68 日の本国攻防戦⑤ 〜決着〜
本日3話目の投稿です。第66話、67話をご覧になっていない方は、先にそちらからご覧くださいm(_ _)m
ジョバンニの亡骸をカマクラの日ノ本神社に丁重に埋葬し、アケト・ミナモトとアオイ・ホウジョウが、伊奈帆と神秘の水晶の導きによってそれぞれ『征夷大将軍』と『天照大神楽巫女』へとその力を昇華させた数日後。二人は、イズの街で待つ仲間たちのもとへと戻った。
街は、第一次防衛ラインであった城壁の陥落とジョバンニの死という悲しみに沈みながらも、アケトたちの帰還と、その身に宿る新たなる力の気配に、かすかな希望の光を見出そうとしていた。
作戦司令室に再び集った主要メンバーを前に、アケトは静かに、しかし揺るぎない決意を込めて告げた。
「皆、聞いてほしい。ジョバンニさんの犠牲は、決して無駄にはしない。だが、これ以上、この不毛な戦いを長引かせ、新たな犠牲者を出すわけにはいかない。俺と蒼依…二人だけで、この戦いを終わらせる」
その言葉に、ダンテやルカオン、そして若いジャンやブレディたちが息を呑んだ。
「アケト、何を馬鹿なことを!」
「二人だけであの1万近い大軍にどう立ち向かうというのだ!」
「無謀だ!」
と、反対や懸念の声が上がる。
しかし、アケトの瞳には、もはや誰にも止められないほどの固い意志が宿っていた。
「これは決定事項だ。反対は受け付けない。俺たち二人には、この戦いを終わらせる力がある。そして、それを行う責任がある。皆は、イズの街の守りを固め、万が一に備えてくれ」
その言葉には、有無を言わせぬ指導者としての威厳と、仲間をこれ以上危険に晒したくないという強い想いが込められていた。アオイもまた、静かにアケトの隣に立ち、その決意を支持する眼差しを送っている。彼女もまた、同じ覚悟を固めていたのだ。
その夜。月明かりすらない新月の宵。アケトとアオイは、わずかな供も連れず、二人だけでドンク侯爵軍が3キロほど後方に張り直した陣営へと、静かに歩みを進めていた。彼らの周囲には、常人には視認できぬほどの濃密な魔力のオーラが、まるで守護のヴェールのように揺らめいている。
「…本当に、二人だけで大丈夫なのでしょうか、朱斗さん」
道すがら、アオイが不安げに囁く。
「ああ。俺たち二人なら、必ずできる。それに、これは俺たちがケリをつけなければならない戦いだ。ジョバンニさんのためにも…そして、この地に生きる全ての人々の未来のためにも」
アケトの言葉に、アオイも強く頷いた。
やがて、二人の前方に、無数の焚火が揺らめくドンク侯爵軍の広大な陣営が見えてきた。見張りの兵士たちが、闇の中に浮かび上がる二つの小さな人影に気づき、訝しげな声を上げる。
「誰だ!?止まれ!名乗れ!」
だが、彼らが武器を構えるよりも早く、その声は恐怖の叫びに変わった。近づいてくる二つの影から放たれる、尋常ならざるプレッシャー。それは、まるで古代の神話に語られる神か魔王が顕現したかのような、圧倒的な存在感だった。
「ひっ…!ば、化け物だ!化け物が来たぞぉぉぉ!」
見張りの兵士の一人が、恐怖に引きつった声で叫び、陣営の奥へと逃げ出した。
「な、何事だ!?」
「敵襲か!?」
「まさか、二人だけで来たというのか!?」
陣営のあちこちで混乱が広がり始める。一部の血気にはやる兵士や魔法使いが、二人に向けて矢を放ち、魔法を撃ちかけてくる。
しかし、それらの攻撃は全て、アオイが静かに展開した多重の水の結界――進化した『結界守護陣・万理しらべ』――の前に、まるで子供の玩具のようにあっけなく弾かれ、霧散していく。結界の前には、いかなる攻撃も無意味だった。
「…騒がしいな」
アケトは、眉一つ動かさず、静かに天へと右手をかざした。
「天に満ちる雷よ、我が呼び声に応えよ。愚かなる者共に、その大いなる力の一端を示せ――」
アケトの詠唱と共に、ドンク侯爵軍の頭上に、みるみるうちに巨大な暗雲が渦を巻いて形成され始めた。ゴロゴロゴロ…という不気味な地鳴りのような雷鳴が轟き、大気はビリビリと震え、まるで世界の終わりが近づいているかのような圧迫感が、陣営全体を包み込む。
「な、なんだ、この黒雲は…!?」
「天候魔法か!?これほどの規模の…!?」
慄おののく敵軍の兵士たち。その恐怖が頂点に達しようとした時、アオイが静かに伊奈帆を召喚した。
「伊奈帆、力を貸してちょうだい!」
アオイの声に応え、彼女の足元から眩い白い光が迸り、その中から姿を現したのは、もはや以前の三尾の妖狐ではなかった。天を衝くかのような巨躯、月光を浴びて神々しく輝く純白の毛並み、そして何よりも、その背で優雅に揺らめく九本の尾。それは、伝説に語られる九尾の狐そのものの姿だった。伊奈帆は、アオイの力の覚醒と共に、その真の力を解放したのだ。
「コォォォォォォォォンンンン!!!!」
伊奈帆の咆哮は、もはや可愛らしいものではなく、天を裂き地を揺るがす、神獣のそれだった。その声だけで、多くの兵士が腰を抜かし、武器を取り落とす。もはや、彼らの恐怖を止められるものは何もなかった。
アケトは、その圧倒的な光景を背に、静かに、しかし陣営全体に響き渡る力強い声で言った。
「ドンク侯爵に告げる。私はミナモト豪族頭領、アケト・ミナモト。無用な争いは、今すぐ止めよ。貴殿らが武器を捨て、この地から速やかに撤退し、二度と日の本国とその民に手出しをせぬと誓うならば、今回の非礼は不問に付そう。だが、もし止めぬと抵抗を続けるというならば、我が雷と、この神獣の炎で、ここにいる全ての兵を、一人残らず皆殺しにする」
その言葉を証明するかのように、アケトの掲げた右手から一条の雷が迸り、ピカッ!という閃光と共に、陣営のはずれに立つ巨大な大木を直撃し、一瞬にして黒焦げの炭へと変えた。それは、昨日の『天罰の雷槌』の片鱗でありながら、見たこともないほどの凝縮された威力だった。
続けて、九尾の狐となった伊奈帆が、その巨大な口を開き、太陽のように灼熱する大火球を放つ。それは、アケトが破壊した木の隣に立つ、さらに大きな大木に着弾し、轟音と共に木っ端微塵に吹き飛ばした。爆風だけで、近くにいた兵士たちが何人も吹き飛ばされる。
「……俺は今、力のほんの一部しか見せていない。そして、その力を抑えている。だが、次はない。その意味が、貴殿にはわかるだろう?」
アケトの言葉は、絶対的な自信と、そして揺るぎない決意に満ちていた。
ドンク侯爵は、自らの天幕の前で、その神の如き所業を目の当たりにし、全身の震えが止まらなかった。コライス子爵も、他の諸侯たちも、顔面蒼白で言葉も出ない。全軍の戦意は、完全に喪失していた。
「……停戦の…停戦の条件を…聞こう…」
ドンク侯爵は、かろうじてそれだけを絞り出した。その声は、もはや何の威厳も感じられなかった。
アケトは、静かに答えた。
「一つだけだ。これ以上、この日の本国とその民に、一切手出しをするな。二度とな」
その言葉の重みに、ドンク侯爵は抵抗する気力も完全に失った。アケトが再び天に手をかざし、雷雲が不気味に唸りを上げる。ピカッ!と、威嚇するように稲妻が彼らの頭上近くで炸裂した。
「わ、わかりました!誓います!二度と、この地には近づきませぬ!」
ドンク侯爵は、地面に額を擦り付けるようにして叫んだ。他の諸侯たちも、それに倣って次々と武器を捨て、降伏の意を示した。
こうして、日の本国とその周辺地域の平和を脅かしたドンク侯爵連合軍との戦いは、アケト・ミナモトとアオイ・ホウジョウの圧倒的な力の前に、一滴の血も流れることなく、しかし完全な形で終結を迎えた。その場で、震える手でドンク侯爵が署名した停戦条約には、日の本国の完全な独立承認と、不可侵の誓いが記されていた。
朝日が昇り始め、戦場だった平原を黄金色に染めていく。アケトとアオイは、静かにその光景を見つめていた。
アケトは、空を見上げ、心の中でそっと呟いた。
(ジョバンニさん…見ていてくれましたか…?あなたの愛したこの国は、こうして守られました。これで、少しは…喜んでくれるかな?)
その問いに答えるかのように、穏やかな春風が、彼の頬を優しく撫でていった。
こうして、日の本国建国以来最大の戦いは、終わった。それは、新たな時代の始まりを告げる、力強い夜明けでもあった。
夜明け。アケト・ミナモトとアオイ・ホウジョウ、そして伊奈帆の神威の前に、ドンク侯爵連合軍は完全に戦意を喪失し、屈辱的な停戦条約に署名して撤退していった。その報は、夜明けと共にイズの街を守り抜いた兵士たち、そしてオダワラ城塞や領都カマクラで固唾を飲んで戦況を見守っていた全ての人々にもたらされ、大地を揺るがすほどの歓声となって爆発した。
アケトとアオイは、夜明けの光の中、傷つきながらも誇らしげな表情の仲間たちと共に、イズの街へと戻った。街の広場には、戦闘の終結を知った住民たちが、不安と期待の入り混じった表情で集まってきている。
その中には、ジョバンニの妻ケイト、息子ジャン、娘リリーの姿もあった。彼らの目には深い悲しみが宿っていたが、それでも、父であり夫であったジョバンニの死が無駄ではなかったことを信じようと、必死に前を向いていた。
アケトは、広場の中央に設けられた即席の壇上に登ると、集まった全ての人々を見渡し、静かに、しかし力強い声で宣言した。
「皆、聞いてくれ!長きに渡ったフレッド男爵、そしてコライス子爵とドンク侯爵による圧政と戦乱は、今、この瞬間をもって終わりを告げた!我々、日の本国は勝利したのだ!」
一瞬の静寂の後、広場は地鳴りのような歓声に包まれた。人々は抱き合い、涙を流し、天に向かって感謝の言葉を叫んだ。絶望的な戦力差を覆して掴み取った、奇跡のような勝利。その喜びは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
アケトは、その歓声が少し収まるのを待ち、言葉を続けた。
「この勝利は、決して私一人の力ではない。アオイの力、ルカオン兄さん、そしてここにいる全ての仲間たち、兵士たち、そして民の皆が、それぞれの場所で命を懸けて戦い、支えてくれたからこそ掴めたものだ。
そして…この勝利のために、尊い命を捧げた勇者たちがいたことを、我々は決して忘れてはならない。ジョバンニさん…そして、名もなき多くの兵士たち…。彼らの勇気と犠牲の上に、我々の今日の平和があるのだということを、永遠に胸に刻もう」
アケトの言葉に、広場は再び静まり返り、皆、犠牲者たちへ深い哀悼の祈りを捧げた。ジャンとリリーは、父の名が呼ばれた瞬間、再び涙を堪えきれなかったが、その涙はもはや絶望の色だけではなかった。父の死を乗り越え、その遺志を継いでいくのだという、幼いながらも強い決意が、その瞳の奥に宿り始めていた。
戦いの喧騒が嘘のように遠のき、イズの街にも、そして日の本国全土にも、穏やかな日常が戻りつつあった。破壊された城壁の修復作業はルカオンの指揮のもと急ピッチで進められ、街には少しずつ活気が戻ってきていた。
そんなある日の夕暮れ。ルカオンとエレナは、自分たちの家の縁側で、寄り添いながら夕焼け空を眺めていた。ルカオンの腕の中では、彼らの息子であるレオンがすやすやと眠っている。
「…ようやく、本当に終わったんだな」
ルカオンが、しみじみと呟いた。その大きな手は、エレナの小さな手を優しく包み込み、もう一方の手でレオンの柔らかな髪をそっと撫でている。
「ええ、ルカオンさん…」
エレナは、彼の肩にそっと頭を寄せた。彼女の瞳には、安堵の涙が薄っすらと浮かんでいる。
「本当に…長くて、怖い日々でしたわ。でも、あなたが、アケト様が、皆さんがいてくださったから…。これからは、この子に、戦火を見せずに済みますわね…」
「ああ。俺が保証する。このレオンには、俺たちのような苦労はさせねえ。この日の本国で、腹いっぱい食って、元気に走り回って、でっかく育つんだ。そのために、俺たちは戦ってきたんだからな」
ルカオンは、照れくさそうに、しかし父親としての深い愛情を込めて言った。二人の間には、言葉はなくとも、戦火を乗り越えてきた夫婦の、そして新しい命への、深く温かい愛情が満ち溢れていた。
同じ頃、ブレディとステフィもまた、自分たちの畑の脇に設けられた小さな休憩所で、娘のラフィをあやしながら、二人きりの時間を過ごしていた。ラフィは、ステフィの腕の中でキャッキャと声を上げ、ブレディはその様子を、普段のクールな表情をわずかに緩ませて見守っている。
「…ようやく、肩の荷が下りたな」
ブレディが、夕焼けに染まる畑を見つめながら、静かに言った。
「うん…!」
ステフィは、力強く頷いた。
「本当に、良かった…!これからは、この平和な大地で、もっともっと美味しい野菜やミルクをたくさん作って、ラフィにも、皆にもお腹いっぱい食べてもらわなくっちゃね!あなたと一緒に…!」
彼女は、ブレディの腕にそっと自分の腕を絡ませた。ブレディは、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにその手を優しく握り返す。
「ああ。お前の作る作物は、どんな宝石よりも価値がある。俺も、この剣で、お前とラフィ、そしてこの豊かな大地を守り続ける」
二人の間には、多くを語らずとも通じ合える、静かで、しかし確かな絆があった。夕焼けの光が、そんな幸せな家族の姿を優しく包み込んでいた。
その夜。アケトとアオイは、二人きりで、月明かりに照らされた日ノ本神社の境内を訪れていた。戦いの喧騒が嘘のように静まり返り、ただ満開の桜が、月光を浴びて幻想的に輝いている。春の夜風が、甘い花の香りを運んできた。
「…ジョバンニさん、見ていてくれましたか…」
アケトが、桜の木の下に新しく設けられた、ジョバンニの簡素な墓標に手を合わせながら、ぽつりと呟いた。
「あなたの愛したこの国は、あなたの息子や娘、そして皆の力で、こうして守り抜くことができましたよ」
「ええ、きっと…」
アオイも、静かに隣で手を合わせる。
「朱斗さんが、そして皆さんが、命を懸けてこの平和を守り抜いたことを、空の上から、きっとあの豪快な笑顔で見ていてくださるはずですわ」
二人は、しばらくの間、言葉もなく、ただジョバンニの冥福と、そしてこの地に眠る全ての犠牲者たちの魂の安らぎを祈った。
やがて、アケトはアオイに向き直った。その瞳には、深い感謝と、そして戦いを終えた指導者としての、穏やかな、しかし確かな光が宿っていた。
「蒼依…今回の戦いも、本当に君の力と、そして君が傍にいてくれたからこそ、ここまで来られた。君の『天照大神楽巫女』としての力は、まさにこの国を救う奇跡だった。心から感謝している。ありがとう」
「朱斗さん…」アオイの頬が、月明かりの下で微かに赤らむ。
「私の方こそ…朱斗さんが、いつも私たちを導き、その『征夷大将軍』としての揺るぎない決意で支えてくださったから…ここまで来られました。本当に、お疲れ様でした、朱斗さん。そして、ありがとうございました」
二人は、互いの労をねぎらい、穏やかな視線を交わした。そこには、共に死線を乗り越え、同じ未来を見据える者同士の、言葉では言い尽くせない深い信頼と絆が確かに存在していた。
アケトは、アオイのその清らかな瞳を見つめていると、胸の奥から熱い想いが込み上げてくるのを感じた。今ならば、長年秘めてきたあの言葉を、素直に伝えられるかもしれない…。
だが、彼はその衝動をぐっとこらえた。今はまだ、その時ではない。この国が真の平和を享受し、全ての民が心からの笑顔を取り戻す、その日まで。
「…いや、礼を言うのはまだ早いな」
アケトは、ふっと笑みを漏らし、夜空を見上げた。
「俺たちの戦いは、まだ終わったわけじゃない。この平和を確固たるものにし、日の本国を、誰もが夢見るような豊かで公正な国へと導く。それこそが、ジョバンニさんたちへの、本当の恩返しになるはずだ。これからも、色々と頼むぞ、蒼依」
その言葉には、アオイへの絶対的な信頼と、共に未来を築いていくという強い意志が込められていた。
アオイもまた、アケトのその想いをしっかりと受け止め、輝くような笑顔で頷いた。
「はい、朱斗さん。どこまでも、あなたのお傍に。この日の本国の未来のために、そして…あなたと共に」
二人の間に、もはや言葉は必要なかった。満開の桜の下、月明かりに照らされながら、二人は静かに手を取り合い、同じ未来を見据えていた。
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