第5話「テレビ取材が来た日」
朝の田主丸に、いつもと違うざわめきがあった。
スナック「月影」の前に、見慣れない黒いワゴン車が停まっている。車体の横には、でっかく書かれた文字。
「TKNテレビ──“今、話題の田舎発シンデレラ・ママ!”」
ママ・友里恵はその看板を見て、カップのコーヒーを吹き出した。
「ちょ、ちょっと待って! 誰がシンデレラよ!」
厨房の奥から健吉が顔を出す。
「ママ、えらいことなっとるばい。ニュースの兄ちゃんが『全国放送で流すけん、笑ってくださーい』言いよる!」
「笑ってくださーいじゃなか! 歯に唐揚げの衣ついとるっちゃけど!」
その横で、航太が緊張した顔でマイクケーブルを確認していた。
「ま、ママ……これ、ガチで生中継入るみたいですよ。東京からディレクターも来るって」
「東京!? やだぁ、こっち鼻の毛も抜いとらんのに!」
店内は朝から大騒ぎ。
常連の皆がカウンターの椅子を磨いたり、カラオケモニターを新品のように拭いたりと、普段見せない真剣な顔をしている。
「健ちゃん、そこのポスター剥がしな! 去年の“カラオケ大会準優勝”まだ貼ってあるやん!」
「え、あれワシの栄光やけど!?」
「全国放送で映ったら田主丸の恥たい!」
笑い声と怒号が入り混じる中、ドアが開いた。
スーツ姿の女性が一歩、店に入る。
「──久しぶりね、航太」
航太が振り返り、息を呑んだ。
東京で活動していた頃のマネージャー、白川麻衣だった。
「ま、麻衣さん……なんでここに?」
「テレビ局の依頼で来たの。あなたの“新しいパートナー”のママさんがどんな人か、見てみたくて」
ママは軽く頭を下げる。
「どうも、“スナック月影”の友里恵です」
「……よろしくお願いします。あなたの歌、拝見しました。正直、驚きました。プロ顔負けですよ」
柔らかい笑みを見せる麻衣だが、その目にはどこか探るような光。
健吉が耳打ちする。
「ママ、この女、ライバルかもな」
「バカ言いなさんな。年が違いすぎるばい」
⸻
取材が始まった。
カメラマンが店内をぐるりと撮影し、ママの手元、カラオケ機材、そして航太のギターに焦点を当てる。
「それでは“奇跡のスナックボイス”友里恵ママに質問です。いま全国で話題になってますが、どういうお気持ちですか?」
ママは照れ笑いを浮かべた。
「いやぁ、まさかこんなことになるとは思わんかったですよ。わたしゃ、ただ歌が好きなだけで」
その瞬間、健吉が横から割り込む。
「ママの歌はな、“酔いも涙も全部洗い流す”んたい!」
「ちょ、健ちゃん! マイク奪うな!」
カメラマンが爆笑。撮影は一気に和やかなムードになった。
⸻
だが、収録の途中。
麻衣が航太に小声で言った。
「……ねぇ、正直言って。この町に埋もれるの、もったいないと思わない?」
「え?」
「あなたの曲、東京でもう一度出したいの。向こうの事務所、まだ待ってるわよ」
航太は少し黙り、ギターを握りしめた。
「……もういいんです。俺、あの頃の自分とは違うから」
「違う? 売れなかったからでしょ?」
その言葉に、ママが静かに割って入った。
「うちの店ではね、“売れなかった”とか“失敗した”とか、そんな話は野暮たい。
こげな田舎でも、ちゃんと光る場所があるんよ」
ママの声は優しく、それでいて凛としていた。
航太がその言葉を聞いて、小さくうなずく。
⸻
撮影の最後、スタッフが提案した。
「ぜひ、今夜ここで“生歌”お願いできますか? 全国放送で流します!」
ママは目を丸くした。
「えぇっ!? 今夜!?」
健吉が即答する。
「歌え、ママ! 全国に月影ば届けるとたい!」
夜、カウンターの照明が落とされ、店内に静寂が訪れた。
航太のアコースティックギターの音が鳴る。
ママがゆっくりとマイクを握り、深く息を吸った。
♪ 夜風にゆれて 月は笑う
誰かの涙を 照らしながら
小さな店の片隅でも
夢は歌える 生きとるけん──♪
歌い終えると、店内は拍手とすすり泣きに包まれた。
健吉がティッシュを鼻に詰めながら叫ぶ。
「ママ、最高たい! こげん涙出たの、花粉症以来ばい!」
テレビ局スタッフも感極まり、カメラを止めるのを忘れていた。
その夜放送された映像は、翌日全国のSNSで拡散。
《田主丸のスナックママの歌、涙が止まらない》
《田舎の小さな店から、奇跡の歌声》
そして、コメント欄にひとつ。
「逃げたっていい。花は、咲く場所を選べばいい。」
それは、麻衣のアカウント名だった。
⸻
深夜、放送を見終えたママが静かに呟く。
「航太。あんた、あの人にちゃんと礼言っとき」
「え?」
「都会の風も、たまには吹かせんと、月影は輝かんけんね」
航太は笑った。
「……はい、ママ。俺、この町で咲かせます。あの時、咲かせられんかった夢を」
その言葉に、ママは満足そうにグラスを磨いた。
窓の外、ぶどう棚の向こうで、満月が静かに照っていた。
──田主丸から、また一つ、歌が全国へ届いた。




