第3話「取材がやって来た」
その日、田主丸の朝はいつもよりざわついていた。
スナック「月影」の前には、見慣れぬワゴン車。車体には「久留米ケーブルTV」と書かれている。
「ほんとに来よった……」
ママ・友里恵は玄関先でエプロン姿のまま固まっていた。
健吉はというと、もうテンションが爆上がりである。
「ママ! 今日はワシが現場監督たい! ほら、ライトこっち向けて!」
「ちょっと! あんた照明係でもなんでもなかやろ!」
カメラマンがセッティングを始める横で、航太はソワソワとギターを調律していた。
ディレクター風の若い女性がママに笑顔で近づく。
「友里恵ママさんですね? “地元発! スナックの奇跡”の特集でして」
「ひ、ひえぇ~、“奇跡”は言いすぎやろ……」
「いえいえ! SNSで話題の“ママの歌声”として、今すっごく注目されてるんですよ。
今日は、実際に歌ってもらえたらと!」
「う、歌……? 今ここで!? 昼間から!?」
「もちろんです! 生歌の迫力をお茶の間に届けたいので!」
ママは顔を真っ赤にして、健吉の袖を引っ張った。
「健ちゃん、どげんしよう! 昼間に歌うなんて、シラフで無理やけん!」
「安心せいママ、ワシのぶどう酢あるけん! 飲んだら気合い入る!」
「それ、酢やろ! 酔わんわ!」
スタッフたちは苦笑しながらリハーサルを始める。
航太もインタビューを受けることになり、ディレクターに尋ねられた。
「航太さんは作曲担当ですよね? どんな気持ちでこの曲を?」
「えっと……ママの声を聴いたとき、魂が震えて……」
「はいOK! その“魂が震えて”のとこ、もうちょっと感動的に言えます?」
「……えっ、感動的って……? 魂、これ以上震えんですけど」
健吉はその横で、勝手にカメラに話しかけていた。
「ママはな、昔からワシの心のオアシスたい。あの声聴いたら、ぶどうも甘くなるとばい!」
「おじさん、今インタビュー中なんで少し静かに――」
「ママの歌が日本を救うたい! 全国のオヤジたちに届けたい!」
「……はいカット!」
取材開始から10分で、現場はすっかりカオスだった。
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午後、ついに本番撮影が始まった。
ママは緊張のあまり、マイクを逆さに持って立っていた。
「ママ、それ逆です」
「えっ、そうなん? あら恥ずかしか~!」
航太がギターを鳴らし始める。
最初はぎこちなかったママの声が、途中からいつものように伸びやかに響き始めた。
演歌でもポップスでもない、素朴であたたかい“田主丸の声”。
撮影スタッフも思わず見入っていた。
カメラマンが小声でつぶやく。「……これ、本物やね」
歌い終わると、ママは顔を真っ赤にして頭を下げた。
「こんな昼間っから歌うの、初めてたい……」
健吉がすかさず拍手。「ブラボー! ママ、最高やったばい!」
スタッフも拍手を送り、「これで十分です!」と笑顔で撤収していった。
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数日後。
スナック月影の常連たちはテレビの前に集まっていた。
「今夜放送! “地元発! スナックの奇跡”」
「ママ、録画した?」「したした! 3台分!」
番組が始まり、最初は久留米のパン屋や温泉の紹介。
そして、いよいよ「スナック月影」のコーナーに。
画面には──
ママの笑顔、健吉のぶどう畑、そして生歌の映像。
航太は胸が高鳴った。
「うわ……いい映像じゃないですか、これ!」
だが次の瞬間。
自分のインタビュー部分が、きれいにカットされていることに気づく。
「……あれ? 俺、しゃべったよね?」
代わりに健吉のドアップが流れた。
『ママの歌はぶどうの糖度を上げるたい!』
「なんでそこ使ったん!?」
「ワシのコメント、映っとるばい!」と健吉が得意げに胸を張る。
ママは大笑いしていた。
「航太、編集さんも見る目あるねぇ~!」
しかし、番組の反響はすさまじかった。
放送直後、SNSで「#スナック月影」「#田主丸のママ」がトレンド入り。
再生された映像の中で、ママの歌が全国に流れた瞬間──コメントが溢れた。
「泣ける」「あの笑顔が忘れられない」「地元にこんな宝があるなんて」
その夜、月影の店内は笑顔で満ちていた。
航太は静かにグラスを置いて言った。
「……やっぱり、ママがスターですよ」
「スターやない、ただのママよ」
友里恵はそう言いながらも、少しだけ頬を赤らめた。
「でもね航太。あんたが“ここでやろう”って言ってくれたけん、今があるとよ。ありがとうね」
航太は照れくさそうに笑い、ギターを軽く鳴らした。
「じゃあ次は、“全国生配信”用の新曲、作りましょうか」
「もう、調子乗って~!」
ママと健吉が笑いながらツッコミを入れる。
外の夜空には、ぶどう畑の向こうにぽっかりと満月。
月影が店の名前のように、やさしく店内を照らしていた。
──田主丸から、またひとつ歌が生まれようとしていた。




