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70 恋文は雪に濡れて  ~届いた、幾年の想い~

本日2話目の投稿です。第69話をご覧になっていない方は、先にそちらからご覧くださいm(_ _)m

年の瀬も押し迫ったある日の夕暮れ。空からは、細雪ささめゆきがはらはらと舞い落ち始め、カマクラの町並みは美しい雪景色となっていた。アケトは、執務を終えたアオイを訪ね、少し照れくさそうに、しかし穏やかな声で誘った。


「蒼依、少し時間はあるかな。…雪が綺麗だから、日ノ本神社まで散歩でもしないか。なんだか…日本にいたら、ちょうどクリスマスの時期だな、なんて、ふと思ってしまって」


その言葉に、アオイは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにふわりと優しい笑みを浮かべた。


「まあ、クリスマス…懐かしい響きですね。ええ、ぜひご一緒させてください、朱斗さん」


彼女にとっても、その言葉は特別な意味を持つ響きだった。




二人きりで、雪が静かに降り積もる日ノ本神社の境内をゆっくりと歩く。昼間の喧騒が嘘のように、そこは清浄な静寂に包まれ、時折、雪を踏みしめる二人の足音だけが微かに響く。吐く息は白く、空には無数の星が瞬き始めていた。神社の灯籠に淡い灯りが灯り、桜の木が、雪を纏って幻想的に佇んでいる。


しばらく、二人は言葉少なに、この美しい光景に見入っていた。やがて、アケトは意を決し、懐から大切にしまっていた羊皮紙の手紙を取り出した。その手は、緊張で微かに震えている。


「蒼依…聞いてほしい。俺の、本当の気持ちだ」


アオイは、アケトの真剣な表情と、その手に握られた手紙を見て、何かを察したように息を呑んだ。彼女は、何も言わずに、ただ静かに、彼の次の言葉を待っていた。


アケトは、一度深く息を吸い込むと、緊張で震える声で、しかし一言一句に全ての想いを込めて、手紙を読み上げ始めた。


「蒼依へ。


この手紙を、君がどんな気持ちで聞いているか、俺にはまだ分からない。でも、どうしても、どうしても君に伝えたいことがあるんだ。


俺たちが、あの雷に打たれてこの世界に来てしまってから、もう何年になるだろうね。最初の頃は、本当に毎日が悪夢のようだった。見知らぬ世界にたった一人で放り出された絶望と、いつ終わるとも知れない孤独…。日本での楽しかった記憶、父さんや母さん、兄さん姉さん、そして…君と過ごした、あの当たり前だったはずの温かい日々。その全てが、手の届かない遠い星みたいに感じられて、何度も心が折れそうになった。


そんな俺にとって、君との再会は、言葉では言い表せないほどの、まさに奇跡だったんだ。あの時、フレッド男爵の屋敷で、君がどんなに辛い状況に置かれていたか、マリンさんやライカから詳しく聞いた。君が、どれほどの耐え難い苦しみと、深い孤独の中で、たった一人で歯を食いしばって耐えてきたかを思うと、今でも胸が張り裂けそうになる。


それでも、君は決して気高さを失わず、必死に生きようとしていた…。その話を聞いた時、俺は、この世界で生きる本当の意味を、そして命を懸けて戦う理由を、はっきりと見つけたんだ。君を守りたい、君と共に未来を築いていきたい、って、心の底からそう思った。


それからの日々は、決して平坦な道のりではなかったよね。魔物の襲撃、フレッド男爵との戦い、そしてコライス子爵とドンク侯爵の大軍との激戦…。何度も死線を潜り抜け、数えきれないほどの困難に、俺たちは一緒に立ち向かってきた。辛かったことも、苦しかったことも、本当にたくさんあった。でも、どんな時も、どんな絶望的な状況でも、君が隣にいてくれたから、俺は前を向いて進むことができたんだ。


蒼依。俺は、君とこの世界で出会うずっと前から、君のことが好きだったんだと思う。大学の道場で、凛とした立ち姿で弓を引く君を見た時から、きっと。卒業してからも、俺の家の道場で、薙刀を振るう君の真剣な眼差しや、ふとした時に見せる笑顔に、いつも心を奪われていた。あの、最後に会った日…二人で初めて映画を見た後、神社の大きな御神木の木陰で、他愛もない話をしながら笑い合った、あの夕焼け空のこと、今でも鮮明に覚えてる。あの時、本当はずっと前から伝えたかったこの想いを、どうにか言葉にしたかったんだけど…結局、不器用で、臆病な俺は、何も言えなかった…。


君と再会し、こうして共に生きる中で、その想いはますます強く、深く、そして俺にとってかけがえのない、なくてはならないものになった。君が笑ってくれるだけで、俺の世界はどんな宝石よりも明るく色鮮やかに輝き出す。君が傍にいてくれるだけで、どんな強大な敵だって、どんな困難だって乗り越えられる勇気が湧いてくるんだ。


蒼依。俺は、君を愛している。この世界の誰よりも、何よりも。これからの人生、ずっと君の隣で、君を守り、君と共に、この日の本国の未来を、そして俺たちの未来を、一緒に築いていきたい。この想いを、もうこれ以上、自分の心の中に仕舞っておくことはできない。


もし、君も…ほんの少しでも、俺と同じ気持ちでいてくれるなら…それ以上に嬉しいことは、この世界にはないんだ。


朱斗より」


アケトの、途切れ途切れの、しかし心の奥底からの言葉が、雪の舞う神社の静寂な空気の中に、一つ、また一つと溶けていく。朗読を終えたアケトは、顔を上げることができず、ただ自分の足元を見つめ、蒼依の返事を待っていた。心臓が、今にも張り裂けんばかりに激しく鼓動し、時間が永遠に止まってしまったかのように感じられた。


やがて、アオイの肩が微かに震え始めた。そして、彼女の白い頬を、一筋、また一筋と、透明な雫が伝い落ちていく。それは、悲しみの涙ではなかった。長い間、彼女の心の奥底に大切に、そして密やかに仕舞われていた想いが、アケトの真摯な告白によって優しく解き放たれ、深い感動と、そして言葉にならないほどの喜びとなって溢れ出した、温かい涙だった。


「…朱斗…さん……」


アオイは、涙で潤んだ美しい蒼い瞳を上げ、アケトを真っ直ぐに見つめた。その声は、幸せの色に震え、そして愛おしさに満ちていた。


「私…私も……私もずっと…あなたのことが…朱斗さんのことが、誰よりも、何よりも…大切でした…!この世界に来て、もう二度とあなたに会えないのかもしれないと、何度も絶望しかけた夜がありました。でも、心のどこかで、必ず、必ずまた会えると信じていました…!そして、あの日、ルアン村の門前で、あなたの姿を見つけた時…本当に、夢を見ているのかと思いました…」


彼女の言葉は、途切れ途切れになりながらも、その一つ一つに、偽りのない、深い愛情が込められていた。


「あなたが読んでくれた手紙…ううん、あなたの言葉、全部、全部、私の心に温かく響きました。私がフレッドの家で苦しんでいた時、あなたがどれほど心を痛めてくれていたか、そして、この私を、たった一人の私を守りたいと、強く、強く願ってくれていたこと…。嬉しくて、愛おしくて、もう、涙が止まりませんの…」


アオイは、そっとアケトの、手紙を握りしめていた震える手に、自分の手を優しく重ねた。


「朱斗さん。私も、あなたと同じ気持ちです。いいえ、もしかしたら、それ以上に、あなたのことを…ずっと、ずっと、心の底からお慕い申し上げておりました。あなたがいてくれるなら、私はどんな困難だって乗り越えられると、そう強く信じてきました。あなたの夢を、あなたのその大きな理想を、私も一緒に、すぐ隣で追いかけたい。この日の本国で、あなたと共に、未来永劫、生きていきたいと…そう、願っておりました…!」


アケトは、アオイの涙ながらの、しかし力強い告白に、感極まって言葉を失った。彼の目からもまた、熱いものが込み上げてくるのを止めることはできなかった。彼は、アオイの重ねられた手を強く、そして優しく握り返すと、震える足で彼女のそばへと歩み寄り、そっとその華奢な肩を抱き寄せた。


「蒼依…!」


「はい…!朱斗さん…!」


二人は、どちらからともなく、互いの名前を呼び合い、そして見つめ合った。その瞳には、もはや何の迷いも、何の不安もなかった。ただ、互いへの深い愛情と、揺るぎない信頼だけが、満天の星々のように輝いている。


静かに降り続く雪が、まるで二人を祝福しているかのように、世界を白く、清らかに染め上げていく。二人の心は、かつてないほどの幸福感と、そして共に歩む未来への揺るぎない希望で、どこまでも温かく満たされていた。

遠く、社の屋根の上で、三本からさらに増えたように見える尾を優雅に揺らす白い妖狐が、満足そうにその光景を見守っていたのは、二人だけがまだ知らない、ささやかな秘密だった。


ご一読いただきありがとうございます!

いよいよ物語も後2話で最終回。最期までぜひご覧ください。

いいねボタン押してくださっている方、いつもありがとうございます。

とても励みになります。

これからもよろしくお願いします(^O^)/

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