8 魔法修行 シュート編②
前世では決して体験できなかった、自分の力で物理法則を捻じ曲げるような感覚。その不思議な力を使えるという事実に、俺は純粋な興奮と、無限の可能性を感じていた。
そんな俺の秘密の特訓(表向きの土魔法の練習)の様子を、目ざとい兄さんと姉さんが見逃すはずもなかった。
「シュート、また何か面白いことしてるな! 今の、地面が動いたぞ! どうやったんだ!?」
「本当? すごいわ、シュート! それって、もしかして魔法なの?」
二人は、目をキラキラと輝かせて俺に詰め寄ってくる。まあ、いつかはバレると思っていた。
「うん。実はこれも、神様が教えてくれたんだ。自分の中に特別な力があるって。それで試してみたら、土を動かせたんだ」俺はそう説明した。
「「ええーっ!? 魔法!? 神様が!? ずるい! 僕(私)もやりたい! 教えて!」」
予想通りの反応だ。俺は二人に、自分が実践した瞑想のやり方――静かに座り、呼吸を整え、自分の体の中を流れる温かいエネルギーの流れを探すこと――を、身振り手振りを交えながら、根気よく教えた。「神様が言うには、誰の中にも力は眠ってるらしいから、きっとできるよ」と付け加えて。
俺が実際に土塊を浮かせて見せたり、地面をならして見せたりすると、二人は「神様のお告げなら本当かも!」と真剣な色を宿し、本気で取り組むようになったらしい。毎日、俺と一緒に瞑想の時間を作るようになった。
そして、教え始めてから一月ほど経った頃だろうか。
「あ! シュート! わかった! なんか、お腹のあたりがポカポカして、あったかいのが流れてる気がする!」
ルカオン兄さんが、興奮して叫んだ。
「私も! 私もわかるわ! これが魔力なのね!」
シャナイア姉さんも、嬉しそうに続く。
二人とも、俺より時間はかかったものの、無事に自分の中の魔力を感じ取ることができたようだ。才能には個人差があるのだろう。そして、それぞれの魔法の適性を調べてみると…
「見てくれシュート! 俺も土塊を浮かせたぞ! やったー!」
ルカオン兄さんは、宣言通り【土魔法】の適性を持っていた。活発で大雑把な兄さんには意外な気もしたが、父さんの跡を継いで土を扱う仕事をするならば、これ以上ない適性かもしれない。
「私は、これよ! 見てて!」
シャナイア姉さんが手のひらを井戸の方に向けると、そこから細い水の流れが現れ、近くの桶に溜まっていった。【水魔法】。優しくて面倒見が良く、家事を手伝うのが好きな姉さんらしい、ぴったりの属性だ。
「すごいじゃないか、二人とも! 才能あるんだな! 神様が力を貸してくれたんだ!」
「やったー! これで俺も魔法使いだ!」
「ふふ、シュートが丁寧に教えてくれたおかげよ。ありがとう。神様にも感謝しないとね」
土と水。どちらも、この村の生活においては非常に役立つ魔法だ。土魔法は農作業やダンテ石のような土木作業に直接活かせるし、水魔法は飲み水の確保や洗濯、畑への水やり、そしていざという時の火の始末など、用途は無限に広い。特に、綺麗な水を安定して確保できることは、衛生面でも大きな意味を持つ。平民にとっては、これ以上ないほど有益な魔法と言えるだろう。
「「やったー!! 魔法だー!」」
魔法が使えるようになった二人は、子供らしく飛び上がって大喜び。その報告を聞いた父さんと母さんも、最初は驚きながらも、すぐに満面の笑みになり、子供たちが特別な才能に目覚めたことを、涙を流さんばかりに喜んでくれた。特に、それが日々の生活に直結する実用的な魔法だったことが、二人の喜びを一層大きくしたようだった。「これで、うちの暮らしももっと良くなるな」「神様からの授かりものだ」と、家族全員が、明るい未来への確かな希望で満たされた。
その話は、すぐに近所に住む同い年の友人、ジャンとリリー兄妹の耳にも入った。
「おい、シュート! ルカオン! シャナイア! お前ら、三人とも魔法使えるようになったんだって!? マジかよ! すげーじゃん! しかも神様のお告げなんだろ!? 俺たちにも教えろよ! ずるいぞ!」
「そうよ! 私たちだって、いつか冒険者になるんだから、魔法くらい使えなくちゃ話にならないわ! お願い、シュート様、私たちにも教えて!」
いつの間にか「様」付けだ。俺は苦笑しつつ、兄さんたちにしたのと同じように、二人にも瞑想の仕方を、一から丁寧に教えた。
この二人も、最初はかなり苦戦していた。特に、落ち着きがなく、じっとしているのが苦手なジャンは、すぐに飽きて地面に寝転がったり、石ころを蹴飛ばしたりしていた。だが、俺やルカオンが土魔法で地面をあっという間に平らにしたり、シャナイアが綺麗な水を出して見せたりするうちに、「やっぱり魔法はすごい!」と本気になったらしい。一方、リリーは元々真面目で努力家な性格なので、文句も言わず、黙々と瞑想を続けていた。
そして、教え始めてから二ヶ月ほどが過ぎた頃。ついにその時が来た。
「うおおお! 燃えた! 見てくれ、シュート! 手のひらから火が出たぞ!」
ジャンが、まるで宝物を見つけたかのように、興奮して叫んだ。彼の手のひらには、確かに小さな赤い炎が揺らめいていた。彼の適性は【火魔法】だった。火起こしはもちろん、戦闘にも応用できる強力な属性だ。
「私も…! 見て!」
リリーが手のひらを差し出すと、シャナイア姉さんと同じように、綺麗な水が湧き出してくる。彼女の適性は【水魔法】だった。
これで姉さんと二人、水魔法使いだ。冒険者を目指す彼女にとっても、水の確保や治療の補助など、役立つ場面は多いだろう。
「火と…水か! 二人ともすごいじゃないか! きっと神様が見ててくれたんだな!」
ジャンは攻撃的な火魔法、リリーはサポート系の水魔法。これはなかなかバランスのいい組み合わせかもしれない。二人とも大興奮で、そして話を聞いた二人の親も、信じられないといった表情で驚き、そして我が子の才能の開花を涙ながらに喜び、俺に何度も何度も頭を下げて感謝してくれた。「これもシュート様と、神様のおかげです…!」と。
(しかし、みんな、よく飽きずに頑張ったもんだな…。神様のお告げってことにした手前、引けなくなっただけかもしれないけど、結局は本人の努力と才能だ)
俺は、友人たちの努力が実を結んだことに、自分のことのように嬉しく、そして素直に感心していた。同時に、村の人々が俺に向ける視線が、以前とは明らかに違う、畏敬や期待のようなものを含んでいることを、ひしひしと感じ始めていた。
それからは、俺たち五人の合同訓練が、日々の重要な日課となった。午前中は、それぞれの家の手伝いや、ダンテ石の製造・村の補修の手伝い。そして午後は、日が傾くまで、家の裏手の広場で剣(木の枝)の稽古と、それぞれの魔法の訓練に励む。
最近は、木に描いた簡単な的に向かって魔法を当てる練習も始めたが、これがなかなか難しい。ルカオン兄さんの土塊はあらぬ方向に飛んでいくし、シャナイア姉さんやリリーの水弾は勢いが足りずに届かない。ジャンの火球は威力がありすぎて的ごと燃やしてしまいそうになる。俺の土魔法も、狙ったところに当てるのは至難の業だ。「ちくしょう!また外れた!」「あーもう、なんで真っ直ぐ飛ばないの!」なんて言いながら、みんなで悪戦苦闘している。
それでも、一人で黙々とやる訓練も大事だが、こうして仲間がいると、断然楽しい。互いにアドバイスし合ったり、時には競い合ったりすることで、モチベーションも高く保てるし、何より、一緒に強くなっていくという連帯感が心地よかった。
俺は【土魔法】の訓練として、一つの大きな目標を立てていた。それは、家から村はずれを流れる川までの、約100メートルほどの、石ころだらけで歩きにくい、長年放置されていた荒れた道を、少しずつ平らにならしていくことだ。これは、魔法の精密なコントロールと、持続力、そして魔力総量を鍛えるのにうってつけの実践訓練だ。昨日までデコボコだった道が、自分の力で着実に平らになっていく。その目に見える成果と達成感が、たまらなく嬉しかった。
ルカオン兄さんも同じ土魔法なので、二人で協力して道の整備を進める。ジャンは火魔法で邪魔な木の根っこや、硬い岩(を少しだけ脆くする)を焼き払い、身体強化が得意な俺やルカオン兄さんが重い石をどかすのを手伝ってくれる。
そして、水魔法使いのシャナイア姉さんとリリーの二人には、村の生活を大きく変える、もう一つの重要な役割が生まれていた。二人の水魔法の腕が上がり、一度に出せる水の量が増えてきたのを見て、俺は父さんに提案したのだ。
「村の中心に、大きな水の瓶かめを置かないか?」と。「神様が、みんなが綺麗な水を飲めるようにしなさいって」。父さんも村長としてその提案に賛同し、村人たちと協力して、井戸の近くに大人でも入れるほど大きな陶製の貯水瓶が設置された。
それからは、シャナイア姉さんとリリーが毎日交代で、あるいは協力して、その大きな瓶に魔法で清潔な水を満たすのが日課となった。最初は二人掛かりで、魔力が空になるまで頑張ってもなかなか満タンにならなかった瓶が、訓練を続けるうちに、徐々に短い時間で、楽に満たせるようになっていった。
村人たちは、いつでも好きな時に、井戸まで行かなくても清潔な水が手軽に飲めるようになったことを、心の底から喜んだ。「これで病気の心配も減る」「水汲みの手間が省けて助かる」「シュート様と姉ちゃんたちのおかげだ!」
特に母親たちや老人からの感謝の声は大きく、二人の少女にとっても大きな自信とやりがいになっていた。村全体の衛生状態が向上し、以前よりも活気が出たのは、間違いなく彼女たちの貢献のおかげだろう。
魔法の訓練をしている中で、俺は前世のラノベ知識――魔力総量を増やすための秘訣――を思い出し、あるアドバイスを兄さんたちやジャンたちにしてみた。これも「神のお告げ」ということにしよう。
「なあ、みんな。魔法の練習をする時、ただ使えるようになるだけじゃなくて、もうこれ以上は無理だってくらい、魔力が完全に空っぽになるまで、限界まで使ってみるといいかもしれないぞ」
「え? 限界まで? それって、ヘトヘトになって倒れちゃうくらいまでってことか?」
ルカオン兄さんが、少し顔を引きつらせて尋ねる。
「うん。かなりきついとは思うけど、そうすると、次に使える魔力の量…その、魔力の器みたいなものが、少しずつ大きくなる…かもしれないんだ。実は、夢で見たんだ。なんか偉そうな神様みたいな人が出てきて、そうすると魔力の器が大きくなるって言ってたんだ。力を使い切ることで、神様が新しい力を注いでくれるって」
俺は、あくまで夢のお告げ、という体で、その訓練法を伝えた。
最初は「えー、そんなキツイの嫌だなあ」「倒れたらどうするんだよ」と渋っていたみんなも、「神子様のお告げなら…」「神様が力をくれるなら…」と、以前よりも素直に、そして真剣に受け止め、試してみる気になったらしい。ルカオンは土魔法を限界まで使い、シャナイアとリリーは水魔法を、ジャンは火魔法を、それぞれが意識して魔力が尽きるまで使う訓練を、日々のメニューに取り入れ始めた。
その効果は、俺の予想以上にてきめんだった。数週間もすると、明らかにみんなが一度に使える魔法の威力や、魔法を発動していられる持続時間が増しているのが、傍から見ていてもはっきりと分かった。魔力の総量、いわゆるキャパシティが、着実に、しかもかなりの速度で増大しているのだ。
(やっぱり、ラノベ知識…いや、神様のお告げってことにしたアレは効果絶大だ)
俺たちは、互いに励まし合い、「今日は昨日より長くできた!」「見てろ、次は負けないぞ!」と競い合いながら、昼間の合同訓練で剣と魔法の訓練、そして魔力が空になるまでの限界挑戦に明け暮れた。この、辺境の村の、わずか五人の幼い魔法使いたちの地道な努力が、数年後、このルアン村が「奇跡の村」と呼ばれることになる、その礎の一つを築いていることなど、この時の俺たちは知る由もなかった。
そして、夜。家族も友達も深い眠りについている時間。昼間の激しい訓練で消耗した魔力を回復させながら、俺は一人、自室のベッドの上や、時には人目につかない家の裏手で、秘密の鍛錬を行う。
それは、昼間の力強い【土魔法】とは違う、より精密な制御を目指す訓練だ。指先に意識を集中し、ごく少量の土で、小さな人形や動物の形を作ってみたり、砂粒一つ一つを操るようなイメージで、複雑な模様を描いてみたりする。魔力消費を最小限に抑えながら、どこまで細かく、正確に土を操れるか。これは、将来的に高度な土魔法を習得するための基礎となるはずだ。また、深い瞑想によって、体内の魔力の流れをより深く感じ取り、その総量を増やすことにも時間を割いた。
さらに、前世の剣道の記憶を頼りに、手頃な木の枝を使い、月明かりの下で静かに型を繰り返す。すり足、構え、打ち込み、受け流し。体力や筋力はまだ足りないが、体に染み付いた動きを、この小さな体で再現し、磨き上げていく。剣術の感覚を、決して鈍らせないために。
剣の鍛錬による身体能力の向上。表向きの土魔法の熟練と応用力の向上。仲間たちとの訓練による魔力総量の増加。そして、夜の秘密特訓による精密な魔力操作と剣術の維持。やるべきことは山積みだ。果てしない道のりのように思える。
でも、不思議と辛くはない。昼間は、温かい家族や、かけがえのない友人たちとの楽しい時間がある。そして、心の奥底には、いつか必ず蒼依と再会するという、揺るぎない希望がある。その二つが、俺を力強く支えてくれているからだ。
(待ってろよ、蒼依。必ず、お前を守れるくらい、強くなる。そして、必ずお前を見つけ出す。今度こそ、絶対に離さない…)
静かな夜の中で、俺は再び、固く、固く誓うのだった。
お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
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