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5-4 人間 vs 自称魔王

色欲領の大きな町では昼夜を問わず客引きの声が飛び交い、通りは常に賑わっている。

だが、この村では夜も更けると客引きの姿はほとんどなく、代わりに店先では閉店の支度をする姿が目立つ。

その静けさが決定的な違いであり、もし城下町も活気を失えば、きっとこんな風に寂れてしまうのだろうと感じた。


村の詰め所に向かい、兵士に姉さんの使いであることを告げたのち、人間が保護されている空き部屋へ入る。

手足を拘束されたまま座らされている人間の男は、入ってきた私を鋭く睨みつける。


男は粗悪でも良品でもない布の服をまとい、体つきも特別逞しいわけではなく、ただの村人にしか見えない。

しかし肩や腕には鍛えている者特有の張りがあり、日々の鍛錬を積んでいることがうかがえる。

髪は乱れ、顔は疲労の色が濃いものの、その瞳には強い意志が宿っており、以前に相手をした勇者のように、何か使命感に燃えていることが感じられる。


それにしても魔力の構造や雰囲気が、妙に魔族じみている人間だ。下手な魔族よりも、よほど魔族らしい。

なお、残っていた者の中にこの男も含まれているため、今回の調査はハズレを引き続けただけのようだ。


「面倒なことは嫌いな性分だから、単刀直入に聞くわ。あんたは何しに魔界へ来たの?」

「……」


男は警戒しているのか、口を閉ざしたまま何も答えない。


「何も話さないってことは、何か目的があって来たんでしょ。どうせここから逃げられないんだし、素直に白状した方が事態が好転するかもしれないわよ」

「……お前たち魔族に復讐するために来たんだ」

「またどうして?」

「しらばっくれやがって……! お前たちが俺の村を亡ぼしたじゃないか!! そいつを追って、ここまで来たんだ!!」

「……その話、詳しく聞かせてもらえるかしら?」


私の言葉を聞いた男は、憎しみといら立ちを隠さずに語り始めた。


仕事で別の村に出かけていた男が自分の村へ戻ると、村は焼き払われ、村人は一人残らず殺されていたこと。

焼け跡に佇む、魔王を名乗る者と戦闘になり、追い詰めたものの、そいつは空間の裂け目へ逃げ込んだこと。

男はそれを追い、気づけばどことも知れぬ洞窟に迷い込んでいたこと。

洞窟を抜け、道なりに進んだ末に、この村へ辿り着いたこと。


――以上が、男の語った証言である。


「ふ~ん……」


この男の話が本当なら、その自称魔王は、魔族と天使の間で定められた“勝手に他の世界へ行ってはいけない”という協定に違反しているだけでなく、“勝手に他の世界を攻撃してはいけない”という協定にも違反していることになる。

さらに言えば、異界へ行くにはこの村の先にある異界の門を使うしかない。色欲領では、この門を無断で使用することはもちろん、近づくことすら禁じられている。


それらを考えると、自称魔王は低く見積もっても終身刑だろう。魔界の終身刑は尊厳など完全に無視した刑罰で、死ぬよりも苦しい。だから、死刑よりも上の刑罰だ。


「あんたの復讐に協力してやるわ」

「ほ、本当か?」

「ええ。あんたに協力してその自称魔王とやらをとっちめた方が、私にとって都合がいいのよ」


これは魔族による明らかな協定違反であり、こういう場合は魔界の代表として大魔王が呼び出される。

しかし父さんは天使どもに小言を言われるのを嫌がり、代理として私を送り込む。

つまり、私は父さんの代わりに叱責されることになる。だが、犯人を捕まえておけば、叱責もそこそこで済むはずだ。そのためには、この男の協力が不可欠だ。


「ちょっと記憶を覗かせてもらうから、我慢しなさいよ」


男が何かを言う前に拘束魔法でとらえ、指一本動かせないようにする。さらに、この部屋に誰も入れないよう魔法防壁を展開してから、男の額に手を当てて記憶を遡る魔法を発動する。

男のこの一か月の記憶、体感したことのすべてが、奔流のように私の中へ流れ込んでくる。

そういえば、記憶を呼び起こすことを生業としている者がいる世界もあったな――そんなことを思いながら、私はこの男の村を壊滅させた自称魔王の情報を探った。


村が襲われたときの記憶は、かなり鮮明に残っている。

自称魔王は何の特徴もない中肉中背の魔族の男で、むしろ人間に近い印象を受けた。強さも、さすがにルルカよりは遥かに上だが、それでも魔界では下層に位置する程度。魔法を主軸に戦うようだが、技術はまるで伴っていない。

この程度で魔王を名乗るなど、いくらなんでも私たちに失礼だ。――いや、ニートをしている私も十分失礼か。

とにかく、自称魔王の容姿も魔力も正確に捉えることができた。これなら、間違って別の者を追う心配はないだろう。


ついでに男が住んでいた世界の特徴も把握しておいた。天魔総括協会にこの情報を共有すれば、すぐに男の世界がどこなのか特定できるはずだ。


「はい、終わり。協力ありがとう」

「……なんか、すごく気持ちが悪いぞ……」

「本来は思い出せないはずの記憶を、無理やり呼び起こす魔法だからね。気分の一つや二つ悪くなるのは当然よ」


私はいったん伸びをしてから、探索魔法を村全体に展開する。

「さすがにもうこの村にはいないだろう」と、半ば試しに使ってみただけだったのだが、案外あっさりと見つかった。

危険な夜だというのに、村の外へ走り出している。どうやら逃げているようだ。


「見つけたわ。さっそく捕まえに行きましょうか」

「そ、そんな簡単に見つけられるものなのか?」

「魔族は優秀なのよ。今ならまだ近いから、すぐに追いつけるわ」


人間の拘束を外し、部屋の外で待機していた兵士たちに話を付けてから、自称魔王の後を追う。

走って逃げていたはずだが、もうバテたのか休んでいるようで、まったく動きがない。これなら歩いても追いつけるだろう。


夜の平原は、昼の暑さがすっかり消え、心地よい涼しさに包まれていた。

昼は暑さにぐったりしていた虫たちも、夜になると騒がしく鳴き、私たちの足音さえかき消してしまう。

明かりは一切ないが、空に散りばめられた星と月が行く道をぼんやりと照らしている。だがその道は死へと続いているように思え、どこか不気味さを漂わせていた。


村を出て二十分ほど歩いたところで、道端の岩に腰掛けている自称魔王を見つける。


「あいつだ!!」


肉眼で捉えるや否や、人間は猛然と突撃した。

自称魔王は自分が狙われていることにようやく気づき、慌てて炎の魔法を放つ。

しかし精度も威力もない魔法を男は難なく躱し、そのまま一気に間合いを詰めて、自称魔王の顔面へ拳を叩き込んだ。


「ぐぇ!」


蛙が潰れたような声を上げる自称魔王。


「仇は取らせてもらう!!」


男は馬乗りになり、追撃を加えようとする――だが私は人間と自称魔王の両方を拘束魔法でとらえた。


「ごめんね、人間。その自称魔王を殺す前に言質が欲しいの」


言質を取る前に死なれては色々と面倒だ。人間の復讐心は理解できるが、私はあくまで仕事を優先する。


「あんた、この人間の世界に行って村を壊滅させたのって本当?」

「ん~!! んん~!!

「あ、ごめん、口元だけ解除してあげるわ」

「そ、そんなこと知らない!」

「あ、嘘をついたら、関節を一つずつ折るから」


試しに右小指の第一関節を折る。虫の大合唱が掻き消えるほどの悲鳴が、夜の平原に響き渡った。


「クソがっ……。その通りだ、俺は異世界を征服しようとしたんだ。だが、なにが悪い! 俺は魔族の中の魔族、魔王になる男だ!! 魔王は世界征服をしてこそ魔王なんだ!!」

「ん~。魔族の志としては悪くないと思うけど、法で禁止されている以上、あなたを捕らえて裁くしかないわ」

「魔族に法など関係ない! むしろ法を破ってこそ魔族だ! 法に縛られて生活している軟弱者など、魔族ではない!!」


言い分は理解できるし、私もどちらかといえばその考えで生きている。

けれどその意見に同調して、この自称魔王を許してしまうと、異界の門を管理している姉さんの責任も大きくなってしまう。

それだけは、避けなければならない。


「ま、あんたの意見が正しいかどうかは、魔族らしく戦いで決めればいいじゃない。ほら、やれ、人間」


二人の拘束を解くと、一瞬だが自称魔王の方が動き出しが早かった。

自称魔王は身をひねって力強く人間を押し返すと、素早く立ち上がり、草を蹴って後方へ飛んだ。


「くくっ……。今俺を殺さなかったのは失敗だったな。それと人間、俺を殺したいと願っていたお前が、当てもなく惨めに盗みを働いていた姿は、実に滑稽だったぞ!!」


こいつ、もしかしてこの人間を観察するために町に残っていたのか。だとしたら、かなり性格が悪い。


「惨めだったかもしれないが、こうして俺はお前を追い詰めた。絶対に仇を取る!」

「来い、人間!! 魔王になる男の強さを見せてやる!!」


どちらが勝とうが私には大したことではない。ただ、人間が殺されるような事態だけは避けなければならない。

念のため拘束魔法と、ルルカを守る防壁魔法を用意し、成り行きを見守った。


二人の戦いは、初めから人間に分があった。純粋な戦闘力では自称魔王がやや上だが、経験と相性の差で人間が押している。

人間は自称魔王に魔法を唱える隙を与えず、巧みに立ち回りながら少しずつ体力を削っている。

自称魔王はその戦術に見事にはまり、流れを変える手がかりも見つけられず、ただ押され続けている。


人間の強さを評価すべきなのか、それともこの自称魔王の弱さを嘆くべきなのか。

魔王族だけでなく、魔族全体が世代を重ねるごとに弱くなっていっているのかもしれない。


息が上がった自称魔王は次第に劣勢となり、ついに右ストレートを腹に受けて膝から崩れ落ち、動けなくなった。

無防備な顔面へ、人間は恨みを晴らすように拳を振りかざす――しかし、そこで止まり、そっと手を下ろした。


「もういいの?」

「ああ……」

「殺したかったら、殺してくれてもいいわよ」

「……こいつを殺したところで村のみんなが戻ってくるわけじゃない。……それに、あんたたちがちゃんと処罰してくれるんだろう?」

「ええ。然るべき機関に送って、厳重な処罰を科すわ」

「ならいい。ちゃんとした機関があるなら、俺はここまでで」

「……そう。あんたの気が晴れたのなら、それでいいわ」

「ああ、少し晴れた……」


人間の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。

涙を流す姿は、戦いの勝敗よりも雄弁に彼の心を語っていた。


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