11-1 誰かが探りを入れている
「あれ? 今日は、おまけなし?」
強い雨の中、ルルカと一緒に町へ買い出しに来ていた。
数日間降り続く雨のせいか、八百屋のおじさんの笑顔にも少し疲れが滲んでいる。
「ああ、悪いけど今日はおまけはできないぜ」
愛想の良いルルカはいつも何かしらおまけをもらえるのだが、今日は珍しく首を横に振られた。
「最近、道中に魔物が棲みついたらしくてな。物流が乱れて、仕入れがいつもより少ねぇんだ」
「へぇ~。でも、物流が止まるほどの魔物なら、報奨金目当てで誰か倒しそうなもんだけどねぇ~」
「腕に自信のあるやつが何人も挑んでるが、ことごとく返り討ちだ。最近じゃ、城に救援を頼むって話まで出てるくらいだぞ」
魔界では、困りごとは自分たちで片づけるのが常識だ。
とくに城への救援依頼は、町に戦力がないと認めるようなもので、そんな噂が広まれば争いごとが好きな連中が集まってくる。
そうなれば治安が乱れるのは目に見えているから、統治者としてはできれば避けたい最終手段だ。
(私の失態でもあるわね……)
姉さんに頼まれているわけではないが、この町は半ば私の管轄のようなものだし、愛着だってある。
そんな町の近くに大型の魔物が現れているのに気づけていなかったのは、失態以外の何物でもない。
「おじさん、その魔物ってどの辺りで出るの?」
「ん? ああ、聞いた話だと……」
私の考えを察したルルカが、代わりに情報を引き出してくれる。
魔物は町の近くの街道沿いで多く目撃されているらしい。
岩を張り付けた蛇のような姿で、城ほどの大きさがあり、普段は地中に潜んでいて、地面から突然襲いかかってくるという。
あとは、口からビームを吐くだの、傷をつけても再生するだの、空を飛ぶだの……尾ひれ背びれがついたであろう、あまり有益ではない話も混じっていた。
「ありがとう、おじさん。また来るね」
「おう、毎度あり。次はおまけできるぐらい仕入れとくな」
「うん、よろしくー」
八百屋から離れて、次の店へ向かう。
「ノワエ様、もう少し情報いる?」
「ええ。お願い」
「りょ~かいっ! ルルカちゃんに任せといて!」
少し弱まってきたとはいえ、降り続く雨のせいで、いつもは活気のあるこの街も今日は静まり返っている。
濡れたレンガの道を踏むたびに水が小さく跳ねて、足元だけがやけに騒がしく感じた。
次の精肉店でも、その次の鮮魚店でも、魔物に関しては似たような話しか出てこなかった。
しかし、最後のお茶屋で別の情報が零れ落ちてきた。
「――ってわけさ」
「ふ~ん。その魔物、けっこう悪さしてるんだね」
「ああ。この町の商店、かなりダメージを受けてるよ。もしかしてルルカちゃん、退治してくれるのかい?」
「むりむり。私、戦闘能力は皆無だから」
「そうかぁ……やっぱりそうだよねぇ」
「? ……何かあったの?」
「いや、実は最近、ルルカちゃんたちの話を旅人さんとしていたんだ」
心臓が跳ね上がる。
私たちの素性について、誰かが探りを入れている。
「旅人さんに? またなんで私たちの話をしたの?」
ルルカはいつも通りの何気ない調子で、私の聞きたい質問を投げかける。
「ああ。なんでもその旅人さん、旅先のお店で面白いお客さんの話を聞くのが好きらしくてね。愛嬌の良いお客さんの一人として、ルルカちゃんたちのことを話したんだよ」
「ほうほう」
「で、話しているうちに、改めてルルカちゃんたちって何者なんだろうって疑問に思って、ご近所さんにも話をしたんだ。そしたら、ご近所さんもルルカちゃんたちの話をしたって言い出して、盛り上がったんだよ」
「へ~。でもその旅人さん、残念だっただろうね。どこのお店も私たちの話をするんだから」
「あ、ご近所さんは違う相手に話したみたいだよ。洋服屋さんなんか、バーで美人のお姉さんに話したって自慢してたから」
「それ、奥さんに言っちゃだめだよ。絶対に怒られるから」
「ははっ。もうバレて、しこたま怒られたらしいよ」
「遅かったかぁ~。あ、そういえばさ……」
聞きたいことをすべて聞き出してくれたルルカは、お茶屋と雑談を始めた。
その間に、頭の中で情報を整理しておく。
一つは、街道に大型の魔物が出ていること。
もう一つは、複数の魔族が私の素性を探っていること。
やはり、先日街中で戦ったのは良くなかったらしい。
魔王族だとバレる――そんな最悪のシナリオがよぎり、一筋の汗が背中をつうっと流れた。
「――ノワエ様、お待たせ」
「あ……ええ。帰りましょうか」
「うん。お茶屋さん、また来るねー」
「はい。今後ともごひいきに」
お茶屋を後にして、ルルカと帰路につく。
いつものように検問で局所的なボディチェックを受けてから、森の中へと入った。
胸のざわめきに追い打ちをかけるかのように、雨がいっそう強まり、木々を叩く雨音が、私を急かしているように聞こえた。
辺りに監視の気配がないことを確かめてから、ルルカに声をかける。
「ルルカ、ありがとうね」
「もちろん。情報収集はルルカちゃんに任せてよ」
愛想のいいルルカだからこそ、お茶屋も自然と口を開いたのだろう。私やディースにはできない芸当だ。
「私たち――というか、ノワエ様の近辺を探ってる魔族がいそうだね」
「そうね。おそらく先日の件でマークされたんでしょう。カーラに裏の動向を調べてもらわないと」
彼女ならもう何か掴んでいるかもしれないが。
「それよりもまずは魔物の駆除ね」
「ノワエ様は身バレのリスクよりも、魔物の方が優先順位が高いんだね」
「正解。でも、街道沿いっていうのが厄介なのよね~」
いくら優先順位が高いとはいえ、こんな状況で先陣を切るのは、できれば避けたい。
「カーラは、たとえ空間をつないだとしても向日葵畑から遠いこんな場所には来ないでしょうし、ディースも堕天使だとバレると厄介なのよね~。
ルルカ、やってみない?」
「私がいなくなって一番困るのはノワエ様だよ?」
「冗談だって。あんたがいなくなるのはダメージが大きすぎるわ……」
ルルカがやって来て半年。
長寿の魔族からすれば半年なんてあってないような期間だが、その短い時間で、ルルカは私にとってなくてはならない存在になった。
だからこそ、必死になって自動防御魔法の開発を進めているのだ。
「地中にいるのも厄介なのよね……」
大型の魔物を倒せる戦闘能力を持ち、なおかつ私の素性を知っている者。
緑色の髪に鋭い目をした淫魔――ジャヒーの顔が浮かぶ。
彼女なら戦闘能力も高いし、私が素性を隠していることも理解している。
(姉さんに交渉してみるか……)
色欲領を実質的に取り仕切っているジャヒーを借りる対価は、体で支払うことになる。
イレアナ姉さんは、容赦なく私を弄ぶだろう。その光景が鮮明に浮かび上がる。
(……何考えてんだか)
その時を期待してしまっている自分に嫌気がさして、深いため息を吐いた。




