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スナック月影、今夜も歌う  作者: やしゅまる


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7/10

第7話「祭りの夜のデュエット」

夏の夜、田主丸の空に花火の残り火が散っていた。

 川沿いの広場には、屋台の明かりがずらりと並び、笑い声と焼きとうもろこしの香りが漂う。


「ママ、ほんとに出るんですか? 町の夏祭りステージって、結構観客多いですよ」

 ギターを調整しながら航太が不安そうに尋ねる。


 ママ・友里恵は、浴衣の帯をぎゅっと締めながら笑った。

「何言いよると。せっかく町の人たちが“月影バンド”呼んでくれたっちゃけん、逃げたらシケるばい」


 その隣で、健吉が頭にねじり鉢巻きを巻いてドヤ顔している。

「ワシの太鼓も鳴り響くけんの! ママの歌に負けんぞい!」

「けんちゃん、アンタ叩くの太鼓やなくてプラ桶やろ」

「う、うるさいわい! “田主丸流リズム桶”たい!」


 笑い声が響く中、ステージ裏には町の人たちが差し入れを持って集まっていた。

「ママ、これ冷えた麦茶!」「航太くん、がんばってね!」

 みんなが“月影バンド”を本気で応援してくれている。


 ママはその光景を見て、胸の奥がじんわり温かくなった。

(……叩かれた日もあったけど、こうして笑って歌えるの、幸せやね)



 夜八時。

 ステージの照明がつき、司会の声が響く。

「続いては、今話題の“月影バンド”の登場です!」


 観客がどっと拍手する。

 ママは深呼吸し、航太と目を合わせた。

「いくばい、田主丸の風に乗せて」

「はい、ママ!」


 航太のギターが鳴り、ママの歌声が夜空に広がった。

♪ 月明かり照らすこの道を

 誰かと歩ける幸せを──♪


 観客がうっとりと聴き入り、子どもたちまで手拍子を始めた。

 健吉のリズム桶も絶妙に響く。


 ところが──。


 「……あれ? 音が、消えた!?」

 航太のギターが途中で止まり、ステージが真っ暗になった。

 電源トラブルだ。音響も照明も全て落ちる。


「うわっ、マイクも死んどる!」

「電気屋呼べー!」とスタッフが走る。


 ざわつく観客。

 しかし、ママは動じなかった。

 静かにマイクを置き、観客の方を向く。


「──電気がなくても、歌は消えんばい」


 その声だけが夜に響いた。

 ママは息を吸い、素手でリズムを刻み始めた。

 パン、パン、パン──と手拍子。


 航太が笑ってギターを抱え直す。

 アンプが死んでも、アコースティックの音は鳴る。

 月明かりの下、ふたりの“生音デュエット”が始まった。


♪ 照明が消えても

 笑顔はここにある

 誰かの心 灯せるなら

 歌は生きてく──♪


 観客が次第に手拍子で加わり、ステージ全体がひとつになった。

 子どもたちは踊り、屋台の人たちもリズムを刻む。


 そして、最後のサビ。

 ママが笑顔で観客席を見渡し、叫んだ。


「みんなで歌おうや! 田主丸の夜ば、照らすとよ!」


 その瞬間、町全体がひとつの合唱になった。

 電気がなくても、誰も困らなかった。

 そこにあったのは、“音楽”と“人”だけ。



 ステージのあと。

 裏で汗だくの航太が息をついて笑った。

「ママ、最高でしたね……アカペラであんな一体感、初めて見ました」


 ママはハンカチで汗を拭きながら言う。

「そりゃそうたい。うちは“機械の歌手”やなか、“人の歌手”やけんね」


 そこへ健吉が桶を抱えて現れる。

「ママァ! ワシの桶、テレビカメラに映っとったぞ! “リズム職人”として全国デビューや!」

「よかったね健ちゃん。バケツ界の星ばい」


 笑いながら、航太のスマホに通知が鳴る。

「……え? “月影バンド”、地元テレビの生中継で話題沸騰? “感動した”ってコメント、すごい数です!」


 ママは目を丸くして笑った。

「まーたバズっとるっちゃね。電気止まったのに、感電した気分やわ」



 祭りの後、スナック「月影」に戻った三人。

 カウンターには花火の残り香が漂う。


「航太、あんたやっぱ音楽やめきれんタイプやね」

「……そうみたいです」

「なら、続けんしゃい。うちも、まだ歌いたか」


 そう言って、ママはウイスキーを注ぎながら笑う。

「“月影チャンネル”ば作ってみらん? 田主丸から発信する音楽番組たい」

「いいですね……地元の音、全国に届けましょう」


 航太がスマホを取り出し、動画配信アカウントを作る。

 タイトルは──《月影チャンネル》。


 登録ボタンを押した瞬間、ママが呟いた。

「これで、田主丸もステージの真ん中やね」


 外では、ぶどう畑の葉が風に揺れていた。

 電気がなくても、光はそこにあった。


 ──“月影バンド”の音楽が、またひとつ新しい夜を照らし始めた。

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