8-3 夢中で食事を進める
「おかえりなさいませ……。何を拾ってきたんですか?」
館に帰ってくると、予想通り難しい顔をしたディースが出迎えてくれた。
「妖精よ。今晩のご飯を手伝ってくれるの」
「ケアと申します。精いっぱい頑張りますので、よろしくお願いいたします」
気さくに喋るルルカのおかげか、ケアは帰り道だけでかなり打ち解けてくれた。
今では私の夜ご飯を作るのに積極的だ。
「じゃあケアと料理を作るから、ノワエ様は待っててね」
「ええ。よろしく」
ルルカはケアを連れて台所へ向かった。
「あの、ご説明いただけますか?」
普段は察しのいいディースも、さすがに事態を飲み込めていないようだ。
私は町での出来事を説明した。
「なるほど……。では、私は料理の補佐に回りますか。ご準備できるまで時間がかかると思いますが、ノワエ様はいかがなさいますか?」
「そうね……ちょっと体を動かしてくるわ」
「かしこまりました。では、準備が整いましたらお呼びいたします」
「よろしく」
頭を下げるディースに見送られて館を出ると、落ち始めた陽と少し冷たい風が私を迎えてくれた。
今夜は常夏の色欲領にしては寒くなりそうだ。寝るときにかけ布団がいるかもしれない。
「さて、んじゃあ行きますか」
どこまでも続く深い森へ足を向ける。
ケアの故郷である妖精の国は、この色欲領からかなり遠く、私も行ったことのない巨人族の領土にある。
事前に場所を把握しておけば、ケアを帰す時に手間取らずに済む。
だから料理ができるまでの時間を使って、妖精の国を探すつもりだ。
「この辺りでいいかしら」
森の中をしばらく歩き、ひときわ静かな場所で立ち止まる。
使うのは探知魔法と、空間を裂く魔法の組み合わせだ。
「すぅ……」
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
身体が落ち着くのと同時に、集中力が増していく。
もう一度、深呼吸。身体を流れる魔力がはっきりと感じられる。
もう一度。辺りにいる虫一匹の動きさえ鮮明にわかるほど、感覚が研ぎ澄まされていく。
もう一度。風のささやきや大地の鼓動が聞こえる。
私も、魔物も、その辺にいる小さな虫も、この魔界だって生き物だ。
だから全てに魔力の流れがある。それを追えば、妖精の国だって見つけられる。
(ふぅ……)
私は持ってきた愛剣を鞘から抜き、ゆっくりと魔力を込める。
青白く光る剣が、身体に溶け込んでいく。
指先を動かすように、切先を何もない空間へ向ける。
剣先のほんの一部だけで空間を裂き、その先につながる巨人族の領土を探る。
意識を、感覚を、巨人族の領土全域へ広げ、妖精の国を探し出す。
――あった。
三十分ほどかけて、ケアと似た魔力を発する生き物が複数いる森を見つける。
さらに三十分かけて深い森の中をくまなく探る。どうやら複数の集落が点在しているようだ。
その中でケアの集落がどこなのかは、本人に確認してもらうしかない。
だいたいの位置を頭に刻み、魔力を離散させると、今まで感じていた魔力の流れがすっと消える。
同時に、どっと汗が噴き出してくる。鼓動もめちゃくちゃだ。
最強の魔王である私でも、上級魔法を超広域で同時に使えば、さすがに息切れもする。
私は地べたに大の字に寝そべった。
火照った身体を、そよ風と冷えた草がゆっくりと冷ましていく。
館を出た時は剣の練習もしようかな……なんて考えていたけど、そんな気にならないほど体力も魔力も使った。
(あ~。星がきれい……)
柔らかくて気持ちの良い芝生に体を預けながら、木々の隙間から広がる、いつの間にか空を占領しだした星を見上げる。
星は残った夕焼けを地平線の向こうへ追いやろうと、強く輝いている。
私を吸い込もうとする夜空と、そうはさせまいとする大地。二方向から引っ張られるような感覚が心地いい。
「あの星にも世界があって、魔族が住んでたりするかもしれないのよね……」
手を伸ばして星を掴もうとするけれど、当然、届かない。
私たち魔族だけでなく、天使どもも知らない星はまだまだある。
その中には、私たちとは別の魔族がいるかもしれないし、私より強い生物がいるかもしれない。
――そう考えると、とてもワクワクしてくる。
「……そろそろ戻ろうかしら」
私が星に思いをはせていた間に、空はいつの間にか闇に覆われていた。
おもむろに立ち上がり、森を抜けて館へ戻る。
館に近づくにつれて、牛肉の香ばしい匂いが鼻をくすぐる。久しぶりに高度な魔法を使って疲れているから、お肉料理だったらありがたい。しかも妖精の補助が入った極上の料理だ。
扉までもう少し、というところでルルカが出てきた。
「お、ディースの言う通り、本当にノワエ様が帰ってきた」
「さすがディースね。私の行動くらい、お見通しか……」
「さっ、早く中へ。妖精さんの料理が待ってるよ」
ルルカに背中を押されて食堂に入ると、ディースがビーフシチューを持ってきてくれる。
ケアはディースの肩の上に乗っている。どうやら、すっかり打ち解けたようだ。
それよりもとてもいい匂いがする。私のお腹が大きな音を立てて鳴った――と思ったら、ルルカのお腹の音だった。
「じゃあ、さっそくいただきましょう」
「いただきま~す」
ルルカと一緒に手を合わせて食事を始める。
ビーフシチューを一口。
しっかりと味が付いているのに、水のようにスッと喉を通る。口の中に嫌な脂が残ることもない。今までにない不思議な口当たりだ。
「うん、とても美味しいわ」
「お口にあったようで良かったです」
私の反応に、ケアがほっと胸をなでおろす。
いつもはルルカと話をしながら食べるのに、夢中で食事を進めていて、気が付けばお皿のシチューはなくなっていた。
「ごちそうさま」
お腹も心も、とても満たされた。
「では、お皿をお下げいたします」
「おっと、ディース。後片付けはルルカちゃんにお任せあれ」
そう言って立ち上がり、片付けを始めるルルカ。相変わらず手際が良い。
というか、私の三倍くらい量があったと思うけど、私より早く食べ終わっていたのか。本当に、お世話と食事に関しては右に出る者がいない。
「ほら、ディースは座った座った。給仕の続きはルルカちゃんがやるから」
「しかし、主と一緒など……」
「いいじゃんいいじゃん。ノワエ様、主ってほど威厳もないし」
「……言い返したいけど言い返せないわね」
椅子を引かれて、ディースは渋々腰を下ろす。
ケアはそっとルルカの肩へ移り、そのまま二人は台所へさがっていく。
「ノワエ様、申し訳ありません。ルルカの指示はどうも断り辛くて……」
「ぜんぜんいいわよ。むしろ私は、ディースの食事風景が見られて嬉しいわ」
「……変わっていますね」
「誉め言葉として受け取っておくわ」
ルルカはすぐに、ディースにはビーフシチューを、私には食後の紅茶を出してくれた。
「じゃ、私は片付けとかをしておくね~。ごゆっくり~」
そう言って台所へ引っ込むルルカ。ディースがため息を吐く。
「まったくあの子は……ノワエ様に対する態度を改めていただかないと」
「それができるなら、私が雇うことはなかったでしょうね」
ルルカは素直すぎる言動と主従関係の希薄さのせいで、仕事はすごく出来るのに千を超える職場を追われてきたらしい。
ただ、この欠点は私にとってマイナスにはならない。むしろ楽しいから、プラスなくらいだ。
ディースが手を合わせてからビーフシチューを食べ始める。自然とうっとりした顔を作ったが、慌てて表情を取り繕った。
「いろんなディースの顔が見れて楽しいわ」
「……」
「いや、見られたくない気持ちはわからなくもないけど、そんな仏頂面しなくてもいいじゃない。めったに食べられない美味しい料理なんだから、顔にも出して楽しまないと」
「……それもそうですね」
そう言いながらも表情はどこか硬いまま、ディースの食事はつつがなく終わる。
その後は四人でデザートを食べたり、ケアが味見だけでお腹が膨れたという話を聞いたりして、いつもより賑やかに食後を過ごした。
「あ、ノワエ様、そろそろお風呂が沸くよ」
「準備が良いわね。あ、そうだケア、一緒にお風呂に入らない?」
「え?」
「でたよノワエ様の特殊性癖……」
「変なこと言わない」
私は軽く指を鳴らし、ルルカの目の前で小さな爆発を起こす。
ルルカだけでなく、ケアもびくりと肩を震わせた。
「大丈夫よ、変なことしないから」
「気持ちよくされるかもしれないけどね」
「本当に燃やすわよ?」
手のひらに大きな火の玉を浮かべて見せる。
「冗談だって。せっかくだし、ルルカちゃんも一緒に入っちゃおっと」
「じゃあ、三人で入りましょう。ディース、後はお願いね」
「かしこまりました」
私は戸惑うケアと、やけにノリの良いルルカを連れて風呂場へ向かった。




