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3-1 早起き、そして鍛錬

朝。

パチッと目が開く音が聞こえそうなほど、気持ちよく目覚めた。

窓の外を見ると、朝日がのそのそと昇り始めていた。

今日は珍しく、朝日と同じ時間に起き上がった。なんだか体の調子もいい。

せっかくだから、散歩でもしてみようか。そう思ってベッドを飛び出し、服を着替えている途中で、この時間帯はディースが鍛錬していることを思い出した。

ディースは私より寝るのが遅いくせに、朝は圧倒的に早い。好きな時に寝て好きな時に活動する私とは違って、規則正しい生活を送っている。

ディースは、睡眠時間が短くても平気な体質なのか、うたた寝も含めて寝ている姿をほとんど見たことがないので、ちゃんと休めているのか、時々心配になる。


練習着に着替え、愛剣を手に外へ出る。澄んだ空気が、ひんやりと心地よく肌を撫でた。

ディースの魔力に導かれるように、森へ足を向ける。

湿り気を帯びた土の匂いと、朝露に濡れた葉の香りが混ざり合い、ひんやりとした空気が肌を撫でる。

木々の隙間から差し込む淡い光が、霧のように漂う靄を照らし、ところどころで蜘蛛の巣が銀糸のようにきらめいている。

鳥たちのさえずりはまだ控えめで、代わりに葉擦れの音や、小さな獣の足音が耳に届く。

夏の朝は、こんなにも静かで、こんなにも美しいのか。早起きするのも悪くないな――そう思いながら、歩みを進める。

森の中を十分ほど進むと、少し開けた場所から素振りの音が聞こえてきた。


「おはよう、ディース」


声をかけると、ディースはハトが豆鉄砲を食らったような顔をした。


「おはようございます、ノワエ様。周囲への警戒は怠っていないつもりでしたが……」

「ちょっと驚かせようと思って」


探知魔法を妨害する魔法は、魔王族であることを隠す私の十八番だ。

しかも、妨害されていることすら気づかせないよう、さらに別の魔法を重ねがけしてある。


「それにしても、こんな朝早くから活動されるとは……。明日は槍でも降るんじゃないでしょうか」

「私やディースに刺さる槍が降ってきたら、魔界は終わりでしょうね」


ディースの魔力は濃く、流れも滑らかだ。体もすっかり温まっているようで、こちらの誘いにも即座に応じられるだろう。

私は口元に笑みを浮かべ、挑発するような視線を向ける。


「一本、やる?」


私の誘いに、ディースはわずかに口元を緩めたかと思うと、何も言わずに斬りかかってきた。

即座に愛剣を引き抜き、真正面から受け止める。

二本の剣がぶつかり合い、甲高い音が森に響いた。

天使が魔族を制圧するために開発したとされる共振剣のせいで、手がわずかに震える。

この剣技は、打ち合いの瞬間に剣身へ特殊な振動を共鳴させ、相手の武器を通じて手へと振動を伝える。

打ち合うたびに震えは増し、やがて痺れへと変わる。

そうなれば太刀筋は乱れ、意識しても力が入らず、最後には武器を取り落とすことになる。


「主が構える前に斬りかかってくるなんて。とんだ従者ね」

「魔界では、いつ攻撃が飛んでくるかわかりませんから」


一度距離を取ってから再び打ち込んでくるディースは、どこか狂気じみた、しかし楽しげな表情を浮かべていた。

その猛攻は、魔王族に匹敵するほどの速さと重さを備えている。

幼い頃はまったくついていけなかったその攻撃も、ディースをはじめとする優れた師匠たちのおかげで、そして魔王族の中でも最強を自負する私にとっては、今や取るに足らない。

動きを見てからでも余裕で防げるし、攻撃の重さも、水晶獣のように軽く流せるほどではないが、直撃しても浅い傷にしかならないだろう。

ディースはただの力押しではなく、牽制用の魔法も織り交ぜながら、本気で私を殺しにかかってくる。

剣術も魔術も、魔界では見られない天界流の動き。今ではそこに魔界流も混ざっている。

今のディースは、魔族から見ても当然のことながら、天使たちにとっても厄介な相手になっているはずだ。

小一時間ほど打ち合った後、ディースは大きく距離を取り、剣を下ろした。

いつも冷静沈着な彼女が、息を荒げながらも、満足げな表情を浮かべている。


「ありがとうございます。お見事、というのも失礼なほどの差ですね。これでも鍛錬は欠かしていないつもりなのですが……みっともない姿をさらしました」

「そんなことないわよ。魔王族かと思うくらいには強いわよ」

「そう言っていただけると光栄です。イレアナ様にも付き合っていただいたことはありますが、本気で打ち込めるのはノワエ様だけですから」

「ディースが本気で打ち込んだら、姉さんも大怪我しかねないしねぇ……」


単純な力では姉さんの方が上だけれど、物事には相性というものがある。

魔族は基本的に天使との相性が悪いし、姉さんは共振剣のいなし方を知らない。

さすがにディースが姉さんを打ち倒す未来は見えないが、姉さんが防御を誤れば、腕の一本くらい持っていかれる可能性は十分にある。

その点、私はディースとは圧倒的な力の差がある。

幼い頃からディースに鍛えられたおかげで天使との戦いに苦手意識もないし、共振剣の対処方法も熟知している。

仮に防御を誤って攻撃が直撃したとしても、浅い傷程度で済む。下手をすれば無傷だ。

だから、ディースが本気で打ち込めるのは私だけなのだ。


「さて、いい汗もかいたし、今日はこのぐらいにしましょうか」

「かしこまりました」


ディースの呼吸が整うのを待ってから、館へと歩き出す。


「それにしても、いい運動になったわ。ディースの攻撃を受けるのは久しぶりだし、殺意マシマシで斬りかかってくれたおかげで、いろんな防御方法が試せたわ」

「そう言っていただけると何よりです。ノワエ様に打ち込むのは久しぶりでしたから、年甲斐もなく熱くなってしまいました。お見苦しいところをお見せし、申し訳ありません」

「そんなことないわよ。鍛錬で本気を出す姿勢、私は好きよ。それにしても全体的に重さも速さも上がっていたわね。普段の鍛錬を怠っていない証拠だわ」

「私も、前より重心の移動が滑らかになったのを体感できました。それにしても、ノワエ様の進化が早すぎて、どれだけ鍛錬しても追いつける気がしません」

「そりゃ、種族の差もあるし、何より時間の差がねぇ……」


種族の差は確かにある。けれどそれ以上に、暇な時間の差――つまり鍛錬に割ける時間の差が大きい。

ディースは掃除に料理に洗濯にと忙しい中で鍛錬をしているが、私はあまりにも暇で、一日中剣を振っている日もあるくらいだ。


「では、私と家事を交代してみますか? そうすれば私がノワエ様に追いつけるかもしれません」

「私の作ったご飯、食べたい?」

「……家事を交代する話は、なかったことにしてください」

「相変わらずひどいわねー」


私がディースを小突いた瞬間、まるでそれに呼応するかのように、二人のお腹が大きな音を立てて鳴った。

森に響くほどの音に驚いたのか、近くの木にとまっていた鳥が悲鳴のような声をあげながら飛び去っていった。

私たちは顔を見合わせ、クスリと笑う。


「今日の朝食は少し多めに作ります」

「よろしく。朝食はどのくらいで作れる?」

「三十分ほどです」

「わかったわ。その間に玄関の掃除でもやっておくわね」

「……頭でも打ちましたか?」

「……打った記憶はないけど、寝てる間に打ってるかもしれないわね」


早起きだけでも珍しいのに、自主的に掃除を手伝うと言い出すなんてさらに珍しい。

明日は本当に槍でも降るかもしれない。

いや、常夏の色欲領に雪が降るよりか、まだ現実味があるかもしれない。


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