最終話 二つの世界の絆 ~約束の羊皮紙~
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アケト・ミナモトとアオイ・ホウジョウが18歳となる新年。
日の本国の新年会は、かつてないほどの喜びと活気に満ち溢れていた。領都カマクラの日ノ本神社には、イズ、ドリマ、キンテロ、そして帰順した全ての村々から代表者や民衆が集い、新しい年の始まりと、ミナモト豪族がもたらした平和と繁栄を盛大に祝っていた。雪景色に映える松明の灯り、賑やかな音楽、そして人々の屈託のない笑顔。それは、アケトとアオイが夢見てきた光景そのものだった。
その新年会の席上、日の本国の全ての主要な幹部や村長たちが集う中、アケトは静かに立ち上がり、隣に座るアオイの手をそっと握った。一瞬、会場の喧騒が収まり、全ての視線が若き二人の指導者に注がれる。
「皆、新年あけましておめでとう。そして、今日まで、この日の本国を支え、共に戦い、共に築き上げてきてくれたことに、心から感謝する」
アケトの言葉に、温かい拍手が起こる。彼は、その拍手が鳴り止むのを待ち、そして少し照れくさそうに、しかしはっきりとした声で続けた。
「そして…今日は、皆に個人的な報告がある。私、アケト・ミナモトは…アオイ・ホウジョウと、結婚することを誓い合った」
その瞬間、場内は一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声と祝福の声に包まれた!
「おおおっ!アケト様とアオイ様がご結婚!」
「なんというおめでたいことだ!」
「これで、ますますこの日の本国は安泰だ!」
「ミナモト豪族、万歳!」
ダンテは目に涙を浮かべて何度も頷き、マイア母さんはハンカチで目頭を押さえている。ルカオンは「ヒューヒュー!」と囃し立て、エレナはその隣で幸せそうに微笑んでいる。ブレディとステフィも、心からの祝福の表情で拍手を送っていた。ジャンやリリー、キャシー、ライカといった若い仲間たちも、まるで自分のことのように喜び、飛び上がって二人を祝福した。それは、国全体の喜びであり、二人の指導者の幸せを願う民の総意だった。
そして、季節は巡り、再び春。日ノ本神社の境内では、アケトとアオイが初めて互いの想いを確かめ合った、あの桜の木が、今年もまた見事な花を咲かせ、まるで二人の門出を祝福するかのように、薄紅色の花びらを惜しげもなく舞い散らせていた。
その下で、アケトとアオイの結婚式が、日の本国の全ての民に見守られながら、盛大に、そして厳かに執り行われようとしていた。
国の象徴である二人の門出を祝うため、領内各地から、そしてキンテロからも多くの人々が祝福に駆けつけていた。
アオイの花嫁衣装は、キンテロのモビック前町長から祝いの品として贈られた、海の青と真珠の輝きを織り込んだ最高級の絹布を使い、エレナがアオイ自身の細やかなアドバイスを取り入れながら、数ヶ月かけて丹精込めて作り上げた、白と蒼を基調とした息を呑むほど美しい打掛だった。その繊細な刺繍には、桜の花と、アオイを守護するかのような優美な九尾の狐が舞っている。
アケトもまた、日の本国の正装として新たにデザインされた、黒地に金のアオイが考案したミナモト家の紋が輝く厳かな羽織袴に身を包み、若き日の本国の王としての威厳と、愛する女性を娶る新郎としての喜びを全身に漂わせていた。
この日のために用意された祝宴の料理は、シャナイア、マイア母さん、そしてステフィが中心となり、日の本国の豊かな恵みをふんだんに使って腕によりをかけて作られた、まさに山海の珍味の饗宴だった。
華々しい式典は、神官による厳かな祝詞の奏上から始まった。アケトとアオイは、神前に進み出て、深く頭を垂れる。その姿は、神々しいまでに美しく、そしてどこか現実離れした夢物語のようだった。式が進み、誓いの言葉、神酒の儀、そしてこの日のために作られた特別な指輪の交換が滞りなく行われる。そして、いよいよ新郎新婦誓いの口づけの時が訪れた。
アケトとアオイは、互いに見つめ合った。緊張で胸が高鳴り、頬が微かに上気しているのが分かる。アケトが、そっとアオイの肩に手を添え、ゆっくりと顔を近づけていく。そして、二人の唇が、桜の花びらが舞い落ちるように、優しく重なった、その瞬間だった。
パアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!
突如として、二人を中心に、境内全体が目も眩むほどの強烈な白い光に包まれた!それは、以前、二人が水晶の力で覚醒した時の光とも違う、もっと温かく、そしてどこまでも清浄で、神々しい、魂の根源に触れるような光だった。
「な、何事だ!?」
「この光は…!?」
参列者たちが驚きと畏敬の念で言葉を失う中、光の中で、懐かしくも厳かな声が、アケトとアオイの心に直接響いてきた。それは、紛れもなく、彼らがこの世界に転生する直前に聞いた、あの不思議な声だった。あるいは、それは九尾の狐へと完全に神格化した伊奈帆が、初めて彼らに直接語りかけてきたのかもしれない。
『――よくぞ、この地に安寧と豊穣をもたらした。その大いなる功績、そして二人の清き魂の結びつき、誠に見事であった。我が名において、心からの礼を申す。そして…お前たちの役目は、ここに終わりを告げる』
その声と共に、まばゆい光がゆっくりと収まり始めると、アケトとアオイは、自分たちの体が徐々に透き通り始め、その気配がこの世界から希薄になっていくのを感じた。周囲の仲間たちの顔が、驚きと、そして悲痛な表情へと変わっていくのが見える。
「アケト様!?アオイ様!?お体が…!?」
ライカが叫ぶ。
「嘘だろ…消えていく…!そんな…!」
ジャンが言葉を失う。
二人は、悟った。自分たちが、この愛する日の本国から、大切な仲間たちと、ここから消えてしまうのだと。この世界での役目を終え、元の世界へ還る時が来たのだと。
アケトは、アオイの手を強く握りしめた。そして、意を決したように、集まってくれた皆に、震える声で、しかしはっきりと告げた。
「皆…聞いてくれ。実は、俺と蒼依は…元々、この世界の者ではないのだ。遠い、遠い別の世界から、雷に導かれて、この地にやってきた…」
アオイも、涙を堪えながら頷き、言葉を続ける。
「だから…私たちはもう、元の世界へ還らなければならないようです…。本当に、突然のことで…ごめんなさい…」
その衝撃的な告白に、ダンテやマイアをはじめ、その場にいた全ての者が息を呑んだ。だが、彼らの並外れた知識や能力、そしてどこか異質な雰囲気の理由が、今、ようやく腑に落ちたのかもしれない。驚きと共に、深い納得と、そしてそれ以上の別れの悲しみが、皆の心を襲った。
「そんな…!」
「アケト様とアオイ様が、いなくなってしまうなんて…!」
仲間たちの嗚咽と、引き留めようとする悲痛な叫びが、桜吹雪の中に木霊する。ルカオンとエレナの息子レオンは、事態をよく理解できずに、
「アケトおじちゃん、アオイおばちゃん、どこ行っちゃうのー?」
と無邪気に問いかけ、ブレディとステフィの娘ラフィも、
「また遊んでくれるー?」
と手を伸ばしている。その子供たちの声が、余計に皆の胸を締め付けた。
アケトは、涙を流しながらも、皆の顔を一人一人目に焼き付けるように見つめ、最後のメッセージを託した。
「皆…今まで、本当に、本当にありがとう…!この日の本国は、私たちの誇りだ!どうか、俺たちがいなくても、みんなで力を合わせて、この国をもっともっと良くしていってくれ!お前たちなら、必ずできる!俺は、信じている!父さん、母さん、ルカオン兄さん、シャナイア姉さん…そして、ここにいる全ての仲間たち…本当に、ありがとう…!達者でな…!必ず、幸せになるんだぞ!」
アオイもまた、消えかかりながら、最後の力を振り絞って叫んだ。
「朱斗さん…!私たち、また…また離れ離れになってしまうの…?そんなの…嫌よぉぉぉっ!」
その言葉に呼応するかのように、再び、二人を包み込む、今度は虹色の、より一層強く、そして温かい光が迸った。アケトは、薄れゆく意識の中で、アオイを力いっぱい抱きしめた。
(蒼依…!絶対に、離さない…!どこへ行こうとも、必ず君と共に…!)
そして、二人の意識は、その光の中に完全に飲み込まれていった。
……どれほどの時間が経ったのだろうか。
ふと、頬を撫でる懐かしい風の感触と、どこかで聞いたことのある小鳥のさえずりで、蒼依はゆっくりと意識を取り戻した。目を開けると、そこには見慣れた神社の境内が広がっていた。木漏れ日が優しく降り注ぎ、空気は澄み切っている。
「…ここは…?」
隣で、同じようにゆっくりと身を起こす人影があった。
「…朱斗…さん…?」
「蒼依…?」
二人は、互いの顔を見つめ合い、そして周囲を見回した。そこは、間違いなく、蒼依の実家の、あの懐かしい神社だった。そして、彼らが立っているのは、かつて雷に打たれた、あの大きな御神木のすぐそば。
空には、激しい雷雨が過ぎ去った後の、嘘のような青空が広がっている。日付も、服装も、全てがあの日のまま。
「……夢…だったのか…?」
朱斗が、呆然と呟いた。十数年に及ぶ異世界での激動の日々。仲間たちとの出会いと別れ。築き上げた国。そして、ようやく結ばれたはずの蒼依との愛。その全てが、まるで長い長い、しかしあまりにも鮮明な夢だったかのように感じられた。
蒼依もまた、言葉を失い、ただ朱斗の顔を見つめるばかりだった。
その時、二人は、互いの手に何かをしっかりと握りしめていることに気づいた。
そっと開いてみると、蒼依の手のひらには、一枚の古びた羊皮紙があった。そこには、懐かしい朱斗の筆跡で、こう記されていた。
「蒼依さん南基朱斗 元気です」
それは、異世界で絶望の中にいた彼女に、生きる希望を与えてくれた、最初の手紙。
そして、朱斗の手のひらにもまた、同じように古びた羊皮紙が握られていた。そこには、蒼依の、優しくも力強い筆跡で、こう書かれていた。
「朱斗さん 蒼依です 会いに行きます」
それは、彼を想い、彼に会うために、彼女が異世界で綴り、伊奈帆に託した手紙。
二人は、それぞれの手に握られた手紙を見つめ、そして互いの顔を見合わせた。
異世界での出来事は、決して夢ではなかったのだ。それは、時を超えた奇跡。二人の魂が、確かに繋がり、愛を育み、そして再びこの場所へ、同じ時へと導かれた証。
溢れ出す涙を、もう止めることはできなかった。しかし、その涙は、悲しみのものではなく、深い感謝と、そしてこれから始まる新しい未来への、輝かしい希望の涙だった。
朱斗は、涙に濡れる蒼依を強く、強く抱きしめ合った。そして、どちらからともなく、自然に唇を重ね、長い、優しいキスを交わした。
「蒼依…もう決して離さない。日本でも、ずっと一緒にいよう」
「はい、朱斗さん…!ずっと、ずっと一緒に…!」
二人の愛は、時空を超えて再び、そしてより固く結ばれた。
彼らが顔を上げ、見上げた澄み渡る青空には、白い雲が一つ、まるで大きな九つの尾を持つ狐が、優しく微笑んでいるかのように、ゆっくりと流れていくのが見えた。
それは、ただの偶然だったのかもしれない。だが、二人には、遠い異世界からの温かい祝福のように、そしてこれからもずっと見守っていてくれるという、伊奈帆からのメッセージのように感じられた。
――完――
最終回まで御覧くださいまして、本当にありがとうございました。
初めての連載で、なかなか上手くいかないことも多く、失敗もしましたが、
なんとか完結する事ができました。
これもひとえに読者の皆様方のおかげです。
お礼申し上げます。
次回作にもチャレンジしようと思います。またそのときはよろしくお願いします。
それではまたお会いしましょう(^O^)/




