12-1 お世話がルルカを放さない
「いや~……天界は、なんか空気が合わないよね~」
柔らかい光に澄んだ空気。この胸の奥がふわっと浮くような感じは、魔族の私たちにはどうにも馴染まない。
でも、そう言うくルルカの顔色はいつもと変わらない。
むしろ、物珍しい場所に来られたからか、どこか元気そうに見える。
「まさか、天界に何回も来ることになるとは思わなかったよ」
「私もよ。一年に何度も天界に来るなんて、生まれて初めてだわ」
天界の住人とはそれなりに仲良くしているけれど、魔族がそう簡単に出入りできる場所じゃない。
今日は各界の長が集まる総会に出席するために、また天界の門をくぐっただけだ。
「総会中、何して過ごそうかなぁ~。ノワエ様の身の回りのお世話と、部屋の掃除だけじゃ一時間もかからずに終わっちゃうし……」
「総会の期間中は、協会の選りすぐりの給仕部隊が参加するから、掃除すら必要ないわよ」
「そっかぁ~……。私もその部隊に入れてくれないかな?」
「難しいでしょうね。協会から見れば、私の従者であるルルカも来賓になるから」
「なんか編み物とか持ってくればよかった」
「あんたが三日間で編める量の素材を持ってくるのが大変よ。二十箱ぐらいいるんじゃないかしら?」
「やっぱ、現実的じゃないよねぇ~。たまにはのんびりするかぁ……」
仕事から解放されてのんびりできるはずなのに、ルルカはしゅんと項垂れていた。
しっぽが生えていれば、地面にめり込む勢いで垂れ下がっていたに違いない。
――まあ、気が重いのは私も同じだ。
総会は、面倒な報告や議題が山ほど詰め込まれた、私が最も苦手とする“真面目な会議”である。
しかも今回も父さんの代理出席だ。発言権はほとんどなく、魔界の報告が終われば、あとは延々と、どうでもいい話を聞いているだけだ。
とはいえ、ここまで来て帰るわけにもいかない。
相変わらず無駄に豪華で荘厳な本館で受付を済ませ、私たちは別館へと向かった。
総会の開催中は、従者も含めて三日間、別館からの入退出が禁じられる。
ルルカにとっては、何もできない地獄の三日間だろう。
とはいえ、私にとっても退屈な会議に出席しなければならない、別の意味での地獄の三日間が始まるわけだ。
心の中で、盛大にため息を吐く。
そんなことをしたところで、気が晴れるわけじゃないけど。
しばらく廊下を歩くと、別館の入り口が見えてきた。そのわきで、ローナさんとコンサンシュが話し込んでいる。
「こんにちは。二人とも、どうしたの? こんなところで……」
「うむ。実はだな……」
コンサンシュが腕を組み、妙に深刻そうな顔で話し始める。
「総会の給仕者に選ばれた者たちには、いつも前日に決起会を開いているのだがな。そこで出した生貝に中ったらしくて……今日来る予定だった十人、全滅した」
「なんで前日に生貝なんて食べさせたのよ!?」
思わずツッコミを入れると、コンサンシュはペロッと舌を出した。
――いや、おっさんがそれをやっても可愛くないからな。
「ノワエさんの言う通りですよ、コンサンシュ様……」
「すまん、反省している……」
肩を落としたコンサンシュは、大柄な体が嘘のように小さく見えた。ローナさんより一回り小さく見えるのだから、相当落ち込んでいるらしい。
「で、具体的に何を話し合ってたの?」
「総会中の人員の話だ。食事係は予備人員と緊急招集で何とかなったのだが、給仕係が三人足りなくてな……。どうにかできないか考えていたところだ」
「ですが、ご安心ください。何とか手配しますし、無理でしたら私が実働しますので、来賓の皆様にご迷惑はおかけしません」
ローナさんの有能さはよく知っているが、副会長の業務をこなしつつ、給仕者の総括をしながら三人分の穴埋めなんて、どう考えても無理だ。
そんなことを思っていると、横にいたルルカが、遠慮がちに私の袖を引っ張った。
「ノワエ様」
ルルカは、おもちゃを見つけた子供のように目を輝かせていた。完全に“私に任せておけ”の顔だ。私の言葉を待つその視線は、期待で弾けそうなくらいまっすぐだ。
ここでダメと言ったら、ルルカが死んでしまうんじゃないか――そんな錯覚すら覚える。
「わかったわよ。ルルカ、行ってらっしゃい」
「りょ~かいっ! 三人くらいの欠員なら私一人で余裕だよ。ローナさんの下に入って作業したらいいよね? 何から始めたらいい? 掃除? 洗濯? 料理? あ、全部でもいいよ。ルルカちゃんにお任せしてもらえれば全部完璧に仕上げちゃうよ!」
魔族とは思えないほど目を輝かせて、ローナさんに詰め寄るルルカ。しっぽがついていたら、鞭のようにぶんぶん振り回していたに違いない。
状況を飲み込めていないローナさんは、助けを求めるようにこちらを見てきた。
「あの、ノワエさん。お気持ちは大変嬉しいのですが、来賓のルルカさんに給仕をさせるなど……」
「ルルカはお世話してないと死ぬから、むしろこちらからお願いしたいぐらいなのよ」
「いや、ノワエ様、流石に死ぬことはない……。いや、死ぬかも」
「……ということでローナさん、遠慮なく使ってくれていいから」
「ですが……」
「じゃあ大魔王代理として命令させてもらいます」
代理とはいえ、私は魔界の代表だ。なけなしだが権限は持っている。
困り顔のローナさんは、今度はコンサンシュに助けを求めた。
「あの、コンサンシュ様……いかがいたしましょうか」
「ノワエが良いなら良いんじゃないか。情けない話だが、今から人員を確保するのは難しいだろう。それに無理をすれば皆が疲弊するだけだ、私が許可を出そう」
ルルカが大きくガッツポーズを作る。
「かしこまりました。ですがルルカさん、作業一式を確認させてください。基準を満たしていない方を使うのは、全体の士気に影響しますので……」
「もちろんだよ! むしろそうしてくれた方が、ルルカちゃんを使わないと損だってわかるだろうから」
「期待してますね。では話もまとまりましたので、お二人をお部屋にご案内いたします」
笑顔になったローナさんは、コンサンシュが判断してくれたことで内心ほっとしているようだった。
別館の扉には特殊な施錠魔法がかけられており、ローナさんが慣れた手つきでそれらを解除していく。
この施錠魔法、実は私が開発した魔法を転用したものなので、私も開け閉めくらいはできる。
というかたぶん、二度と使えないように細工をすることもできる。
そんなことを考えていると、ローナさんが最後の施錠を解いた。
巨人族でも余裕で通れそうなほど大きな金属の扉が、その重さに相応しい重低音を響かせながら、ゆっくりと開いていく。
「それではこちらに」
ローナさんに続いて部屋へ向かう。総会では毎回同じ部屋が割り当てられていて、私の部屋は入り口から見て左奥の、会議室からは一番遠いが一番広い角部屋だ。
無駄に豪華な扉を開けると、広い部屋の内部が姿を見せた
「すごっ……。こんな豪華な部屋、初めて見たよ……」
ルルカが感嘆の声を漏らす。
部屋の広さも豪華さも桁違いで、美しい箪笥の上には値段のつけられない調度品やガラス細工が並び、壁には著名画家の絵や大型生物のはく製が飾られている。
大きな窓には金色の刺繍が入った赤いカーテンがかかり、芝生のように沈む絨毯も同じ色合いで統一されていた。
派手な見た目とは裏腹に、中で生活すると意外と落ち着く、高級感と生活感を兼ね備えた部屋だ。
ちなみに父さんが住む魔王城にも、こういう贅沢を尽くした客室がある。
もっとも、魔王城にそんな重要な客人が来ることはないので、使われることはほとんどないのだが。
「ノワエさん、着いて早々で恐縮ですが、ルルカさんの試験をさせてください」
「ええ、かまわないわ。ルルカ、頑張りなさいよ」
「りょ~かいっ! なんでも完璧にこなしちゃうから」
「ではこちらに……」
そう言って隣の部屋へ案内される。ここは閻魔大王のヴァルハルトに割り当てられている部屋のはずだ。
ローナさんがノックすると、しばらくしてから気怠そうな声が返ってきた。
さらに待つと、チャラ男のヴァルハルトが、大きな欠伸とともに姿を現した。
「なに~ローナさん。俺ちゃん、眠て~んだけど……」
「お休みのところ申し訳ありませんが、お掃除のお時間です」
「おそうじ~?」
状況を飲み込めていないヴァルハルトを軽くかわし、ローナさんが部屋に入っていく。
私とルルカもそのあとに続いた。
「うわぁ……。すごい乱れてるね」
ヴァルハルトが触れたであろう場所は軒並み乱れていて、ベッドの上には脱ぎ捨てた服や手荷物が散乱し、机の上には書類や飲み物、タオルなどが雑然と積み上がっている。
高そうな調度品が並ぶこの部屋の中で、ヴァルハルトの生活のあとだけが妙に浮いて見える。
(よく、この短時間でここまで汚くできるものね……)
私もだらしないタイプだが、ここまで酷くはない。
「ほど良い散らかり具合ですね。ルルカさん、制限時間は二十分です。綺麗にしてください」
「りょ~かいっ!」
指示を受けたルルカが、テキパキと片づけを始める。
「ノワエ~……。これ、どういう状況……?」
「私の従者がいかに優秀か、見せつけに来たのよ」
「はぁ……」
まだ寝ぼけているのか、ヴァルハルトは気の抜けた返事をしてから、もう一度大きな欠伸をした。
ルルカはいつも通りの目にもとまらぬ速さで、制限時間を残して片づけを完璧に終わらせた。
先ほどまで乱れていたベッドや机の上は綺麗に整えられ、高級感のある部屋に戻っている。
「はい。ありがとうございます。ヴァルハルト様、ご協力ありがとうございました」
「ん? あぁ……」
意識があるのかないのかわからない、ぼんやりした返事をするヴァルハルト。
そのままベッドに倒れ込み、すぐにいびきをかき始めた。
「あれま、寝ちゃったね」
「外も中もチャラ男だけど、寝る間も惜しんで誰よりも真剣に仕事してるから、そりゃ疲れるわよ」
「そっか~……。じゃあ、私のために起こしちゃったのは、申し訳ないな~」
ルルカがそっとタオルケットをかける。
「この責任は私がとりますので、お気になさらず。そんなことよりもルルカさん、合格です。さっそく、給仕部隊の皆さんに挨拶に行きましょう」
「よかったわね、ルルカ」
「うん! ノワエ様、ちょっと行ってくるね」
廊下でルルカを見送り、自分の部屋に戻る。
(それにしても、都合よく給仕者の枠が空くなんてね……)
ルルカがお世話を引き寄せているのか、お世話がルルカを放さないのか……。
道すがら、そんなことを考える。
もう一度、無駄に豪華な扉を開けて、中に入る。
総会には数十回参加していて、いつもこの部屋を割り当ててもらっている。
いつも一人で使ってきた、第二の自室と言っても過言じゃない部屋なのに、今日はやけに静かに感じた。
(ルルカがいないだけで、こんなに寂しくなるのね……)
彼女の存在は、気づけば私の生活の中で当たり前になっていて、その当たり前がふっと消えるだけで、部屋の空気まで変わってしまう。
そんなことを思いながらも、私情で彼女を縛りつけるわけにはいかないと自分に言い聞かせる。
それでも落ち着かないので、持参した魔導書を取り出して、昨日まで読んでいたページに目を落とす。
(な~んか、集中できないわねぇ……)
ページを開いた指先に、さっきまで隣にいたルルカの明るい声が、微かに残っている気がした。




