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スナック月影、今夜も歌う  作者: やしゅまる


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8/10

第8話「スナックから全国配信へ」

その夜、スナック「月影」には見慣れぬ機材が並んでいた。

 三脚、ライト、マイク。カウンターの隅では、航太がノートPCを前に真剣な顔をしている。


「……よし、配信テスト開始っと」

「こうた、これ押したら全国に映ると?」

 ママ・友里恵が、化粧鏡を覗き込みながら不安そうに尋ねた。


「はい。“スナック月影ライブ”第一回生配信です」

「ほぉ〜……。うちのスナック、全国デビューてことね」


 健吉が後ろでドヤ顔。

「照明担当はワシやけんな! ホームセンターで買うた作業灯、4000ルーメンたい!」

「まぶしすぎるっちゃ! 顔テカテカなるけん、もっと下げて!」

 わちゃわちゃと準備が進む中、カウンターには常連たちが笑いながら酒を注ぎ合っていた。


「ママ、どうせならうちの店の看板も映してよ!」

「よかよか、宣伝料は焼酎一本でええけん」


 そして、夜九時。

 画面の隅で“配信開始”の赤ランプが灯る。


「……は、始まった?」

「全国のみなさーん、こんばんはー! 田主丸のスナック『月影』でーす!」

 ママの声がスピーカーから響く。

 コメント欄が一気に流れた。

 《どここれ?》《昭和感すごい》《ママかわいい!》《照明強すぎワロタ》


「こ、コメントきとる!? なんでワシの顔ば“反射してる”て言われよると!?」

「けんちゃん、それライトが当たりすぎとるのよ!」


 爆笑の渦の中、ママは一息ついてマイクを握った。

「笑っとかんと、人生シケるばい。──じゃあ一曲、いきますかね」


 航太のギターが鳴る。

 健吉の桶が、また妙にいいリズムを刻む。

 歌声が流れた瞬間、コメントが一変した。

 《声が沁みる》《泣ける》《なんか実家思い出した》《この人…本物や》


 終わるころには、視聴者数が数千人を超えていた。

「ママ……すごいっす。全国で聴かれてますよ」

「はは、ほんとに? 田主丸の風、東京まで届いたかね」



 翌日、町はちょっとした騒ぎだった。

 商店街の魚屋がテレビを指差し、「おい見ろ、“スナック月影バズる”ってニュースで出とるぞ!」

 役場のおばちゃんまで笑いながら言う。

「ママさん、町の広報にも載せちゃっていい?」

「載せてよかけど、加工はせんでね? うちのシワは歴史ばい」


 そんな賑やかさの中、航太は動画のコメント欄を読んでいた。

 《母が闘病中だけど、この歌に励まされた》

 《うちの町にも来てほしい》

 《スナック月影ツアー希望!》


 ──だが、ママは首を振った。

「うちは店ば空けられんと。ここに来るお客さんたちが、うちの“ステージ”たい」

 航太は黙って頷いた。


 数日後、彼はパソコンを開きながら提案する。

「じゃあ……“ここから”全国に行きましょう。出張しなくても、配信で繋がればいい」

「ほぉ〜、“田主丸から全国生配信ライブ”ちゅうわけね?」

「そう。店そのまま、舞台にしましょう」



 数週間後。

 スナック月影の店内は、すっかり“放送スタジオ”になっていた。

 健吉は照明担当から音響兼監督に昇格。

「カメラ、オン! ママ、笑顔キープ!」

「うるさいわね、監督さん!」


 配信のたびにトラブルは絶えない。

 ママが歌い出す直前に、照明が落ちる。

 健吉のマイクだけ音が入る。

 常連のおじさんが“勝手に乱入”してデュエットする。


 だが、そんな“放送事故”が逆に人気を呼んだ。

 コメント欄は爆笑の渦。

 《毎回トラブルなのに最高》《健吉カメラもう定番》《これが生きてる音楽だな》


 回を重ねるごとに、全国からファンが増えていった。

 中には、ママの歌を聞いて泣いたという人も多い。

 ある夜、配信後に航太が小さな封筒を手にしていた。

「ママ、これ……東京から届きました。“娘が亡くなる前に、この歌を聴いて笑ってました”って」


 ママは黙ってその手紙を受け取り、ウイスキーを注いだ。

「……うち、なんも特別なことしとらんのよ。ただ、歌いたかっただけ」

「だから届くんですよ。嘘がないから」


 カウンターの明かりが、少しだけ優しく揺れた。

 健吉が静かに呟く。

「ママの歌は、町の灯りたい。消えかけた人の心ば照らすんよ」


 その夜の配信タイトルは──

 《スナック月影 第10回・灯りはここにある》


 画面の向こうで、またひとつ誰かが笑顔になる。

 田主丸の片隅から、全国を包むように──。


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