第7話「祭りの夜のデュエット」
夏の夜、田主丸の空に花火の残り火が散っていた。
川沿いの広場には、屋台の明かりがずらりと並び、笑い声と焼きとうもろこしの香りが漂う。
「ママ、ほんとに出るんですか? 町の夏祭りステージって、結構観客多いですよ」
ギターを調整しながら航太が不安そうに尋ねる。
ママ・友里恵は、浴衣の帯をぎゅっと締めながら笑った。
「何言いよると。せっかく町の人たちが“月影バンド”呼んでくれたっちゃけん、逃げたらシケるばい」
その隣で、健吉が頭にねじり鉢巻きを巻いてドヤ顔している。
「ワシの太鼓も鳴り響くけんの! ママの歌に負けんぞい!」
「けんちゃん、アンタ叩くの太鼓やなくてプラ桶やろ」
「う、うるさいわい! “田主丸流リズム桶”たい!」
笑い声が響く中、ステージ裏には町の人たちが差し入れを持って集まっていた。
「ママ、これ冷えた麦茶!」「航太くん、がんばってね!」
みんなが“月影バンド”を本気で応援してくれている。
ママはその光景を見て、胸の奥がじんわり温かくなった。
(……叩かれた日もあったけど、こうして笑って歌えるの、幸せやね)
⸻
夜八時。
ステージの照明がつき、司会の声が響く。
「続いては、今話題の“月影バンド”の登場です!」
観客がどっと拍手する。
ママは深呼吸し、航太と目を合わせた。
「いくばい、田主丸の風に乗せて」
「はい、ママ!」
航太のギターが鳴り、ママの歌声が夜空に広がった。
♪ 月明かり照らすこの道を
誰かと歩ける幸せを──♪
観客がうっとりと聴き入り、子どもたちまで手拍子を始めた。
健吉のリズム桶も絶妙に響く。
ところが──。
「……あれ? 音が、消えた!?」
航太のギターが途中で止まり、ステージが真っ暗になった。
電源トラブルだ。音響も照明も全て落ちる。
「うわっ、マイクも死んどる!」
「電気屋呼べー!」とスタッフが走る。
ざわつく観客。
しかし、ママは動じなかった。
静かにマイクを置き、観客の方を向く。
「──電気がなくても、歌は消えんばい」
その声だけが夜に響いた。
ママは息を吸い、素手でリズムを刻み始めた。
パン、パン、パン──と手拍子。
航太が笑ってギターを抱え直す。
アンプが死んでも、アコースティックの音は鳴る。
月明かりの下、ふたりの“生音デュエット”が始まった。
♪ 照明が消えても
笑顔はここにある
誰かの心 灯せるなら
歌は生きてく──♪
観客が次第に手拍子で加わり、ステージ全体がひとつになった。
子どもたちは踊り、屋台の人たちもリズムを刻む。
そして、最後のサビ。
ママが笑顔で観客席を見渡し、叫んだ。
「みんなで歌おうや! 田主丸の夜ば、照らすとよ!」
その瞬間、町全体がひとつの合唱になった。
電気がなくても、誰も困らなかった。
そこにあったのは、“音楽”と“人”だけ。
⸻
ステージのあと。
裏で汗だくの航太が息をついて笑った。
「ママ、最高でしたね……アカペラであんな一体感、初めて見ました」
ママはハンカチで汗を拭きながら言う。
「そりゃそうたい。うちは“機械の歌手”やなか、“人の歌手”やけんね」
そこへ健吉が桶を抱えて現れる。
「ママァ! ワシの桶、テレビカメラに映っとったぞ! “リズム職人”として全国デビューや!」
「よかったね健ちゃん。バケツ界の星ばい」
笑いながら、航太のスマホに通知が鳴る。
「……え? “月影バンド”、地元テレビの生中継で話題沸騰? “感動した”ってコメント、すごい数です!」
ママは目を丸くして笑った。
「まーたバズっとるっちゃね。電気止まったのに、感電した気分やわ」
⸻
祭りの後、スナック「月影」に戻った三人。
カウンターには花火の残り香が漂う。
「航太、あんたやっぱ音楽やめきれんタイプやね」
「……そうみたいです」
「なら、続けんしゃい。うちも、まだ歌いたか」
そう言って、ママはウイスキーを注ぎながら笑う。
「“月影チャンネル”ば作ってみらん? 田主丸から発信する音楽番組たい」
「いいですね……地元の音、全国に届けましょう」
航太がスマホを取り出し、動画配信アカウントを作る。
タイトルは──《月影チャンネル》。
登録ボタンを押した瞬間、ママが呟いた。
「これで、田主丸もステージの真ん中やね」
外では、ぶどう畑の葉が風に揺れていた。
電気がなくても、光はそこにあった。
──“月影バンド”の音楽が、またひとつ新しい夜を照らし始めた。




