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スナック月影、今夜も歌う  作者: やしゅまる


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5/10

第5話「テレビ取材が来た日」

 朝の田主丸に、いつもと違うざわめきがあった。

 スナック「月影」の前に、見慣れない黒いワゴン車が停まっている。車体の横には、でっかく書かれた文字。


「TKNテレビ──“今、話題の田舎発シンデレラ・ママ!”」


 ママ・友里恵はその看板を見て、カップのコーヒーを吹き出した。

「ちょ、ちょっと待って! 誰がシンデレラよ!」


 厨房の奥から健吉が顔を出す。

「ママ、えらいことなっとるばい。ニュースの兄ちゃんが『全国放送で流すけん、笑ってくださーい』言いよる!」

「笑ってくださーいじゃなか! 歯に唐揚げの衣ついとるっちゃけど!」


 その横で、航太が緊張した顔でマイクケーブルを確認していた。

「ま、ママ……これ、ガチで生中継入るみたいですよ。東京からディレクターも来るって」


「東京!? やだぁ、こっち鼻の毛も抜いとらんのに!」


 店内は朝から大騒ぎ。

 常連の皆がカウンターの椅子を磨いたり、カラオケモニターを新品のように拭いたりと、普段見せない真剣な顔をしている。


「健ちゃん、そこのポスター剥がしな! 去年の“カラオケ大会準優勝”まだ貼ってあるやん!」

「え、あれワシの栄光やけど!?」

「全国放送で映ったら田主丸の恥たい!」


 笑い声と怒号が入り混じる中、ドアが開いた。

 スーツ姿の女性が一歩、店に入る。


「──久しぶりね、航太」


 航太が振り返り、息を呑んだ。

 東京で活動していた頃のマネージャー、白川麻衣だった。


「ま、麻衣さん……なんでここに?」

「テレビ局の依頼で来たの。あなたの“新しいパートナー”のママさんがどんな人か、見てみたくて」


 ママは軽く頭を下げる。

「どうも、“スナック月影”の友里恵です」

「……よろしくお願いします。あなたの歌、拝見しました。正直、驚きました。プロ顔負けですよ」


 柔らかい笑みを見せる麻衣だが、その目にはどこか探るような光。

 健吉が耳打ちする。

「ママ、この女、ライバルかもな」

「バカ言いなさんな。年が違いすぎるばい」



 取材が始まった。

 カメラマンが店内をぐるりと撮影し、ママの手元、カラオケ機材、そして航太のギターに焦点を当てる。


「それでは“奇跡のスナックボイス”友里恵ママに質問です。いま全国で話題になってますが、どういうお気持ちですか?」


 ママは照れ笑いを浮かべた。

「いやぁ、まさかこんなことになるとは思わんかったですよ。わたしゃ、ただ歌が好きなだけで」


 その瞬間、健吉が横から割り込む。

「ママの歌はな、“酔いも涙も全部洗い流す”んたい!」

「ちょ、健ちゃん! マイク奪うな!」


 カメラマンが爆笑。撮影は一気に和やかなムードになった。



 だが、収録の途中。

 麻衣が航太に小声で言った。


「……ねぇ、正直言って。この町に埋もれるの、もったいないと思わない?」

「え?」

「あなたの曲、東京でもう一度出したいの。向こうの事務所、まだ待ってるわよ」


 航太は少し黙り、ギターを握りしめた。

「……もういいんです。俺、あの頃の自分とは違うから」

「違う? 売れなかったからでしょ?」


 その言葉に、ママが静かに割って入った。

「うちの店ではね、“売れなかった”とか“失敗した”とか、そんな話は野暮たい。

 こげな田舎でも、ちゃんと光る場所があるんよ」


 ママの声は優しく、それでいて凛としていた。

 航太がその言葉を聞いて、小さくうなずく。



 撮影の最後、スタッフが提案した。

「ぜひ、今夜ここで“生歌”お願いできますか? 全国放送で流します!」


 ママは目を丸くした。

「えぇっ!? 今夜!?」

 健吉が即答する。

「歌え、ママ! 全国に月影ば届けるとたい!」


 夜、カウンターの照明が落とされ、店内に静寂が訪れた。

 航太のアコースティックギターの音が鳴る。

 ママがゆっくりとマイクを握り、深く息を吸った。


♪ 夜風にゆれて 月は笑う

 誰かの涙を 照らしながら

 小さな店の片隅でも

 夢は歌える 生きとるけん──♪


 歌い終えると、店内は拍手とすすり泣きに包まれた。

 健吉がティッシュを鼻に詰めながら叫ぶ。

「ママ、最高たい! こげん涙出たの、花粉症以来ばい!」


 テレビ局スタッフも感極まり、カメラを止めるのを忘れていた。

 その夜放送された映像は、翌日全国のSNSで拡散。


《田主丸のスナックママの歌、涙が止まらない》

《田舎の小さな店から、奇跡の歌声》


 そして、コメント欄にひとつ。

「逃げたっていい。花は、咲く場所を選べばいい。」


 それは、麻衣のアカウント名だった。



 深夜、放送を見終えたママが静かに呟く。

「航太。あんた、あの人にちゃんと礼言っとき」

「え?」

「都会の風も、たまには吹かせんと、月影は輝かんけんね」


 航太は笑った。

「……はい、ママ。俺、この町で咲かせます。あの時、咲かせられんかった夢を」


 その言葉に、ママは満足そうにグラスを磨いた。

 窓の外、ぶどう棚の向こうで、満月が静かに照っていた。


 ──田主丸から、また一つ、歌が全国へ届いた。

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