10-3 厄介なのが現れた
(また、厄介なのが現れたみたいね……)
村に足を踏み入れた瞬間、死霊族特有の死を感じる冷気が肌にまとわりついてきた。
(穏健派の死霊族がこんな場所で暴れるはずがないから、魔物でしょうね)
村は逃げ惑う魔族たちで大混乱だ。
それを抑えようと、いつもは色欲にまみれて働かない淫魔の兵士たちまで、今は真面目に避難誘導をしている。
(これ、本当にまずいわね)
私は、逃げる魔族たちの波を逆走して、魔力の発信源へ急いだ。
近づくほどに嫌な感覚が濃くなり、冷たい嫌悪感が背筋にじわりと広がる。
敵は強い。最悪の光景が頭をかすめ、一筋の汗がつっと落ちた。
逃げる波に逆らって魔力の発生源へ到着すると、大きな鎌を構え、黒いローブに身を包んだ、いわゆる死神がカーラと対峙していた。
羽もないのに、そいつは空中にふわりと浮かんでいる。
その周囲は、触れれば命を刈り取られそうなほど、濃い闇に覆われていた。
対峙するカーラは、見たこともないほど傷だらけで、荒い息をついていた。
「カーラ、大丈夫?」
「なんとかってところね」
その声を聞いて、胸の奥がほっと緩む。
「まだ戦えそう?」
「当たり前よ。私を誰だと思ってるの」
戦意を確認してから回復魔法をかけると、カーラの傷がたちまち癒えていった。
「ノワエの回復魔法って、何というか……優しさを感じないわね」
「そんな皮肉が言えるなら大丈夫そうね」
私が肩をすくめると、カーラは不敵に笑い、大きな斧を構えた。
「これだけ視線が多いと、ノワエが暴れるわけにはいかないわね」
「そうね。こんな状況でもお仕事ご苦労様、って感じね」
この世の終わりみたいな状況でも、どこからか私たちを監視する目が向けられている。
「じゃあ、私が前に出るわ」
「配慮ありがと。カーラに色欲の加護がありますように」
相手は空高くに浮かぶ魔物。こちらは地上から攻撃するしかない。どう考えても不利だ。
その状況をひっくり返すために、思いつく限りの強化魔法をかけていく。
「色欲の加護は怖いけど、ま、ありがとう」
そう言い残し、カーラは地面を蹴って空へと舞い上がった。
死神はカーラの最高到達点を冷静に見極めると、ふわりと少しだけ浮き上がり、水平に振り抜かれた斧を受け止め、そのまま地面へ叩き落とす。
カーラは空中で一回転してから地上に降り立ち、体勢を立て直して再び飛びかかる。
――けれど、空中戦では勝敗は見えている。
次の一振りもあっさり防がれ、また地面へ叩き落とされ、今度は転がった。
起き上がろうとした瞬間、死神が急降下して鎌を振り抜く。
その命を刈り取る一撃を、カーラは間一髪で受け止めた。
体勢を崩したカーラにとどめを刺そうと、死神が鎌で連撃を叩き込む。
「それ以上はさせないわ!」
私は巨大な火球を叩きつけた。
死神は少しひるんだだけだったが、カーラが飛びのいて体勢を立て直すには十分な時間だった。
「動き、だいたいわかった?」
「ええ。戦闘慣れもしているし、かなり厄介ね」
物理一辺倒のカーラが、浮いている魔物相手に不利なのは当然だ。
それでも、強化魔法までかけた彼女が手も足も出ない相手なんて、そう多くはない。
「カーラ、本当に倒せる? 無理なら引きつけて、人目のないところで私が始末するけど」
「それだと色々なところに被害が出るでしょう。もう少し地上に近いところまで降りてきてくれれば、勝負になると思うわ」
「んじゃ重力魔法でも使うか。ちょいちょい牽制も入れるから、攻撃に集中して」
「わかったわ。いい塩梅でよろしく」
私に諸々を任せ、カーラは再び飛びかかる。
死神は先ほどと同じく、カーラが頂点に達するタイミングでふわりと浮き、攻撃を相殺するつもりだ。
――だが、私がそうはさせない。
「!?」
漆黒のフードからのぞく骨の顔に、わずかな焦りが浮かんだ気がした。
カーラが思った以上に高く飛んだこと。そして死神が思った以上に上昇できなかったこと。
その二つの誤算が重なり、死神の反応がわずかに遅れる。カーラにとっては十分すぎる隙だ。
カーラの斧が一閃し、切り裂かれた箇所から真っ黒な魔力が飛び散る。
かなり深い傷を負わせたはずだが、一撃では仕留めきれない。
死神は回復魔法の詠唱に入ろうとしたが、私は炎魔法でそれを邪魔して、回復を最小限に抑える。
さらに重力魔法を強め、死神の高度をじわじわと下げていく。カーラ三人分ほどの高さまで落ちてきた。
カーラは再度飛び上がり、肉薄して必殺の一撃を繰り出す。
――しかし、その斧が死神に届く前に、カーラの体からふっと力が抜け、そのまま落ちる。
「カーラ!!」
私は風魔法でクッションを作り、落ちてきたカーラを受け止める。
「大丈夫?」
慌てて駆け寄ると、カーラはゆっくりと身を起こした。
その様子を見て、肩の力が少し抜ける。
「意識が飛ぶくらいで済んだわ。あんたの防御魔法のおかげね」
カーラは息を整えながら続ける。
「にしても、死霊族の奥義を使える魔物がいるなんて……」
死霊族の奥義は、自分より魔力の低い相手を即死させる危険な術だ。防御魔法があったとはいえ、カーラが意識を失ったのも無理はない。
「ノワエ、そろそろ締めるわよ」
カーラは自分の頬をぱん、と叩き、気合を入れ直した。
奥義を使った死神は魔力を使い果たしたのか、傷を癒すことも距離を詰めてくることもない。
もう抵抗する余力はなさそうだ。
私が重力魔法をさらに強めると、死神がゆっくりと私たちの高さまで落ちてきた。
本来なら地面に押しつけられて動けないほどの重力だ。それでも死神は、ぎりぎり宙に浮いたまま耐えている。
カーラが一気に踏み込み、死神へ肉薄する。
白兵戦での強さは魔王族とそん色ない。距離さえ詰めればカーラの独壇場だ。
死神は初めこそ鎌と防御魔法で器用に捌いていたが、すぐに動きが鈍り、傷が増えていく。
――そして、鎌が手から滑り落ちた。
「楽しかったわ」
カーラは短くそう告げ、防ぐものを失った死神を真っ二つに切り裂く。
死神はどさりと崩れ落ち、斬られた部分から魔力の光へ変わっていく。
「お疲れ様、カーラ」
「ええ。ようやく終わったわね」
カーラの後ろで、残った光が夜空へ昇り、町の闇に淡く消えていった。




