その声は嘲笑ではない。

 慈悲の響きだった。

「もう一度、生きたいか?」

 私は声も出せず、動くこともできない。

 しかし心の中で一つの感情が爆発した――

 そうだ。こんな死に方はしたくない。

 もう、永遠に犠牲になんてなりたくない。

 かすかな笑い声。

「わかった。手伝おう」

 闇が全てを覆う。

 目覚めると、私は金の装飾が施された天井を見上げていた。


 バラの香り。

 絹の掛け布団。

 馴染みのある部屋。

 胸が激しく高鳴る。

 ここは…私の部屋。

 婚約発表の夜の前の、あの部屋。

「いや…」私は小さく呟く。「ありえない…」

 鏡に駆け寄る。

 映るのは若く、傷を知らぬ瞳の自分。

 自分の腕をつねる。

 痛みを感じる。

 夢ではないのか?

 扉は閉ざされたまま。カーテンの隙間から朝光が差す。

 声が再び、今度ははっきりと、頭の中で響いた。


「それは夢ではない」

 私は凍りつく。

「あなたは…誰?」

「私の…一部だと思えばいい。犠牲者として死ぬことを拒んだ私の側面」

 息が詰まる。

「君に二度目のチャンスを与える、アリシア」

 声はさらに深くなる。

「しかし、今回は…以前のように弱くしてはおかない」

 拳が自然と握られる。

 辱めの記憶が押し寄せる。

 父が背を向けた視線。剣が貫いた痛み。

 恐怖はまだ残る。

 痛みも、生々しい。

 だが今回は…一人ではない。

 そして、おそらく――

 もう無力な少女のまま待つ必要はない。

 唇がゆっくりとほころぶ。

 それは自信に満ちた笑みではない。

 だが、死から甦った者の、微かな笑みだった。


「ヴァネッサ…」私は静かに呟く。

 そして、生まれた時から下級貴族の家に生まれた少女として、

 勝ちたいと心から思った。

 夕暮れの風が鉄と炭の煙の匂いを運ぶ中、小さな子どもが私にぶつかり、よろめきかけた。

 反射神経が思考より早く働き、私はその腕をつかむ。

「すみません、ミス!」彼は深く頭を下げた。

「大丈夫よ」と私は優しく答える。「名前は?」

「リアンです」

 リアン。

 その名前が、まるでハンマーのように記憶を叩きつける。


 かつてこの子は地下の密使となり、鉱石関連の書類を国外へ密輸していた。捕まり…南門に晒されて吊るされた。

 私は彼を必要以上に見つめた。

 運命は、まさに目の前で回転している。

「リアン、普段君の家の炭を買うのは誰だ?」と私は平然と尋ねる。

 彼はためらい、ささやくように答えた。

「黒い制服の人たちです…名前は一度も言わなかった」

 黒い制服。

 王室のものではない。

 鉱山貴族の家のものでもない。

 見えざる組織の影が、私の脳裏に形を作り始める。

 その夜、私は誰にも知られずに家に戻った。

 父の書斎、蝋燭の光がまだ揺れている。

 私は少し開いた扉の陰に立つ。

「同盟は重要だ」と父の声が緊張で震える。「あの鉱山が財政を救う」

「もし要求が多すぎたら?」叔父の声は低い。

「宮廷の支援さえあれば、彼らは挑発できない」

 宮廷の支援。

 やはりそうか。

 これは単なる結婚以上の契約が絡んでいる。


 私はゆっくりと後退する。

 王室が関与しているなら、ヴァネッサに直接攻撃するだけでは、前回よりも早く潰されるだろう。

 いや、彼らを互いに疑わせるしかない。

 数日後、市場に小さな噂が広がり始めた。

 王室のことでも、ヴァネッサのことでもない。

 鉱石の品質が落ちていること。

 剣がいつもより脆いこと。

 税は上がるのに、兵器が減っていること。

 小さな噂。ほとんど意味のないこと。

 だが、私はそれが軍の貴族たちの耳に届くようにした。

 兵器の供給に乱れがあれば、将軍たちは怒る。

 そして軍が怒れば、宮廷は不安になる。

 私は攻撃しなくてもいい。

 疑問を生むだけで十分なのだ。

 街の別の場所、鉱山貴族の家のバルコニーで、ヴァネッサが立っている。

「アリシアが動き出した」と、背後の黒衣の男が囁く。


 ヴァネッサは振り向かない。

「知っているわ」

「計画通りなら、今排除できる」

 彼女は薄く笑う。

「いいえ。掘らせなさい。深く入れば入るほど、出るのが難しくなる」

 男はくすりと笑う。「お母様の時のように?」

 ヴァネッサの瞳は冷たく変わる。

「二度と口にしないで」

 港で買収した者から、最初の報告を受け取る。

 鉱石の一部は王室の倉庫に入らず、夜間に外国の船へ送られていた。

 旗は見慣れないもの。

 だが、その紋章を見た瞬間、血の気が引いた。

 かつて、私を殺した男の剣の柄に刻まれていたもの。


 なるほど…

 鉱山は金だけの問題ではない。

 兵器のルートだ。

 一部の貴族に知られず、武器が国外に流れているなら、誰かが何かを準備している。

 反乱か?

 クーデターか?

 頭の中でかすかな笑い声が響く。

「面白いだろう?」

 目を閉じる。

「口出しするな」

「君のゲームを楽しんでいるだけ。でも気をつけて、アリシア…大きな盤ほど、見えない王は多い」

 拳を握る。

「一体、あなたは誰?」

「味方でも、敵でもない。死から生まれた影だと思えばいい」

 答えにならない答え。

 次の手はもっと大胆でなければ。

 野心的だが宮廷に軽んじられている第二王子の一人に、ささやかな招待状を送る。

 兵器供給の噂が届けば…

 兄弟を蹴落とすチャンスを嗅ぎつければ…

 盤は大きく揺れるだろう。

 その夜、私は部屋の窓辺に立つ。

 かつては捨てられたポーン。

 今は誰も持たない二つのものを握っている。


 未来の知識と、

 それを使う忍耐力。

「ヴァネッサ」と私は小さく呟く。

 君はただの駒かもしれない。

 あるいは、このゲームの女王候補かもしれない。

 だが誰が黒幕であれ――

 私は彼らを影から引きずり出す。

 そして今度こそ…

 雨に打たれて倒れるのは、私ではない。

 数日後、私の書斎で、蝋燭がほとんど燃え尽きる中、最後の手紙を封印した。

 貴族ではなく、教会宛だ。

 この時代、剣より鋭いのは教会の声だ。

 道徳の正当性が私に味方すれば、宮廷でさえも慎重にならざるを得ない。

 軽いノック。

「アリシア」

 その声で、指が蝋燭の上で止まる。

 知っている声。

 ゆっくりと振り向く。

 兄が立っていた。

 追い出された夜と同じ顔。

 父が私を無視したとき、ただ見ているだけだった顔。

 雨の中、家の門を通る私に何も言わなかった顔。

「どうしたの、兄さん?」私は静かに尋ねる。

 彼は許可を待たずに入ってきた。目は私の机の上の紙、封印、まだ乾いていないインクを走査する。

「最近、学院に顔を出さないな」と彼は軽く言う。「サミュエルにも会っていない」

 サミュエル。

 その名前は、奇妙で、嫌悪感を伴う。

 婚約者。

 たった一言で、私の人生を破壊した男。

 過去の記憶がよみがえる――私は大広間の真ん中で立っている、兄はただ黙って見ていた。助けず、阻まず。


 今、彼は心配そうにやって来た?

 何のために?

「体調が悪くてね」と私は軽く答える。

 彼はかすかに笑った。笑みは薄すぎた。

「父は心配している。サミュエル家との関係は重要だからな」

 ああ。

 私を心配しているのではない。

 同盟を心配しているのだ。

「わかった」と私は柔らかく答える。「だからこそ、家族の未来を考えている」

 彼の目がわずかに細まる。「どういう意味だ?」

 私は立ち上がり、彼に近づく。わずかに止まって、冷静さの裏に隠れた迷いを読む。

「兄さんは、サミュエルが本当に家族を思っていると信じる?」

 彼は一瞬、沈黙する。

 それで十分だ。

「サミュエルは主要家の息子だ。責任の意味を当然知っている」


 外交的な答え。

 しかし説得力はない。

 私は小さく微笑む。「ただ…彼は他人の影響を受けやすすぎる気がする」

「他人?」声が警戒に変わる。

「ヴァネッサ」と私は軽く呟く。名前は何でもないかのように。

 一瞬、兄の表情が硬直する。

 面白い。

 何かを知っている。

「変なこと考えるな」と彼はすぐに言う。「ヴァネッサはただ地位を得ようとする新しい貴族だ」

 新しい貴族。

 正当な貴族ではない。

 彼は私の本心を否定しない。

 私は考え込むふりをしてうつむく。「もちろん。家族が損をしないようにしたいだけ」

 心の中で観察する。

 彼は私を気遣って来たのではない。

 家族の利益のために、私が有利な道を歩むか確認しに来たのだ。


 父が送り込んだのかもしれない。

 あるいは…私の変化に気づき始めたのかもしれない。

「アリシア」声が柔らぐ。「何があっても、この家族の一員であることは変わらない」

 美しい言葉。

 だが遅い。

 前世では、必要な時にこの言葉は決して聞けなかった。

「わかってる、兄さん」と私は穏やかに答える。

 しかし頭の中では、別の声がくすくす笑っている。


「見ろ?役立つ時にしか近づかない」

 沈黙。

 心の中の返答。

 だがそれは真実。

 今、確かめるべきこと――

 兄はただの臆病者か、

 それとももっと大きなゲームの一部か?

「兄さん」と私は呼ぶ、彼が出て行く前に。

 彼は立ち止まる。

「もし家族が王室と真実のどちらかを選ばねばならない時…父はどちらを選ぶと思う?」

 彼はすぐに答えない。

 その沈黙――

 私が得られる最良の答えだった。


 翌日、私は家紋のない馬車に乗った。

 従者もいなければ、貴族の象徴もない。

 ただ一人、忠実な老馬車夫がいるだけだった。

 古い街区の中央にそびえる教会。

 白い石造りの壁は、時間に蝕まれくすんでいるが、鐘の音は荘厳に響く。

 ここはただの祈りの場所ではない。

 王国の道徳的正当性の中心地だ。

 そして今日、私が呼ばれた。

 内陣の会議室には香炉の香りが漂う。

 ひとりの高位聖職者が私の前に座っている。


 その法衣は質素だが、指には金の指輪が光り、権威を示していた。

「数か月前、」彼は口を開く。「王室から書簡が届いた」

 驚きはなかった。

「教会のいくつかの活動に税を課すよう、との依頼だった」

 声は落ち着いているが、目は私の反応を試す。

「あなたはどう思う?」ゆっくりと続ける。「王室の財政状況は芳しくないのでは?」

 この問いは単なる経済の問題ではない。

 政治の質問だ。

 私は過去を思い出す。

 王室は隣国帝国の強国領地で独立運動に資金を投じ、火遊びをしていた。

 もしその地域が揺らげば、帝国は弱体化する。


 賢い戦略。

 しかし、高コストで、危険も伴う。

「可能性としては、」私は慎重に答える。「王室は外交のために資金を振り向けているのかもしれません」

 聖職者は驚いた様子を見せない。

「介入ですか?」

 私はすぐには答えない。

 沈黙は、時に確認よりも強い。

 彼は背もたれに体を預ける。

「つまり王室は、成功するか分からぬ事柄に金を費やしているということか」

 怒りではない。

 計算された口調だ。

 私は少し俯く。「王室の政策を評価するつもりはありません」

 小さな嘘だ。

「しかし、教会の資金を求めるということは…彼らは本当に窮地に立たされているのかもしれません」

 部屋が静まり返る。

 教会は常に中立だった。

 もしも圧迫されていると感じ始めれば、王冠と祭壇の間に最初の亀裂が入る。

 聖職者は鋭く私を見つめる。「あなたはどう勧める?」


 重要な瞬間だ。

 強く反抗を促せば、教会は疑うだろう。

 王室を支持すれば、この機会は失われる。

「直接拒否せず、」私はゆっくりと答える。「しかし、すぐに支払うこともせず」

 彼は眉を上げる。

「つまり、先送り?」

「試すのです」

 私は落ち着いた声で続ける。

「王室に資金を送る代わりに、教会は一部の資金を安全な投資に回すことができます。たとえば安定した鉱山など」


 少し間を置く。

「教会に有利な契約を結ぶのです」

 聖職者は目を細める。「ヴァネッサの家ですか?」

 私は微かに笑う。「彼らは台頭中です。もし教会が経済的に支援すれば、家は恩を負うことになります」

 半分は真実。

 言わなかったこと――

 もし教会がヴァネッサの鉱山に投資すれば、金属供給のスキャンダルが明るみに出た際、教会も巻き込まれる。

 そしてその時、彼らは評判を守るために、私の側につくしかなくなる。

「しかし、」聖職者は静かに言う。「民の寄付金を投資に使うのですか。飢饉が起きたら?食糧危機が?」


 道徳的な問い。

 私のイメージを決定する問いだ。

 私は真剣に彼を見る。

「なら、契約は金の配分を教会に与え、単なる利益の約束ではないようにしてください」

 彼は黙る。

「鉱山が金属と金を生むなら、教会は災害に備える備蓄を持てる。以前よりも大きく」

 それは完全な嘘ではない。

 ただ…私は知っている、鉱山は嵐の中心になるだろう。

 そして嵐が来た時、教会は慌てふためく。

 これほど巨大な教会のパニック――

 それは極めて強力な交渉の武器になる。

 聖職者はゆっくりと頷いた。

「あなたは、思ったよりも政治を理解しているようだ、アリシア嬢」

 私は丁寧に頭を下げる。


「過分なお褒めです」

 だが頭の中で、あの声が再びささやく。

「楽しみ始めているな」

 答えない。

 なぜなら、初めて――

 私は本当にこのゲームを楽しんでいるのだ。


 数日が過ぎ、火に油を注ぐように噂は広がる。

 教会は鉱山に投資した。

 市場では、人々の声が変わり始めた。

「寄付金を事業に使うのか?」

「もし作物が失敗したら、誰が助けてくれる?」

「王室は税を求め、教会は鉱山で遊ぶ…」

 私は全て聞いていた。

 一つ一つのささやきが、意識に小さな針のように突き刺さる。

 これは危険な一手だと知っている。

 民衆が私の関与を知れば…

 敵が私を操る存在だと知れば…

 かつて自分の剣で討つはずの敵の刃が、今度は私の胸を貫くかもしれない。


 一晩中眠れなかった。

 天井を見つめる。

 間違った一手だったか?

 今回は、内なる声もすぐには嘲笑わない。

 ただささやく。

「大きなゲームはいつも犠牲を生む。問題は…君はその一人になる覚悟があるか?」

 私は目を閉じる。


 違う。

 同じように死ぬわけにはいかない。

 もしこの一手が露骨すぎれば、釣り合いが必要だ。

 民衆の反抗勢力。

 過去、彼らは私を殺した者たちだ。

 だが、ただの盗賊ではない。

 不正義に火を灯す薪なのだ。

 私が中立を保てば――

 完全に王室を支持せず、完全に教会に寄らず――

 混乱が来た時、

 私は巻き込まれずに済む。

 少なくとも、最後に自分で側を選べるだろう。


 夕方、私は地味な服に着替え、南部の狭い路地を歩く。

 建物はそのままだ。

 木の壁はくすみ、窓は割れている。外から見ると、安酒場のように見えるが、港湾労働者で賑わっている。

 だが私は知っている。

 ここで会合が行われる。

 ここで王冠と祭壇に対する憎悪が結集される。


 そして…

 ここで私は最後に息をした。

 足が止まる。

 記憶が、無断で襲ってくる――

 雨。

 荒っぽい笑い。

 鋼の閃光。

 自分の手にかかる温かい血。

 胸が詰まる。

「怖いのか?」あの声が再び現れる。

「黙れ」

「でも、ここで死んだ場所だ」

 私は木の扉の前で立ち止まる。

 手が震える。

 実際には死を思い出したくなかった。

 助けが来ないという無力感。

 だが、防ぐためには――

 私は中に入らなければならない。

 扉を押す。

 木が小さく軋む。

 室内は煙で濃い。

 安酒と汗の匂いが混ざる。

 数人の男女が輪になって座り、声は低くとも火を帯びている。

 私を見ると会話は止まった。

 大柄な男が立つ。


「ここでは貴族は相手にしない」

 声は平坦で、粗暴ではない。

 しかし明らかに友好的ではない。

 私は恐れず見つめる。

 過去、最後に剣を握った男だ。

 彼は私を知らなかった。

 豪華なドレスと憎悪だけを見ていた。

 今は家紋を身に着けていない。

「貴族として来たわけではない」私は落ち着いて言う。

「なぜ王室を憎むのか、知りたいだけだ」

 部屋は静まり返る。


 隅の女性がくすりと笑う。「私たちは飢えているから」

 他の者が付け加える。「税が上がったから」

「鉱山は貴族を潤す、私たちをではない」

 私はその名前を再び聞く。

 鉱山。

 影響はすでに現れている。

 大柄な男が鋭く私を見つめる。「なぜ答える必要がある?」

 私は机に近づく。

「もしかしたら…私たちの利害は完全に異ならないかもしれない」

 半分だけ真実。

 彼らの目が互いに交わる。


 私は綱渡りをしていることを知っている。

 教会の投資に私が関与していることを知れば――

 前よりも早く死ぬかもしれない。

 しかし、成功すれば――

 この集団は、必要な時の火花になるだろう。

 内なる声が再びささやく。

「気をつけろ、アリシア。炎は永遠に制御できない」

 私は知っている。

 だが今回は――

 計画なしに雨の中で立つことはない。

 そしてもし、この場所で再び死が待ち受けていても…

 今回は、誰が本当に剣を握っているのか、見届けたいのだ。


「私が貴族だからよ」と、私はついに口を開いた。

 部屋の空気が一気に張りつめる。

 数本の手が腰の剣に伸びる。

「私はあなたたちを支援できる資金がある。そして、使える秘密も持っている」

 沈黙は疑念に変わった。

 大柄な男が鋭く私を見つめる。「普通、貴族がここに来るときは護衛を連れてくる。あるいは罠を仕掛けてくる」

「一人で来た」

 事実だ。


「なぜ?」隅の女性が問う。

 私はゆっくり息を吸う。

「正直な貴族になりたいの。民衆の側に立ち、不正から守る貴族に」

 数人が鼻で笑った。

「皆、座り心地のいい椅子に座る前はそう言うものさ」誰かがつぶやく。

 私は気にしない。

「それは正しいかもしれない」と、落ち着いて答える。「全ては人間の欲望のせい。税は上がる。鉱山は一部の者を潤す。道徳を守るべき教会までも…金のために動く」

 それが餌だ。

 反応はすぐに見えた。

「つまり、教会の投資について知っているのか?」大柄な男が鋭く問う。

 私はまっすぐ見返す。


「それ以上のことも知っている」

 数人が互いに目を合わせる。

 私は部屋の中央にある木製の机に歩み寄った。

「王室は国外介入のために資金を使っている。別の帝国領で戦争を促している。民衆の金は政治ゲームのために使われている」

 空気が変わる。

 今回は冷笑ではない。

 真剣な視線。

「証拠は?」女性が問う。

「まだない」と私は正直に答える。「だが、出てくるだろう」

 それはリスクだ。


 しかし大きな嘘はすぐに崩れる。あいまいな約束の方が安全だ。

「信じろとは言わない」と続ける。「協力を申し出ているだけ」

 大柄な男は目を細める。「どんな協力だ?」

「私は下の情報が必要。あなたたちは上からの保護が必要」

 少し間を置く。

「もし王室が公然とあなたたちを弾圧する日が来れば、私が王宮の中で声になる。教会が民衆を裏切れば、私が文書を明らかにできる」


 それは完全な演技ではない。

 本当にそうするつもりだ。

 ただし――理由は彼らが想像するほど純粋ではない。

 若い男が突然立ち上がる。「君はただ俺たちを利用したいだけじゃないのか?」

 鋭い質問だ。

 私は目をそらさずに答える。

「皆、互いに利用している」

 部屋は静まり返る。


「違いは、私は清らかぶらないということ」

 その言葉で彼らは止まった。

 荒削りな正直さは、理想論よりも説得力があることがある。

 大柄な男はようやく席に戻る。

「拒否したら?」

 私は微笑む。

「拒否しても、私は資源を持つ貴族。あなたたちは小さな集団。暴動が起きれば責められる」


 ほのかな脅し。

 恐怖ではなく、現実の認識を示す。

「私はあなたたちを潰すために来たのではない」と優しく続ける。「嵐が近づいている。そしてその嵐が来たとき…民衆が最初の犠牲になる」

 頭の中の声がささやく。

「上手くなってきたな」

 私は無視する。

 今回は――

 計画がある。

 大柄な男がついに口を開く。「もし嘘なら…わかる」

 私はまっすぐ見返す。

「もし嘘なら…殺していい」

 言葉は、感じているよりも冷静に出た。

 過去、彼らは本当にそうしたのだ。

 再び沈黙。

 隅の女性が小さく笑う。「この貴族、勇敢ね」


 大柄な男はゆっくり頷く。「よし。まず、君の秘密を聞こう」

 私は息を整える。

 この一手で全てが変わる可能性がある。

 話しすぎれば死。

 話さなさすぎれば無価値。

「ヴァネッサ家の鉱山は、王室にだけ金属を売っているわけではない」

 数人の顔がこわばる。

「夜間に外国船への出荷がある。公式記録なし」


 大柄な男が再び立つ。

「本当か?」

「噂を共有しに来たのではない」

 半分は真実。

 この情報が制御不能で広まれば、暴動は早すぎるタイミングで起きる。

 私はまだ準備できていない。

「時間が必要」と続ける。「あなたたちも」

 大柄な男はついに言う。「真偽を確かめる」

 私は頷く。

 まだ契約は成立していない。

 だが扉は開かれた。

 振り返って立ち去ろうとすると、背筋に冷気が走る。

 この場所。

 死んだ場所。

 しかし今日は――

 無事に出てきた。

 頭の中の声が再びささやく。

「気をつけろ、アリシア。二つの炎を同時に灯したぞ――教会と民衆」

 私は微笑む。

 良い。


 すべてが燃え上がり始めたとき、

 誰を救い、誰を燃え尽きさせるか…

 自分で選べるのだから。

 数週間が過ぎる。

 小さな炎が徐々に燃え上がる。

 民衆はもはや私を甘やかされた貴族とは見なさない。

 名前を希望を込めて呼ぶ者もいる。

「私たちの声を聞いてくれる」と噂を広める者もいる。


 正当性。

 小さいが、確実に育っている。

 しかし知っている――

 もし宮廷の誰かが私の動きを早すぎると気づけば、発展する前に潰される。

 私は守護者が必要だ。

 弱い家族でもなく、偽善的な教会でもない。


 剣が必要だ。

 そして王国で、宮廷でさえ恐れる唯一の剣―



 大将アルディオン。

 民衆のために常に剣の象徴を掲げる男。

 国外介入を拒み、政治的野心のために兵士の血を流すことを公言する。

 前世では…

 裏切り者として処刑された。

 密かに、静かに。

 当時の私は、自分の破滅に夢中で意味を理解できなかった。

 今、理解した。

 彼は裏切り者ではない。

 脅威だ。

 私は、王宮兵舎の中庭で彼を待つ。

 簡素だが正装の貴族服。


 曇天、風には鉄と汗の匂いが混じる。

 兵士たちは立ち止まる。

 補佐官が近づく。「アリシア嬢。大将は約束なしで客を受け付けません」

「知っている」と私は落ち着いて答える。「金属供給についての報告に来たとだけ伝えて」

 数分後、入室を許される。

 アルディオン大将の部屋は簡素。

 過剰な装飾はない。

 壁には王国全域の大きな地図、赤い点で印がつけられている。

 背を向けて立つ。

 高く、姿勢正しく、こめかみには白髪が混じる。


「貴族の娘が老兵に望むものは?」振り向かずに問う。

 声は粗くなく、しかし親しげでもない。

「兵士たちが無駄死にしないよう確認したい」

 彼はようやく振り向く。

 鋭い視線で計測し、剥ぎ取るように見つめる。


「美辞麗句だ。戦場を踏んだことのない者が口にする言葉だ」

 私は気にしない。

「長く踏んだ者には無視される言葉でもある」

 沈黙。

 彼は目を少し細める。

 興味深い。

「どういう意味だ?」

 私は地図の机に近づく。

「武器の金属供給は、すべて王室倉庫に届いているわけではない」

 目は変わらない。

 しかし指の動きが止まる。

「続けろ」

「夜間に外国船へ出荷されている。公式記録なし。事実なら…兵士の武器の質は落ち、王室資金は我々の戦争でもない戦争のために浪費される」


 彼は歩み寄る。

「裏切りについて話しているのか」

「可能性について話している」

 直接非難はできない。

 彼は私の目の前で立ち止まる。

「なぜ私に話す?」

 最も危険な質問だ。

 間違えば、私が扇動者と疑われる。

「私を信頼し始めた民衆がいる」と部分的に正直に答える。


「そして彼らは不安に感じ始めている。暴動が起きれば…安定を守れなかったとして、軍が責められる」

 私は低く続ける。

「もし金属供給が漏れていれば、兵士は政治ゲームのために死ぬ。民衆は税と飢饉で死ぬ」

 窓からの風が地図をわずかに揺らす。

「反乱を求めているわけではない、大将」

「調査してほしいだけ」

 彼は長く私を見つめる。


「このように話すリスクは理解しているな?」

「一度死んでいる」と心の中で答える。

 だが口から出たのはただ、

「承知しています」

 彼は机に戻る。

「多くの貴族は権力を望む。民を思う者は少ない。軍に触れる勇気はさらに少ない」

 そして静かに言う。

「君の言うことが正しければ…宮廷にはやりすぎている手がある」

 ビンゴだ。


 否定せず、しかし味方でもない。

「火を扱っているな、アリシア嬢」

「承知」

「もし君が分裂を煽ろうとしているだけなら――」

「その結果は引き受ける」

 空虚な勇気ではない。

 賭けだ。

 彼は再び私を見つめる。

「密かに調査する」

 私は深く一礼する。

 兵舎を出るとき、ようやく心臓が速く鼓動した。


 頭の中の声が再び。

「王国の剣に触れたな」

 私はゆっくり息を吐く。

 良い。

 今、私には:

 信頼し始めた民衆。

 鉱山に巻き込まれた教会。

 そして宮廷を疑い始めた大将。

 二つの炎が灯り、

 一つの剣が動き始めた。

 しかし、まだ一つの問いが残る――

 アルディオン大将は、私の守護者になるのか…

 それとも次の処刑者なのか?


 しかし、そう、陰謀と復讐の計画は続くべきだ――そして正確に。

 王宮はささやき声を聞き始めた。

 公式の報告ではない。

 公然の非難でもない。

 ただ、誰かが水面下で何かを動かしている、という噂だけ。

 一部の貴族たちは、王室の封印付きの書状を受け取った。

 私の家族も含まれる。

 大規模な会議が開かれることになった。

 書状の文面は非難してはいない。

 だが、あまりに緊急すぎて、平凡とは言えない。


 私は自分の書斎でその文面を何度も読み返す。

 これは違う。

 前世では、このような会議がこんなに早く開かれることはなかった。

 つまり――

 誰かが私の記憶より速く動いている。

 あるいは…

 私があまりにも多くのことを変えてしまったのだ。

 その日の会議は、本来なら晴天のはずだった。

 しかし昼が近づくにつれ、空は黒く染まる。

 雲が集まり、前触れのように重く垂れ込める。


 前世では、この嵐に身震いした。

 私は窓辺に立ち、体を抱きしめ、すでに亡き母を思い出す。

 恐怖があった。

 失うことへの恐怖。

 孤独への恐怖。

 未来への恐怖。

 そして嵐の後――

 作物は不作となり、民衆は怒り、反乱組織は勢力を増す。

 権力転覆の計画が練られ、数年後…私は死んだ。


 しかし今、私は知っている。

 その計画は、嵐が来る前からすでに仕組まれていた。

 嵐はただの引き金だった。

 王国は、空が暗くなる前から、すでに脆弱だったのだ。

 私は同じ窓の前に立つ。

 稲妻が走る。

 だが今回は、震えてはいない。

 もし王国が弱まるのなら――

 私は、その崩壊を自分の望む方向へ導く。

 その夜、私は書状を書いた。

 教会のためではない。

 大将のためでもない。

 民衆のためでもない。

 敵国のためだ。

 書状には、私の名前も、家族の名前も一切記さない。


 一部は、海外と商取引のある他の貴族の名義で書かれた。

 内容は簡潔。

 王国の財政状況の情報。

 漏れた金属供給のこと。

 軍内部の潜在的な紛争。

 そして重要な一文――

「三年以内に侵略が行われれば、防衛は内部から弱まる」

 私は戦争を求めていない。

 ただ、導火線に火をつけただけだ。

 賢ければ、彼らは理解する。

 頭の中の声が再び現れる。

「本当にすべてを燃やしたいのか?」

 私は消えかけた蝋燭を見つめる。

「王国は私がいようといまいと、崩壊する」

「そして君は、その設計者になりたいのか?」

 私は答えない。


 答えはすでに明白だからだ。

 しかし、一つだけが心をかき乱す。

 あまりに明確に動けば、責任を問われる。

 あまりに隠れれば、崩壊の方向を制御できない。

 そこで、最も危険な最後の一手を打った。

 地下情報網に、断片的で不完全な情報のコピーを渡す。

 一つの組織ではない。

 複数だ。

 情報は相手ごとに少しずつ異なる。

 民衆には:税と金属漏れの証拠を。

 教会には:王室が資産を掌握する可能性の警告を。


 軍には:一部貴族が供給を妨害している兆候を。

 王宮には:大将が民衆の支持を集めているという噂を。

 完全な嘘ではない。

 ただ、異なる角度から整理された真実の断片だ。

 もし彼らが少しでも偏執的なら――

 互いに疑い合う。

 そして偏執心が大きくなれば――

 火は、私が手を触れなくても燃え広がる。

 再び稲妻が走る。

 私は一つのことに気づく。

 かつては、生き延びたかった。

 今は…

 戦争を設計している。

「これは復讐か?」と声が問う。

「違う」

「では何だ?」

 私は暗い窓に映る自分を見つめる。

「支配だ」

 もし世界が燃えるのなら――

 私はもう、踏みにじられる灰にはなりたくない。


 風の行く方向を決める手になりたいのだ。

 しかし、この規模のゲームは決して完璧には進まない。

 そして嵐が翌朝、ついに静まったとき――

 王宮の使者が予想より早くやってきた。

 直接の命令で。

 家族のためではない。

 私のためだ。

 威信のために。

 王宮で大きな名前が囁かれ始める。

 一部の老練な貴族、王室顧問、影響力のある家系――

 秘密の書簡や噂で広まる。

 彼らは騒然とする。

 不作が襲い、民衆は飢える。

 市場でも村でも、噂は急速に広がる。「王国は弱っている」「反乱が起きるかもしれない」

 海では、外国船が偵察する。外からの戦争の兆候がはっきり見える。

 そのすべての中で…私は落ち着いて座っていた。


 後に休息の場とする部屋で。

 いつになるかは未定。すべてが終わった後かもしれない。

 しかし、この場所…安全だ。静かだ。

 民衆の叫びも、貴族のささやきも、大将の鋼の音も届かない。

 私は机の上の蝋燭を見る。炎が壁に揺れる。

 前世なら、戦争の知らせを聞けば震えていただろう。

 今は、微かに笑むだけ。

 雷の一閃、港を打つ波、嵐に折れる木の枝―



 すべて、自分が仕組んだ交響曲の一部だと知っている。

 大物たちの名前?私は覚えている。

 陰謀、行動、癖まで――すべて掌握している。

 そして外の世界が崩れ始めても、私はここに座り続ける。

 今まで踏み入れたことのない場所で、

 物語の結末を知る者だけが味わえる静寂を楽しむ。

 外からの戦争も、不作も、宮廷の陰謀も――

 すべて、私の遊びの材料になる。

 頭の中の声が、昔の囁きのように再び。

「ずいぶん落ち着いているな…戦いが始まる前に勝ったかのようだ」

 私は蝋燭を見つめる。「今回は」と、静かに言う。

「最後の章を書くのは、私だ」

 そして窓の外、嵐は荒れ狂う。

 だが室内、私は…まだ落ち着いて座っている。

 すべての炎が完全に燃え上がる前の、静寂を楽しみながら。


 しかし、陰謀と復讐は続く。

 その一方で…ヴァネサとサミュエルは行動を開始していた。

 他の数人の王子たちも同盟を結び始める。

 彼らの計画は明確だ:王冠を守り、内部の脅威を排除し、…そして自身の地位を確保すること。

 王自身も動揺し始めた。

 緊急会議が召集される。

 あらゆる行動が急がれる。

 アリシアの家族も状況は変わらず。

 父と兄は突然、数人の貴族に訪れられる。

 助言、説得、そして脅迫――

 中立でいるべきか? 王室に従うべきか?

 現れた脅威に立ち向かうべきか?

 だが父は、以前と同じように、ただ黙るしかなかった。

 混乱が顔に張り付いている。

 恐怖と名誉と迷いが絡まり合い、進むべき方向を示せない。

 その間に、私は姿を消した。

 誰の助けも借りず。

 王室の力も使わず。

 自分の技量だけで。

 訓練された技能を駆使し、平民の女性に変装する。

 家紋も、護衛もない。

 ただの少女の姿で、街を歩き、影に紛れる。

 この行動は自由をもたらす。

 民衆の中を、諜報員の間を、目立たずに行き来できる。

 その間に…暴動は激化していく。

 私の知る名前、脅威となる者や障害となる者が次々と捕らえられる。

 父と兄は、まだ混乱の中にありながらも、遠くからそれを見守るしかない。

 そして、最初の大砲が撃たれたとき…

 王宮の壁を狙ったその砲撃の音が、聞く者すべての心を揺るがす。

 ヴァネサは顔を青ざめさせる。

「こ、これは…狂気だ!」と、彼女はパニックで囁く。

 サミュエルはうなだれ、頭を抱える。

「どう…どうしたらいいのかわからない…」と、突如の混乱に動揺する。

 私は、影からそのすべてを見つめる。

 恐怖で彼らを脅すためではない。

 遊びのためでもない。

 私は正確に知っている――

 いつ、彼らの恐怖が頂点に達するのか。

 いつ、失策が露呈するのか。

 そして、すべてを自分の手で利用して、王国を内側から崩壊させることができる瞬間を。

 街では民衆が、誰が最初の爆発を仕掛けたのか、疑問を抱き始める。


 王宮では「内部の裏切り者」の噂がささやかれ始める。

 ヴァネサとサミュエル…まだパニックに陥っている。

 父と兄…まだ混乱している。

 そして私?

 私は、かつての少女のままだ。

 世界の目には。

 だが内側では…嵐の設計者である。

 ゆっくりと、確実に。

 王宮は徐々に統制を失い始める。

 かつて民衆に忠実だったアルディオン将軍の部隊も、王室の命令を拒み始める。

「民衆の方が、腐敗した王宮よりも重要だ」と、彼らはささやく。


 外では、民衆の部隊がヴァネサの邸宅を包囲し始める。

 残る護衛は必死に防ごうとするが、数で圧倒されているのは明らかだ。

 サミュエルは疲れ果てる。

 アリシアを探す。

 数か月ぶりに婚約者を目にしておらず――なぜか、この混乱の中で、彼はパニックに陥り始める。

「アリシア…どこにいるの?」と、瓦礫の街を見つめながらつぶやく。

 その間に、外国の艦隊が国境を越えてくる。

 警告の鐘が鳴り響き、軍は攻撃に備える。

 しかし、王宮を守るはずの者たちはもういない。

 忠誠心は揺らぎ、密かにより強い勢力の側に味方している。

 その混乱の中、王は想像もつかない決断を下す。

 正式に権力を手放すのだ。

 この変化に従わない貴族たちは、すぐに処刑される。


 首を切られ、革命の正当性として掲げられる。

 かつて恐れを抱いていた民衆は歓声を上げる――

 彼らにとっては勝利、王国にとっては完全な崩壊。

 そしてそのすべての裏で、アリシアは姿を現さない。

 戦場にも、王宮にも、いない。

 ただ影から見つめる。

 彼女は知っている。

 首が落ち、壁が崩れ、兵が背を向けるたびに…

 新しい世界が形作られていることを。

 彼女の心には一つの確信がある。

 すべての決断、すべての裏切り、すべての混乱…

 計画通りに進んでいる。

 ヴァネサはパニックに陥り、サミュエルは疲弊し、外国の圧力が迫る…

 そして私?

 私は影に潜み、微かな笑みを浮かべる。

「さあ…この世界は灰になるだろう」と、私は静かに呟く。


 そしてその灰の中から…

 私は新しい秩序を築くのだ。

 夜の間、ネズミのように隠れながら生きる生活は、徐々に疲労を蓄積させていた。

 数か月が過ぎた。

 王国は劇的に変わり果てていた。

 サミュエル家の王朝は終焉を迎え、

 かつて陰謀を企てたヴァネサや数人の貴族は、今や政治的な囚人となっていた。

 サミュエル自身も、かつて自らを支配者と信じていた男は、厳重な監視下に置かれた政治囚となっている。


 狭く暗い部屋で座る彼らの顔は青ざめ、目には生気が失われていた。

 かつて豪華な大広間で笑い合った日々は過去の幻のようだ。

 今、互いを見つめ合うしかない。

 そして…アリシアが現れる。

 焦ることもなく、動揺することもなく、

 足取りは軽やかで、落ち着いている。

 まるで、この世界は最初から自分の手の中にあったかのようだ。

 手にはいくつかの封印された書類を持っている。


「これは、あなたたちのため」と、柔らかくも鋭い声で言う。

 書類を前に置くアリシア。

 そこには、彼ら自身の計画の証拠があった――

 最初からアリシアを排除しようとした計画、ヴァネサの権力を保証するための陰謀。

 それがすべて明らかにされている。

 ヴァネサは書類を見つめ、口を開けたまま動けない。

 サミュエルは怒りを抑えようとするが、目は混乱と恐怖で光っている。

「こ、これは…?」ヴァネサが震え声で尋ねる。


「あなたたちが最初から計画していたことです」とアリシアは静かに答える。

「すべて記録され、証拠も揃っている。そして見て…今の私の立場は、あなたたちより上にある。」

 彼女はゆっくりと彼らの周りを歩き、ひとりずつ視線を送る。

「もし最初からこれを見せられていたら、あなたたちは愉快なことに気付いたでしょう。」

 サミュエルは唾を飲み込み、胸が高鳴る。

「ア…アリシア…」

「私はずっと知っていた」とアリシアは薄く微笑む。


「あなたたちの一歩一歩、すべての陰謀…覚えていた。そして、この瞬間を待っていた。」

 ヴァネサは震え、世界が完全に崩れ去ったと感じる。

 サミュエルは俯き、すべてが手の届かない場所にあることを痛感する。

「さて」とアリシアは続ける。

「あなたたちの立場は逆転した。以前と同じ状況…でも今回は、私が完全に支配している。」

 彼女は机の書類に視線を落とし、再び二人を見つめる。

「かつて私は弱い存在と見なされ、侮辱され、捨てられた。

 あなたたちは簡単に私を排除できると思った。

 今はどうだ? あなたたちが私の影の下に座っている。」

 部屋は静寂に包まれ、聞こえるのは彼らの重い息と、アリシアの落ち着いた足音だけ。

「もしこれが権力の問題だけだと思うなら…間違いです」

 声は鋭いが、大きくはない。

「これは、誰が歴史を書き、形作るかの問題。私は…今、それを書いている。」

 ヴァネサは目を伏せ、アリシアの瞳を見つめることができない。


 サミュエルは目を閉じ、追い詰められた感覚に苛まれる。

 そしてアリシアは、闇から現れた影の操り手のように、二人の上に立つ。

 かつて彼女を抑圧した世界が、今、彼女の掌の中にある。

 彼女は窓の外を見る。

 自らが生み出した混乱に街が順応していくのを見つめながら、

 心にただ一言が残る。

「今…私が世界の行く先を決める番だ。」

 民衆の群れの中、私は――もうアリシアではない――かつて自分を圧迫したヴァネサ、サミュエル、そして貴族たちの処刑の場面を見つめる。


 民は目を見開き、ある者は俯き、ある者は手を打つ。

 かつて隠れていた指導者たちは台頭し、権力の空白を埋め始める。

 そして私は…姿を消す。

 アリシアという名前は歴史に刻まれた。

 今、私はサラ。

 ただの平凡な少女。

 田舎の土の道を歩き、新たに見つけた平穏を楽しむ。

 小さな家は質素で、緑の田に囲まれ、空気は澄み、生活は簡素だが幸福に満ちている。

 ここで、私は妻であり、母である。

 この平和な日々は、過去の犠牲の産物――権力、陰謀、血の世界を捨てた果てに手に入れたもの。


 子どもたちが木や田の間を駆け回るのを見て微笑む。

 夫は優しく私を見つめる。

 初めて、自分の人生が本当に自分のものだと感じる。

 私は市場へ出かけ、日常の営みを楽しむ。

 安心と穏やかさ、世界がもはや自分を傷つけないかのような感覚。

 しかし、その静寂は破られる。

「アリシア!」

 振り向く。

 声に心臓が止まりそうになる。

 目の前には――髭を蓄えた、絶望に満ちた顔


――


 かつての兄だった。

「この野郎! 家族を裏切り、平穏に生きているのか!?」

 怒りと悲しみが入り混じった声で叫ぶ。

 私が動く前に、彼は襲いかかる。

 刃が体を貫き、熱く鋭い痛みが走る。

 血が流れる。

 私は彼を見つめ、言葉を失う。

「これで何かが解決すると思ったのか…」心の中でつぶやく。

 しかし、体は徐々に弱り、視界は暗くなっていく。



 最後の瞬間、私は微笑む――勝利ではない、

 ただ、自分が…自由だと知っているからだ。

 平穏な世界は、短くとも、私のものであった。

 私は選んだのだ――この世界を。

 もはや王宮でも、陰謀でも、血でもない。

 最後の息とともに、私は感じる…自由を。

 終。

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