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スナック月影、今夜も歌う  作者: やしゅまる


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2/10

第2話「バズった夜」

翌朝。

 田主丸の青空は、ぶどう畑の上でのんびりと広がっていた。

 しかしスナック「月影」のグループLINEは、朝から異様に賑わっていた。


「おい、昨日の動画、見たか!?」

「ママの“月影セッション”、もう千回再生超えとる!」

「コメントに“泣けた”“声が沁みる”ばっかり書かれとるぞ!」


 常連のひとり、農家の健吉がスマホを掲げて店に駆け込んできた。

 ママ・友里恵はまだ寝ぐせ頭で、コーヒーをすすっている。


「えぇ? あんた、また変な動画上げたんじゃないやろね」

「いや、昨日のやつ! 航太とママが一緒に歌ったとこ! “#月影のママの歌声”でバズっとると!」


 その言葉に、カウンターで仕込みをしていた航太の手が止まった。

「……え、まさかあの夜の?」


 スマホをのぞき込むと、確かに再生数がどんどん増えていく。

 コメント欄にはこう書かれていた。


「こんなスナックの歌、久しぶりに涙出た」

「都会じゃなくても、心に届く声ってあるんやね」

「このママ、プロちゃうと!?」


「ちょ、ちょっと待って、勝手に上げたと!?」

 友里恵がタオルで頭を押さえながら叫ぶ。

「顔もばっちり写っとるやん! 私、化粧も中途半端やったのに!」


「いやぁ~ママ、ええ顔しとったって! “素”がええんやけん!」

「こら健吉! あんた今すぐ消してきんしゃい!」

「もう無理たい! テレビ局もリポストしとるし!」


「テレビ局!?」


 友里恵の顔が青ざめた。

 航太は半ば呆然としながらスマホを見つめた。

 再生数は一晩で二十万回を超えている。

 通知が止まらない。


 ママがため息をついた。

「もう……あんたら、ほんとにもう。どげんすればよかと……」


 しかし、常連たちはニヤニヤが止まらない。

「ママ~、時代がママに追いついたんばい!」

「紅白出るなら衣装、俺が貸したるけん!」

「地元PRに使えるばい、これ!」


 笑いが止まらない店内。

 ただ一人、航太だけが黙っていた。

 その表情を見て、ママが尋ねる。


「……航太。あんた、嬉しそうやね?」


 航太は、少しだけ笑った。

「正直、びっくりしてます。でも……なんか、嬉しいです」


「東京で売れんかった分、今度はバズったっちゅうことかい?」

「うーん、違うんです」

 航太はギターケースを見つめながら言った。

「ママの声が届いたんです。東京じゃなくても、田主丸の歌が、人の心に届いた。それが嬉しいんです」


 友里恵は、ぽかんとしたあと、小さく笑った。

「……あんた、ちょっと大人になったねぇ」


 そのとき、店の電話が鳴った。

 健吉が出ると、驚きの声を上げる。

「ママ! 久留米のケーブルテレビが取材したいっち!」


「えぇ!?」

「“地元発! スナックの奇跡”特集やて!」


 ママは完全に腰を抜かした。

「いやいや、無理無理! 私、そんな人前で歌うタイプやなかよ!?」


 しかし常連たちは一斉に拍手。

「ママ、これは田主丸の星ばい!」

「俺たちのスナックが、全国デビューや!」

「月影のママ、紅白一直線~!」


「ちょっと! 勝手に話進めんといて!」

 ママが慌てて止めようとするが、もう遅い。


 航太がギターを手に立ち上がった。

「ママ、もしよかったら……このまま“地元から”やりませんか」


「え?」


「東京に戻るより、ここで勝負したいんです。

 ママの歌とこの町の空気で、“田主丸から全国へ”って。

 それがいちばん自然な気がするんです」


 店が静まり返る。

 友里恵は、ゆっくりカウンター越しに航太を見つめた。


「……そんな夢みたいなこと、できると思う?」

「思います。いや、やりましょうよ。ここから。」


 ママはしばらく黙っていたが、やがて照れくさそうに笑った。

「ほんとに……あんたって子は、昔からムチャクチャやねぇ」


 その瞬間、常連たちがまた拍手と歓声を上げた。

「決まりばい! “田主丸から世界へ”プロジェクト発足!」

「俺は照明係やる!」

「うちはケータリングね!」


「ちょ、みんな落ち着いて~!」とママが叫ぶが、誰も聞いちゃいない。


 スナック「月影」はその夜、笑い声と拍手で包まれていた。

 誰もが、ちょっとだけ夢を見ていた。


 航太は、窓の外に見えるぶどう畑の夜景を見ながら、静かにギターを鳴らす。

「ママの声を、ここから世界へ──」


 そのつぶやきが、不思議とみんなの胸に響いた。


──そして数日後、「スナック月影から全国生配信ライブをやるらしい」という噂が、またひとつバズり始めるのだった。


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