5-1 メイドが飛んできた
(はぁ、やっと着いた)
お昼ご飯を食べてのんびりしようとした矢先、姉さんに指示されて、向日葵畑から北東に五キロほど離れた村へやってきた。
この村は他の町と違って外壁がなく、検問所もない。どこからが村なのか、明確な境界もない。
(あいかわらず、村なのか町なのかよくわからない所ね)
この村から他の町へ続く道はないため、向日葵畑ができるまでは閑散とした農村だった。
けれど、向日葵畑が観光名所として知られるようになると、それに合わせて村は急速に整備された。
その結果、一本横の通りに入るだけで、いきなり城下町のような街並みに変わったり、逆に広々とした田園風景が広がったりする。
とても歪で、不思議な感覚を味わえる場所に仕上がっている。
村の近くには向日葵畑のほかに、魔界と別の世界をつなぐ“異界の門”と呼ばれる、古びた大きな門が設置された洞窟がある。
この門の使用は禁じられているため、一般の魔族にとってはまったく興味のない存在だ。
けれど、異世界や天界にも顔を出すことが多い私は、この門を使うためにこの村に立ち寄ることも多い。お気に入りのカフェで、お茶でもしよう。
(それにしても、最近仕事が多いわね~)
今回の依頼は、この村に紛れ込んでいるかもしれない人間を確保すること。
魔界にある異界の門は、他の世界と繋がりやすいらしく、別世界の生命体がやってくるのは珍しいことではない。
十年に一度ほどの頻度で現れる勇者が、その最たる例だ。
普段は、天使と魔族が共同で設立した“天魔総括協会”という組織が、門の入出を常時管理していて、そういった来訪者の対処を行ってくれている。
けれど、一万年に一度くらいの頻度で、その協会の網をすり抜けて魔界に入り込む人間が現れる。
そういった人間は、こちらが認識をする前に魔物に襲われて死んでしまうことが多いのだが、強い世界から来た人間だと生き残り、一番近いこの村にたどり着くことがある。
そういう人間を確保して元の世界に帰すのも、異界の門がある色欲領の主――つまり姉さんの仕事で、結局そのほとんどが私に回ってくる。
(今回は時間がかかりそうなのよねぇ……)
人間と魔族は、体の構造こそ似ていることが多いけれど、魔力には大きな違いがあり、そこで見分けるのが手っ取り早い。
ただ、今回の対象は“紛れ込んでいるかもしれない人間”。つまり、一目でわかるほどの魔力の違いがないはずだ。
私がいかに探索魔法の扱いに長けているといっても、この村全体を覆うほどの広範囲では精度が下がる。
せめて肉眼で見える距離まで近づいてから探索魔法を使わないと、対象が魔族なのか人間なのか、判別できないだろう。
そのうえ、もうこの村にいない可能性もある。
そんな不確定要素の多い状況だから、捜索が難航するのは目に見えている。
正直、放置してしまいたいのが本音だ。
けれど、天魔総括協会に報告する際に、「最善を尽くしたが確保できなかった」と「何もしなかった」では、評価がまるで違う。
だから姉さんは、立場上、噂が立てば調査せざるを得ない。
そしてその調査は、探索魔法に優れていて、年中手が空いている私にしか頼めないのだ。
姉さんが困るのであれば、やるしかない。
捜査にかかる費用は経費で落とせるので、カフェで一番高いミルクティーとショートケーキを頼み、道に面したテラス席に座る。
このカフェは、村の密集部と閑散部の境目にあるから、田園が一望できてとても気持ちよくお茶ができるし、体を少し動かせば城下町にいるような気分にもなれる。
食べる前に、村一帯に探索魔法を使って、試しに人間をあぶり出してみる。
「はぁ……」
想定通りというか、それっぽい者は数百人ほど見つかるが、人間だと断定できる者はいない。
目をつけた魔族たちを押さえて、いつでも再検索できるようにしておく。その数は……三百くらいだろうか。
これからこいつらを探知魔法で探して、肉眼でとらえられる距離まで近づいて、魔力を調べて、白なら検索対象から外して、また探知魔法を使って探して……。という作業を延々と繰り返さなければならない。
本当なら、村を出入りする者のことも考えないといけないが、今回は……まぁ、いいだろう。
ミルクティーとショートケーキを美味しくいただいてから、のんびりと村を歩き、目星をつけた魔族を一人、二人と見て回る。
十人ほど見て、一人だけ裏道でヤバい取引をしていたから絞めておいたが、他はいたって良心的な一般魔族だった。
(いったいいつになったら終わるのやら……)
そんなことを考えながら、農村部の大きなお屋敷の前を通りかかった、その時だった。
バン! という大きな音とともに、扉が勢いよく開き、女の子が投げ飛ばされてきた。
何かしらの攻撃ではないことと、周囲に怪しい気配がないことを確認してから、女の子をキャッチする。
ちょうどお姫様抱っこの形になり、ばっちりと目が合った。
「あ、ありがとう……」
とりあえず、怪我はなさそうだ。
扉の向こうにはいかにも成金らしい、腹の出たおっさんが立っている。
「ふん。お前みたいな無礼者、いらんわ」
「あ、ちょっと待ってよ、私……」
「俺は優しいからな。荷物も返してやる。二度とその面を見せるなよ、無礼者!!」
おっさんは大きな手提げかばんを地面に投げ捨て、勢いよく扉を閉める。
あたりの魔族たちが何事かとこちらを見てきたが、特に害がなさそうだと分かると、すぐに興味を失って日常に戻っていった。
「あんた、大丈夫?」
「うん。ありがとうね」
女の子をそっと下ろす。しばらく扉をじっと見ていた彼女は、現実を受け入れたのか、扉に向かって静かに頭を下げた。
服装からして、ここの従者だったのだろう。しかし、投げ捨てられるほど怒らせるとは、いったい何をしでかしたのか。
頭を上げた女の子は、こちらに振り返り、先ほどのことなどなかったかのように、眩しい笑顔を向けてくる。
「改めてありがとう。私はルルカ。お姉さんは?」
「ノワエよ」
「ノワエ様かぁ……」
ルルカと名乗った少女は、じっと私を見つめてくる。
髪色は魔界でも珍しい、春を感じさせる梅の花のようなピンク色。その長い髪を左右にふわりと結び、ツインテールにしている。
服装は典型的な給仕服だが、小さなリボンやフリルが多めで、可愛く仕上がっている。
背は少しだけ私よりも高く、そして――何より胸が大きい。もしかしたら、姉さんよりも大きいんじゃないだろうか……。
それから、とにかく無防備だ。
今だって、彼女は自分が攻撃されるなんて思っていない。
こんなに無防備な魔族は、初めて見た。
人懐っこそうな性格といい、魔界でよく生きてこられたな……と思う。
「怪我がなくてよかったわ。じゃあ、私はこれで」
面倒くさくなりそうだな、と思った私は、ルルカを置いて足早に立ち去ろうとした。
――が、腕を掴まれた。
「あ、待って待って。ノワエ様、いいところのお嬢様でしょ?」
腕を掴まれたまま歩き出す。
しかし彼女は手を放さず、小走りで食らいついてくる。
しばらく無視して歩いたが、根負けして立ち止まる。
「……よくわかったわね」
「そりゃ、魔界で一番優秀なメイドを自称しておりますから。ご主人様の見極めは得意だよ」
「そうなのね。でも、ウチは上限いっぱいだから雇えないわよ」
「え~。そんなことないでしょ。お手伝いする人があと二、三人いたら、いろいろ楽になるのになぁ~って顔してるよ」
どんな顔だ、と思いつつも、言っていることは当たっている。
ディースだけでは手が回らないことも多くて、私も手伝っているし、それでも館全体の運営は追いついていない。
さらに言えば、城なんてずっと放置状態だ。
まぁ、家事全般を手伝うのは嫌いじゃないし、やるときはそれなりにやるんだけど、私の場合、気が向いたときしか動かないから、結局ディースが一人でやってるのと変わらない。
もう一人いれば、と思うことも多いし、実際そういう話もしている。
「私、五人分ぐらいは働けるよ。あ、もちろん給料は一人分でいいからさ」
「へぇ~。そうなのね」
魔界では、この手合いを雇うと面倒ごとになることが多い。
手を放してくれたので、さっさと先を急ぐ。
「ノワエ様!!」
ルルカと名乗った少女が、両手を広げて私の前に立ちふさがる。
淫魔かと言わんばかりの豊満な胸が揺れたので、思わず目が行って、動きを止めてしまった。
「雇わないってば。上限いっぱいなのよ」
金銭的に。という部分は、恥ずかしいので伏せておく。
「わかった。すぐに雇ってもらうのは諦める。でも、お試しでいいから、私にノワエ様のお世話させて! 私のお世話スキルの高さを見たら、絶対に雇いたくなるから!」
雇うとなれば、私の素性的にいろいろと問題があるし、何よりお金がかかる。
働いてもらうなら住み込みになるだろうが、仮にルルカが「給料はいらない」と言ったとしても、食費は増える。
表立って仕事ができない私は、姉さんに金銭の工面をお願いしなければならない。
けれど、姉さんも私に振れる仕事は限られているので、仕事を増やして増額分をまかなうことはできない。
となればどうなるかは必然――私が姉さんのおもちゃになる日が増えるのだ。
「ね、お願い!」
そんな現実的なことを考える反面、この子を逃したら、より良い給仕者は見つけられない。――と、私の勘が告げている。
この町に数日いるのは確定しているし、その間は自分の身の回りのことを自分でしなければならない。
給仕者がいれば、私の生活は確実に快適になる。
何より、しばらくは金銭面の負担がない。
まさかこんなところを、魔王が歩いているとは思わないだろうし、今まで通りにしていれば、問題なく隠し通せるはずだ。
「……わかったわよ。この町に滞在する間は、身の回りのことをしてもらうわ」
結局、直感を信じたのと、自分で身の回りのことをやるのが面倒だったので採用した。
「やった! 私のお世話スキルでノワエ様をメロメロにしてみせるから!」
大きくガッツポーズをするルルカ。
「メロメロになるかはわからないけど。とにかく、ついてきなさい」
「は~い!」
ルルカは、待ち望んだ贈り物を受け取った子供のように、声を弾ませて返事をした。




