11-2 サンドワームが強襲してきた
その夜。
三日三晩続いた雨はようやく止み、澄んだ月の光に照らされたジャヒーの深い緑の髪が、淫魔らしい妖艶さを際立たせる。
イレアナ姉さんは、私を一日玩具にする権利と引き換えに、快くジャヒーの同行を承諾してくれた。
魔物が地中から飛び出して通行人を襲うせいだろう。地面には、下から突き上げられたような不自然な凹凸がいくつも残っている。
雨水が溜まって小さな池のようになり、そこに月明かりが反射して、夜の平原にいくつもの光の柱が立っていた。
「この辺りですか……」
「たしかに、地面の下から大型の魔物の魔力を感じるわね……」
わざと魔物が気付くように探知魔法を放つ。
これで向こうから仕掛けてくるはずだ。
「あ~あ。もう服が汚れちゃった」
「足元がぬかるんでいるので、泥まみれになる覚悟が必要ですね」
地面が乾くにはまだ時間がかかりそうで、歩くたびに泥が跳ねる。
私の服の裾にもひどく泥が飛んでいた。帰ったら真っ先に着替えないといけない。
そんなことを考えていると、地面が大きく揺れ、足元から魔物が飛び出してきた。
とっさに飛び退き、その強襲を避ける。
泥水が巻き上がり、雨のように降り注いで私を汚した。ここまで濡れたのなら、もう汚れを気にする必要もない。
「ド派手な登場ね」
「こういう奇襲攻撃をされては、商隊が壊滅するのも納得です」
地中から現れたのは、巨大なミミズのような魔物――いわゆるサンドワームだ。
胴体は三十メートルほどもあり、太くねじれた蛇のような形状をしている。表面は岩のようにゴツゴツと盛り上がり、硬質で荒れた皮膚は、生物というより岩塊そのものを思わせた。
ただ、尾の先端だけは胴体とは異なり滑らかで、岩とは違う硬さを感じさせる。暗い紫色のそれは、毒や呪気を連想させる不穏な存在感を放っていた。
あいさつ代わりと言わんばかりに、サンドワームが口から大きな土塊を吐き出してきた。
「ビームを撃つって情報も、間違いではないみたい――ねっ!」
隕石のように落下してきた土塊が地面を砕き、破片が四方へ飛び散る。
私は後ろへ跳んで、その一撃を避けた。
間髪入れず、今度は長い体を鞭のようにしならせて襲いかかってきた。私はもう一度大きく後ろへ跳び、その岩のような胴体をかわす。
「よっと。ジャヒー、攻撃できそう?」
「地上にいる間は可能です」
ジャヒーは槍を手に走り出し、距離を詰めるが、すぐにサンドワームの尻尾が横薙ぎに飛んでくる。
彼女は難なくそれを避けるが、図体が大きい分、回避に必要な距離も大きい。
ジャヒーは近づいては離れ、また近づいては離れを繰り返し、なかなか攻撃に移れない。
「ジャヒー! とりあえず、いったん体勢を立て直しましょう!」
「わかりました!」
少し息が上がっているジャヒーとともに大きく距離を取ると、サンドワームは再び地面へ潜り込んだ。
「どう? 勝てそう?」
「ノワエ様の補助があれば、といった感じでしょうか」
「じゃあ……あなたに、色欲の加護がありますように」
思いつく限りの強化魔法を次々と使い、ジャヒーを大幅に強化する。
その直後、真下からサンドワームが強襲してきた。だが、今のジャヒーは先ほどよりも数段速い。
一瞬で体勢を整えて肉薄し、岩のような皮膚の隙間へ槍を突き刺す。
緑色の血が噴き出したが、傷は浅いようだ。サンドワームはすぐに体を振り回して反撃してくる。
ジャヒーはそれを軽々とかわし、続けざまに攻撃を通す。
サンドワームの対処はいったんジャヒーに任せ、私は距離を取って探知魔法を使う。
――三人。私たちの戦いを見ている者がいる。
だが、前の死神よりは数段弱い上に、ジャヒーが積極的に前へ出てくれているおかげで、私は能力を抑えながら補助に専念できている。この調子なら問題なさそうだ。
サンドワームの方に意識を戻すと、口から土塊を吐き出したところだった。ジャヒーは容易にそれをかわし、攻撃を叩き込む。
地面に潜ってからの強襲、しっぽの振り回し、そして口から土塊を吐き出す。
この三つがサンドワームの攻撃手段らしい。慣れてしまえば、予測も回避も容易だ。
ジャヒーが優勢に戦いを進めていくと、サンドワームは逃げるように地面へ潜った。
……だが今度は、地上へ出てくる気配がない。
「地面に潜られ続けられると、攻撃の機会がありませんね」
「そうね~。ワーム型は目も耳もないから、地中から引きずり出す方法がないのよね~」
その気になれば地面ごと焼き尽くすこともできる。だが、そんなことをすれば私が魔王族だと一発でバレてしまう。
何か妙案はないかと考え、すぐに思い当たる。
「この手の虫は、雨が降ると地面に出てくるものなのよ」
「たしか、息ができなくなるのでしたっけ?」
「ご名答。幸いにもずっと降ってくれたから、水を撒く量も少なくて済むでしょ?」
「そうですね。では、手分けして撒きましょうか」
その気になればこの辺り一帯を水没させることもできるが、ジャヒーに合わせて地道に水を撒いていく。
土が崩れ、地中の空気が減ってきたのだろう。魚が息継ぎをするように、ワームが頭だけを突き出した。
「いきます!」
その一瞬を逃すまいと、ジャヒーが一気に距離を詰めて攻撃に入る。だが、ワームの口元が大きく、不自然に震えていた。
「――っ!!」
警戒すべきだと感じた刹那、辺りの木々を吹き飛ばすほどの衝撃波が周囲を襲った。
私はとっさに魔法防壁で受け止めたが、ジャヒーは避けきれず、息を奪われたように空中へ高く放り上げられ、地面へ叩きつけられる。
「つぅ~……」
「大丈夫!?」
「……はい。ノワエさんの防御魔法のおかげで、致命傷はありません」
そう言うジャヒーの服は大胆に裂けて、肌が露わになっているが、幸いにも大きな傷は見当たらない。
私は念のために回復魔法を使い、傷を癒していく。
回復の途中、めったに見られないジャヒーの豊満な体のラインに視線が吸い寄せられ、思わず生唾を飲む。
ジャヒーはとびきり極上の淫魔なのだと改めて思い知った。
サンドワームが再び地上に姿を現した。
ジャヒーがにやりと笑い、一気に距離を詰める。
サンドワームはその巨体に似合わぬ素早さで襲いかかってくるが、小回りの利くジャヒーに大ぶりな攻撃が当たるはずもない。
今度は地中へ潜らせないよう、ジャヒーが巧みに立ち回る。
そうなれば、サンドワームはただの大きな虫だ。戦況は一気にジャヒーへ傾いた。
「これで、トドメです!」
ジャヒーが渾身の力で槍を一閃すると、サンドワームの胴体が真っ二つに裂けた。
緑色の血が大量に噴き出し、すぐに魔力の霧へと変わっていく。
完全に絶命したことを確認してから、ジャヒーがどこか満足そうな表情で、ゆっくりと戻ってきた。
お互い泥まみれの状態でハイタッチを交わすと、泥水がはじけ飛んだ。
「ノワエさん、援護いただきありがとうございます」
「ええ。役に立てたようで何よりだわ」
「では、戻りましょうか。イレアナ様を呼びます」
ジャヒーが水晶で姉さんを呼び出すと、すぐに姉さんの笑顔が映った。
「は~い、イレアナちゃんでぇ~す。無事に終わったかしら?」
「はい。無事に終わりました」
「じゃあ、そっちに繋ぐわねー」
辺りを確認すると、例の三人はまだこちらを監視していた。
――今、一瞬で見張りの三人を始末してしまうこともできる。
そんな物騒なことを考えていると、目の前の空間に裂け目が生まれ、その向こうに姉さんが姿を現した。
「ノワエさん、帰りましょう」
「ええ」
泥だらけのまま城の中に入っていいものか一瞬ためらったが、ジャヒーに続いて空間をまたいだ。




