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火星生まれの孤児が、反物質アーマーと同期して、異星の虫型怪物に満ちたジャングルで人類の滅亡にたった一人で立ち向かう時

作者: oru_azhikkaran

圧迫感のある湿気が空気を重くし、生い茂る密林が基地を締めつけていた。辺りに響くのは、不気味な羽音と甲高い金属音——まるで虫と巨人が融合したような、異形の怪物たちの接近を告げる音だった。要塞はすでに完全に包囲されており、陥落は時間の問題と思われた。


それでもなお、その砦は誇り高くそびえ立ち、迫りくる猛攻を受け止める覚悟を静かに示していた。


機械仕掛けの鎧を身にまとい、パイロットの少女は耐え難い熱と戦っていた。灼熱の太陽が、純白の装甲を容赦なく照らし、彼女の隣に立つ数少ない忠誠心の強い兵士たちを眩惑させる。


その鎧は、わずかな反物質で駆動するナノマシンによって構成され、人類が最後に生み出した兵器であった。かつての異星の盟友から提供された技術を基に作られ、革新的な精神同調システムによって搭乗者の思考と完全に同期していた。その力は桁外れで、一撃で戦車を粉砕し、跳躍すれば百メートルを超える距離を軽々と飛び越えられる。


ヘルメットは六角形の輪郭を持ち、十字型のバイザーがその前面に輝く。胸部は鋭利な稜線で構成され、まるで機械そのもののような威容を放っていた。対照的に、下半身のデザインは広がるローブを思わせる優雅な形状をしていたが、その内部構造はタングステンよりも硬く緻密であった。脚部も同じ合金に覆われ、嵐を支える柱のように地に根を下ろしていた。


湿った空気の中に、戦の鼓動を打つ太鼓の音が響きわたる。巨大な怪物の群れが、鉤爪と牙の奔流となって基地を襲う。その中心、開いた突破口に、彼女は立っていた。白銀の姿は微かに震え、両手に握られた巨大な戦斧が光を受けて鈍く輝く。


彼女の周囲では、仲間たちが次々と倒れていった。どす黒い粘液のような血が辺りに飛び散り、苦悶の叫びが響くたびに、彼女の胸は締めつけられ、心を悲しみの波が貫いていく。それでも彼女は、膝をつくことを拒んだ。


最初に倒れたのは、まだ少年の面影を残す兵士だった。喉元を切り裂かれ、彼の身体は地面に崩れ落ち、白目を剥いたまま静かに動かなくなった。


その瞬間、彼女の腹部に焼けつくような痛みが走る。歯を食いしばりながら、白い斧を高く掲げ、突進してきた昆虫型の巨獣の首を叩き斬った。


しかし、次の叫びがすぐに響いた。蠢く肉塊のような怪物が、しゃがんでいた狙撃兵を一撃で薙ぎ払った。身体を引き裂かれ、命を失っていくその姿を目にし、彼女の肩は苦悶に沈んだ。仲間の血が彼女のバイザーを濡らし、涙で滲む視界を必死に振り払わなければならなかった。


怪物たちは無数に湧き出てくる。彼女の一歩一歩が、砕かれた死体と赤泥の中に響きわたる。斧を振るい、二体の異形を胴から両断する。その刹那、右隣にいた兵士が呻き声を上げ、鋭い脚に貫かれて崩れ落ちた。彼女はその断末魔を聞き取り、思わず呻き声を漏らす。腕が震え、斧を落としかけたほどだった。


戦場はすでに混沌の極み。まるで獣道のように狭く、罠のように逃げ場もない。怪物たちはあまりにも近く、彼女の装甲にその甲殻が擦れる感覚さえ伝わってくる。


一瞬の空白。その瞬間、かつての戦友であり副官だった男が、巨大な顎を持つ怪物に呑み込まれた。彼のヘルメットから血が噴き出すのを見て、彼女の喉から押し殺した嗚咽が漏れる。


冷たい金属の柄を握る手から汗が滴り落ち、息を吐きながら、彼女は怒りと悲しみの全てを込めて、斧を振り抜いた。それは、怪物の頭部を粉砕する、一撃必殺の渾身の一撃だった。


圧倒的な沈黙が戦場を包んだ——ほんの一瞬にすぎなかった。


それを切り裂くように、林縁から轟音が響く。巨人の如き怪物が姿を現したのだ。彼女はとっさに反応し、体をひねって構えたが、その化け物の一撃はまるで鍛冶場の鉄槌のように強烈で、彼女の体を吹き飛ばした。


足元の感覚が消え、地面が遠のく中で、彼女の視界に最後の仲間の姿が映った。学徒兵のような、まだ若い少年兵。その彼が、太い爪に捕らえられ、一瞬で押し潰された。


その断末魔が耳に残る中、次の衝撃が彼女を襲う。


巨獣の爪が彼女を掴み、白い装甲を引き裂き、そして——右腕を、根元からもぎ取った。


「——ああああああああっ!!」


夜を切り裂くような、痛みと怒りと絶望の咆哮がほとばしった。


彼女は斧にすがるようにしながら、地面にしがみつく。そして、そのまま、怒涛のような殺意に飲み込まれていった。もはや、痛みはなかった。ただ、哀しみと怒りが、彼女の意識を塗りつぶしていた。


その刃は、悲しみの導きに従って振るわれ、首を跳ね飛ばすたびに、彼女の魂は凍てついていく。


怪物たちは次々に倒れ、血肉の山となって積み重なる。それでも、波は止まらなかった。


息を荒げながら、彼女は唯一無事だった左脚に体重を預け、疲労に濡れた左腕に力を込める。


そして、最後の力を振り絞り、血で染まった斧を振り上げ——


——巨獣の頭蓋に、全てを込めた一撃を叩き込んだ。


その怪物は、呻き声とともによろめき、そして倒れた。巨体が地を打ち、土と破片が舞い上がる。


やがて、舞い上がった土埃がゆっくりと地に落ちる。


その時、そこに広がっていたのは——


泥と血と金属の残骸が混ざり合った、巨大な骸の平原だった。


息を切らしながら、彼女は動かずにいた。頭の奥が唸るように響き、視界が霞む。その場に立つことすら、もはや奇跡だった。


辺りを覆うのは、ただの静寂。まるで、死がこの地を支配しているかのような、息の詰まる沈黙だった。


彼女の片手だけが、氷のように冷たい戦斧の柄を握っていた。その指は、すでに血で染まり、震えている。


血に濡れた記憶の中で、彼女は理解する。


——これは、始まりにすぎない。


彼女が命を懸けて退けたこの大群。それは、第一波に過ぎなかったのだ。


遥か遠くの森の奥から、またしても、低く唸るような咆哮が響く。それは次なる災厄の訪れを告げていた。


仲間たちが犠牲になり、基地は破壊され、全てが失われた。それでも、終わってなどいない。


彼女の意識は揺らぎ、視界は滲んでいく。


その時——


「……殺せ……もっと、殺せ……」


心の奥底から、声が囁いた。


それは、狂気とも思えるほど冷たい命令。


彼女は唇を噛み締め、残った力で膝を立てた。


戦いは、まだ終わらない。否——ここからが、本当の地獄だ。

西暦2XXX年4月26日(月曜日)午前11時00分。


朝の陽光が、ノヴァテラの圧倒的な樹冠を貫き、琥珀色の光線となって訓練場を照らしていた。


ヘルメットをゆっくりと外したハルカ・サイトウの口から、湿気に満ちた空気が漏れ出す。その空気は、異なる惑星特有の匂いと重さを持ち、肺の奥まで染み渡った。


彼女は戦争孤児であり、地球防衛軍士官学校を優秀な成績で卒業し、ようやく最初の任地に足を踏み入れたばかりだった。それが、この——未開のジャングルに覆われた異星、ノヴァテラ。


訓練用の戦斧を握る手は、未だに緊張と興奮で震えていた。


「おめでとう、サイトウ軍曹。」


タブレットから目を離さずに、そう声をかけてきたのは、技術開発責任者のカミーユ・ルブラン博士だった。


「ありがとうございます、博士。これまでのところ、問題はありませんでしたか?」


ハルカが一歩近づきながら尋ねると、ルブランはようやく視線をスクリーンから外し、軽く頷いた。


「同調率は98%。君の神経信号は、完璧にアーマーと同期している。午後には、実戦環境に近いシミュレーションに入る予定だ。——ジャングルの縁が、君の舞台だ。」


ハルカは、湿った空気を深く吸い込んだ。肺が新たな興奮に満たされていくのを感じた。


彼女は火星のネオ・バビロネで育った。第一次接触戦争後の瓦礫と汚染の街で、生き延びるために呼吸することさえ危うかった幼少期——それでも、ノヴァテラの「生きた密度」は、まるで別物だった。


「——準備はできています。」


そう呟き、彼女はゆっくりと白い戦斧を掲げた。


その瞬間、精神同調システムを通じて、電流のような感覚が彼女の意識を走る。


それは、力の予感。人間を超えた何かと繋がる合図だった。


ルブランが最後の調整を行っている中、ハルカの耳には微かな「唸り」が届いた。


機械の音ではない。自然の音でもない。


——誰にも聞こえていないはずの、獣の咆哮。


その正体の知れない音に、彼女の背筋を冷たいものが這った。


浮かんでいたはずの笑みは、次第に消え、口元が強ばる。


胸の奥で、警鐘のような直感が鳴り響いていた。


西暦2XXX年4月26日(月曜日)午後13時00分。


午後、ハルカは指令室を後にし、訓練場へと向かった。


そこは広大な空き地で、初期型外骨格——通称「MK-I」の残骸や、旧式の移動目標が散乱していた。


その中心に、まっすぐに立つ一人の男がいた。隊長、モランである。


「サイトウ軍曹。今日の相手は、旧式のMK-I装備歩兵だ。『アストラ』の真価、見せてもらおうか。」


「了解しました、隊長。」


ハルカはそう返し、ヘルメットをしっかりと装着した。


訓練開始の信号が鳴ると、兵士たちが一斉に突撃を開始した。


ハルカは精神同調システムを起動させる。右腕に心地よい電気の震えが走り、意識とアーマーが完全に繋がる。


彼女は走り出す。MK-I装備の兵士と正面からぶつかり、斧を振るい、放たれるプラズマ弾をすれすれでかわしながら、円を描くような動きで斬撃を叩き込んだ。


その一撃で、古びた装甲が破裂し、彼女の中に、奇妙な感覚が芽生え始める。


——斧の振動が、ジャングルの奥深くへ共鳴しているような感覚。


「……隊長、聞こえますか。……何かがおかしい。ジャングルが、静かすぎます。」


「気を散らすな。任務に集中しろ。」


モランの返答は冷静だったが、その声にも、どこか硬さがにじんでいた。


そのときだった——


彼女の通信機が、突如ノイズ混じりに震えた。


「ハルカ、こちらルブラン! 大変な事態よ、センサーが数百体規模の生体反応を検知した! 急速接近中! ……すぐに迎撃体勢に入って、訓練場からの撤退準備を!」


胸の鼓動が、爆発のように鳴る。


「了解、博士。モラン隊長、私が前線に出ます!」


即座に判断し、戦斧を構えて前進する。


周囲の歩兵たちが彼女の指示で後退しはじめる中、ハルカは目を細め、ジャングルの暗闇へと目を向けた。


そこから、災厄がやってくるのを——彼女の本能は、確信していた。


本当の戦いが、始まる。


西暦2XXX年4月26日(月曜日)午後14時00分。


最後の敵が倒れた瞬間——


ハルカの意識の奥底で、冷たく、湿った囁きが響いた。


「……殺せ……」


まるで幻聴のように、しかし確かに彼女の中で鳴った。


彼女はこめかみに手を当てる。だが、その声は止まらない。


それどころか、次の瞬間——アーマーのナノマシンが彼女の皮膚下を這い、血管を突き破り、筋肉へと侵入していくのを感じた。


胸の奥で、熱く脈打つ何かが動き出す。


それは心臓ではなかった。新たな「心臓」——反物質炉が、彼女の胸郭で脈動しているのだ。


呼吸が変わる。肺が、炎と煙と血の香りを吸い込み、筋繊維が硬質化し、皮膚は金属のように硬く、そしてしなやかになっていく。


声は、さらに深く、強く彼女を支配する。


「……解き放て……創れ……殺せ……」


足元がよろめく。しかし彼女は、全身の力をかき集めて踏みとどまった。


そして——


彼女の両脚が、臨界点に達する。


アーマーの脚部が激しく駆動し、泥濘の地面を蹴りつけた瞬間——無数の刃が、彼女の周囲から咲き乱れるように飛び出した。


それは鋼鉄ではなかった。ナノマシンが意識の命令を受け、実体化した刃である。


その一本が、目の前に現れた巨大な虫型の怪物を真っ二つに切り裂いた。


そして——


ハルカは、戦場の中心へと跳躍する。


第二の心臓の脈動に合わせ、剣が、盾が、槍が次々と生まれていく。


それらは彼女の意志そのもの。高速で旋回し、敵の攻撃を防ぎ、次の瞬間には矢のように突き刺さる。


怪物たちは、鉄の雨に貫かれ、崩れ落ちる。どれも、彼女に触れることすらできなかった。


そしてその中で、声が再び——今度は歓喜に満ちて——囁く。


「もっと……殺せ……」


アーマーと、ナノマシンと、自分自身。


どこまでが「ハルカ」で、どこからが「兵器」なのか、もうわからない。


ただ一つ、確かなことがある。


——いま、殺すべき存在は、目の前にいる。







西暦2XXX年4月27日(火曜日)午後14時00分。


戦いは、終わらなかった。


それは一夜限りの激戦ではなかった。


それは——二十四時間連続の地獄だった。


金属と血と咆哮が交錯する中、時間の感覚は消え、ただ、第二の心臓の鼓動だけが彼女を動かし続けた。


疲労はとっくに限界を超えていた。だが、彼女の意識は機械と融合し、もはや肉体の悲鳴を受け取ることすら拒否していた。


一体倒すごとに、また別の影が現れる。


誰かの死のたびに、その重みが心を蝕む。


だが——止まることは、許されなかった。


そして、夜が明けた。


煙と塵に覆われた空の下、ようやく戦場は静寂に包まれた。


眼前に広がるのは、怪物の死骸、破壊されたアーマー、そして——瓦礫と化した基地。


不落と呼ばれたその砦は、いまや崩れた壁と焼け焦げた塔の残骸に過ぎなかった。


通信塔は倒れ、生活モジュールは跡形もなく吹き飛ばされていた。


ハルカは、泥と血の混じる大地に膝をついていた。


すべてが終わったその瞬間、ようやく、彼女の身体は限界を迎えた。


まぶたが重く、意識は闇に沈みそうになる。


周囲には、誰もいなかった。


仲間たちは、皆——この地に還ったのだ。


最後に残ったのは、自分ただ一人。


彼女は、斧に手をかけ、ゆっくりと立ち上がった。


その斧には、破片と黒い血液がこびりつき、重く鈍く光っていた。


アーマーは割れ、膨れ、すでに機能限界を超えていたが——内部のナノマシンが、まだかすかに脈動を続けていた。


目の前に積み上がった屍山血河を見渡しながら、ハルカは静かに呟く。


「これが……勝利、なの?」


彼女は理解していた。


この戦いは、序章に過ぎない。


この大地は、まだ終わっていない。


遠くから、新たな咆哮が響く——


それは、第二波の到来を告げる音だった。

彼女が、戦いの結末を決める者となったのだ。

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