12-2 大魔王にふさわしい者
「お。ノワエじゃん」
時間になったので会議室へ向かっていると、部屋から出てきた天使と鉢合わせる。
――天界を治める大天使のムースだ。
彼女の澄んだ水色の瞳が私を見つけるなり、表情を明るくして柔和な笑顔を彩る。
ムースは誰もが敬うはずの大天使なのに、「地方に行くと本気で気づかれないんだよねぇ」とよく嘆いている。
服装は質素すぎるし、顔つきもこれといった特徴がなくて、性格も明るくて人懐っこいせいで、どう見ても大天使には見えないのだから、気づかれないのも当然だ。
一応、腰には天界の長らしく立派な剣を下げているけれど、雰囲気のせいで飾りにしか見えない。
私はそんなムースのことが好きだ。理由は単純で、私と同じく完全なまな板だからだ。
本人は「ちょっとはあるし!」と言い張るけれど、そんなものは幻想でしかない。
「会議室でしょ? 一緒に行こうよ」
「ええ、いいわよ」
「――おい、ムース。あまり先走るなよ」
遅れて部屋から出てきたのは、大天使の近辺を守る、天将のアンスリュームだ。
ムースの落ち着いた青色とは対照的に、アンスリュームの髪は激しく燃えるような赤色だ。その隙間からのぞく眼はやや鋭く、不自然なほど整った顔立ちをしている。背も高く、細身なのにしっかり筋肉がついていて、立っているだけで絵になる。
どんな時でも物静かでクールなのに、自然と王を連想させる威圧感がある。一方で、人当たりはよく、困っている天使を放っておけない優しさも持っている。
……こいつは、長所ならいくらでも挙げられるのに、短所らしい短所がない完璧超人だ。
「こんな場所で襲われることはないっしょ」
「楽観的すぎるぞ。……仮にも目の前にいるのは魔王なんだ」
「そういう言い方は良くないと思うな~。ノワエが私に手を出すわけないじゃん」
「それはわかっている。気を抜くなと言っているだけだ」
また夫婦漫才が始まった。この二人はいつもこんな調子だ。
「こんなところでイチャイチャしてないで、さっさと行きましょう」
「はいは~い」
三人で会議室へ向かうと、すでに他のメンバーはそろっていた。
正面には総会長のコンサンシュが、その隣には副会長のローナさんが座っている。視線を横に流すと、閻魔大王のヴァルハルトが、だらっと足を組み、気怠そうな表情を浮かべていた。
その向かいに側に、ムースとアンスリュームが並んで腰を下ろす。
最後に、魔界代表代理の私がヴァルハルトの横の席に収まった。
全員がそろったのを確認すると、コンサンシュが開会のあいさつを行い、総会が動き出す。
この総会は、まず各界の近況報告から始まる。
私は代理という立場だし、そもそも最近の魔界には大きな動きがない。相変わらず小競り合いが続いているだけだ。地獄や天界のように死人の管理をする必要もないので、父さんから渡された、ほぼ白紙の資料を読み上げたら、それで終わり。
(暇、ねぇ……)
最初に報告を終えた私は、一応魔界の代表だから寝るわけにもいかず、かといって興味をそそられる報告もない。いつも通りぼんやりと聞き流していた。
「――さて、次の議題ですが……魔界の今後についてです」
小一時間ほど続いた各界の近況報告が終わると、面倒な話が始まった。
成り行きに任せるつもりだけど、姿勢だけは正しておく。
「皆さんもご存じの通り、大魔王の代替わりの時期が迫っています。しかし、後任として指名されているアザゼル様では圧倒的に力が足りず、このままでは魔界全土が戦争になると予想されています」
「……この問題について、アザゼル以外の後継者を選定したいと考えている」
何か月か前、ヴァルハルトと飲んだときに、“大魔王と閻魔大王を兼務する”という話をしていた。たぶん、その件だ。
それにしても、一応魔界代表の私が目の前にいるのに、父さんの死後の話を堂々とするかね。しかも後継者を挿げ替える相談まで。
私が裏切って父さんに報告したらどうするつもりなんだろうか……。いや、絶対にしないけど。
「天魔総括協会としては、閻魔大王のヴァルハルトに兼任を依頼したい」
「俺はいやだぜ。閻魔大王と大魔王なんて、どっちも片手間でできる仕事じゃねーからな」
前にヴァルハルトが言っていた通りだったが、あっさりと拒否した。
「もちろん、それはわかっている。だから、ディースを大魔王代理として立て、お前には裏から支えてもらう予定だ」
「はぁ!?」
思わず大きな声を上げて立ち上がった。
この案はヴァルハルトも聞いていなかったのだろう。彼も目を丸くしている。
「そんなことしたら、ディースが魔界中の魔族から狙われるじゃない!?」
「そうだな、ノワエ。彼女は危険にさらされる」
さも当然だと言わんばかりの態度をとるコンサンシュ。
握った拳がギチッという音を立てた。
「だが、ディースは元天使だ。明らかに天魔総括協会の回し者だとわかる上に、彼女自身も魔神族程度なら退けられる力を持っている。我々のサポートと、閻魔大王の後ろ盾があれば、魔族も容易には手を出せないだろうと判断した」
「そんなわけないじゃない!! 魔族をなめんな!!」
「ノワエ、私はお前よりもずっと長く生きている魔族だ。魔族の思考くらい、熟知しているつもりだ」
「……そうかもしれないけど、ディースは私の従者よ。勝手は許さないわ!」
「ディースは大魔王アウレオールスの従者だ。ノワエ、お前の従者ではない」
「ぐっ……」
コンサンシュの言う通り、ディースは正式な私の従者じゃない。
いちいち正論なのが、ほんとうにむかつく。
「確かに、アウレオールスの死後はディースもフリーだしな~。アイツが適任かは知らねーけど、協会が代理を立てるってんなら、兼務もアリっちゃアリだぜ?」
ヴァルハルトは私に配慮してくれているようでいて、結局はコンサンシュ側の意見を歓迎している。
私が睨むと、ヴァルハルトは「まぁ、座れ」と軽く手で制した。
「とはいえコンサンシュ、明日から兼務しろってのは無理だぜ。こっちにも準備ってもんがあんだよ」
「その点は問題ない。数千年かけて基盤を整え、そのあとにことを起こすつもりだ」
まるで決定事項のように淡々と話を続けるコンサンシュに、殺意が沸き起こる。
しかし、私がここで暴れて捕まってしまえば、コンサンシュの案に最後まで反対できる者がいなくなる。
頭ではわかっているのに、怒りで手が震える。
「ちょっとちょっと、みんな。ノワエの気持ちも考えてあげないと」
ムースが、そっと椅子を引いて立ち上がった。
視線が集まっても、その表情は揺らがない。
「気持ちは察するが、個人の感情を優先して魔界の大混乱を見過ごすわけにはいかない」
「そりゃそうだろうけどさ、混乱が起こるって決まったわけじゃないじゃん」
「混乱が起こった場合は、大天使殿が責任を取って介入するのか」
「それは……」
コンサンシュの言うことは、やはり正しい。仮に天界が介入すれば、混乱はさらに大きくなる。
ムースは何も言い返せず、視線を落とした。
(……ふぅ)
ムースは明らかに分の悪い私に、その立場とは関係なく味方してくれている。
――そうだ。まだ投げ出して、力に物を言わせるタイミングじゃない。
いったん落ち着いて、まずは情報を引き出すのが先決だ。
「ありがとう、ムース」
私が笑顔を向けると、ムースはほっと息をついてから、席に腰を落ち着けた。
「コンサンシュ、ディースが大魔王代理をするとして、いつまでやらせるつもりなの?」
「大魔王にふさわしい者が現れるまでだ」
「なによ、その“大魔王にふさわしい者”って?」
「――ノワエ。お前のことだ」
一瞬で、場の空気が変わった。
今までも、冗談半分の個人的な付き合いの中で、大魔王になれと言われたことはある。
だが、コンサンシュは各界の長が集まる、この総会の場でそれを口にした。
つまり――本気で、私に覚悟を求めているのだ。
「先に言っておくが、お前が大魔王代理のディースを守るという案は認めない」
「なんでよ」
「お前は、いずれヴァルハルトをも超える力を持つであろう、異端な存在だ。大魔王にならないお前が魔界にいると、我々の管理がしにくい」
「別にいいじゃない。私が守って、ディースが長く即位してくれた方が、あんたたちにとってもプラスでしょ?」
「下手をすれば敵対する厄介な存在を、放置はできん」
「じゃあ、ディースを守る者はいないってこと?」
「直接的には、な」
コンサンシュの言っていることは、それなりに理屈が通っている。
そして、私が大魔王にならない前提で考えるなら、これは最良に近い案でもある。
それはわかっている。
わかっているけれど――ここで私が折れたら、ディースの命はないも同然だ。
「……ノワエ、ディースが大魔王代理になった場合、お前は天界に幽閉する」
「コンサンシュ様、それは……」
「かまわん、ローナ。何か不都合が出れば、私が責任を取る」
コンサンシュの覚悟は、本物だ。
だが――私だって引けない。
お互いの視線が、静かにぶつかった。
「コンサンシュ」
長い沈黙の中、アンスリュームが珍しく口を開いた。
「さっきあんたが言った通り、今すぐ決めることではないんだろう。この場はこのぐらいにしておかないと、本当に殺し合いになるぞ」
「……別に戦う気はないわよ」
そう言われて初めて、自分が立ち上がり戦闘態勢に入っていることに気がついた。
よく見ればヴァルハルトもアンスリュームも、私を止める態勢になっている。
私は椅子に深く腰掛けた。
その途端、場の空気が一気に和らいだ。
「……では、一応、意見をまとめておきましょうか」
ローナさんの言葉に、場の視線が私へと集まった。どうやら私が先頭らしい。
「私は反対よ。閻魔大王の兼務だけでもあり得ないのに、その代理を天使にやらせるなんて論外よ」
「俺は、魔界の戦争が回避、もしくは縮小できるってんなら賛成だ。代理の人材については任せるぜ」
「私は当然、反対だね。ノワエやディースの気持ちも考えずにやるのは、絶対にダメっしょ」
「……俺は、どちらとも言えんな。ヴァルハルトが兼任する点は良いと思うが、協会からの代理が、我々が追放した天使というのは違和感がある」
「……ありがとうございます。こちらはまだ検討の初期段階ですので、これから内容を詰めていければと思います」
そうだ。まだ猶予はある。慌てふためくタイミングじゃない。
「では、次の議題に移りましょうか。次は――」
ローナさんが次の議題を読み上げ始めたが、まったく頭に入ってこない。
私の意識は、ずっとディースの今後のことで埋め尽くされている。
その後の議題については、一かけらも覚えていなかった……。




