表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
43/43

12-3 ディースの追放は取り消される

 激動の総会がようやく終わり、食事の時間になった。

 天界の食事は基本的にビュッフェ形式だ。コース料理の魔界とは、そのあたりの文化がまるで違う。


 ヴァルハルトに絡まれながらお腹を満たし、少し休憩をはさんだあと、今は部屋の隅の壁にもたれて、ちびちびとお酒を口に運んでいる。

 そのヴァルハルトは、今はコンサンシュと何やら話し込んでいる。大魔王になった後のことでも話しているのだろうか。


 頭の中では、ディースのことがぐるぐると回り続けていた。

 考えれば考えるほど、何が最適解なのかわからなくなっていく。


「はぁ……」


 早い鼓動と熱のこもった体のせいで、妙な興奮が抜けず、体がふわふわとしている。

 正直、さっき食べた料理も、今飲んでいるお酒も、ほとんど味を感じない。


 それでも気を紛らわせようとお酒を飲んでいると、アンスリュームがこちらへ歩いてきた。


「ノワエ、少しいいか?」

「疲れてるから、一人にしてほしいんだけど?」

「そうか。それで話が二つあってだな」

「いや、私の話を聞けよ……」


 この男はいつもこうだ。空気を読むとか、相手を気遣うとか、そういう発想がない。


「先ほどのコンサンシュの話だ」


 そのうえ、人が頭を抱えていることに、何のためらいもなく踏み込んでくる。本当にこの男は……配慮とか遠慮という概念が欠落している。


「先に言っておくが、俺はあの案はやや反対だ。ディースを立てるより前に、協会から誰かを送り込むのが筋だろう」

「やっぱりそうよね。……とはいえ、協会にそんな余力はないんでしょう? それに、協会の天使が来たところで、たぶん戦争の規模は変わらない」

「ああ、その通りだと思う。だから反対はしたいが、代替案がない」


 天界を追放されたディースなら、仮に殺されたとしても協会は痛まない。

 さらに魔界では“天界からの客人”という扱いだから、戦争の規模も少しは抑えられるはずだ。


 理解はできる。

 でも、納得なんてできるわけがない。


 ディースに、そんな危険な役を押しつけられるなんて、絶対に許さない。


「……ノワエ、コンサンシュをあまり責めるな。アイツはアウレオールスの臣下だけでなく、学友でもあったんだ。この案を議題に持ってくるのにも、相当な葛藤があったはずだ」

「わかってるわよ。でも、ディースを選ぶってところだけは許せないのよ」


 本当に怒りを向ける相手は、コンサンシュじゃない。

 何も決めずに、ただ力を持て余している、私自身だ。


 わかっているのに、その怒りを自分に向けることも、そして何か大きな決断を下すことも、今の私には大きすぎて、向き合う勇気が無い。


 息をするたびに、胸の奥で何かが漏れ出て、じわじわと広がっていく。


「……ノワエ」


 私を呼ぶ声に、沈んでいた意識が引き戻される。


 目の前にいるアンスリュームは、怪訝そうな表情をしている。いらない心配をかけてしまったようだ。

 一呼吸置いてから、彼に向き直る。


「ごめん、なに?」

「……もう一つ、話したいことがあるんだが」

「次、重い話だったらぶん殴るからね。疲れてるんだから」

「俺を殴れるなら十分元気じゃないか。で、ディースは元気にしてるのか?」


 アンスリュームの口からディースの名前が出て、一瞬、頭が追いつかなかった。


「……あんたの口からディースの名前が出るなんて、初めてじゃない?」

「ん? ああ、そうかもしれんな。で、元気か?」

「ええ。おかげさまで魔族よりも魔族してるわよ」

「そうか……」


 アンスリュームはそこで一度言葉を切り、わずかに視線を落とした。


「ノワエ、お前が口が堅いことを信用して、聞きたいことがあるんだが……」

「話、三つ目になってるわよ。今日はえらく饒舌じゃない」


 私の嫌味なんて意にも介さず、アンスリュームは「そうだな」とだけ言って話を進める。


「そもそも、お前はディースが魔界に堕とされた理由を知っているのか」

「詳しくは知らないけど、先代の大天使の義母を殺したんでしょ?」


 そんな話を姉さんから聞いたことがある。

 魔界と違い、天界では殺しはご法度だ。まして大天使の親族を殺したとなれば、極刑――つまり追放は免れない。


「ああ、そうだ。だが、俺は本当にそうなのか疑問を持っていてな」

「どういうこと?」

「いくら圧政を敷いていたとはいえ、ディースが彼女を殺す動機が見当たらない」

「……圧政を敷いていたっていうのは初めて聞いたけど、それが本当なら殺す理由なんていくらでもあるんじゃないの? いろいろな天使から恨みを買ってるだろうし」

「いや、彼女の近辺で得をする天使は誰一人いないはずだ。それと、あのディースが現場で捕まるなんて、そんな失態をするとは思えない……」

「……確かに、想像しづらいわね」


 用意周到なディースだ。

 もちろん、イレギュラーなことはあるだろうが、そういう事態もある程度計算に入れた上で行動するはずだ。


「もう一つある。凶器に使われた剣が、ディースの親友の剣だったんだ」

「偽装するために持ち出した、ってこと?」

「ああ。本人がそう白状したらしい。だが、罪を擦り付けるつもりなら、もっと関係のない者の剣を使わないだろうか」


 こちらのほうがよほど違和感がある。ああ見えても、ディースは情に厚い。

 仮に、この世にその親友の剣しかなかったとしても、絶対に使わないだろう。


「俺は、彼女とは数年指南してもらった程度の付き合いしかない。だが、その時に抱いた印象と、ずさんな犯行に大きく乖離があると思っている。だから家族同然のお前の意見が聞きたくてな」

「それ、もしディースが誰かをかばってたとなると、どうなるの?」

「偽証罪は免れんが、ディースの追放は取り消されるはずだ」


 それならば、協力したいと思う。

 それに、もし天界に戻ることになれば、大魔王代理を務める案は白紙に戻るだろう。


(その場合、ディースは私の傍からいなくなるのか……)


 正直、耐えられる自信はない。

 でも、ディースが大魔王代理をやるよりは絶対にましだ。協力しよう。


「ディースが殺しをやるとすれば、それは証拠も残らず綺麗にやるでしょうね。その場で捕まるなんてヘマはしないわ」

「お前もそう思うか……」

「それと、ディースが親友の剣を偽装に使うなんて、絶対にない」


 アンスリュームは無表情のまま、どこか納得したように目を伏せた。


「助かった。お前の意見が聞けてよかった」

「そりゃどうも。今度は酒を持ってきなさいよ」

「……お前、前から言おうと思っていたが、酒ばかり飲んでいると体を壊すぞ」

「知らないの? 水分補給って大事なのよ?」


 そう言って一升瓶をあおると、アンスリュームが肩をすくめた。


 その後ろから、おもちゃを見つけた子どものように目を輝かせて、ムースがそろりそろりと近づいてきた。


「アンスリューム、二人で何こそこそ話してんのさ」

「それは……」


 アンスリュームが言いよどむ。

 どうやら事件の調査をしていることを、ムースには伝えていないらしい。


 それなら、ムースに乗っかっておくか。


「口説かれてたの」

「うわっ、この女たらし……。こんなに可愛い彼女がいるのに、まな板を口説くなんて……」

「……あんたもまな板でしょ」

「いや、さすがにノワエよりはあるって」


 そう言って胸を持ち上げるムース。だが悲しいかな、手には何も集まらなかった。

 それを見て、私たちは同時にため息を吐いた。


「ノワエ、さっきの件、私はノワエの味方だから」

「ええ、ありがとう。こいつと違ってムースは味方だと思っていたわ」

「もちろんっしょ。ノワエは私の親友だし。んで、ちょっとアンスリューム借りてもいい?」

「いいわよ。というか、持って行ってちょうだい。酒の素晴らしさがわからない男はいらないわ」

「あははっ。じゃあアンスリューム、行こっか」

「ああ……」


 アンスリュームを連れて、ムースは部屋を出ていった。

 その背中を見送ってから、一つ息を吐く。


(ディースのことか……)


 まだ事態を好転させられる。

 私がやることは、私の愛する者を全力で守ることだ。


(うん、美味しい)


 今度のお酒は、格別だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ