魔王軍の勇者
「変身!!」
そう叫ぶとお腹のベルトが唸りを上げる。
体中が熱くなる。
漆黒の鎧の中で肉体が変化していくのを感じる。
目の前にいるゴーレム数体を素手で殴り倒す。
人の所業ではない。
そう、俺は人間ではなくなった。
魔族の力を手に入れた代わりに人間を失った。
平穏で平和な高校生活・・・それは突然終わった。
目の前に広がる景色、それは異形の世界。
角が生えたり羽が生えたりした明らかに魔物的な姿をした人たち・・・というか人ではない何かに囲まれていた。
「これは召喚失敗したんじゃないのか?」
骸骨の姿の何かが僕を指さしながら言う。
あれは俗にいうスケルトンなんだろうか?
「まあレアな人間が出るまでやるしかないんじゃないか?」
牛の姿をした巨人が答える。
あれは俗にいうミノタウロスなんだろうか?
とにかくここには魔物しかいない。
しかも魔物しかいない場所らしく薄暗くてじめっとしている。
とても居心地のいい空間とはいいがたい。
周りの様子を見る限り俺は異世界転移的なことになっているようだ。
「沈まれ!皆の者」
角が生えた女性がローブを身にまとい颯爽と出てきた。
きれいな顔をしている。
人ではないみたいだ・・・というか人ではないんだろうけど。
「我ら魔王軍は世界を支配しつつある!」
おぉー!
なんか盛り上がっている。
っていうか魔王軍って言ってるし明らかに人じゃない事は確定した気がする。
「しかし!!最近勇者を名乗る輩が我らの領土を奪いつつある。」
魔物たちがざわついている。
「そこでだ!我々も勇者を召喚し対抗することとした!そこにいる男こそ我らの勇者第1号だ!勇者の力を持って世界の全てを魔王様の元へ!」
おぉー!
盛り上がる声の中から批判的な声が聞こえる。
「そんなひょろい奴に何が出来る!」
確かに本当にそれはそうだと思う。
明らかにここにいる方たちのほうがよっぽど強そうだ。
「ちょっと確認させてもらうぜ」
ミノタウロスが斧を肩に担ぎながら僕の前に来た。
圧倒的な威圧感。
これは完全に殺される。
わけも分からずこんな所に連れてこられた挙句に殺される。
恐怖で足が震える。
「好きにするがいい」
えっ?許可しちゃうの?
本当に死んじゃうよ?
「勇者よ剣を取れ」
剣が投げられ僕の目の前の地面に突き刺さる。
黒い剣、黒くて大きな剣・・・重たそうで僕には持ち上げることも出来なさそうな大きな剣。
「さあ勇者よ剣を取れ!」
取れと言われてもこんな大きな剣・・・持てる気がしない。
「どうした?勇者さんよ・・・」
じりじりと近づいてくるミノタウロス。
足がすくむ足がすくむ足がすくむ。
体の力が抜けてそのまま倒れこんでしまいそうだ。
なんでこんなことになんでこんなことになんでこなことに・・・。
死にたくない死にたくない死にたくない。
「くそっ!!」
覚悟を決め剣を地面から抜く。
思ったより重くない。
これなら使える!
ミノタウロスが斧を振り下ろしてきた。
剣で受ける。
そのまま剣を振りぬく。
ガキャァァン!!!
ミノタウロスの斧を吹き飛ばした。
腰から崩れ落ちるミノタウロス。
「やっやるじゃねぇか・・・」
魔物たちから大歓声が上がる。
うぉぉぉおおお!!!勇者ぁぁぁ!!!勇者!勇者!勇者!
勇者コールが起きる。
「さあ勇者皆の声援に答えるがよい!そして皆にその名を!!」
「おぉぉぉ!!!俺の名は藍澤凛音!!リオンだ!!」
リオン!リオン!リオン!リオン!リオン!リオン!リオン!
鳴りやまないリオンコール。
「勇者よ・・・勇者リオンよ」
ローブ姿の女性が近づいてくる。
「我が名はカリエスル、お前に今の状況を伝えよう。現在我が魔王軍は地上のほとんどのエリアを占領下においている。だが人間どもはその窮地にあって起死回生の一手、異世界より勇者を召喚して対抗してきた。勇者の驚異的な力の前に我々の領土は奪い返されつつある。そこでだ我々も勇者を召喚し対抗することとした。」
すごい説明してくるな。
わかりやすくて助かるけど・・・。
「皆のもの2回目のガチャを引くぞ!」
ガチャ?ガチャっていったか?
何やら儀式的な何かのあと魔法陣から金髪の男性が出てきた。
俺よりも圧倒的にたくましく筋肉質で高身長、そして何より顔が整っている。
あっちのがレア感がある。
正直そう思ってしまった。
男性は周りを見渡し何か納得した感じだった。
「俺をこんな所に召喚して何をさせたい?」
受け入れた。
こいつこの状況を受け入れた。
なんで?
俺なんて説明されても受け入れきれてないのに・・・。
「人間を殺せ!人間の勇者を殺せ!!勇者を殺せ!!」
「勇者を殺せ!」
勇者を殺せ殺せコールで盛り上がる。
ハッキリ言って強すぎる。
「俺に任せろ!勇者を人間を皆殺しにしてやるぜ!!」
うぉぉぉお!!!
盛り上がりは最高潮だ。
って言うか人間を殺せをなんでこいつはすんなり受け入れた?
「合法的に人が殺せるぜ!!まずは誰を殺したらいい?」
おいおいこいつ殺人鬼か?
「落ち着け勇者よ。いずれいくらでも人は殺せるまずはお前の名を勇者の名前をみんなに伝えてやってくれ」
「俺か?俺は・・俺はシャリア転移者シャリアだ!人を殺して殺して殺しまくるためにこの世界に来てやったぜ!!」
狂ってるこいつ完全に狂ってる完全にヤバい奴だ。
「勇者シャリアお前にふさわしい装備をやろう」
シャリアの目の前には真紅の鎧と剣が置かれた。
「勇者シャリアよこの世界を人間の血で赤く染めてこい!この真紅の剣のような赤に染めて来るがいい!」
「勇者出現!勇者出現!」
盛り上がっている中に使い魔が勇者出現を知らせる。
ドルドレイ地区西側!勇者キール
リエルガルド地区東側!勇者バイオン
「ふっ早速お前らの力を試すときが来たようだな」
「勇者シャリアはリエルガルドへ勇者リオンはドルドレイへ!勇者を殲滅してこい!」
カリエスルが両手を天に掲げると2つの扉が出現する。
殲滅してこいと言われてもまだやるとも言ってないし人間を殺してこいと言われて、はいやりますとはならないし・・・。
「なんだお前ビビってんのか?何なら俺が勇者2人同時に殺してやってもいいんだぜ!なカリエステル!!」
「お前でも2か所同時は無理だ一か所だけにしておけ」
「ふっまあいいさ俺は行くぜ」
そういうとシャリアは扉の奥に消えた。
「さあ勇者リエルも行くがよい!」
いや行くがよいって言われてもね・・・とは言えこの状況ではっきり、嫌です!!とは言えないし・・・。
とりあえずしぶしぶ扉の奥に進む。
扉を抜けるとそこは更に暗くてじめっとしていて陰気な雰囲気の場所だった。
「ようこそ勇者様カリエステル様から聞いております。ささこちらにどうぞ」
褐色の肌貧相な身体ぎょろりとした目玉、そして落ち着きのない動き・・・仲良くはなりたくはない。
「いひっひひひ」
変な笑い方をする・・・ますます気持ち悪い。
「まもなく人間の勇者がやってきますそれまでは奥でお待ちください」
奥に通されぽつんと1人でたたずむ。
完全に道を間違っている気がするどうせなら人間の勇者として召喚されたかったんだがなんで魔物側に召喚されたのだろうか・・・この先どうしたらいいのか・・・。
部屋の外が騒々しい・・・勇者が来たっぽいけど戦う理由ないし困ったな・・・。
等と思っていると先ほどの気持ち悪い男が俺を呼びに来た。
「はやく!!はやく来てください!勇者が勇者が・・・」
そういいながら男は真っ二つに割れた。
割れた男の先には緑の鎧を着た勇者が立っていた。
「お前が最後の1人だ!覚悟しろ!」
「まっまて俺は戦うつもりは・・・」
「黙れ!魔王の手先が!!」
問答無用で切りかかって来た。
緑色の勇者が振り下ろす剣が目の前に見える。
目の前の景色が2つに割れ意識を失った。