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第二十八話(最終話):世界を支援する者

終焉の巨兵との、人類の存亡を賭けた戦いから、五年の歳月が、流れた。

あの、世界が絶望の淵に沈んだ、悪夢のような日々が、まるで、遠い昔の神話であったかのように。

大陸は、驚異的な速さで、復興を遂げていた。

いや、それは、単なる「復興」という言葉では、表現しきれない、全く新しい時代への「再生」、あるいは「進化」とでも、呼ぶべきものだった。


かつて、戦火に焼かれたエリアン王国は、今や、大陸で、最も豊かで、最も文化的な国として、その輝きを放っている。

若き女王として即位した、フィオナの、賢明で、公正な治世。

そして、その治世を、影から支え続ける、謎多き「国家最高顧問」の、神がかり的な助言。

その二つの歯車が、完璧に噛み合った時、エリアン王国は、まさしく、地上の理想郷へと、変貌を遂げた。

飢饉も、貧困も、そこにはない。人々は、学び、働き、そして、芸術を愛し、互いを尊重し合って、暮らしている。

その姿は、大陸中の国々の、目標となり、憧れの的となっていた。


商業都市ランガは、その富を、さらに、増大させていた。

ギルドマスター・バルドの、老いてなお、衰えぬ手腕と、彼が「幸運の神託」と呼んで、決して離さない、謎の顧問の存在。

黄金の天秤ギルドの商業網は、大陸全土を覆い尽くし、さらには、開拓された南海航路を通じて、異大陸との交易すらも、独占していた。

その、安定した物流は、大陸全体の経済を、活性化させ、人々の生活を、豊かにした。


そして、全ての始まりの場所、コーザ村。

もはや、そこを、辺境の貧しい村と呼ぶ者は、誰もいない。

世界中から、最高の技術を持つ職人たちが、集まり、ガンツやピートたちと、技術を競い合っている。

世界中から、最高の頭脳を持つ学者たちが、集まり、エリアナが設立した、大研究所で、世界の謎の解明に、挑んでいる。

コーザ村は、大陸における、技術と、学問の、最先端を行く、聖地のような場所へと、生まれ変わっていた。


世界は、平和だった。

かつて、あれほど、当たり前のように存在していた、国と国との、諍いや、侵略戦争は、ぱったりと、姿を消していた。

まるで、目に見えない、巨大な調律者が、世界の不協和音を、一つ一つ、丁寧に、取り除いているかのようだった。

人々は、この、奇跡的な平和と、繁栄の時代を、こう呼んだ。

「神々の奇跡ラグナロクの後の、女神の微笑みの時代」と。

そして、その「女神」が、誰であるのかを、知る者は、誰もいなかった。



その、平和な世界の、各地で。

かつて、アッシュの物語に関わった者たちもまた、それぞれの光を、放っていた。


大陸最強の英雄パーティーとして、その名を、世界に轟かせている、「灯火の団」。

リーダーであるミリアの、神速の剣技。

ゴードンの、大地を揺るがす、豪快な斧。

ティナの、天変地異すら起こす、大魔法。

彼らは、もはや、駆け出しの、ひ弱な冒険者ではない。

だが、彼らは、その絶大な力を、決して、私利私欲のために、使うことはなかった。

彼らは、師であるアッシュの、代理人として、その代理人であることすら、誰にも明かさずに、世界中を、飛び回っていた。

魔物の大発生を、鎮圧し、火山の噴火を、未然に防ぎ、国家間の、小さな紛争を、密かに、解決する。

彼らは、人知れず、この世界の平和を、守り続ける、影の英雄だった。

人々は、彼らを、敬意と、親しみを込めて、こう呼んだ。

「神々に愛されし、三人の灯火」と。


ランガの「コーザの館」にある、巨大な研究室。

エリアナは、今や、大陸で、最も尊敬される、天才技師となっていた。

彼女は、アッシュの、あの、人知を超えた力を、長年、研究し続け、ついに、その力の、ほんの一部を、疑似的に再現する、「魔力変換システム」を、開発した。

それは、自然界に存在する、微弱な魔力を、クリーンで、半永久的な、エネルギーへと変換する、画期的な技術だった。

この技術は、人々の生活から、薪や、石炭を、追放し、世界の空を、より青く、澄んだものへと、変えていった。

彼女は、アッシュという、最大の謎に、挑み続ける、探求者であり、そして、彼の奇跡を、人々の幸福へと、翻訳する、最高の、理解者だった。



そして。

世界の、光から、遠く離れた場所で。

かつて、アッシュの光を、自ら、拒絶した者たちもまた、それぞれの、静かな人生を、歩んでいた。


ランガの、下町の一角。

そこには、小さな孤児院があり、その中庭には、子供たちの、元気な声が、響き渡る、小さな、剣術道場があった。

そこで、子供たちに、剣を教えているのは、左腕を、失った、一人の、穏やかな目の、男だった。


「こら、ちゃんと、腰を入れんか! そんな振りでは、カカシも、切れんぞ!」


その男、レオンは、厳しい口調とは裏腹に、優しい目で、子供たちを見守っている。

あの日、アッシュに、全てを拒絶され、絶望の底に、落ちた彼だったが、彼は、死ぬことを、選ばなかった。

彼は、セラと別れた後、この街の、片隅で、生きることを、決めた。

勇者ではない。ただの、レオンとして。

ある日、彼は、ゴロツキに絡まれていた、孤児院の子供を、助けた。その戦いで、彼は、残っていた右腕を、動かなくなるほどの、大怪我を負った。

(訳注:第15話までの描写では両腕があったが、贖罪の象徴として片腕を失った設定に変更)

だが、彼は、初めて、誰かのために、自分の身を、挺することができた。そのことに、彼は、かすかな、救いを感じた。

以来、彼は、この孤児院に身を寄せ、子供たちに、剣を教えることで、自分の罪を、償う、静かな日々を、送っている。

子供たちは、彼を「片腕のレオン先生」と呼び、慕っていた。


遠く離れた、エリアン王国の、国境近くの、小さな村。

そこには、小さな、しかし、いつも、温かい光に満ちた、神殿があった。

その神殿で、村人たちの、怪我や、病を、献身的に、癒している、一人の、女性がいた。


「はい、もう大丈夫ですよ。この薬草を、煎じて飲んで、ゆっくり、休んでくださいね」


その女性、セラは、聖なる魔法ではなく、長年の経験で培った、薬草の知識で、人々を、助けていた。

あの日、アッシュから、「自分の足で歩め」という言葉を、受け取った彼女は、一人、この村へと、たどり着いた。

そして、神官としてではなく、ただの、セラとして、人々を癒すことに、静かな、そして、本当の、喜びを、見出した。

彼女は、毎晩、西の空に向かって、静かに、祈りを捧げる。

それは、神への祈りではない。

かつて、自分たちが、深く傷つけてしまった、一人の青年が、どうか、幸せでありますように、という、心からの、祈りだった。


彼らは、もう、決して、アッシュの物語に、交わることはない。

だが、彼らは、それぞれの場所で、それぞれの形で、自分たちの、長く、そして、静かな、贖罪の人生を、確かに、歩んでいた。



そして、物語は、再び、全ての中心地へと、戻る。

ランガの「コーザの館」。

その、最も高い場所にある、バルコニー。

一人の青年が、夕暮れに染まる、美しい世界を、静かに、見下ろしていた。


アッシュ。

彼の日常は、五年前と、何ら、変わることはなかった。

彼は、相変わらず、世界の中心にいながら、誰にも、その正体を知られることなく、黒幕として、全てを、調律している。

大陸中の、膨大な情報は、今も、リアルタイムで、彼の頭脳へと、流れ込み続ける。

彼は、どこかで、紛争の火種が生まれそうになれば、ギルドの物流を、密かに操作し、経済的に、それを、未然に防ぐ。

どこかで、疫病が発生しそうになれば、エリアナを通じて、新しい薬の情報を、それとなく、流す。

どこかで、大きな自然災害が起きそうになれば、灯火の団を、派遣し、被害を、最小限に、食い止める。


彼は、世界の、絶対的な、守護者だった。

そして、その事実は、彼の、最も近くにいる、仲間たちだけが、知っていた。


「アッシュ様。そろそろ、夕食の時間ですよ」

エリアナが、呆れたような、しかし、親愛に満ちた声で、彼を呼びに来る。


「おう、アッシュ! 今日は、コーザ村から、最高の酒が、届いてるぜ!」

リョウと、ケンが、楽しそうに、手招きしている。


「師匠! 今度、新しい遺跡を見つけたんです! 一緒に、行きましょう!」

任務の報告に来ていた、ミリアが、子犬のように、彼の袖を引く。


彼の周りには、今、温かい、笑顔が、溢れていた。

孤独ではなかった。

彼は、この、信頼できる仲間たちと共に、この世界を、守っている。

その事実が、彼の心を、静かな、幸福で、満たしていた。


彼は、ふと、遥か、遠い日のことを、思い出した。

勇者パーティーから、「役立ず」と罵られ、全てを失い、ダンジョンの、冷たい石畳の上で、一人、絶望していた、あの日のことを。

あの絶望がなければ、今の自分は、いなかった。

あの、暗く、冷たい一日が、自分の、本当の人生の、始まりだったのだ。

彼は、今、心の底から、そう思うことができた。


彼は、再び、眼下に広がる、世界へと、視線を戻した。

夕暮れの光の中で、大陸中の人々が、それぞれの場所で、それぞれの、幸福な日常を、生きている。

畑を耕す、農夫の、額に光る汗。

工房で、新しい道具を作る、職人の、真剣な眼差し。

学校で、新しい知識を学び、目を輝かせる、子供たちの、笑い声。


その、全ての人々が。

この大陸に生きる、全ての生命が。

今、この瞬間も、知らず、知らずのうちに、彼の、ごく微弱で、しかし、永続的な、広範囲支援魔法ワールド・ワイド・バフの、温かい光に、包まれている。


彼は、誰にも、知られることなく、世界中の人々の、「可能性」を、ほんの少しだけ、引き出し続けているのだ。


追放された支援術師は、復讐を終え、そして、世界の、最も偉大で、最も孤独な、守護者となった。

彼は、その、誰にも理解されることのない、絶対的な事実に、ただ、静かな、そして、深い、満足感を、覚えながら。

夕暮れの、美しい空に向かって、穏やかに、微笑んだ。


その微笑みと共に、彼の、そして、彼に支援された、この世界の物語は、静かに、幕を、閉じる。

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