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63 雌伏の3年間 〜コライス子爵編〜

本日、18時30分、21時30分にも投稿予定です。ぜひご覧ください!

敗残の狼、コライスの執念(アケト10歳の春の終わり~11歳年の瀬- 悪夢と再建の1年目)



オダワラ城塞での屈辱的な敗北。目の前でフレッド男爵一族がアケト・ミナモトとアオイ・ホウジョウの神業のごとき魔法で文字通り消滅させられ、自軍も夜襲で甚大な被害を受け、命からがら逃げ帰ったあの日から、コライス子爵の心は晴れることがなかった。


夜ごと悪夢にうなされた。燃え盛る自軍の陣営、嘲笑うかのようなアケトの挑発的な手紙、そして何よりも、あの二人の子供の、人間離れした圧倒的な力。その記憶が、彼のプライドをズタズタに引き裂き、眠りを妨げた。


「おのれ…おのれ、アケト・ミナモト…!あの小僧…いや、あの化け物どもめ…!」


自室で一人、コライス子爵は何度グラスを壁に叩きつけたか知れない。領内に戻った彼を待っていたのは、失った兵士たちの家族からの無言の非難の目と、見るも無残に縮小した自軍の姿だった。騎士団長クラスの有能な部下も何人か失い、物資も多くを焼失。その損害は、彼の予想を遥かに超えていた。


(このままでは終わらせぬ…必ず、あの小僧どもに、この屈辱を百倍にして返してやる…!)


復讐の炎だけが、彼の心をかろうじて支えていた。


まずコライス子爵が着手したのは、情報収集だった。彼は、キンテロやフレッド男爵の旧領、さらにはその周辺地域に密偵を放ち、日の本国と名乗り始めたアケト・ミナモトの動向を徹底的に探らせた。そして、届けられる報告は、彼の焦燥感と危機感をますます煽るものばかりだった。


「…なんだと?あの『ダンテ石』なる奇妙な石材で、街道が次々と舗装され、巨大な城壁が築かれているだと?」


「農地も急速に拡大し、作物の収穫量も桁違い…飢えを知らぬ豊かな村だと?」


「キンテロのモビックが、あの小僧に媚びへつらい、港を実質的に明け渡したも同然だと?」


「近隣の村々からも、あの小僧の善政を慕って民が流れ込んでいる…人口は既に数千を超え、今も増え続けているだと!?」


伝え聞く日の本国の驚異的な発展ぶりは、コライス子爵にとって悪夢の続きでしかなかった。特に、ダンテ石という未知の戦略物資の存在と、それを利用した急速なインフラ整備、そしてキンテロ港を手中に収めたことによる経済力の増大は、彼にとって看過できない脅威だった。


(あの地は、もはや単なる農民の村ではない。あれは、急速に力をつける新たな勢力だ…!放置すれば、いずれ我が領地をも脅かしかねん!)


コライス子爵は、アケト・ミナモトという存在を、単なる田舎の小賢しい小僧から、自らの覇権を脅かすかもしれない危険な敵へと認識を改めつつあった。そして、その胸の奥底には、あの豊かな土地とダンテ石という「宝の山」を、いずれは我が物にしたいという、黒く歪んだ野望が芽生え始めていた。


この一年、コライス子爵は領内の引き締めと、わずかながらの軍備の再建に努めた。しかし、先の敗戦で失ったものはあまりにも大きく、領民の士気も低い。それでも彼は、無理な徴税や資源の徴発を少しずつ始め、領内には不穏な空気が漂い始めていた。


「また戦が始まるのか…」


「今度こそ、俺たちの村は終わりだ…」


そんな領民たちの囁きは、まだコライス子爵の耳には届いていなかったか、あるいは届いていても無視していた。彼にとって重要なのは、ただ一つ、復讐の機会を窺うことだけだった。そして、そのためには、より大きな力が必要だった。彼は、この年の暮れから、寄り親であるドンク侯爵への定期的な貢物を増やし、書状の中で遠回しに日の本国の「不穏な動き」と、その「危険性」を訴え始めるのだった。




水面下の暗躍、貴族社会の波紋(アケト12歳新春~13歳年の瀬 - 圧政と根回しの2年目)



アケト・ミナモトが12歳から14歳になるこの二年間、日の本国が内政に力を注ぎ、着実な発展を遂げていたのとは対照的に、コライス子爵領は暗い冬の時代を迎えていた。子爵は、アケトへの復讐と、日の本国の潜在的な価値への欲望を胸に、強権的な再軍備を本格化させたのだ。


「兵が足りぬなら、村々から若者を根こそぎ徴兵せよ!武器が足りぬなら、商人どもから強制的に供出させよ!逆らう者は反逆者として処罰しろ!」


彼の命令は苛烈を極め、領民の生活は困窮を極めた。若い働き手を奪われた農村は荒れ、商人たちは不当な取り立てに悲鳴を上げた。かつては比較的豊かだったコライス子爵領も、その面影は失われ、領民の顔からは笑顔が消え、子爵への怨嗟の声が日増しに高まっていった。しかし、コライス子爵はそれを力で抑えつけ、自らの軍備拡張だけを推し進めた。彼の目には、もはや領民の姿など映っていなかった。


その一方で、コライス子爵はドンク侯爵への本格的な働きかけを水面下で続けていた。彼は、信頼できる側近を頻繁にドンク侯爵の元へ送り込み、日の本国がいかに貴族社会の秩序を乱す危険な存在であるかを力説させた。


「ドンク侯爵閣下、あのアケト・ミナモトなる小僧は、フレッド男爵家を滅ぼしただけでなく、その領地を不当に占拠し、今や港町キンテロまでも影響下に置き、我が領地をも脅かしております。奴らは『日の本国』などと称し、独自の法と軍隊を持ち、我ら貴族の権威を公然と否定しておるのです!これは、閣下が守るべきこの地方の秩序に対する、重大な挑戦ではございませんか!」


もちろん、自軍が惨敗したことや、フレッド男爵がアケトたちによって直接滅ぼされたという事実は巧みに伏せられ、あたかも日の本国が一方的な侵略者であるかのように印象操作が行われた。さらに、コライス子爵は、貴重な魔石や特産品、そして時には金品をドンク侯爵やその側近たちに惜しげもなく貢ぎ、彼らの歓心を買うことにも腐心した。


また、コライス子爵は、地域の貴族たちが集まる定例会や狩猟大会といった機会を利用し、他の有力貴族たちへの根回しも怠らなかった。彼は、ヴァレンシュタイン子爵のような慎重派には


「日の本国の急成長は、我々旧来の貴族の立場を脅かす。今のうちに対策を講じなければ手遅れになる」


と危機感を煽り、ドラグノフ子爵のような武闘派には


「日の本国にはダンテ石という未知の戦略物資があり、討伐すれば莫大な利益が得られる。それに、あの『オダワラ城塞』とやらを落とすのは、貴殿の武勇と秘策をもってすれば容易いでしょう」


と野心を刺激した。リシュリュー伯爵のような計算高い貴族には


「日の本国との交易路を確保すれば、キンテロ港を介して大きな富を得られるが、そのためにはまず彼らを『我々の管理下』に置く必要がある」


と囁き、シュタイン伯爵のような名誉欲の強い貴族には


「農民上がりの反乱者を討伐すれば、その武功は末代まで語り継がれるでしょう」


と自尊心をくすぐった。

彼の言葉は、必ずしも全ての貴族に受け入れられたわけではなかった。ヴァレンシュタイン子爵のように最後まで慎重な姿勢を崩さない者もいれば、リシュリュー伯爵のように静観を決め込む者もいた。しかし、日の本国の急速な発展と、その異質な統治体制は、多くの貴族たちにとって漠然とした不安と警戒感を与えていたのも事実だった。コライス子爵の執拗な働きかけは、水面下で少しずつではあるが、貴族社会の中に「ミナモト豪族脅威論」という波紋を広げていった。




新年会の仮面舞踏会、黒き嵐の結集(アケト14歳の新年~春の終わり - 3年目とドンクの決断)



アケト・ミナモトが14歳となった年の、まだ雪深い新年。ドンク侯爵の壮麗な居城では、例年通り、彼の影響下にある諸侯や騎士たちを招いた盛大な新年会が催された。きらびやかなシャンデリアが広間を照らし、美しい貴婦人たちの絹のドレスが擦れる音と、楽団の奏でる優雅なワルツが、華やかな雰囲気を醸し出していた。


しかし、その洗練された仮面の下では、それぞれの貴族が胸に秘めた野心と計算、そして互いの腹を探り合うような、冷徹な権謀術数が渦巻いていた。この宴は、コライス子爵にとって、これまでの根回しの成果を試し、そしてドンク侯爵に最終的な決断を促すための、まさに正念場であった。


コライス子爵は、いつになく念入りに身なりを整え、ドンク侯爵に最も恭しい新年の挨拶を捧げた。


「ドンク侯爵閣下、新年のお慶び、心より申し上げます。本年もまた、閣下の揺るぎないご威光が、この地に遍く満ち、我ら臣下の者たちに安寧をもたらしてくださいますことを確信しております」


その言葉には、これまでの敗戦の屈辱など微塵も感じさせない、完璧なまでの臣従の姿勢が込められていた。


「うむ、コライス子爵、大儀である」


ドンク侯爵は、ワイングラスを優雅に傾けながら、鷹揚に頷いた。その目は、コライス子爵の内心を見透かしているかのようだった。


「…しかし閣下」


コライス子爵は、声を潜め、深刻な表情を作った。


「近頃、東の辺境にて、由々しき噂がさらに広まっております。フレッド男爵の旧領で、アケト・ミナモトを名乗る若輩者が『日の本国』などという国家を僭称し、貴族社会の秩序を公然と乱そうとしているとか。かの者は、あのフレッド男爵家を滅ぼしたばかりか(実際にはアケトたちが滅ぼしたが、コライスはフレッドの無能さを強調する)、その領地を不当に奪い、今や港町キンテロまでも完全に手中に収め、かの『ダンテ石』なる奇妙な石材で莫大な富を築き、急速に軍備を拡大していると聞き及びます。


その兵力は既に数千を超え、オダワラ城塞なる難攻不落の要塞を築き、周辺の村々を次々と併合しているとか。このまま放置すれば、いずれ閣下のご領地にも、その不遜な牙を剥きかねませぬぞ…!」


彼は、これまでの2年間で集めた情報と、自らの危機感を巧みに織り交ぜ、ドンク侯爵の警戒心を最大限に煽り立てた。


ドンク侯爵は、しばらく黙ってワイングラスを見つめていたが、やがて静かに口を開いた。


「…コライス子爵、そなたの憂慮、分からぬでもない。確かに、あのミナモトとかいう小僧の動きは、少々目に余るものがある。新興勢力の台頭は、時に旧き秩序を脅かすものだからな」


その言葉に、コライス子爵は内心で快哉を叫んだ。


(よし、食いついた!)


コライス子爵は、ドンク侯爵への進言を終えると、足早に他の有力貴族たちの輪へと加わり、最後の仕上げに取り掛かった。


「ヴァレンシュタイン子爵閣下、先日は貴重なご意見、痛み入りました。しかし、日の本国の脅威は、もはや座して見過ごせる段階ではございませんぞ。彼らは、我ら貴族の特権を全て否定し、民衆を扇動して新たな国を作ろうとしているのです。これは、我々全員の問題です」


コライスは、ヴァレンシュタイン子爵の慎重さを逆手に取り、貴族全体の危機感を煽る。ヴァレンシュタイン子爵は、眉をひそめながらも、コライスの言葉に一定の真実を感じずにはいられなかった。


「ドラグノフ子爵閣下!日の本国が誇るというオダワラ城塞、そしてかのダンテ石!あれらを攻め落とし、手に入れるまたとない好機ではございませんか!閣下の『要塞崩しの秘策』とやらを試す、絶好の舞台かと存じますが?」


コライスは、ドラグノフ子爵の好戦的な性格と野心を巧みにくすぐる。ドラグノフ子爵は、その言葉に目を輝かせ、


「ほう、それは面白い!我が家の秘伝の技、試してみる価値はありそうだな!」


と不気味な笑みを浮かべた。


「リシュリュー伯爵閣下、日の本国との交易は、確かに大きな利益を生むやもしれません。しかし、それは彼らが『我々の管理下』にあってこそ。野放図な勢力拡大を許せば、いずれ我々の市場を脅かす存在となりましょう。まずは力で彼らを屈服させ、その上で交易の主導権を握るのが賢明かと存じますが?」


リシュリュー伯爵は、扇子で口元を隠しながらも、その目が鋭く光ったのをコライスは見逃さなかった。


「シュタイン伯爵閣下!今こそ、我ら貴族の団結を示し、不遜なる農民上がりの輩に鉄槌を下す時です!この戦で武功を上げれば、閣下のお名前は大陸中に轟きましょうぞ!」


シュタイン伯爵は、その言葉に分かりやすく顔を輝かせ、


「うむ!ドンク侯爵閣下がご決断なされば、このシュタイン、いつでも馳せ参じますぞ!」


と胸を叩いた。


このように、新年会の華やかな雰囲気の裏では、それぞれの貴族が自らの立場と利益を秤にかけ、「ババを引かない立ち回り」を模索し、あるいは「武功を上げたい」という野心を燃やし、複雑な思惑が交錯していた。コライス子爵は、そんな彼らの心理を巧みに操り、日の本国討伐への気運を決定的なものへと高めていったのだ。


そして、アケト・ミナモトが14歳になった年の春も終わりを告げる頃。ドンク侯爵は、新年会での諸侯の反応、コライス子爵からの執拗な働きかけ、そして日の本国のさらなる発展(キンテロの完全な帰順、イルーガ村に加えザンバ村、スラカン村までもがミナモト豪族の傘下に入ったという衝撃的な報せ)を受け、ついに最終的な決断を下した。


「コライス子爵の言う通り、アケト・ミナモトと日の本国の増長は、もはや看過できぬレベルに達した。あれは、貴族社会の秩序に対する明白な挑戦であり、我がドンク家の権威に対する侮辱でもある!このドンクが、自ら総大将となり、かの不遜なる者どもを討伐する!」


ドンク侯爵の大号令一下、彼の影響下にある全ての貴族たちに召集がかかった。それは、まさに国家規模の大動員であった。


夏の初め、ドンク侯爵領の広大な平原には、天を覆い尽くさんばかりの無数の旗指物がはためき、大地を埋め尽くす兵士たちの鎧が太陽の光を反射して鈍く輝いていた。ドンク侯爵の呼びかけに応じ、コライス子爵はもちろんのこと、ヴァレンシュタイン子爵、ドラグノフ子爵といった有力子爵家、そしてリシュリュー伯爵、シュタイン伯爵の二伯爵家、さらには男爵家11家、騎士爵家25家が、それぞれの領地から精鋭を率いて続々と集結した。


その総勢、号して10000。歩兵、騎兵、弓兵、そしてコライス子爵が執念でかき集めた魔法使い部隊に加え、ドラグノフ子爵が率いる特殊な攻城兵器を扱う工兵部隊――彼が言うところの「要塞崩しの秘策」を担う者たち――もその陣容に加わっていた。もはや戦力として数えるのもおこがましいフレッド男爵の残党も、屈辱的な扱いでその末席に加えられ、ただただこの大軍の威容に圧倒されるばかりだった。


「フハハハハ!見よ、この我が呼びかけに応じ集った無敵の軍勢を!」


ドンク侯爵は、集結した諸侯を前に、馬上から高らかに檄を飛ばした。


「アケト・ミナモトよ、そして日の本国の愚民どもよ!貴様らの築いた砂上の楼閣は、我が軍勢の前に一瞬で踏み潰されるであろう!貴族の真の力、そしてこの大陸の秩序というものを、その身をもって思い知るがよい!出陣じゃあ!」


「「「オオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」」」


地響きと共に、10000人の黒き嵐が、領都カマクラを目指し、その破滅の進軍を開始した。日の本国、建国以来最大の危機が、刻一刻と迫っていた。

ご一読いただきありがとうございます!

いよいよ物語も佳境。ラストへ向けて頑張りたいと思います。

いいねボタン押してくださっている方、いつもありがとうございます。

とても励みになります。

これからもよろしくお願いします(^O^)/

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