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第三話:奇跡の朝

コーザ村の朝はいつも静寂と共に訪れる。そしてその静寂は諦観の色を帯びていた。鳥のさえずりさえもどこか物悲しく響き人々はまた始まる変わらない一日に重いため息をつきながら目を覚ますのだ。


だがその日の朝は違った。


甲高い鐘の音が村の静寂を切り裂いた。それは魔物の襲撃を知らせる警鐘の音。村に残った数少ない男たちが錆びついた農具や猟銃を手に慌てて家から飛び出してくる。

「何事だ!」「魔物か!?」


しかし鐘を鳴らした老農夫のオルジは血相を変えて西を指さしていた。魔物が出るとされる東の森ではなく村の畑が広がる西を。

「ま、魔物なんてもんじゃねえ……! こ、これを見ろ!」


訝しげに西へ向かった村人たちはやがて一人また一人と足を止めその場に立ち尽くした。そして彼らの口から漏れたのは悲鳴ではなく声にならないほどの驚愕だった。


「な……んだこれは……」


目の前に広がる光景は常識では到底理解できないものだった。

昨日まで乾ききってひび割れていたはずの大地はしっとりとした黒土へと姿を変えていた。そこにはまるで緑の絨毯を広げたかのように無数の若葉が一斉に芽吹いている。数日前に植えたきり枯れるのを待つだけだった種芋からは力強い茎が伸び手のひらほどの葉を茂らせていた。


それはまるで一夜にして死んだ大地が生き返ったかのようだった。


「うそだろ……」「神様……」


人々は恐る恐る畑に足を踏み入れその土を手に取った。ふかふかと柔らかく生命力に満ちた土の感触がこれが夢ではないと告げている。ある老婆は膝から崩れ落ちただただ涙を流していた。


やがて村長のダリオスが駆けつけてきた。彼もまた目の前の光景に言葉を失いただ呆然と立ち尽くす。

彼の脳裏に昨日のアッシュの言葉が蘇った。


『見ていてください。きっとこの村は変わりますから』


まさか。いやしかし。

あれはただの若者の戯言ではなかったのか。追放されて傷ついた少年が見せた空元気ではなかったのか。


「……アッシュは」


ダリオスが呟いたその時、人々の輪の後ろから当の本人がひょっこりと顔を出した。

「おはようございます村長。皆さん朝からお集まりでどうしたんですか?」

アッシュはまるでこの騒ぎの原因が自分ではないとでも言うかのようにけろりとした顔で言った。


その瞬間村人たちの視線が一斉にアッシュへと突き刺さる。

それは昨日までの「都会から帰ってきた可哀想な若者」を見る目ではなかった。驚きと感謝そして説明のつかない現象へのわずかな畏怖が混じった視線だった。


「アッシュ……お前さんこれを……お前さんがやったのか?」

ダリオスが震える声で尋ねた。

「ええまあ。昨日言った通り少し特殊な支援魔法を使っただけですよ」

「支援魔法だと……? バカな! こんなことが……こんな奇跡が魔法一つで……!」

オルジが信じられないといった様子で叫ぶ。


村人たちがざわめき始める。

「まさかアッシュは聖者様だったんじゃ……」

「王都の教会から派遣された神の使いやもしれんぞ……」


勝手な憶測が飛び交い一部の者はこちらに手を合わせ始める始末だ。パーティーにいた頃役立たずと罵られていた俺が一夜にして神格化されかけている。その状況があまりに滑稽で俺は苦笑するしかなかった。


「皆さん落ち着いてください。俺は聖者でも神の使いでもありません。ただの支援術師です」

俺は両手を上げて彼らをなだめた。

「この力はこの村のために使いたいと思っています。でもそれには皆さんの協力が必要です」


俺は《マインドブースト》で得た知識を元に村の復興計画を語り始めた。

「この土壌ならまずは成長が早い根菜類と葉物野菜を重点的に育てます。特にカブとジャガイモは痩せた土地にも強い品種を。並行してあちらの川から水路を引きます。地形的にこのルートが最も効率的です」

俺が指し示した水路のルートは村の誰もが考えつかなかったしかし言われてみれば最適な経路だった。


「水路ができれば小麦の栽培も可能になります。そうなれば自分たちで食べる分だけでなく街に売るための備蓄も作れるはずです」

専門的な知識を淀みなく語る俺の姿に村人たちは次第に畏怖の表情を驚嘆へと変えていった。彼らは俺がただ奇跡を起こしただけでなくその先にある未来まで見通していることを理解し始めたのだ。


「……わかった」

最初に沈黙を破ったのは村長のダリオスだった。

「アッシュお前さんを信じよう。いや信じさせてくれ。この村の未来をお前に託す」

彼は深く頭を下げた。村の長が追放されて帰ってきた若者に頭を下げたのだ。

「村長やめてください」

「いやこれは村の総意だと思ってくれ! 皆いいな!」


ダリオスの力強い声に村人たちが次々と頷いた。

「ああ村長の言う通りだ!」

「アッシュ様の言う通りにしよう!」

(様付けはやめてほしい……)

心の中でそう思いつつも俺の胸には熱いものがこみ上げてきた。

追放された俺が初めて自分の意志で自分の力を必要としてくれる人々と繋がった瞬間だった。



その日の夕方。王都の冒険者ギルドは多くの冒険者たちの熱気でむせ返っていた。

その一角にある酒場のテーブルで『竜の牙』のメンバーは重苦しい雰囲気に包まれていた。


「……なんでだ! なんでこんな簡単な依頼で俺たちが苦戦しなきゃならねえんだ!」

レオンがテーブルを拳で叩きつける。彼の前にはほとんど手付かずのエールが置かれていた。

今日も彼らは依頼に失敗した。ゴブリンの巣の討伐という駆け出しでもこなせるはずの依頼だった。しかし彼らは連携ミスを連発しリーダーのレオンがまたも負傷。ほうほうの体で逃げ帰ってきたのだ。


「あなたの突撃が早すぎるのよ! 私が魔法を詠唱する前に勝手に突っ込むからでしょ!」

リリアがヒステリックに叫んだ。彼女のプライドは連日の失敗でズタズタだった。

「なんだと! お前の魔法の威力が落ちてるのが悪いんだろうが!」

「なんですって!?」


「まあまあ二人とも落ち着いてくださいよ」

ガイが仲裁に入るがその顔にも焦りの色が浮かんでいる。彼の自慢の防御も最近は面白いように破られる。

「装備が悪いんじゃねえか? そろそろ新しい鎧と盾が欲しいぜ」

「金がないのにどうしろって言うのよ! 依頼をこなせないから報酬も入らない悪循環じゃない!」


三人が言い争う中セラはただ黙って俯いていた。

彼女の脳裏には追放した支援術師の姿が浮かんでいた。

アッシュがいた頃はこんなことにはならなかった。レオンの剣は常に輝きリリアの魔法は敵を薙ぎ払いガイの盾は決して破られなかった。

あれは本当に彼らの実力だけだったのだろうか。

自分たちは何かとんでもない間違いを犯したのではないか。

その疑念が日に日にセラの心の中で大きくなっていたが彼女はそれを口に出す勇気がなかった。


そんな彼らの様子を周りの冒険者たちが遠巻きにひそひそと噂している。

「おい見たかよ『竜の牙』」

「ああ勇者パーティーも落ちぶれたもんだな。最近じゃC級依頼すら失敗してるらしいぜ」

「支援の奴を追い出したのが原因じゃねえの?」

「かもな。どんな奴だったか知らねえがよっぽど重要なメンバーだったんだろうな。ざまぁねえぜ」


聞こえてくる嘲笑にレオンの顔が屈辱に歪む。

「……うるせえ!」

彼は悪態をついて立ち上がると酒場から出て行ってしまった。残されたメンバーも気まずい沈黙に包まれるだけだった。

彼らの凋落はもはや誰の目にも明らかだった。



コーザ村では翌日から本格的な農作業が始まった。

村人たちは皆希望に満ちた顔で鍬を振るっている。昨日までの諦観に満ちた雰囲気はどこにもない。


「うおおお! なんだこの軽さは! 鍬がまるで羽のようだぜ!」

「本当だ! 全然疲れねえ!」


俺は農作業に励む村人たち一人ひとりに個別の《フィジカルアップ》と疲労を軽減する《リフレッシュ》の魔法をかけていた。

自分自身にかける100%の効果には遠く及ばないがそれでも一般人が受ければ超人的な働きが可能になる。


さらに村で一番腕の良い鍛冶職人の老人に《マインドブースト》をかけた。

「おお……おおお! 見える見えるぞ! 鉄の呼吸が! 最高の鍬の作り方が頭の中に流れ込んでくるわい!」

彼はトランス状態のように何かに取り憑かれたように槌を振り始め驚くほど効率的で頑丈な農具を次々と生み出していった。


村全体が一個の生命体のように躍動している。

俺はその中心に立ち魔力を巧みに分配し全体の調和をコントロールしていた。

まるで巨大なオーケストラを指揮する指揮者のように。


追放された支援術師。

役立たずと罵られた男。


そんな俺が今一つの村の運命を導いている。

レオンお前は言ったな。「お前みたいな支援専門の奴なんてどこにでも代わりはいる」と。

だがそれは間違いだ。


俺の代わりはどこにもいない。


夕暮れ時活気に満ちた村の様子を丘の上から眺めながら俺は静かな満足感に包まれていた。

これはただの始まりに過ぎない。

この小さな村の成功を足掛かりに俺はもっと大きな影響力を手に入れるだろう。経済を技術をそしていずれは国さえも。


俺がいなければ何もできない。

いつか世界中の人間がそう思うようになる。

そしてかつての仲間たちが自分たちが捨てたものの本当の価値を知り後悔の涙に濡れるその日まで。


俺の静かなる復讐は始まったばかりだ。

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