65 日の本国攻防戦② 〜未来を託す〜
本日4話目の投稿です。第63話、64話を、番外編ご覧になっていない方は、先にそちらからご覧くださいm(_ _)m
数日後、ドンク侯爵連合軍の先鋒が、ついにイズの第一次防御ラインの城壁の前に姿を現した。しかし、それはシュタイン伯爵のような猪武者ではなく、ドラグノフ子爵率いる不気味な静けさを湛えた一団だった。
ドンク侯爵の本陣では、シュタイン伯爵の惨めな敗北を教訓とし、ドラグノフ自身の強い進言により、彼の「要塞崩しの奥義」が緒戦で投入されることになったのだ。
「閣下、あの忌々しい城壁、我が『アビスブレイカー』にて、今宵中に粉砕してご覧にいれましょう」ドラグノフは、ドンク侯爵にそう進言し、承認を得ていた。
その夜。月も星も見えぬ漆黒の闇の中、ドラグノフ隊約500名が、魔法による気配遮断と索敵妨害を巧妙に使いながら、イズの城壁の南側、事前に調査し弱点と判断した箇所へ密かに接近した。キャシーの『千里風眼』ですら、その完璧な隠密行動を捉えきることはできなかった。
そして、ドラグノフの合図と共に、『アビスブレイカー』が発動された。工兵たちが打ち込んだ巨大な杭に魔法使いたちが魔力を注ぎ込むと、大地が不気味に唸り、凄まじい振動と共に、イズの南側城壁の一部が轟音を立てて内側から爆破されたかのように崩れ落ちた!
アケトが立案した「城壁爆破による誘引作戦」は、その火蓋を切る前に、敵の予想だにしない方法で、そしてあまりにも一方的に失敗に終わったのだ。
「城壁が破られたぞーっ!敵襲!敵襲だーっ!」
警鐘がけたたましく鳴り響き、城内は一瞬にして大混乱に陥った。崩れた城壁の缺口から、ドラグノフ隊の精鋭たちが、獣のような鬨の声を上げて怒涛の勢いで雪崩れ込んできた!
「くそっ!まさか、こんな方法で城壁を破ってくるとは…!アケト様の作戦が…!」
南側城壁の守備を指揮していたジョバンニは、不意を突かれたものの、即座に兵を立て直し、必死に応戦を開始した。
「怯むな!城壁を死守しろ!敵を一人たりとも通すな!リリー、魔法で援護しろ!バルトス、槍衾で押し返せ!」
しかし、敵はドラグノフ子爵が選び抜いた精鋭中の精鋭。夜襲の利と、城壁破壊による勢いに乗り、その攻撃は凄まじい。狭い城壁の通路の中で、両軍の兵士たちが入り乱れての激しい白兵戦が展開される。剣戟の音、怒声、悲鳴が夜の闇に響き渡る。
カマクラ側の兵士たちは必死に応戦するが、敵の勢いは止まらず、徐々に劣勢に追い込まれていく。次々と仲間たちが傷つき、倒れていく。
「ぐっ…!多勢に無勢か…!だが、ここで退くわけにはいかんのだ!」
ジョバンニは、肩で荒い息をしながら、押し寄せる敵兵の波を睨みつけた。このままでは、ここを突破され、イズの市街地まで戦火が及ぶのは時間の問題だった。
(もはや、この壁は持たん…!だが、誰かが時間を稼がねば、皆殺しにされる…!)
ジョバンニは、覚悟を決めた。
「バルトス!ここは俺に任せて、皆を連れて市街地まで退却しろ!イズの街へ撤退して、防衛部隊と合流し、そこを第二の防衛ラインとするんだ!」
「ジョバンニ殿!?何を言われる!あなた一人を残してなど…!」
「いいから行けぇっ!」
ジョバンニは、バルトスの肩を突き飛ばすようにして叫んだ。
「これは命令だ!お前たち若い力は、日の本国の未来のために生き残らねばならんのだ!」
その気迫に押され、バルトスは一瞬言葉を失ったが、すぐに涙をこらえて頷いた。
「…必ずや、このご恩は…!ジョバンニ殿のご武運を!」
彼は、残った兵士たちに撤退を指示。リリーも、泣き叫びながら父の名を呼んでいたが、仲間の兵士に無理やり抱えられ、後方へと下がっていく。
「父さーん!嫌だぁ!一緒に逃げようよぉ!父さーん!」
「リリー!早く行けぇ!アケト様たちと、必ず明るい未来を作るんだぞ!」
ジョバンニは、娘の悲痛な叫びに胸を締め付けられながらも、これまで聞いたこともないような、厳しくも愛情に満ちた大声で叫んだ。キャシーもまた、涙を浮かべながらも、負傷者を背負い、ジョバンニに一礼して戦線を離脱した。
城壁には、ジョバンニと、彼に最後まで付き従うことを決めた数名の歴戦の兵士たちだけが残った。
(ケイト…ジャン、リリー…そして、アケト、アオイ…皆…今まで本当にありがとうな…)
彼の脳裏に、愛する家族との温かい日々、アケトたち若き指導者と共に見た新しい国の夢、そして仲間たちと笑い合った数々の思い出が、走馬灯のように駆け巡った。
(わしは、ここで死ぬ。だが、悔いはない。この命が、あの子たちの未来への礎となるのなら…こんなに名誉なことはねえ…アケト、アオイ、お前たちが切り開く明るい未来、楽しみにしているぜ…!)
ジョバンニは、弓を捨て、長年使い込んできた狩猟刀を抜き放つと、獅子奮迅の勢いで押し寄せるドラグノフ隊の兵士たちに斬り込んでいった。その姿は、まさに鬼神のごとく、一瞬、敵兵を怯ませるほどの気迫に満ちていた。
だが、多勢に無勢。彼の奮戦も長くは続かなかった。数合打ち合った後、敵兵の一人の槍が彼の脇腹を深々と貫き、さらに別の兵士の剣が、彼の肩口から胸にかけて袈裟懸けに斬り裂いた。
「ぐ…おぉ……!」
ジョバンニは、膝から崩れ落ち、朦朧とする意識の中で、カマクラの空に輝く月を見たような気がした。それは、彼が愛した故郷の、優しくも力強い光だった。
アケトにとって、そして日の本国にとって、これは初めての大敗北だった。第一防衛ラインであるイズ外郭の城壁は、ついに突破されたのだ。
ジョバンニの犠牲によって稼いだ時間のおかげで、イズ守備隊の多くは、第二防衛ラインであるイズの市街地まで撤退することに成功した。しかし、その代償はあまりにも大きかった。
夜明けを待たずして、イズからの早馬が、オダワラ城塞のアケトの元へと、ジョバンニ戦死の報と、イズ城壁陥落の凶報を届けたのだった。
ドラグノフ子爵の秘策『アビスブレイカー』によるイズ南側城壁の陥落、そしてその混乱の中、殿を務めたジョバンニの壮絶な戦死――。
オダワラ城塞の司令室には、アケト、ルカオン、そしてジョバンニの妻ケイト、息子ジャン、リリーといった主要なメンバーが、報告のために集められていた。
イズから命からがら撤退してきた朱備えの部隊長バルトスが、血と泥にまみれ、言葉を詰まらせながら、しかし克明にジョバンニの最期の奮戦ぶりと、敵の圧倒的な「城壁崩し」の威力を報告した。
「ジョバンニ殿が…ジョバンニ殿が、我々を逃すために、たった一人で破られた城壁に立ちはだかり…そして…!」
バルトスの言葉がそこで途切れた瞬間、ケイトの口から、抑えきれない、魂を引き裂くような悲痛な叫びが迸った。
「あなた…!ジョバンニ…!嘘でしょう!?あんなに…あんなにいつも元気で、誰よりも強かったあなたが、どうして…どうしてなの…!」
彼女はその場に崩れ落ち、冷たい床を叩いて泣きじゃくり始めた。その肩を、ジャンが震える手で必死に抱きしめる。彼の大きな瞳からは、堰を切ったように大粒の涙がとめどなく溢れ出し、しゃくり上げながら父の名を何度も、何度も呼び続けた。
「父ちゃん…!父ちゃぁぁぁん!なんでだよぉ!俺、まだ父ちゃんに何も恩返しできてねえよぉ…!一緒に大物を狩りに行くって、約束したじゃないか…!まだ、果たせてねえのに…!」
リリーもまた、顔を両手で覆い、声を殺して泣いていた。その小さな肩が、悲しみに耐えかねるように激しく震えている。彼女の指の間からは、止めどない涙が滴り落ちていた。
司令室は、家族を失った者たちの慟哭と、そこにいる全ての者の胸を締め付けるような、重く、そして深い悲しみに包まれた。ジョバンニは、このカマクラにとって、ただの一人の戦士ではなかった。彼は、誰からも慕われる太陽のような存在であり、多くの若者たちにとっては頼れる父親のような、あるいは陽気で屈強な兄貴分のような、かけがえのない存在だったのだ。そのあまりにも大きな喪失感は、皆の心に癒やしようのない深い傷を残した。
アケトは、固く唇を噛み締め、血が滲むほど強く拳を握りしめていた。その小さな体は、コライス子爵やドンク侯爵への燃えるような怒りと、そして何よりも、信頼する仲間を死なせてしまった自分自身への、痛切なまでの不甲斐なさで震えていた。
(俺の…俺の作戦が、敵の力を読み違えていたからだ…!ジョバンニさんを、あんな危険な最前線に、たった一人で残してしまった…!俺が、もっと…もっと的確な指示を、違う策を立てていれば…!)
脳裏をよぎるのは、ジョバンニとの数えきれないほどの思い出だった。子供の頃、ぶっきらぼうながらも親身になって狩りのイロハを教えてくれた、日焼けした笑顔。日ノ本神社を建てる時、誰よりも汗を流し、楽しそうに槌を振るっていた逞しい背中。
戦の時には、どんな苦しい状況でも冗談を言って皆を和ませ、そして自分の背中を安心して任せられる、絶対的な信頼を寄せていた戦友。そして、いつも豪快な笑顔で、まるで本当の息子のように親しみを込めてシュートと呼んでくれた、あの温かい声…。
「…ジョバンニ…さん……ごめんなさい……」
アケトの瞳からも、熱い涙がとめどなく溢れ出した。この世界に来てから、これほどまでに無力感と後悔に苛まれたことはなかった。リーダーとして、決して人前では涙を見せまいと固く誓っていた彼が、この時ばかりはその感情を抑えきれず、子供のように声を上げて泣いた。
アオイもまた、声を殺して泣いていた。ジョバンニは、彼女にとっても、この異世界で得たかけがえのない家族同然の存在だった。フレッドの屋敷から逃れ、心身ともに疲れ果てていた当初、いつも明るい笑顔と他愛のない冗談で、彼女の強張った心を解きほぐしてくれた。
彼女が作る少し変わった、けれど心のこもった料理も、「アオイちゃんの飯は世界一だ!これなら百人力だぜ!」と、誰よりも美味しそうに、そしてたくさん食べてくれた。
(ジョバンニさんのいない食卓なんて、考えられない…あの優しい笑顔も、あの大きな安心する声も、もう二度と…聞けないなんて…)
この異世界で手に入れた、温かく、かけがえのない大切な人。大切な宝物。それを無慈悲に奪っていく者たちへの、静かな、しかし底知れないほどの深い怒りが、アオイの心の奥底から、まるで清浄な蒼い炎のように、ゆらりと立ち昇り始めていた。この世界の、私の大切な宝物を、これ以上誰にも奪わせはしない…!
その時、バルトスが震える声で、しかしはっきりとジョバンニの最期の言葉を伝えた。
「ジョバンニ殿は…敵兵に囲まれ、深手を負いながらも…最期に、こう仰っていました…
『アケト様とアオイ様を中心に、お前たち若い力が、この日の本国の新しい未来を切り開くんだぞ。ジャン、リリー、そしてケイト…今まで本当にありがとうな。わしは、お前たちと出会えて、最高の人生だった…。必ず、明るい未来をその手で掴んでくれ。空の上から、楽しみにしているぜ…!』
と…そして、最後の最後まで、刀を振るい…」
バルトスの言葉は、アケトの胸に、そしてそこにいた全ての人々の胸に、まるで熱い鉄を押し当てられたかのように、深く、そして重く突き刺さった。ジョバンニは、最後の瞬間まで、自分たちの未来を信じ、その想いを、その命を賭して託してくれたのだ。
(ジョバンニさん…あなたの想い、絶対に、絶対に無駄にはしない…!)
アケトは、溢れる涙を乱暴に手の甲で拭い、顔を上げた。その瞳には、悲しみを乗り越えた、鋼のような、そして燃えるような決意が宿っていた。
「必ず守る…この日の本国を、そしてここに生きる全ての人々を!そして、必ず倒す!ドラグノフを、コライスを、そしてドンク侯爵を!我々の未来を脅かす全ての敵を、この手で!」
アケトの体から、まるで彼の魂の叫びに呼応するかのように、鮮やかな朱いオーラが、陽炎のように力強く立ち昇った。それは、以前よりもさらに濃く、そして雄々しい、王者の風格を漂わせる輝きを放っていた。
アオイもまた、アケトの決意に強く共鳴し、彼の隣に静かに立った。そして、その手にそっと自分の手を重ねた。彼女の体からもまた、清浄で力強い蒼いオーラが、まるで呼応するように立ち昇り、アケトの朱いオーラと絡み合い、互いを高め合うかのように美しく揺らめいた。
ご一読いただきありがとうございます!
いよいよ物語も佳境。ラストへ向けて頑張りたいと思います。
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