8-4 お風呂は理性が危ない
「う~ん。やっぱり気持ちいいわねぇ~」
今日は珍しく気温が低いので、お風呂が身に染みる。
この洋館の良いところはたくさんあるけれど、一番素晴らしいのはお風呂の大きさと材質だ。
浴槽はだいたい六畳ほど。泳ぐことはできないけれど、ディースとルルカと私の三人で入っても、足を伸ばしてまだ余る広さがある。
材質は“檜の石”という、木と石を混ぜ合わせた高価な素材が使われている。その名の通り、檜の香りと肌触りを楽しめるうえ、石なので腐らず掃除も楽という、まさに夢のような代物だ。
「はぁ~……。お湯につかるのもいいものですね……」
ケアの入った桶が目の前を通り過ぎていく。
魔族用に作られたこの浴槽は、ケアにとっては湖みたいなものだ。だからお湯を張った桶でくつろいでもらっている。
「妖精さんって、お風呂に入らないの?」
「普段は雨水で体を洗います。……今回はちょうどその時を狙われまして」
「本当に、酷いことする魔族がいるもんだねぇ」
「助言だけであんなに料理がおいしくなるのなら、強引にでも連れてきたくなる気持ちもわかるわ」
「え? ノワエ様、妖精さんを襲うつもり?」
「襲わないわよ。ルルカの料理には十分満足しているし、どうしても食べたくなったらケアを呼べばいいだけだし」
「はい。ご入用でしたら、ぜひ呼んでください!」
ケアは嬉しそうに微笑んでくれた。
「そういえば、ケア以外は捕まったの?」
「いえ、あの時は私だけのはずです。私がしんがりを務めていましたし、『一匹でも手に入れば十分だ』と言って、あの男たちはすぐに引き上げましたので」
「じゃあ追加の捜索はいらないわね」
私の言葉を聞いて、ルルカが少し考えてから質問を投げかけてくる。
「ノワエ様、仮に他にも攫われてたらどうするつもりだったの? まさか魔界全域を調べるとか言わないよね?」
「そのまさかよ。数日かけて調べ上げるつもりだったわ」
「力技だねぇ~」
「結局、最後は力で解決するしかないのよ」
いくら策を練ったところで、絶対的な力の前には屈するしかない――それが私の持論だ。だからこそ日々鍛えあげて、その時に備えている。
「う~ん……」
大きく伸びをする。こうやって思う存分足を伸ばしてお風呂に浸かれるのは、本当に幸せだ。
しばらくのあいだ、私たちは無言で湯船につかっていた。
ケアの入った桶が、浴槽の中をゆっくりと行き来するのを眺めながら、ただ静かにお湯に身を沈める。
「ノワエ様、そろそろ洗う?」
「そうね」
私は立ち上がる。
今日は肌寒いとはいえ、色欲領は常夏だ。あまり長く湯船につかっているとのぼせてしまう。
「じゃあ、お背中お流ししま~す」
ルルカが立ち上がると、果汁が漏れ出てきそうなほど張りに張った、二つの果肉が弾むように揺れ動く。
「……あんた、また胸が大きくなってない?」
私は思わず、手を伸ばして揉みしだいた。
「ちょ、ちょっとノワエ様、くすぐったいってば……っ」
ルルカが身をよじるがそれが余計に官能的で、本能的に手つきが本気になっていく。
「ちょっ……んっ……」
こうしてルルカの果肉を真正面から堪能するのは初めてだが、ルルカは先っぽではなく奥の方が好みのようだ。手を下に潜らせて、優しく揉んであげれば強く反応する。
私の母親は淫魔で、かなり薄いが血を引いているし、普段から色欲の王である姉さんに鍛えられている。
だから、ルルカの神経が集中しているところが手に取るようにわかる。
どうやって導いてあげようか。そんなことを考えていた時だった。
「――私くらいなら押しつぶせそうなほど大きいですよね」
ケアの無邪気な一言で、桃色に染まりかけた頭は一気に正常に戻り、手を放す。
「はぁ、はぁ……。もぉ~。ノワエ様ってばぁ~」
「ご、ごめん……」
荒い息を整えるルルカ。お互いに顔が赤いのは湯気だけのせいじゃない。
ケアは、どうしてルルカが怒っているのかわからないようだ。
そういえば、妖精たちは分裂のような形で子を成すと聞いたことがある。
だから、さっきのがそういう行為の前座であったというのも、理解していないのだろう。
そんな無垢なケアを前に、卑猥な行為をしようとした自分を反省しつつ、浴槽から上がる。
「ほら、洗うよ。ノワエ様、背中向けて」
「は~い」
まだ怒り気味のルルカだが、いつものように丁寧に頭を洗ってくれる。
ときどき柔らかい物が頭に当たる。先ほどのことを思い出して、思考が自然とそっちに流れていく。
そのあとは、背中だけでいいと言っているのに、体の隅々までしっかり洗ってくれる。
ルルカは私のことを信用してくれているのだろう。タオルで隠すこともせず、無防備に体をさらけ出す。
主として、絶対に余計なことをしないように、気を引き締める。
「はい、終わったよ。じゃあ次はケア、おいで」
「わ、私もいいんですか」
「もちろん。ルルカちゃんにお任せあれ」
ケアの体は小さくて、少し力を入れただけで壊れてしまいそうだ。
私は怖くてできないが、ルルカはちょうどよい力加減で、ケアの体を優しく洗っていく。
「ありがとうございます、ルルカさん」
「うん、こちらこそありがとう。ごめん、ノワエ様、私の背中お願いできる?」
「わかったわ」
無防備なルルカの後ろに座る。後ろからでも、その大きさがわかる。
「ノワエ様、いらないことしなくていいからね?」
「フリかしら?」
「違うって。背中だけでいいからね」
「フリ?」
「もぉ~。ルルカちゃん、怒っちゃうよ?」
「ごめんごめん。お背中、流させていただきます」
いらないことはせずにルルカの背中を洗い終え、また三人で浴槽に入り、長い息を吐く。
「……」
ケアは先ほどから暗い顔をしている。落ち着いてきて、仲間たちのことが心配になってきたのだろう。
すべての魔族を助けることはできないけれど、友人とその仲間くらいは守ってあげたい。そんな気持ちが胸の奥で静かに湧き上がる。
「ケアには数日、料理を作ってもらうつもりだったけど、明日の朝に帰ってもらうわ」
「え? あの、どうして急に……?」
「気分よ、気分。あ、でも帰りたくないんだったら、いつまででもいてくれていいわよ」
「……すみません、帰りたいです」
「了解。じゃあ明日の朝ごはんは豪華にしてね」
「はい! 精一杯お手伝いさせていただきます!」
「ありがとう。楽しみにしているわ」
妖精さんたちの生活している場所はある程度絞れているから、ケアを帰すのは簡単だ。問題はそのあとだ。
どうせまた誰かが妖精さんたちを襲うだろう。もう一度、運よく助けられる保証はない。だから、緊急時に私へ連絡できるようにしておいた方がいい。
(通信用の水晶を作るのが無難よねぇ……)
私にしか繋がらない通信用の水晶自体は簡単に作れる。
ただ今回は、ケアのように魔力が少なくても起動できること、そしてケアが持ち運べるほど小さな水晶に諸々の魔法を書き込まなければならないことが問題だ。
「骨が折れそうねー」
そう自然と呟いてしまうくらいには、大変な作業なのだ。
「ノワエ様、何かするの? ルルカちゃんが手伝えることはある?」
「もう充分手伝ってもらえてるわ。今回は気持ちだけで十分」
魔法の研究室は、少し前まで足の踏み場もなかった。
けれどルルカが来てから整理整頓が進み、そのおかげで、はるか昔に押し付けられた親指大の水晶が出てきた。
ルルカがいなければ、この水晶の存在すら忘れていただろう。
そのことが伝わったのかどうかはわからないが、ルルカはそれ以上なにも言わなかった。
「……魔族って恐ろしい方ばかりだと思っていたんですけど、ノワエさんみたいに優しい魔族もいるんですね」
「優しい奴はけっこういると思うわよ。……ただ、弱い者を助けようとする奇特なやつは少ないけどね」
魔界では、助けを求める声がしても見て見ぬふりをする者が多い。せいぜい見回りの兵士を呼んでくるくらいだ。そして、その兵士が助けてくれるとは限らない。
なぜなら、たとえその場をうまく収められたとしても、後で報復されるなんてことが日常茶飯事だからだ。
絶対的な力のない優しさは、自らの身を滅ぼすだけ――魔界の子供たちはみんなそう教えられる。
「その、本当にありがとうございます。あのまま捕まっていたら私……」
「私は自分の欲求を満たしただけよ。それに、ありがとうって言葉は無事に帰れてから使いなさい」
ケアは少し考えてから、「そうですね」とつぶやいた。
「……なんだか、とっても不思議です。ノワエさんと今日初めて会ったのに、もうずっと前から知り合いだった気がします」
「もしかしたら、前世で本当に友達だったのかもしれないわよ?」
「もしそうだったら、今世でも友達ですね」
ケアが満面の笑みを向けてくれる。私も笑顔を返す。
「ちょっと、ルルカちゃんをまるっきり無視はよくないと思うなー」
「もちろんルルカさんともお友達です」
「うん! これからもよろしくね、ケア」
お風呂に入る前はまだ少し硬かったケアとの関係も、すっかりほぐれた。やっぱり裸の付き合いって大事だ。
「さて、そろそろ出ましょうか。ケア、ルルカ、ちゃんと温まれた?」
「はい。ちょっとのぼせてるくらいです」
「大丈夫、ちゃんと水も準備してあるから」
「さすがルルカ、準備が良いわね」
「もちろん。お世話をするのが私の生きがいだからね。常に抜かりはないよ」
そう言って立ち上がったルルカの胸は、ずっしりと柔らかく動く。
私だけでなく、そういう知識が無いはずのケアも、桜色の果肉に目を奪われている。
同じ過ちを繰り返してはいけないと思い、とっさに視線を下げる。
視界に入った自分のそれは、全く膨らんでいない。
残酷な現実を自分で突き付けてしまい、なんともやるせない気持ちになり、心の中で大きなため息を吐いた。




