第二次ルアン(カマクラ)攻防戦 〜開戦間近〜
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先のルアン攻防戦からおよそ2年。
アケトとアオイは10歳となり、彼らが導く自治領――領都カマクラとその周辺地域は、目覚ましい発展を遂げていた。
特に、イルーガ村へと続く「棒道」は主要部分が開通し、ダンテ石による本格的な舗装作業が急ピッチで進められ、物流と人の往来を劇的に改善しつつあった。
その春、アオイとシャナイアは、数名の農業指導員や護衛と共にイルーガ村に滞在していた。
フレッド男爵の苛烈な搾取によって活力を失いかけていた村に、カマクラの進んだ農業技術を導入し、自立への道を切り開くためだ。
イルーガ村は、先の戦乱と重税で働き盛りの男手を多く失い、家畜に至っては一頭残らず税として取り立てられてしまっていた。
その惨状を目の当たりにしたアオイは、心を痛め、カマクラから特別に荷運び用の馬車馬二頭と、かつてフレッドの街から共に逃げてきたロバのゆきちゃんを、村への贈り物として連れてきていた。
「ザイル村長、これは私たちからのささやかな贈り物です。どうか、村の復興にお役立てください」
「アオイ様…!こ、このような貴重な馬とロバを…!なんとお礼を申し上げてよいか…!」
ザイル村長は、涙ながらにその手を取り、村人たちもまた、予期せぬプレゼントに歓喜の声を上げた。
ゆきちゃんは、その愛嬌のある姿ですぐに村の子供たちの人気者となった。
アオイとシャナイアは、村人たちと共に荒れた畑を耕し、カマクラから持ってきた芋やかぼちゃ、そして寒さに強い種類の小麦の種を蒔いた。
ステフィも時折カマクラから訪れ、彼女の『促成栽培』のスキルで、イルーガ村の痩せた土地でも育ちやすい特別な牧草の種を広範囲に蒔き、土壌改良と将来の家畜飼育のための基盤作りに尽力していた。
「この牧草が育てば、いずれここで牛や羊を飼い、豊かな乳や肉を得ることができます。
あるいは、刈り取った干し草をカマクラへ輸送し、村の収入とすることもできるでしょう」
と、ステフィは村人たちに希望を語った。
アオイの『豊穣』の力と、シャナイアの『聖水魔法』による土壌浄化、そしてカマクラから持ち込まれた新しい農具と農法は、徐々にではあるが確実にイルーガ村に実りをもたらし始めていた。
そんな希望の光が見え始めた矢先、その報せは血相を変えた早馬によって、まずキンテロから領都カマクラへ、そしてほぼ時を同じくして、キンテロからイルーガ村のアオイたちの元へも届けられた。
「緊急報告!コライス子爵、フレッド男爵と合流し、総勢700を超える大軍を率いてカマクラへ向け進軍開始!
既に国境を越え、侵攻は時間の問題とのこと!」
領都カマクラの日ノ本神社を取り込むように築かれた本丸――その中心である社務所を兼ねた作戦司令室には、アケト・ミナモト、ダンテ、ルカオン、そして「朱備え」「黒備え」の各部隊長や主要な村の重鎮たちが、地図を囲んで集まっていた。
部屋の空気は張り詰め、窓の外で慌ただしく防衛準備を進める兵士たちの怒声や金属音が、緊迫感をさらに高めている。
アオイとシャナイアは、イルーガ村からの帰途を急いでいるはずだが、この最初の作戦会議にはまだ間に合っていない。
「…やはり来たか。予想以上の大軍だが、怯んでいる暇はない!」
アケトは、皆の顔を見渡し、落ち着いた声で口火を切った。
その瞳には、10歳とは思えぬ冷静さと、指導者としての覚悟が宿っている。
「父さん、ルカオン兄さん、皆の意見を聞きたい。
コライス子爵軍の進軍ルートだが、やはり最初に狙われるのは…」
アケトが地図上の一点を指差す。そこは、港町キンテロだった。
「うむ…」
ダンテが腕を組み、険しい表情で頷く。
「キンテロはフレッド男爵にとって重要な支配地であったし、我々と誼よしみを通じていることも、奴らの耳に入っているだろう。
そして何より、キンテロの街自体は本格的な要塞化がされておらず、守備力は弱い。大軍で叩けば、容易に落ちると考えるだろう」
ルカオンも同意する。
「ああ。それに、街道もあそこが一番の要衝だ。行軍ルート的に、奴らが最初に牙を剥くのはキンテロと見て間違いないだろうな。
俺たちのカマクラやドリマの守りが固いと知れば、まずは弱いところから崩そうとするはずだ」
「問題は、我々がどう動くかだ」
アケトは、一同を見渡した。
「キンテロのモビック町長からは、既に非戦闘員のドリマおよびカマクラへの疎開が始まっているとの連絡が入っている。
彼らは籠城の構えを見せるだろうが、あの街の防衛力では長時間は持たない」
重苦しい沈黙が部屋を支配する。
キンテロを見捨てることはできない。
だが、カマクラとドリマの守りを手薄にするわけにもいかない。
「…策はある」
アケトは、沈黙を破り、力強く言った。
「まず、敵がキンテロを狙わずに、直接カマクラかドリマの防衛線に挑んでくるのであれば、それはそれで良し。
我々は万全の態勢でこれを迎え撃つ。
だが、もしキンテロが攻撃された場合…我々は動く」
アケトは、地図上のキンテロとカマクラの間に、力強い線を引いた。
「キンテロが攻撃を受けたと確報が入り次第、我が『朱備え』を中心とした精鋭部隊が出撃。
敵の本隊ではなく、その後衛…特に兵站や指揮系統と思われる箇所を狙い、背後から奇襲をかける」
「背後からか!面白え!」
ルカオンが、不敵な笑みを浮かべる。
「目的は敵の殲滅ではありません」
アケトは冷静に首を振る。
「我々の狙いは、一撃離脱。最大出力の魔法攻撃――
例えば、ルカオン兄さんの『大地創成』による大規模な地形変動や、私が持つ雷の力、そしてジャンやブレディの広範囲攻撃スキルを組み合わせ、敵の後背に集中的に叩き込み、大混乱を引き起こします。
そして、敵が我々の存在に気づき、反撃に移ろうとした瞬間、あるいはその前に、速やかに戦線を離脱し、退却する」
その大胆不敵な作戦に、皆が息を呑む。
「そして、敵の主力は」
アケトは地図上、カマクラとドリマ村を結ぶ街道の分岐点を指し示した。
「我々がこの2年の歳月をかけて築き上げた、あの大城塞(オダワラ城塞と命名)へと誘い込みます。
あそこは、神からのお告げの知識から得た、難攻不落の城の情報を参考に、ルカオン兄さんの魔法と皆の力で、幾重にも巡らされた深い堀と、ダンテ石を巧みに積み上げた高い石垣、複雑に入り組んだ虎口、そして多数の櫓を備えた、鉄壁の要塞へと生まれ変わっています。
内部には十分な兵糧や武器も備蓄済みです」
ダンテが、深く頷いた。
「あの分岐点の砦は、今や『中央城塞』と呼ぶにふさわしい。あそこまで敵主力を誘い込むことができれば、領都カマクラもドリマ村も直接的な戦火に晒されることなく安全を確保できます。
そして、我々はその城塞で地の利を最大限に活かし、消耗戦に持ち込み、敵を確実に撃滅することができるでしょう。
まさに、我らにとって最も安全な戦い方だ」
「へへっ、俺とシュートが心血注いで造り上げた傑作だからな!」
ルカオンが胸を張る。
「何重もの堀と、あの特殊なダンテ石垣はそう簡単には越えられねえ。
巧妙に配置した櫓からの矢や魔法の集中砲火を浴びれば、いかな大軍とてひとたまりもあるまい!
まさに鉄壁よ!」
「その奇襲部隊だが、アケト。お前が率いるのか?」
ダンテが尋ねる。
「はい。私が『朱備え』を率い、ルカオン兄さんには『黒備え』の一部と共に土魔法での支援と、退路の確保をお願いします。
ジャン、ブレディ、ライカといった攻撃の要にも同行してもらう。
アオイとシャナイアがカマクラに戻り次第、彼女たちの『蒼備え』の力も、この作戦、そしてその後の籠城戦において不可欠となるでしょう」
アケトの言葉に、若い「備え」のリーダーたちの顔が引き締まる。
「モビック町長には、この作戦の概要を伝え、可能な限り籠城し時間を稼いでいただく。
そして、我々の奇襲の混乱に乗じて、残っている町民を安全な場所へ避難させるよう要請します。
キンテロの民の安全も、我々が守るべきものですから」
ダンテは、息子の成長と、その的確な判断力に、改めて深く頷いた。
「…分かった。危険な作戦ではあるが、今の我々が取りうる最善の策かもしれん。
皆、アケトの指揮に従い、一丸となってこの国難に当たるのだ!」
「「「応!!」」」
社務所に集った者たちの力強い返事が、決戦を前にしたカマクラの空に響き渡った。アオイとシャナイアの不在は大きな痛手だが、それでも彼らの心には、若きリーダーアケト・ミナモトへの絶対的な信頼と、この自治領を守り抜くという固い決意が燃えていた。
◇
時は少し遡り、フレッド男爵が土下座外交でコライス子爵に泣きつく数週間前。
コライス子爵の壮麗な居城の一室では、子爵自身が肘掛け椅子に深く身を沈め、届けられたばかりの複数の報告書に目を通していた。その怜悧な目元が、興味深げに細められる。
報告書の内容は、辺境のフレッド男爵領で起きているという、にわかには信じ難い噂の数々だった。
曰く、先の戦で男爵軍を退けたルアンなる村が、驚異的な速度で発展していること。
曰く、その村では「ダンテ石」と呼ばれる未知の建材が生み出され、堅牢な城壁や家屋が次々と建てられていること。
曰く、アオイと名乗る不思議な少女が育てる作物は、病害にも強く、かつてないほどの豊穣をもたらしていること。
そして何より、シュート(アケト・ミナモトと名乗り始めたという情報も混じっている)という名の、まだ十歳足らずの少年が、その全てを指導しているというのだ。
「ふむ…ルアン村、そしてドリマ村か」
コライス子爵は、顎に手をやり、報告書から顔を上げた。
「フレッドのあの無能めが、まさかそのような“宝の山”を抱えていたとはな。
そして、それをみすみす手放そうとしているとは、救いようのない愚か者よ」
彼の口元に、冷たい笑みが浮かぶ。
「ダンテ石…軽量にして鉄以上の強度とは、俄には信じられぬが、キンテロの商人どもが色めき立っているというのなら、あながち嘘ではあるまい。
そして、豊かな食料…これらは、金になる。いや、それ以上の価値がある」
コライス子爵は、窓の外に広がる自らの領地を見やった。
その目は、既にフレッド男爵領の、特にルアン村とドリマ村周辺の肥沃な土地と、そこに眠るであろう新たな富に向けられていた。
(あの地は、フレッドのような小物に支配させておくには惜しい。我がコライス家の領地として組み込めば、我が家の力はさらに増大する。そうだ、わが直轄領土にするのだ。そのためには…)
彼の思考は、冷徹な計算へと移っていく。
(まず、フレッド男爵とその愚かな子供たちが邪魔だな。あの者どもがいる限り、あの地を円滑に手に入れることはできん。
だが、表立ってフレッド家を排除すれば、他の貴族からの反発もあろう。ならば…)
コライス子爵の目に、悪辣な光が宿った。
(ルアン村のあの小僧ども…シュートとアオイとやらが、フレッドの軍勢を一度退けたというではないか。
ならば、もう一度けしかけてやればよい。
フレッドには、我が威光をちらつかせ、再軍備を命じ、ルアン村へ再度侵攻させる。無論、今度は我が軍も「援軍」として加わる形を取るが…)
彼の脳裏には、具体的な算段が組み上がりつつあった。
(フレッドとその息子たちには、せいぜい先陣を切ってもらおう。
あの者らがルアン村の若造どもに討ち取られるか、あるいは相打ちにでもなってくれれば、それはそれで好都合。
生き残ったとしても、再起不能なまでに消耗していれば、後始末も容易い。戦の後、混乱したフレッド領を「秩序回復」の名目で我が軍が制圧し、ルアン村とドリマ村を「保護下に置く」。
そして、フレッド家の失態を理由に、王家に取り入ってあの地の統治権を正式に我がものとする…完璧な筋書きではないか)
「ククク…」
思わず、低い笑い声が漏れる。
「フレッドよ、お前は最後まで我がために役立ってくれそうだな。
そして、ルアン村の小僧どもも、せいぜいフレッド家を始末する駒として、踊ってくれるがよい」
コライス子爵は、フレッド男爵からの正式な使者が到着する日を、まるで熟した果実が落ちるのを待つかのように、静かに、そして愉しげに待ち始めた。
彼の頭の中では、既にルアン村とドリマ村は、自らの広大な領地の一部として組み込まれていた。
その豊穣な大地と、未知の技術ダンテ石、そしてそれらを生み出す才能ある若者たち…それら全てが、間もなくコライス子爵のものとなるはずだった。少なくとも、彼はそう確信していた。
貴族社会の秩序を守るという大義名分の裏で、彼の冷酷な野心は、静かに、しかし確実にその牙を研いでいたのである。
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