第6話「SNSで大炎上!?」
翌朝。
田主丸の朝はいつもよりざわついていた。
「ママ! これ見てみい! “#月影ママ”がトレンド1位ばい!」
スマホを片手に健吉が店へ駆け込む。
ママ・友里恵はコーヒーを吹き出した。
「えぇ!? また何かバズっとると!?」
「“ママの歌声が日本を泣かせた”やて! ……けど、コメント欄見てみ。“あざとい”“素人が調子乗るな”とかも書かれとるばい」
ママは一瞬、顔を曇らせた。
カウンターに置いた手が、小さく震える。
「……ああ、まあ、しゃあないね。世の中には、ひねくれた人もおるけん」
笑おうとするママに、航太が静かに言った。
「ママ、気にしなくていいです。きっと、ほんとの音を聴いてくれる人が勝つんですよ」
「……ありがと。けど、ちょっと今日は休もうかね。掃除でもしとくけん、みんな帰っとって」
そう言って、ママはエプロンを外した。
その笑顔の裏に、少しだけ影が差していた。
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数日後、スナック「月影」はシャッターが閉まったままだった。
町の人たちは心配そうに見上げる。
「ママ、出てこんねぇ……」
「“炎上”ってやつ、ほんとに怖かね……」
健吉は腕を組み、決意の顔をした。
「よっしゃ。もう黙っとられん。“月影を守る会”ば作るばい!」
「えっ、なにそれ!?」と航太。
「動画上げるっちゃ。アンチに負けん動画ばい!」
「……どんな内容に?」
「そりゃ、“ママの素顔”ば見せるとよ!」
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その日の夕方。
健吉たちはスナックの前に集まり、即席の撮影会を始めた。
ぶどう箱を三脚代わりに、カメラをセット。
「よっしゃ、撮るばい! タイトルは──“ママは売名とか言われとるけど、ほんとは涙もろい乙女やけん!”」
「タイトル長すぎるって!」
航太が笑いながら止める。
しかし健吉は構わず、スマホをカメラに向けて叫んだ。
「全国のみなさん聞いてくれ! ママは“売名”やなくて“歌命”たい!」
背後で、スナックの仲間たちが“のれん”を掲げる。
「#月影を守る会」の手書きプラカード。
それは不器用だけど、まっすぐな愛のかたちだった。
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その夜、航太のスマホが鳴った。
通知が止まらない。
再生数、10万、20万、30万──。
コメント欄には、こう並んでいた。
「こんな人たち、応援したくなる」
「“売名”じゃない、“歌命”に泣いた」
「ママ、帰ってきて!」
航太はママの家の前に走った。
窓の明かりがひとつだけ灯っている。
そっとドアを叩くと、中からママの声がした。
「……航太?」
「みんな、ママを待ってます。“月影”が恋しいって」
しばらくの沈黙のあと、ママが小さく笑った。
「そげん言われたら、しゃあなかね。ちょっとだけ歌おうか」
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その夜、「月影」の明かりが再びともった。
シャッターの隙間から、音が漏れる。
航太のギターの前奏──
ママがマイクを握り、深く息を吸う。
♪ 叩かれても 泣かれても
歌えば また立てるとよ
笑われても 馬鹿にされても
声があるけん 生きとると──♪
店の外に、町の人々が集まり始めた。
スマホを掲げ、涙をこぼしながら聴いている。
誰かがコメントを打つ。
「泣くほど叩かれても、歌えるなら幸せよ。」
ママがその言葉を見て、そっとマイクに笑いかけた。
「──ほんと、そればい」
その瞬間、全国のSNSが再び沸いた。
《“月影ママ”、炎上からの奇跡の歌声!》
《叩かれても歌う人の強さに涙した》
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深夜。
健吉がカウンターでうれし泣きしながら言った。
「ママ、ワシら……やっぱ最強やな」
「ほんとねぇ。アンチより、うちの常連の方がよっぽど熱かも」
ママが笑い、航太がギターを抱えて呟く。
「やっぱり音楽って、場所を選ばないんですね」
ママは少し考えて、言った。
「選ばんね。けど、“歌う理由”は、場所が育ててくれるとよ」
その言葉に、航太はうなずいた。
「……この町で歌えて、よかった」
カウンターの上、スマホが光る。
画面には、白川麻衣のアカウント名で短いコメント。
「あなたたちの音楽、ちゃんと届いてるわ。」
ママがそれを見て、グラスを磨きながら呟いた。
「ほらね、都会の風も悪くなかろ?」
その夜、スナック「月影」の灯りは遅くまで消えなかった。
外では、ぶどう畑の葉が静かに揺れていた。
──傷ついても、優しさはまた実を結ぶ。




