66 日の本国攻防戦③ 〜弔い合戦〜
本日、18時30分、21時30分に投稿する予定です。
ぜひご覧ください!
アケトは、一同を見渡し、声を絞り出すように、しかし確かな力強さを込めて言った。
「…イズの第一次防衛ラインは破られた。そして、ジョバンニさんという、かけがえのない仲間も失った。だが、戦いはまだ終わっていない。皆も知っている通り、あの城壁に仕掛けたトラップの多くは、まだ生きているはずだ。そして、敵は城壁を奪ったことで、今頃勝利に酔いしれ、油断している可能性が高い。これを活用しない手はない。
今こそ、我々の知略と勇気で、敵に一矢報いる時だ。決死隊を編成し、新たな作戦を遂行する! 必ず、ジョバンニさんの仇を討ち、そしてこの国を守り抜く!皆、力を貸してくれ!」
アケトの言葉に、司令室に集った者たちの目に、再び闘志の火が灯った。悲しみを怒りに、そして絶望を不退転の決意に変えて、彼らは次なる戦いへと意識を集中させ始めたのだった。
翌朝。春の柔らかな陽光が、無情にも戦いの傷跡を照らし出す。イズの第一次防衛ラインであった長大な城壁の上には、日の本国の素朴な旗に代わって、ドンク侯爵連合軍の様々な色鮮やかな旗指物が、春の風に傲然と翻っていた。
夜襲の混乱と、その後の掃討、そして占拠作業を終えたドラグノフ子爵を筆頭とする約3000の兵、彼の直属の精鋭工兵部隊と戦闘員に加え、ドンク侯爵の指示で彼の指揮下に入ったヴァレンシュタイン子爵軍、そして他のいくつかの男爵家の兵で構成されていたが、破壊された城壁から内部へと進駐し、その占拠を完了させていた。
彼らの顔には、夜通しの戦闘と作業の疲労が見えるものの、それ以上に、難攻不落と思われた城壁を破ったという達成感と、勝利への確信が浮かんでいた。
ドラグノフ子爵は、数名の供回りを連れて城壁の上をゆっくりと歩きながら、眼下に広がるイズの市街地と、そしてこの城壁そのものの構造に、改めて深い感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。
「ふむ…この城壁、確かに見事なものだ。昨日、我が『アビスブレイカー』で破壊した箇所以外は、ほとんど損傷がない。ダンテ石とかいう奇妙な石材で築かれていると聞いたが、その堅牢さは噂以上よ。そして、この狭間や櫓の配置…実に巧妙だ。農民上がりの小僧が考えたとは到底思えぬほどの、計算され尽くした造りではないか」
彼の隣で、ヴァレンシュタイン子爵も、金の装飾が施された扇子で口元を隠しながら、珍しく素直な感嘆の言葉を漏らした。
「誠に。そして、城壁から見下ろすあのイズの街並み…整然としており、家々も立派で、あれが市街地の防御施設ですかな?あれだけの街を、わずか数年で築き上げたミナモト豪族の力、そしてそれを支える民の力も、侮れませぬな。これは、大きな富を生む土地かもしれませぬぞ」
彼らは、日の本国の国力を目の当たりにし、その潜在的な力を改めて認識していた。しかし、それは彼らにとって、より一層の征服欲を掻き立てるものでしかなかった。この豊かな土地と、それを生み出す技術、そして民を、根こそぎ奪い取りたいと。
その頃、ドンク侯爵の本陣では、ドラグノフ子爵からイズ城壁南側の一角を完全に制圧したという詳細な報告が届けられ、先のシュタイン伯爵の失態を払拭するような、ようやく手にした戦果に、ひとまずの祝賀ムードに包まれようとしていた。
「見事だ、ドラグノフ子爵!『アビスブレイカー』、まさに神業であったぞ!あの忌々しい城壁を、こうも容易く打ち破るとはな!約しておいた通り、この戦が終われば、子爵には多大な褒美をとらせよう!」
ドンク侯爵は、上機嫌でドラグノフの功績を大いに褒め称えた。
その様子を、コライス子爵と、昨日の先鋒の失敗で面目を失ったシュタイン伯爵は、天幕の隅で苦虫を噛み潰したような、暗く歪んだ表情で見つめていた。手柄を全てドラグノフに持っていかれたことへの激しい嫉妬と、自分たちの無能さが浮き彫りになったことへの屈辱的な不快感が、彼らの胸中を黒い炎のように渦巻いていた。コライスとシュタインにとっては、実に面白くない状況であった。
(ドラグノフめ、したり顔をしおって…!だが、見ておれ。イズの街を完全に陥落させ、アケト・ミナモトの首を刎ねるのは、この私だ…!この屈辱、必ず晴らしてくれるわ!)
コライス子爵は、新たな手柄を立てる機会を虎視眈々と狙い、内心で毒づきながら、次なる攻撃命令を待っていた。
その日の夜。イズの占拠された城壁の上では、ドラグノフ子爵の兵士たちが勝利の美酒に酔いしれていた。昼間の緊張感はどこへやら、かがり火の周りでは酒盛りが始まり、あちこちで高笑いや下卑た冗談が飛び交っている。
彼らは、ミナモト豪族の主力を打ち破り、この地を制圧したと思い込み、完全に油断しきっていた。ドラグノフ子爵自身も、自室で側近たちと祝杯を挙げ、
「明日のイズ市街への総攻撃で、この戦も終わりよ」
と嘯うそぶいていた。彼にとって、アケト・ミナモトの反撃など、もはや想定の範囲外だったのだ。
だが、その油断こそが、彼らの命運を決定づけることになる。
漆黒の闇に溶け込むように、アケト、アオイ、ジャン、ルカオン、ライカ、キャシーの精鋭6名からなる決死隊が、音もなく城壁の外縁へと接近していた。彼らの瞳には、ジョバンニを失った深い悲しみと、それを乗り越えた鋼のような怒り、そして仲間たちの想いを背負う覚悟が宿っている。
「…キャシー、敵の配置は?」
アケトが、息を殺して囁く。
「はい、アケト様。城壁上の見張りは数えるほどで、そのほとんどが酒に酔っているか、居眠りをしています。破れた城壁周辺の警備も手薄。まさに無防備です」
キャシーは、猫のようにしなやかな動きで戻り、正確な情報を伝える。
「よし…」
アケトは頷き、ルカオンに視線を送った。
「兄さん、頼む」
「おうよ!」ルカオンは、不敵な笑みを浮かべると、静かに地面に両手を置いた。彼の全身から、濃密な土の魔力が立ち昇る。
「ジョバンニの仇だ…奴らに、本当の恐怖を教えてやるぜ…!喰らえ!これが、俺たちが仕掛けた本当の罠だ!」
ルカオンが魔力を込めて地面を叩くと、城壁の複数個所――ドラグノフたちが気づいていない、アケトとルカオンだけが知る構造的な弱点や、事前に仕込まれていたダンテ石の特殊な起爆装置――が、轟音と共に内側から連鎖的に崩壊を始めた!
「な、何事だ!?」
「壁が…壁が崩れるぞぉぉぉ!」
酒宴の真っ最中だったドラグノフ軍の兵士たちは、突然の地響きと城壁の崩落に、何が起こったのか理解できないままパニックに陥る。足元の地面が割れ、仲間たちが悲鳴と共に暗い下方へと飲み込まれていく。
「今だ!蒼依!」
「はい、朱斗さん!」
城壁の崩壊と同時に、アオイが両手を広げ、広範囲に濃密な水の霧『深淵の霧雨』を展開する。それは、瞬く間に混乱する敵兵たちの視界と方向感覚を完全に奪い、じっとりとした冷たい湿気が彼らの肌を覆い、恐怖を増幅させる。
「な、なんだこの霧は!?前が見えん!」
「明かりをつけてくれ!」
そして、その濃霧の中に、アケトが天に掲げた剣から、強大な威力を秘めた雷撃が、まるで天帝の怒りのように無数に降り注いだ!
「万象を穿つ雷よ、不義なる者共に裁きの鉄槌を!『天帝の雷霆槍』!!」
バチバチバチバチッ!ゴォォォォン!
凄まじい轟音と共に、濃霧の中で無数の雷の槍が炸裂し、湿った大気を伝って敵兵を薙ぎ払う。感電し黒焦げになる者、衝撃で吹き飛ぶ者、恐怖のあまり発狂する者…阿鼻叫喚の地獄絵図が、城壁の上で繰り広げられた。
「まだよ!伊奈帆、お願い!あの者たちに、私たちの怒りを、そして絶望を教えてあげて!」
アオイの魂の叫びに呼応し、彼女の足元から眩いばかりの白い光が迸り、神々しい姿の伊奈帆が召喚された!その体躯は以前よりもさらに巨大化し、背にはしなやかな五本の尾が優雅に揺らめいている。その金色の双眸は、もはやただの妖狐ではなく、神獣の風格を漂わせていた。
「コォォォォンンンン!!!」
伊奈帆の咆哮は、天を衝き、大地を震わせた。その声は変わらず「コン」という響きを含んでいるが、その威圧感は桁違いだった。そして、その大きく開かれた口から、太陽のように灼熱し凝縮された大火球が、まるで流星のようにドラグノフ軍の陣地へと次々と撃ち込まれる!
ドガァァン!ドゴォォォン!
火球が着弾するたびに、凄まじい爆発が起こり、敵兵や物資、そして城壁の一部までもが炎に包まれ、吹き飛んでいく。
「ひぃぃぃ!ば、化け物だ!あれは悪魔の使いだ!」
「神よ!我々を見捨てないでくれ!」
ドラグノフ子爵は、その神々しくも恐ろしい伊奈帆の姿と、天変地異のような攻撃を目の当たりにし、悪魔の化身が現れたと本気で恐怖した。彼の頭脳は完全に思考を停止し、ただただ本能的な恐怖に打ち震えるしかなかった。
「父ちゃんの…俺の父ちゃんの仇だぁぁぁっ!」
混乱と炎の中、ジャンは冷静に、しかしその瞳に烈火の怒りを宿して周囲を見渡した。そして、豪華な鎧を纏い、部下に指示を出そうとしながらも明らかに狼狽している男――ドラグノフ子爵の姿を捉えた!
「見つけたぞ、ドラグノフ!てめえだけは、この手で…!俺の全てを込めた一撃、喰らいやがれぇっ!『紅蓮鳳凰・終極天翔弓』!!」
ジャンの弓から放たれた矢は、燃え盛る巨大な鳳凰の姿となり、天を焦がすような軌道を描いてドラグノフ子爵へと迫る!
「なっ…!?しまっ…!」
ドラグノフ子爵は、迫りくる炎の鳳凰に気づき、咄嗟に防御魔法を展開したが、無駄だった。鳳凰の嘴が、障壁を容易く撃ち破り、彼の眉間を正確に、そして深く貫いた。彼は、驚愕と苦悶の表情を浮かべたまま、その場に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。
指揮官ドラグノフ子爵を失い、城壁のトラップ、アケトとアオイの連携魔法、そして伊奈帆の神威によって蹂躙されたドラグノフ軍は、完全に崩壊した。瞬く間に1500人以上が戦死、あるいは戦闘不能となり、残った者たちも武器を捨てて逃げ惑うばかりだった。
作戦の成功を確認したアケトは、静かに撤退を指示した。ジャンは、ドラグノフを討ち取った弓を握りしめ、夜空のどこかにいるであろう父の魂に、涙ながらに報告した。
「父ちゃん…やったよ…!俺、やったよ…!」
アケトもアオイも、そしてルカオンたちも、ジャンの肩を抱き、それぞれの形でジョバンニへの想いを馳せ、目頭を熱くしていた。敵討ちの涙が、彼らの頬を伝った。
遠く離れたドンク侯爵の本陣からも、イズの方向から夜空を焦がす禍々しいばかりの魔法の光と、地鳴りのような轟音、そして断続的に聞こえてくる兵士たちの絶叫がはっきりと見て取れた。
「な、何が起こっているのだ…!?あの光は、一体…!?」
ドンク侯爵は、天幕から飛び出し、その異様な光景を目の当たりにして言葉を失い、ただただ恐れおののくしかなかった。コライス子爵もまた、その光景に血の気が引き、全身の震えが止まらなかった。彼らは、自分たちが足を踏み入れた場所が、どれほど恐ろしい場所であったかを、ようやく理解し始めていた。
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