4-3 ニート魔王への貢ぎ物
サブレをかじりながら、先ほどまで戯れていた複雑怪奇な魔法防壁の改修案を考えていると、カーラが帰ってきた。
「お帰り。早かったわね」
「……あんた、魔法防壁の修復、本当にやった?」
私が大股を開いてだらだらとサブレをかじっている姿を見て、怪訝な表情を浮かべるカーラ。
「ちゃんとやりましたよ」
そう言って、作業していた記憶を自前の水晶に書き込み、映し出してみせる。
「……疑って悪かったわね。思っていたよりも早かったから」
「褒めてくれていいのよ」
カーラが少し何かを考えてから、口を開いた。
「頑張ったねー。えらいえらい」
あまりにも酷い棒読みで、吹き出してしまう。カーラもつられるようにくすくすと笑った。
「ああ、そうだ。今日は最強の魔王様に貢物があるのよ」
「ん?」
カーラが本棚から取り出してきたのは、水分が飛んで今にも破れそうな、表紙も中身も茶色く変色した本だった。
辞典のような厚さからして、1000ページ以上はあるだろうが、読んでほしいページには真新しい付箋が貼られている。
「え~っと……」
かすれて消えかかっている文字を、顔を近づけて必死に読む。
三ページに渡る内容をざっくりまとめると、辺り一面を焦土に変えた狂魔王シュリと、当時の大魔王との激戦が綴られており、最後に狂魔王シュリは地底湖に封印されたと書かれていた。
「で、こんなおとぎ話がどうかしたの?」
「それ、本当におとぎ話だと思う?」
「そりゃそうでしょ」
「その本、北にある魔王城の廃墟の隠し部屋から出てきたのよ。荒らされた形跡もなかったってことだから、信ぴょう性は高いと思うわ」
試しに他のページも読んでみる。
過去の魔界の出来事が書かれていて、たしかに妙なリアリティがあるので、ほとんど脚色されていない、事実のみで構成された本のような気もする。
カーラが発見当時の状況と推察を細かく説明してくれるけど、あまり興味がわかない。
「……反応が薄いわね。もっと食いついて、今から探しに行く、と言うと思ってたのに」
「いやいや、さすがにもういないでしょ」
本の劣化具合からして、途方もない昔の話だ。
封印の力はとっくに失われているだろうし、仮にまだ封印されていたとしても、肉体はもう朽ちているはずだ。
ロマンはあるけど、現実的ではない。
「仮に生きていたとしたら面白そうじゃない? 当時の大魔王とタメを張れるぐらいだったら、今の大魔王なんて一撃で仕留められそうでしょ?」
「でしょうね。魔王族って、世代を追うごとに弱くなってるらしいから。ま、私なら逆に一撃で仕留めてやるけど」
「たいそうな自信なことで」
そう言ったカーラは足を組みなおし、片眉を上げて挑発的に笑う。
私も悪い笑みを浮かべて返す。
「それにしても、さすが裏社会の女帝ね。こんなもの、どこの書店を回っても出てこないわよ」
誰が発見したのかは知らないが、この手の本は然るべき場所に保管されるべきものだ。
少なくとも、一魔族が手に入れられる本ではない。
「そんな大した伝手ではないわよ」
カーラはもともと、裏社会を牛耳る大貴族の跡取りだった。
そして実際に、裏の覇権を握った。
その時に付いたのが、“破壊と殺戮の女帝”という二つ名だ。
経緯は語ってくれないが、その後いろいろあってその地位を捨て、今ではこうして向日葵を愛でながら、自給自足に近い生活を送っている。
普通の魔族――いや、魔王族ですら経験できないことを、彼女はたくさん経験してきた、魔界の酸いも甘いも知り尽くした女性。
そんな彼女だからこそ、この広大な向日葵畑を、魔界という常時戦火の世界でも何事もなく運営できているのだろう。
「そんなこと言って。足を洗っても、目と耳は残してるんでしょ?」
「残してるのは、ここを守るために必要な最低限だけよ」
彼女は、ここで育てている向日葵たちに異常なほどの愛情を注いでいる。
向日葵を傷つけようものなら、故意じゃなくても半殺しにされる。私も小さい頃は、よくボロ雑巾のようになったものだ。
まぁ、私の場合はカーラを煽るための行為だったから、自業自得だけど。
魔王族に匹敵するほど強い彼女を知らない魔族は、色欲領にはいない。他の領土の魔族だって、恐れおののく生ける伝説だ。
だから、向日葵畑が荒らされることはほとんどない。
でも、5メートルを超える向日葵が群生するこの畑は、隠れるにはもってこいの場所でもある。
誰にも気づかれてはいけない取引の場として利用しようとする輩も多いし、カーラに恨みを持つ者も少なくない。
そいつらの動向を探るために、彼女は今も裏社会と繋がっている。
「今回はあんたが好きそうだったから、ちょっと頑張ったのよ」
「ありがとうカーラ。やっぱり持つべきものは親友ね」
カーラおすすめの“封印された魔王”の話には、正直あまり興味がない。
でも、失われた魔法が書かれているかもしれないと思うと、今すぐにでも読みたくなる。
「んじゃあ、お土産もできたし、早く館に帰って本を読みたいから、帰るわ」
「……相変わらずだけど、本当に愛想のないヤツね。友達なくすわよ?」
「大丈夫だって。それに私、最強の魔王よ。魔界では強いヤツが何してもいい。そのルールに則ってるだけよ」
「私があなたに与えた温情は、すっかり忘れてるみたいね」
「あれだけ殴っておいて温情とか、よく言うわね」
ディースもスパルタ教育派だから、私が半殺しにあっても涼しい顔をして見ていた。
が、そんなディースでも、本当に殺されそうな私を見て、何百回とカーラを止めている。
破壊と殺戮の女帝は子供にも情けなどないのだ。
「……というかカーラ、私に居てほしいの?」
「……いや、帰っていいわよ。体裁的に引き留めてただけだし。あんたがいない方が静かでいいし、作業も捗るし」
「ちょっと考えてから本気でそれ言うの、さすがにグサッとくるわ」
「冗談よ。あんたが居ても居なくても、私がやることは変わらないから、好きにしなさい」
「ん~。じゃあここで一度、読みきってから帰ることにするわ。そうすればカーラの“残ってほしい”ってお願いも、私の読書欲も満たせるし」
そうと決まればいろいろと準備が必要だ。私は人差し指でトントン。と机を叩く。
カーラは対面に座る私に息がかかるぐらい、大きなため息を吐いた。
「……ご準備させていただきますわ、魔王様」
「苦しゅうない」
紅茶を煎れながら、カーラがぽつりと呟いた。
「あんた、毒が効けばいいんだけどねぇ。普通の魔族なら百人以上殺せるような毒の塊を食べさせても、お腹壊すぐらいだから、殺しようがないのよね」
そう言って、濃い緑色の液体が入った瓶を振るカーラ。少しすると、中の液体が紫色に変わった。
「なに、そのあからさまにヤバい液体は?」
「内臓を溶かす薬」
「相変わらず恐ろしいものを持ってるわね……」
「飲んでみる?」
「別にいいけど。飲んでもお腹すら壊さないと思うし」
「そっちの方が恐ろしいわよ。どんな体してるのよ」
「まぁ、幼少期から鍛えられてますから。……てか殺そうとすんなよ」
「お礼の一つもなく、ずっと家に居座られたら殺したくもなるわよ」
「ちゃんと仕事したじゃん」
「それは友達料よ」
「カーラ様と仲良くするためには、対価を支払う必要があるのかよ……」
やれやれと首をすくめたところで、ふと我に返る。
「……いや、逆か。たしかに私と仲良くするのは、お金でももらわないと割に合わないわね」
「なんで納得してるのよ……」
心底呆れた表情を浮かべたカーラは、それでも新しい紅茶を淹れてくれる。
「残りはポットに入ってるから、いつも通りご自由にどうぞ。私は別の作業をしてくるわ。読み終わる頃には戻ってくるから」
「了解。じゃあ、のんびりさせてもらうわ」
カーラがまた出ていく。
それを見送ってから、紅茶を一口飲む。
口で感じた酸味が体を通って鼻から抜けていき、足の先から頭のてっぺんまですっきりとする。
「さて、読むか」
ここは誰の気配もなく、時間がゆっくりと進んでいて、とても落ち着く、いい空間だ。
私は自然と、新しい本にのめりこんでいった……。




