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9-3 私の守るべきもの

「ルルカ、ちょっと下りてきて」

「は~い」

 

 何も知らないルルカは無防備に下りてきて、いつもの笑顔が少し曇った。

 私は平常心を保っていたつもりだが、何かあったことを見透かされたようだ。

 

 そんな彼女に、事の顛末を説明する。

 さすがに青ざめるかと思ったが、表情に大きな変化はなかった。

 

「本当にごめんなさい」

 

 そう言ってルルカに抱きつく。

 ――そして、耳元でそっと囁く。

 

「これさえ持っておけば大丈夫よ」

 

 ルルカの後ろポケットに小さな水晶を滑り込ませる。返事の代わりに、そっと抱き返してくれた。

 同席していた三人を横目で見るが、気が付いた者はいなかったようだ。

 

「……わかったよ。そういうこともあるよね。ほら、早く行こうノワエ様。私が行くのが遅くて、ディースまで殺されたらシャレにならないよ」

「……ええ、行きましょう」

 

 ルルカを連れて、処刑場へ向かう。

 

 正直、渡した水晶に刻んだ自動防御魔法は、動作するかどうかもわからない未完成品だ。一抹の不安を抱えながら、それでも一歩ずつ前へ進む。

 

 夕方の森は、汗が自然と引くほどには涼しくなっているはずだ。

 それなのに、動悸が早くて体だけが妙に熱い。汗もまったく止まる気配がない。

 

 誰もいてほしくなかったが、開けた場所には、ディースと兄さん、そして大勢の従者がしっかりと待っていた。

 

「ほう、逃げずに来たな。その女が新しい従者か」

「ルルカちゃんです。アザゼル様、よろしく」

 

 もちろんそんな意図はないのだが、わざと煽っているのかと思う自己紹介に、さすがの私も驚いた。

 あ、これ絶対に兄さん怒るな――そう思う間もなく、兄さんがルルカに斬りかかる。

 

「――!?」

 

 一撃がルルカに届く寸前、魔法防壁が展開し、剣は鋭い音を残して真っ二つに折れ飛んだ。

 ルルカは反応すらできていない。そして、彼女が何もしていないことを兄さんも理解している。

 何が起こったのかわからないという顔で、自分の手に残った剣の片割れと、地面に転がったもう片方を、何度も見比べていた。

 

(あ~……思ったより攻撃を吸収できてないわね……)

 

 攻撃をいい感じに受け止めてくれるように作ったつもりだったのに、力が思いっきり反射してしまっている。

 

 下級魔族以下の無抵抗なルルカに剣を振り下ろし、それがあっさり防がれたどころか剣を折られたのだから、兄さんのメンツは丸つぶれだ。我に返ったら絶対に激高する。

 

 兄さんが怒ったところで、私からすればミジンコが騒いでいる程度だ。一撃で制圧できる。

 けれど兄さんが暴れれば、私もそれなりに力を解放しなければならないし、そうなればさすがに強さを隠し通すのは難しい。なんとか穏便に済ませたいところだ。

 

 沈黙が落ちる。

 少しすると、兄さんの眉がぴくりと跳ねた。

 

 ――考えている時間はない、ここは一か八か、兄さんを持ち上げる方向でいこう。

 

「兄さん、さすがですね。魔力を込めるだけで、その名刀を折ってしまうなんて」

 

 兄さんの従者たちに目配せをすると、彼らはすぐに拍手し、口々に兄さんを褒め称えた。

 彼らにとっても、兄さんが激高するのは避けたい面倒ごとなのだ。

 

「う、うむ……当然だ」

 

 兄さんは苦虫をかみつぶしたような表情をしているが、「一般以下の戦闘能力しかない魔族に攻撃を防がれ、剣まで折られました」とは、さすがに口が裂けても言えないらしい。

 無駄に高いプライドが、今回は良い方向に作用してくれた。

 

「アザゼル様、そろそろ出発しませんと、野宿になってしまいます」

 

 ちょうどいいタイミングで、兄さんの従者の一人が提案してくれた。

 

"「……わかった。小娘、私が強すぎたおかげで命拾いしたな。

しかし魔王族に逆らうということがいかに無謀か、身をもって思い知っただろう。

お前のような虫けらが、愚妹とはいえ魔王族の従者になれた奇跡を心に刻み、決して変な気を起こさぬように!」"

  

 ルルカは、ようやく自分が斬られかけていたことに気づいたのか、声も出せずにただ頷いた。

 

「ノワエ、私の強さをいつでも思い出せるよう、この剣はお前にくれてやろう。」

「ど、どうも……」

 

 粗大ゴミを押し付けられた。

 

「ディース、茶に関しては馳走になった。では私は帰る。皆の者、すぐに出立するぞ!」

「次はどこかに行くんですか?」

「出来の悪い弟妹たちに喝を入れて回るつもりだ」

「そうですか。お気をつけて」

「お前に心配されるほど軟ではない!!」

 

 そこはキレなくてもいいだろ、と思いつつ兄さんを見送る。

 

 兄さんも空間移動の魔法は使えるはずだけど、技術的にも魔力的にも、自身が治める憤怒領内と、勝手を知っている魔王城周辺くらいしか繋げられない。

 だから、他の領土を統治する姉兄たちのもとへ向かうときは、徒歩で移動するしかない。

 

「はぁ。なんとか終わったね……」

 

 兄さんが完全に見えなくなってから、ようやく息を吐く。

 

「お疲れ様でした、ノワエ様」

「ええ。本当にお疲れよ。ルルカ、大丈夫だった?」

「ぜんぜん、大丈夫じゃないよぉ……」

 

 先ほどまでは驚きつつも平然としているように見えていたが、今は音が聞こえそうなほどガタガタと震えている。


 私がそっと手を握ると、ルルカは強く抱きついてきた。

 頭をなでると、その腕に込められる力がさらに強くなる。

 

 命を狙われた恐怖は、そんな簡単に消えるものじゃない。

 酷く震えるルルカを、抱きしめ返す。

 

 しばらくするとルルカの震えは収まり、ゆっくり顔を上げて、「ごめん」と言ってそっと離れた。

 

「どうしたの?」

「ノワエ様まで汚しちゃった……」

 

 そう言って視線を下に向けるルルカ。

 服にできた染みが、ほんの少し私にも移っていた。

 兄さんの攻撃が目の前まで迫っていたのだ。さすがに怖かったのだろう。

 

「大丈夫……っぽいわよ。それに、外だから汚してもセーフじゃない?」

「あ~……それもそうか、な?」

「セーフではありませんよ」

 

 ディースが呆れたように言うが、その顔はどこか優しかった。

 

「とにかく、帰りましょうか」

「うん!」

 

 ルルカの手をしっかり握って、三人で森の中を歩く。

 

「二人とも、飛び火して悪かったわね」

「いえいえ。……それにしても私を薄汚いとは。まぁ、埃っぽくはありますが」

「それは仕事をしている証拠じゃない。というか、ディースとルルカが毎日掃除しているから、埃なんてほとんど出ないでしょう?」

「叩いたら出てくるものですよ。……ノワエ様も叩けばお金が出てこないですかね?」

「出ないわよ。当然、逆立ちしても」

「ではイレアナ様の所に放り込みますか」

「昨日の今日だからやめて……」

 

 私の体力だって無尽蔵ではない。さすがに限界はある。

 とくに姉さんと遊ぶと、体力以外のものまでごっそり持っていかれるので、とんでもなく疲れるのだ。

 

 ディースが手にしている折れた剣が目に入る。

 

「それにしても、自動防御魔法のできはイマイチだったわねぇ……」

「え? でもルルカちゃんはしっかり守ってもらえたよ?」

「攻撃は防げたけど、思っていた結果とは全然違うし、試作品ということを考慮しても、二十点くらいかしら。発動しただけ良しって感じね」

「ノワエ様なら何とかしてくれるって信じたけど、仮にこの水晶が発動しなかったらどうしたの?」

「その場合は私が直接止めたわ」

 

 兄さんごときの攻撃なら、当たる寸前に防御魔法を展開しても余裕で間に合う。

 まぁ、その時は私の力がバレないように、兄さんとその従者をまとめて消さないといけないから、あと処理がたいへんだろうけど。

 

「……そういえばアザゼル様、最後にノワエ様のことを魔王族だと明かしていましたね。魔王族であることを伝えていないと説明したはずなのですが……」

「たしかに、魔王族の従者になれた奇跡をどうのこうの言ってたわね」

 

 もちろん、ルルカは私が魔王族であることを知っている。あれはごまかす為に吐いた嘘だ。

 だから自然と出た言葉だろう。今後、兄さんが情報を漏らさないか心配になってきた。


(バレたらどうしようかしら……)

 

 考えないといけないことは、私の素性や立ち振る舞いだけじゃない。

 姉さんのこと、兄さんのこと、父さんのこと、魔界のこと。

 辺境でのんびり暮らしているだけのニートなのに、魔王族というだけで悩みは尽きない。

 

 ふと、並んで歩くディースとルルカの横顔を見ると、胸の奥が温かくなる。

 

 ……私が本当に考えないといけないのは、二人の幸せを守ることだ。

 そう思うだけで、心の中が自然と軽くなった。


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