第8話「スナックから全国配信へ」
その夜、スナック「月影」には見慣れぬ機材が並んでいた。
三脚、ライト、マイク。カウンターの隅では、航太がノートPCを前に真剣な顔をしている。
「……よし、配信テスト開始っと」
「こうた、これ押したら全国に映ると?」
ママ・友里恵が、化粧鏡を覗き込みながら不安そうに尋ねた。
「はい。“スナック月影ライブ”第一回生配信です」
「ほぉ〜……。うちのスナック、全国デビューてことね」
健吉が後ろでドヤ顔。
「照明担当はワシやけんな! ホームセンターで買うた作業灯、4000ルーメンたい!」
「まぶしすぎるっちゃ! 顔テカテカなるけん、もっと下げて!」
わちゃわちゃと準備が進む中、カウンターには常連たちが笑いながら酒を注ぎ合っていた。
「ママ、どうせならうちの店の看板も映してよ!」
「よかよか、宣伝料は焼酎一本でええけん」
そして、夜九時。
画面の隅で“配信開始”の赤ランプが灯る。
「……は、始まった?」
「全国のみなさーん、こんばんはー! 田主丸のスナック『月影』でーす!」
ママの声がスピーカーから響く。
コメント欄が一気に流れた。
《どここれ?》《昭和感すごい》《ママかわいい!》《照明強すぎワロタ》
「こ、コメントきとる!? なんでワシの顔ば“反射してる”て言われよると!?」
「けんちゃん、それライトが当たりすぎとるのよ!」
爆笑の渦の中、ママは一息ついてマイクを握った。
「笑っとかんと、人生シケるばい。──じゃあ一曲、いきますかね」
航太のギターが鳴る。
健吉の桶が、また妙にいいリズムを刻む。
歌声が流れた瞬間、コメントが一変した。
《声が沁みる》《泣ける》《なんか実家思い出した》《この人…本物や》
終わるころには、視聴者数が数千人を超えていた。
「ママ……すごいっす。全国で聴かれてますよ」
「はは、ほんとに? 田主丸の風、東京まで届いたかね」
⸻
翌日、町はちょっとした騒ぎだった。
商店街の魚屋がテレビを指差し、「おい見ろ、“スナック月影バズる”ってニュースで出とるぞ!」
役場のおばちゃんまで笑いながら言う。
「ママさん、町の広報にも載せちゃっていい?」
「載せてよかけど、加工はせんでね? うちのシワは歴史ばい」
そんな賑やかさの中、航太は動画のコメント欄を読んでいた。
《母が闘病中だけど、この歌に励まされた》
《うちの町にも来てほしい》
《スナック月影ツアー希望!》
──だが、ママは首を振った。
「うちは店ば空けられんと。ここに来るお客さんたちが、うちの“ステージ”たい」
航太は黙って頷いた。
数日後、彼はパソコンを開きながら提案する。
「じゃあ……“ここから”全国に行きましょう。出張しなくても、配信で繋がればいい」
「ほぉ〜、“田主丸から全国生配信ライブ”ちゅうわけね?」
「そう。店そのまま、舞台にしましょう」
⸻
数週間後。
スナック月影の店内は、すっかり“放送スタジオ”になっていた。
健吉は照明担当から音響兼監督に昇格。
「カメラ、オン! ママ、笑顔キープ!」
「うるさいわね、監督さん!」
配信のたびにトラブルは絶えない。
ママが歌い出す直前に、照明が落ちる。
健吉のマイクだけ音が入る。
常連のおじさんが“勝手に乱入”してデュエットする。
だが、そんな“放送事故”が逆に人気を呼んだ。
コメント欄は爆笑の渦。
《毎回トラブルなのに最高》《健吉カメラもう定番》《これが生きてる音楽だな》
回を重ねるごとに、全国からファンが増えていった。
中には、ママの歌を聞いて泣いたという人も多い。
ある夜、配信後に航太が小さな封筒を手にしていた。
「ママ、これ……東京から届きました。“娘が亡くなる前に、この歌を聴いて笑ってました”って」
ママは黙ってその手紙を受け取り、ウイスキーを注いだ。
「……うち、なんも特別なことしとらんのよ。ただ、歌いたかっただけ」
「だから届くんですよ。嘘がないから」
カウンターの明かりが、少しだけ優しく揺れた。
健吉が静かに呟く。
「ママの歌は、町の灯りたい。消えかけた人の心ば照らすんよ」
その夜の配信タイトルは──
《スナック月影 第10回・灯りはここにある》
画面の向こうで、またひとつ誰かが笑顔になる。
田主丸の片隅から、全国を包むように──。




