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スナック月影、今夜も歌う  作者: やしゅまる


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3/10

第3話「取材がやって来た」

その日、田主丸の朝はいつもよりざわついていた。

 スナック「月影」の前には、見慣れぬワゴン車。車体には「久留米ケーブルTV」と書かれている。


「ほんとに来よった……」

 ママ・友里恵は玄関先でエプロン姿のまま固まっていた。

 健吉はというと、もうテンションが爆上がりである。


「ママ! 今日はワシが現場監督たい! ほら、ライトこっち向けて!」

「ちょっと! あんた照明係でもなんでもなかやろ!」


 カメラマンがセッティングを始める横で、航太はソワソワとギターを調律していた。

 ディレクター風の若い女性がママに笑顔で近づく。


「友里恵ママさんですね? “地元発! スナックの奇跡”の特集でして」

「ひ、ひえぇ~、“奇跡”は言いすぎやろ……」


「いえいえ! SNSで話題の“ママの歌声”として、今すっごく注目されてるんですよ。

 今日は、実際に歌ってもらえたらと!」


「う、歌……? 今ここで!? 昼間から!?」


「もちろんです! 生歌の迫力をお茶の間に届けたいので!」


 ママは顔を真っ赤にして、健吉の袖を引っ張った。

「健ちゃん、どげんしよう! 昼間に歌うなんて、シラフで無理やけん!」


「安心せいママ、ワシのぶどう酢あるけん! 飲んだら気合い入る!」


「それ、酢やろ! 酔わんわ!」


 スタッフたちは苦笑しながらリハーサルを始める。

 航太もインタビューを受けることになり、ディレクターに尋ねられた。


「航太さんは作曲担当ですよね? どんな気持ちでこの曲を?」

「えっと……ママの声を聴いたとき、魂が震えて……」


「はいOK! その“魂が震えて”のとこ、もうちょっと感動的に言えます?」

「……えっ、感動的って……? 魂、これ以上震えんですけど」


 健吉はその横で、勝手にカメラに話しかけていた。

「ママはな、昔からワシの心のオアシスたい。あの声聴いたら、ぶどうも甘くなるとばい!」

「おじさん、今インタビュー中なんで少し静かに――」

「ママの歌が日本を救うたい! 全国のオヤジたちに届けたい!」

「……はいカット!」


 取材開始から10分で、現場はすっかりカオスだった。



 午後、ついに本番撮影が始まった。

 ママは緊張のあまり、マイクを逆さに持って立っていた。


「ママ、それ逆です」

「えっ、そうなん? あら恥ずかしか~!」


 航太がギターを鳴らし始める。

 最初はぎこちなかったママの声が、途中からいつものように伸びやかに響き始めた。

 演歌でもポップスでもない、素朴であたたかい“田主丸の声”。


 撮影スタッフも思わず見入っていた。

 カメラマンが小声でつぶやく。「……これ、本物やね」


 歌い終わると、ママは顔を真っ赤にして頭を下げた。

「こんな昼間っから歌うの、初めてたい……」


 健吉がすかさず拍手。「ブラボー! ママ、最高やったばい!」

 スタッフも拍手を送り、「これで十分です!」と笑顔で撤収していった。



 数日後。

 スナック月影の常連たちはテレビの前に集まっていた。

 「今夜放送! “地元発! スナックの奇跡”」


「ママ、録画した?」「したした! 3台分!」


 番組が始まり、最初は久留米のパン屋や温泉の紹介。

 そして、いよいよ「スナック月影」のコーナーに。


 画面には──

 ママの笑顔、健吉のぶどう畑、そして生歌の映像。


 航太は胸が高鳴った。


「うわ……いい映像じゃないですか、これ!」


 だが次の瞬間。

 自分のインタビュー部分が、きれいにカットされていることに気づく。


「……あれ? 俺、しゃべったよね?」


 代わりに健吉のドアップが流れた。


『ママの歌はぶどうの糖度を上げるたい!』


「なんでそこ使ったん!?」

「ワシのコメント、映っとるばい!」と健吉が得意げに胸を張る。


 ママは大笑いしていた。

「航太、編集さんも見る目あるねぇ~!」


 しかし、番組の反響はすさまじかった。

 放送直後、SNSで「#スナック月影」「#田主丸のママ」がトレンド入り。

 再生された映像の中で、ママの歌が全国に流れた瞬間──コメントが溢れた。


「泣ける」「あの笑顔が忘れられない」「地元にこんな宝があるなんて」


 その夜、月影の店内は笑顔で満ちていた。

 航太は静かにグラスを置いて言った。


「……やっぱり、ママがスターですよ」


「スターやない、ただのママよ」

 友里恵はそう言いながらも、少しだけ頬を赤らめた。


「でもね航太。あんたが“ここでやろう”って言ってくれたけん、今があるとよ。ありがとうね」


 航太は照れくさそうに笑い、ギターを軽く鳴らした。

「じゃあ次は、“全国生配信”用の新曲、作りましょうか」


「もう、調子乗って~!」

 ママと健吉が笑いながらツッコミを入れる。


 外の夜空には、ぶどう畑の向こうにぽっかりと満月。

 月影が店の名前のように、やさしく店内を照らしていた。


 ──田主丸から、またひとつ歌が生まれようとしていた。


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