12-3 ディースの追放は取り消される
激動の総会がようやく終わり、食事の時間になった。
天界の食事は基本的にビュッフェ形式だ。コース料理の魔界とは、そのあたりの文化がまるで違う。
ヴァルハルトに絡まれながらお腹を満たし、少し休憩をはさんだあと、今は部屋の隅の壁にもたれて、ちびちびとお酒を口に運んでいる。
そのヴァルハルトは、今はコンサンシュと何やら話し込んでいる。大魔王になった後のことでも話しているのだろうか。
頭の中では、ディースのことがぐるぐると回り続けていた。
考えれば考えるほど、何が最適解なのかわからなくなっていく。
「はぁ……」
早い鼓動と熱のこもった体のせいで、妙な興奮が抜けず、体がふわふわとしている。
正直、さっき食べた料理も、今飲んでいるお酒も、ほとんど味を感じない。
それでも気を紛らわせようとお酒を飲んでいると、アンスリュームがこちらへ歩いてきた。
「ノワエ、少しいいか?」
「疲れてるから、一人にしてほしいんだけど?」
「そうか。それで話が二つあってだな」
「いや、私の話を聞けよ……」
この男はいつもこうだ。空気を読むとか、相手を気遣うとか、そういう発想がない。
「先ほどのコンサンシュの話だ」
そのうえ、人が頭を抱えていることに、何のためらいもなく踏み込んでくる。本当にこの男は……配慮とか遠慮という概念が欠落している。
「先に言っておくが、俺はあの案はやや反対だ。ディースを立てるより前に、協会から誰かを送り込むのが筋だろう」
「やっぱりそうよね。……とはいえ、協会にそんな余力はないんでしょう? それに、協会の天使が来たところで、たぶん戦争の規模は変わらない」
「ああ、その通りだと思う。だから反対はしたいが、代替案がない」
天界を追放されたディースなら、仮に殺されたとしても協会は痛まない。
さらに魔界では“天界からの客人”という扱いだから、戦争の規模も少しは抑えられるはずだ。
理解はできる。
でも、納得なんてできるわけがない。
ディースに、そんな危険な役を押しつけられるなんて、絶対に許さない。
「……ノワエ、コンサンシュをあまり責めるな。アイツはアウレオールスの臣下だけでなく、学友でもあったんだ。この案を議題に持ってくるのにも、相当な葛藤があったはずだ」
「わかってるわよ。でも、ディースを選ぶってところだけは許せないのよ」
本当に怒りを向ける相手は、コンサンシュじゃない。
何も決めずに、ただ力を持て余している、私自身だ。
わかっているのに、その怒りを自分に向けることも、そして何か大きな決断を下すことも、今の私には大きすぎて、向き合う勇気が無い。
息をするたびに、胸の奥で何かが漏れ出て、じわじわと広がっていく。
「……ノワエ」
私を呼ぶ声に、沈んでいた意識が引き戻される。
目の前にいるアンスリュームは、怪訝そうな表情をしている。いらない心配をかけてしまったようだ。
一呼吸置いてから、彼に向き直る。
「ごめん、なに?」
「……もう一つ、話したいことがあるんだが」
「次、重い話だったらぶん殴るからね。疲れてるんだから」
「俺を殴れるなら十分元気じゃないか。で、ディースは元気にしてるのか?」
アンスリュームの口からディースの名前が出て、一瞬、頭が追いつかなかった。
「……あんたの口からディースの名前が出るなんて、初めてじゃない?」
「ん? ああ、そうかもしれんな。で、元気か?」
「ええ。おかげさまで魔族よりも魔族してるわよ」
「そうか……」
アンスリュームはそこで一度言葉を切り、わずかに視線を落とした。
「ノワエ、お前が口が堅いことを信用して、聞きたいことがあるんだが……」
「話、三つ目になってるわよ。今日はえらく饒舌じゃない」
私の嫌味なんて意にも介さず、アンスリュームは「そうだな」とだけ言って話を進める。
「そもそも、お前はディースが魔界に堕とされた理由を知っているのか」
「詳しくは知らないけど、先代の大天使の義母を殺したんでしょ?」
そんな話を姉さんから聞いたことがある。
魔界と違い、天界では殺しはご法度だ。まして大天使の親族を殺したとなれば、極刑――つまり追放は免れない。
「ああ、そうだ。だが、俺は本当にそうなのか疑問を持っていてな」
「どういうこと?」
「いくら圧政を敷いていたとはいえ、ディースが彼女を殺す動機が見当たらない」
「……圧政を敷いていたっていうのは初めて聞いたけど、それが本当なら殺す理由なんていくらでもあるんじゃないの? いろいろな天使から恨みを買ってるだろうし」
「いや、彼女の近辺で得をする天使は誰一人いないはずだ。それと、あのディースが現場で捕まるなんて、そんな失態をするとは思えない……」
「……確かに、想像しづらいわね」
用意周到なディースだ。
もちろん、イレギュラーなことはあるだろうが、そういう事態もある程度計算に入れた上で行動するはずだ。
「もう一つある。凶器に使われた剣が、ディースの親友の剣だったんだ」
「偽装するために持ち出した、ってこと?」
「ああ。本人がそう白状したらしい。だが、罪を擦り付けるつもりなら、もっと関係のない者の剣を使わないだろうか」
こちらのほうがよほど違和感がある。ああ見えても、ディースは情に厚い。
仮に、この世にその親友の剣しかなかったとしても、絶対に使わないだろう。
「俺は、彼女とは数年指南してもらった程度の付き合いしかない。だが、その時に抱いた印象と、ずさんな犯行に大きく乖離があると思っている。だから家族同然のお前の意見が聞きたくてな」
「それ、もしディースが誰かをかばってたとなると、どうなるの?」
「偽証罪は免れんが、ディースの追放は取り消されるはずだ」
それならば、協力したいと思う。
それに、もし天界に戻ることになれば、大魔王代理を務める案は白紙に戻るだろう。
(その場合、ディースは私の傍からいなくなるのか……)
正直、耐えられる自信はない。
でも、ディースが大魔王代理をやるよりは絶対にましだ。協力しよう。
「ディースが殺しをやるとすれば、それは証拠も残らず綺麗にやるでしょうね。その場で捕まるなんてヘマはしないわ」
「お前もそう思うか……」
「それと、ディースが親友の剣を偽装に使うなんて、絶対にない」
アンスリュームは無表情のまま、どこか納得したように目を伏せた。
「助かった。お前の意見が聞けてよかった」
「そりゃどうも。今度は酒を持ってきなさいよ」
「……お前、前から言おうと思っていたが、酒ばかり飲んでいると体を壊すぞ」
「知らないの? 水分補給って大事なのよ?」
そう言って一升瓶をあおると、アンスリュームが肩をすくめた。
その後ろから、おもちゃを見つけた子どものように目を輝かせて、ムースがそろりそろりと近づいてきた。
「アンスリューム、二人で何こそこそ話してんのさ」
「それは……」
アンスリュームが言いよどむ。
どうやら事件の調査をしていることを、ムースには伝えていないらしい。
それなら、ムースに乗っかっておくか。
「口説かれてたの」
「うわっ、この女たらし……。こんなに可愛い彼女がいるのに、まな板を口説くなんて……」
「……あんたもまな板でしょ」
「いや、さすがにノワエよりはあるって」
そう言って胸を持ち上げるムース。だが悲しいかな、手には何も集まらなかった。
それを見て、私たちは同時にため息を吐いた。
「ノワエ、さっきの件、私はノワエの味方だから」
「ええ、ありがとう。こいつと違ってムースは味方だと思っていたわ」
「もちろんっしょ。ノワエは私の親友だし。んで、ちょっとアンスリューム借りてもいい?」
「いいわよ。というか、持って行ってちょうだい。酒の素晴らしさがわからない男はいらないわ」
「あははっ。じゃあアンスリューム、行こっか」
「ああ……」
アンスリュームを連れて、ムースは部屋を出ていった。
その背中を見送ってから、一つ息を吐く。
(ディースのことか……)
まだ事態を好転させられる。
私がやることは、私の愛する者を全力で守ることだ。
(うん、美味しい)
今度のお酒は、格別だった。




