4-2 魔法防壁の修理
やることができれば、無理に引き留める必要はない。むしろ、そばにいると気が散るから、外で作業してくれていた方がありがたい。
カーラの言う通り、いつもの棚にはサブレが置かれていた。まずは一口。
サクッという軽快な音がリビングに響く。うん、しっかりとバターの味がして美味しい。
手が止まらなくなりそうなので、先に魔法防壁の手入れをしてしまおう。
この向日葵畑に展開している魔法防壁をはじめ、私が扱う数々の防御系魔法は、カーラに勝つために研究を重ねて発明したものだ。
なぜならカーラには、小さい頃から稽古という名の暴力を振るわれていたからだ。
……いや、だいたい私が吹っ掛けて、手も足も出ずにぼこぼこにされていただけだから、カーラが全面的に悪いわけじゃないけど。
いくら魔王族とはいえ、子供の頃は非力で病弱だ。
それに相手は破壊に全振りした魔神族なんだから、そもそも勝負にならない。当時の私では動きをとらえることすらできなかった。
でも、負けず嫌いの私は、カーラに勝つためにとにかく防御に特化して、まずは動きを見定められるようにしようと考えた。
その過程で、今張っている魔法防壁に繋がるような防御魔法を開発し、徐々にカーラの攻撃を防げるようになっていった。
攻撃が防げるようになると、動きを分析できる機会が増える。
そのうち見切れるようになり、隙を作れるようにもなった。
隙が作れるようになれば、あとは攻撃を叩き込むだけだ。
この頃には、年齢による力の差も、かなり埋まっていた。
攻撃に転じられるようになって、それでも一万回に届くほど戦って、ようやくカーラに膝をつかせた時の、あの嬉しさは今でも忘れられない。
私も殴られたり斬られたりで血まみれで、とても見られたもんじゃなかったと思うけど。
その後は、私が種族の差で一気に強くなったから、今ではカーラも取るに足らない相手になってしまった。
それでも幼少期のトラウマはなかなか消えない。カーラを怒らせることはできるだけ避けたいし、何かあると冷や汗をかく。
「さて、やりますか」
この小屋には二十畳ほどの部屋が一つしかないが、天井が高く開放感があり、物が少ないことも手伝って、実際よりずっと広く感じる。
その部屋の隅に置かれた、直径50センチほどのかなり大きな薄紫色の水晶に手をかざす。
この水晶が、向日葵畑を覆うすべての魔法防壁を制御している核だ。
水晶の中に刻み込まれている監視情報を、上から順番に読み解いていく。
やはりというべきか、誰かの侵入を防いだ反動や、劣化による不具合が多数見つかる。
これをすべて直さないといけないのだが、これが億劫になるほど大変なのだ。
というのも、普通の魔法防壁は一枚、良くて二枚構成で機能も少ないのだが、向日葵畑の魔法防壁は六枚構成で機能もとにかく多い。
突破された場合にカーラに連絡する機能、感知されにくい機能、破損箇所を補い合う機能――とにかく、私が開発した最先端の技術を惜しみなくつぎ込んでいる。
そのため構造は非常に複雑で、一カ所でも不具合が出ると、他の部分にまで派生してしまい、原因の特定や解決に時間がかかる。場合によっては致命的な破損につながることもある。
三十分ほどかけて情報を読み解き、修理すべき箇所の把握を終える。ここからは、慎重に作業するだけだ。
薄いガラスでできたパズルの、汚れたピースだけを慎重に外して、洗浄して、拭き上げて、壊れていたら別のピースを用意して、再度はめ込む。
そんな単純だが、ミスの許されない作業を延々と繰り返す。
作業中に変な箇所を破損させてしまうと、ドミノ倒しのように一気に崩れてしまうこともある。
対策はしてあるけれど、場所によっては六枚すべてが破損して、大きな穴が開く。
過去に二度ほどやらかして、カーラに殴られた。
小一時間ほどで魔法防壁の修理は完了したが、どう調整しても出力が安定しない。
(……あ~。水晶がおかしくなってるわ)
魔法防壁本体に問題がないのなら、それを制御している水晶に原因があるはずだ。
そう当たりをつけて確認していくと、水晶から魔法防壁に魔力を送り続ける機能の様子がおかしい。
当たり前の話だが、場所を守る魔法防壁は、常に展開していなければ意味がない。
とはいえ、誰かが四六時中魔法を使っているわけにもいかない。
だから、水晶に魔法防壁の術式を書き込み、長ければ数百年間維持できるだけの魔力を溜めておき、自動的に魔法防壁が展開されるような仕組みを作る。
一般的には、魔力を蓄えて送る、防壁を展開して維持する、それを監視する――といった単純な機能に分けて、それぞれ別の水晶で制御する。
でも、ここの水晶は、多種多様な機能をすべて一つで制御するという荒業をやってのけている。
水晶を買えば済む話なので、こんな無理やり詰め込むような技術は、そもそもこの世に存在しなかった。
だが私は、水晶を複数買うお金もなかったので、何とか一つで制御できないかと試行錯誤した。
その結果、生み出したのがこの技術だ。
慣れは必要だけど、複数の水晶に分けるよりもメンテナンス性は高いし、一個分の値段で済むので、私は結構気に入っている。
「あ~。疲れたぁ~」
さらに三十分かかって、ようやく作業が完了した。
水晶を元の位置に戻してから、ディースがいたら絶対にはしたないとか言われそうなほど、足を広げて椅子に腰かける。
魔力も体力もさほど必要ではないのだが、とにかく集中力がいるのだ。二十四時間ぶっ続けで戦った時よりも疲れた。
「よし、やることもやったし、飲み食いしよう」
カップに紅茶を注いで、一口飲む。
ディースがいつも淹れてくれる紅茶とは違って、少し酸味が強いのが特徴だ。
カーラは酸っぱい柑橘系の果物が好きで、食品棚には収穫にはまだ少し早い柑橘類がたくさん置いてある。
それに、この家の裏にはレモンの木がある。雑草を除けば、この広大な畑で唯一の、向日葵以外の植物だ。
あと、たまに砂糖に漬けたレモンをおすそ分けしてくれることがあり、これがすごく美味しい。
芳香剤だけじゃなくて、このレモンの砂糖漬けも売れば儲かるだろうが、そういうことに興味がないのがカーラの良いところかもしれない。




