第10話「月影ライブ、全国へ」
その夜、スナック「月影」はいつになくにぎやかだった。
カウンターの上には風船、壁には「全国生中継!月影ライブ!」の手書き横断幕。
いつもよりドレスアップした友里恵ママが、鏡の前で髪を直している。
「どう? ちょっと派手すぎるかね?」
「いや、最高です。田主丸代表シンガーですよ」
航太がギターを抱えながら笑うと、カウンター奥から健吉の声が飛んだ。
「ワシは照明係と応援団長兼任やけん! ママを世界一輝かせちゃるばい!」
「健ちゃん、スイッチの入れ方知らんやろ!」
「……ま、たぶん押せば光るたい」
「それ一番危ない!」
そんなやりとりに常連たちはどっと笑い、店の空気が一気にやわらぐ。
まるで、田主丸じゅうの人がこの小さなスナックに集まってきたかのようだった。
外では子どもたちが提灯をぶら下げ、近所の農家のおばちゃんたちが手作りの総菜を持ち寄っている。
まさに「村のフェス」だ。
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夜8時。
テレビ局のスタッフがカウントダウンを始めた。
《全国生放送・地域発!人情ミュージックSP》──副題は「月影の灯り、田主丸から」。
東京のスタジオには、白川麻衣がいた。
モニター越しに微笑むその姿に、航太の胸が少し高鳴る。
麻衣がカメラへ語りかける。
「それでは今夜、九州・田主丸から生中継でお届けします。“スナック月影ライブ”!」
拍手が起こり、ママが深々とお辞儀をする。
「うちの歌が全国に届くなんて、まだ夢んごたる〜」
「ママ、全国どころかネットで全世界です!」と航太。
「そりゃ英語で歌っとかないかんね?」
「いや、そこは方言でいいです!」
笑いが広がる。コメント欄にはすでに
《ママかわいい!》《この空気が癒される》《健ちゃん映り込みすぎ!》
と書き込みが流れていた。
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まず歌うのは常連のミドリさん。
孫の就職祝いの話をしながら『川の流れのように』をしっとりと歌い上げる。
コメントには《泣いた》《声が真っすぐ》《これが人生の歌》の文字。
続いて、健吉の番。
「ママに惚れて30年! 今日こそ想いを歌で伝えるばい!」
曲は十八番の『北酒場』。
……が、熱唱のあまりマイクが音割れ。
「健ちゃん、壊すなー!」
「すまん! 愛が重すぎたばい!」
笑いが店内を包み、《#健ちゃんマイク破壊》が即トレンド入り。
東京のスタジオで麻衣も吹き出していた。
「……田主丸、最高すぎる」
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そして、いよいよママのステージ。
航太がギターを抱え、静かに弦を鳴らす。
ママはマイクを握りしめ、客席に向かって一礼した。
「この田主丸で、泣いた夜も笑った夜もありました。
でもね、誰かと歌えば、どんな夜も明るくなるんです。
──だから聴いてください。“灯りはここにある”。」
ギターの音に合わせ、ママの声が流れる。
♪ 遠くても届く 声がある
見えんでも繋がる 手がある
ここで笑って ここで泣いて
灯りは ここにある──♪
その声は、やわらかく、あたたかく、田主丸の夜空に溶けていった。
外で見ていた子どもたちは、懐中電灯を振りながら合唱し、
健吉はぶどうの房を掲げて「月影万歳ー!」と叫んだ。
東京スタジオの麻衣は、モニターを見つめながら涙をぬぐう。
「これが……人の生き方が宿る歌。音じゃなくて、想いが届いてる」
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曲が終わると、店は一瞬静まり返った。
誰も拍手できず、ただ余韻に浸る。
やがて、外の子どもが叫んだ。
「ママー! すごかったー!」
それを合図に、拍手と歓声が爆発する。
航太がマイクを持ち、少し声を震わせた。
「夢って、都会にだけあると思ってました。
でも違った。
ここで、この人たちと歌えることが……俺の夢でした。」
ママが微笑んで言う。
「夢は捨てるんやなくて、形を変えて続けるもんたい。」
健吉が涙目でうなずく。
「ママ……ほんと田主丸の誇りばい」
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番組の放送後、“月影ライブ”は全国的な話題に。
けれど、ママは東京からのスカウトをすべて断った。
「うちはここで歌うけん。それが“全国デビュー”たい」と笑う。
数日後、各地のスナックが「月影ライブ」に倣って、
地元の歌を配信し始める。
──日本じゅうの夜に、田主丸の灯りがともっていった。
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閉店後。
航太とママと健吉が、いつものカウンターで乾杯している。
「全国デビューした気分は?」
「なんも変わらんよ。でも、嬉しかねぇ」
「ほんと、ここは変わらんね」
ママが笑って、グラスを掲げた。
「ほら、見んね──今日も月がきれいやろ」
窓の外、ぶどう棚の向こうに白い月が浮かんでいる。
航太がギターをつま弾き、ママが鼻歌を重ね、健吉が合いの手を入れる。
小さなスナックに、やさしい灯りがともる。
その歌声は今夜も、どこか遠くの誰かに届いている。
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『スナック月影の灯りは、今日も田主丸で歌っている。』




