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第一次ルアン攻防戦④ 終戦

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

フレッド男爵一行が、用意された宿舎で不平不満を垂れ流している、その日の夜。


キンテロ町長の私室には、昼間の騒動でさらにその思いを強くしたモビックによって、緊急に数名の幹部たちが集められていた。


息子のマビック、先のルアン村への使節団にも加わった商人ギルドの長、船主組合の頭取、そして街の長老格の代表者。


ランプの灯りが、彼らの険しい顔を照らし出している。


部屋の空気は重く、フレッド男爵一行への抑えきれない怒りと、街の未来への危機感が充満していた。


「皆、急な呼び出しに応じてくれて感謝する」


モビックが、低い声で切り出した。


「昼間のフレッド男爵の…いや、あの敗残兵どもの醜態は、皆も目の当たりにしたであろう。

そして、マビックから改めて詳細な報告があった、ルアン村の驚くべき実力。

これらを踏まえ、我々キンテロが今後どうすべきか、腹を割って話し合いたい」


モビックは、マビックに促し、彼がルアン村で直接見聞きした情報――堅固な城塞、統率された兵、シュートとアオイという若い指導者たちの傑出した能力、そして『ダンテ石』という未知の資源の可能性――を、改めて幹部たちに詳細に語らせた。


マビックの言葉は冷静でありながらも、その端々にはルアン村への確かな評価と、フレッド男爵への見切りが滲み出ていた。


「皆様。ルアン村は、我々がこれまで考えていたような辺境の村ではありません。

彼らは明確な理念と、それを実現する力を持っています。

フレッド男爵に未来はありません。

我々が手を結ぶべきは、ルアン村です」


商人ギルドの長が、興奮を隠せない様子で口を開いた。


「マビック殿の報告、そして先日我々が見たダンテ石…あれは間違いなく本物だ!

あの石を我々が独占的に扱えれば、キンテロはこれまでにない繁栄を手にすることができる!

フレッド男爵の顔色を窺い、重税に喘ぐ日々はもう終わりだ!」


「うむ」


船主組合の頭取も頷く。


「ルアン村が本当にフレッド男爵を退ける力があるのなら、我々が彼らに積極的に協力し、見返りとして港の利用権を認める。

交易の優先権を得るという手もある。

海の民にとって、新しい交易相手と安全な航路は何よりの宝だ」


長老格の一人が、静かに続けた。


「フレッド男爵の圧政は、もはや我慢の限界を超えておる。

民の心も離れつつある今、新たな指導者、新たな秩序を求めるのは自然な流れやもしれん。

ルアン村の若き指導者たちが、その器であるならば…」


会議の空気は、明確に


「反フレッド男爵、親ルアン村」


へと傾いていた。昼間の男爵一行の横暴さが、最後のひと押しとなったのだ。


「しかし」


と、別のギルド長が懸念を口にする。


「ルアン村と手を組むということは、フレッド男爵だけでなく、その後ろ盾であるコライス子爵をも敵に回すということ。我々キンテロだけで、その圧力に耐えられるのか?」


その言葉に、一同の顔に再び緊張が走る。


モビックは、皆の意見を聞き届け、そしてゆっくりと、しかし力強く宣言した。


「確かに、大きな賭けであることに違いはない。

だが、このままフレッド男爵の搾取に甘んじ、ジリ貧になるのを待つよりは、遥かに希望のある道だと私は信じる。

マビックの報告、そして我々自身が見聞きしたルアン村の可能性を考えれば、彼らとの同盟は、キンテロに新たな未来をもたらすだろう。

我々は、ルアン村に使節を送り、正式に経済的、そして可能であれば軍事的な同盟の締結を申し入れるべきだ。

無論、条件は慎重に吟味せねばならんが、フレッド男爵という共通の敵を持つ今こそ、連携を深める好機だ」


そして、彼は付け加えた。


「フレッド男爵一行には、表向きは『客人』として丁重に扱い、油断させておく。

だが、水面下ではルアン村との連携を強化し、来るべき時に備える。

これが、今の我々が取るべき道だと考えるが、皆はどうだ?」


モビックの決意に満ちた言葉に、集まった幹部たちは、しばしの沈黙の後、次々と力強く頷いた。反対する者は、もはや誰もいなかった。


「異議なし!」


「町長のご英断、支持いたします!」


「キンテロの未来のために!」


その夜、キンテロの指導者たちは、フレッド男爵という重荷を捨て、ルアン村という新たな光と共に歩むことを、固く心に誓ったのだった。彼らの密議は、夜が更けるまで続いた。



翌日の夜明け。


キンテロの町外れ、フレッド男爵一行が宿舎としてあてがわれた屋敷を包囲するように、しかし一定の距離を保って、ルアン村の精鋭追撃部隊30名が静かに布陣を完了していた。


先頭に立つのはシュート、アオイ、ジャン、ライカ。


そして、シュートの傍らには、土魔法の使い手であるルカオンの姿もあった(シュートのたっての願いで、ルアン村の守りを一時的にダンテに託し、この追撃に加わっていた)。


「兄さん、頼む」


シュートが短く言うと、ルカオンはニヤリと笑い、両手を地面につけた。


「おうよ!『大地創成』!」


轟音と共に地面が隆起し、みるみるうちにフレッド男爵の宿舎の正面に、高さ3メートルはあろうかという堅固な土の壁が築き上げられた。


それは、即席とは思えぬほどの威圧感を放っている。


壁が完成するや否や、ジャンがその上に駆け上がり、声を限りに叫んだ。


「おい、聞こえるか!フレッド男爵のゴミ虫ども!

臆病風に吹かれて逃げ出すとは、貴族の風上にも置けねえ腰抜けだぜ!

さあ、出てこい!この紅蓮弓騎ジャン様が、お前らに本当の戦いってもんを教えてやる!」


その罵詈雑言は、静かな朝の空気を切り裂き、フレッド男爵の宿舎へと響き渡った。


宿舎の中では、昨夜の敗戦と屈辱的な逃走で神経が過敏になっていたフレッド男爵と四兄妹が、ジャンの挑発に瞬く間に火がついた。


「な、なんだとぉ!あの下郎ども、この期に及んでまだ我らを愚弄するか!」


フレッド男爵が怒り狂う。


「許せん!父上、私に兵をお貸しください!あの生意気な弓使いの小僧を、八つ裂きにしてくれましょう!」


クジュが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「そうだ!アオイもいるに違いない!今度こそ、あの女を!」


ゴミュも息巻くが、その声にはどこか怯えが混じっている。


カッスとインバも、「殺してやる!」「ズタズタにしてやる!」と口々に叫び、わずかに残った兵士たちを無理やり引き連れて、怒りに任せて屋敷から飛び出してきた。


土壁の前に躍り出た四兄妹と十数名の兵士たち。


彼らは、目の前の土壁と、その上に立つジャン、そしてその後方に控えるルアン村の兵士たちの姿を見て一瞬怯むが、もう後には引けない。


「者ども、かかれーっ!あの壁を打ち破り、農民どもを皆殺しにせよ!」


クジュがヒステリックに叫ぶ。


だが、彼らが動き出すよりも早く、アオイが冷静に右手を突き出した。


その指先には、圧縮された水の槍が鋭く形成されている。


「これ以上、あなた達の好きにはさせません!」


一閃。アオイの放った『アクアランス』が、空気を切り裂き、先頭に立って突撃しようとしていたゴミュの胸部中央を正確に貫いた。


「が…はっ…!?」


ゴミュは、信じられないといった表情で自らの胸を見下ろし、そこから噴き出す血潮と、貫通した水の槍の先端を見た。


そして、何が起こったのかを理解する間もなく、どうと地面に崩れ落ち、二度と動くことはなかった。


フレッド四天王の一角、ゴミュのあっけない最期だった

「ゴミュ兄様!?」


「う、嘘だろ…!?一撃で…!?」


クジュ、カッス、インバは、目の前で兄があっけなく殺された光景に、恐怖で顔を引きつらせ、完全に戦意を喪失した。


彼らは、悲鳴を上げながら、我先にと宿舎へと逃げ帰ろうとする。


「かかれーっ!」


シュートの号令が響き渡る。



「逃がすかよ!」


ジャンが、逃げる兵士たちの背中に向けて炎の矢を次々と放つ。


そのうちの二本が、的確に兵士の背中を射抜き、断末魔の悲鳴と共に二人を打ち倒した。


「な、なんだ!?敵の大軍が来たのか!?」


「もうダメだ!囲まれた!」


ゴミュの死。


ジャンの正確な射撃。


そして統制の取れたルアン軍の動きに、フレッド男爵の残党たちは完全にパニックに陥った。


「大軍が押し寄せてきた」という誤報が彼らの間で瞬く間に広がり、フレッド男爵自身も、恐怖のあまり馬車に飛び乗ると、「領都へ!領都へ戻るのじゃ!」と絶叫し、わずかな供回りだけを連れてキンテロの街から転がるように逃げ出していった。


フレッド軍が完全に潰走し、キンテロの街から去っていくのを見届けた後、シュート、アオイ、ルカオンの三人は、モビック町長とマビックの待つ町長執務室へと案内された。


「シュート殿、アオイ殿、ルカオン殿、この度は誠に…誠にありがとうございました!」


モビック町長は、深々と頭を下げた。


「貴殿らのおかげで、我がキンテロはフレッド男爵の魔の手から逃れることができました。

この御恩、決して忘れませぬ」


そう言うと、モビックは傍らのマビックに合図し、マビックは大きな革袋をシュートたちの前に差し出した。中からは、ずしりとした金貨の重みが伝わってくる。


「これは、我々キンテロからのささやかな謝礼でございます。どうかお納めください」


「町長、このようなものを頂くわけには…」


シュートが恐縮すると、モビックは力強く首を振った。


「いや、これは当然の礼です。そして、これだけでは足りませぬ。

今後とも、ぜひルアン村とキンテロは、良き隣人として、そして強力な同盟者として、手を取り合って参りたい。

改めて、正式な同盟についての話し合いの場を設けさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?」


その言葉には、キンテロの未来をルアン村と共に歩むという、確かな決意が込められていた。


シュートとアオイ、そしてルカオンは顔を見合わせ、そして力強く頷いた。


「喜んでお受けいたします、モビック町長。我々も、キンテロとの友好を心から願っております」


こうして、ルアン村とキンテロの間には、フレッド男爵という共通の敵を退けたことをきっかけに、かつてないほど強固な絆が結ばれようとしていた。


シュートたち追撃部隊は、キンテロからの多大な謝礼と、同盟への確かな手応えを胸に、意気揚々とルアン村への帰路についたのだった。



一方、這々の体で領都への帰路を急ぐフレッド男爵一行の雰囲気は、絶望的としか言いようがなかった。


ルアン村侵攻のために動員したフレッド男爵直属の兵約50名は、最初のルアン村攻防戦、そしてキンテロ郊外での追撃戦を経て、半数以上が死傷するという壊滅的な打撃を受けていた。


生き残った兵士たちも、その顔には疲労と恐怖の色が濃く、もはや戦意など欠片も残っていない。


「なぜだ…なぜ、この私が…あのような農民どもに…」


揺れる馬車の中で、フレッド男爵はぶつぶつと独り言を繰り返し、現実を受け入れられない様子だった。


そして、失ったものの大きさに気づき、わなわなと震えだす。


「ゴミュ…私の、ゴミュが……!そしてバタンまでもが…!」


騎士団長であったバタンの戦死は、ただでさえ弱体化していたフレッド男爵軍の指揮系統を完全に麻痺させた。


そして何より、長兄であったゴミュの死は、残されたクジュ、カッス、インバの三兄妹にとっても大きな衝撃…というよりは、自分たちの身に迫る危機をより現実的なものとして感じさせる恐怖の要因となっていた。


「ご、ゴミュ兄様が…あんなにあっさりと…」


「あ、アオイ…あの化け物め…!」


「バタンの爺も、子供なんかにやられるなんて、情けないにも程があるわ!」


彼らは、兄の死を悲しむよりも、その責任を他者に転嫁し、自らの恐怖を誤魔化すことに必死だった。


やっとの思いで領都の居城に帰り着いたフレッド男爵は、最早なりふり構っていられなかった。


彼は、わずかに残った金目の物をかき集めさせると、すぐさま馬を飛ばし、寄り親であるコライス子爵の壮麗な居城の門を叩いた。


「コライス子爵閣下!このフレッド、閣下のお力をお借りしたく、罷り越しました!」


謁見の間に通されたフレッド男爵は、コライス子爵の前にみすぼらしい姿でひれ伏し、これまでの経緯――ルアン村の反乱、自身の敗北、そしてゴミュとバタンの死――を、涙ながらに、しかし都合の悪い部分は巧妙に隠しながら報告した。


「…という次第でございまして、あのルアン村の農民ども、そして忌々しい黒髪の小娘アオイは、もはや放置できぬ反乱分子!

このままでは、我ら貴族の権威そのものが揺らぎかねませぬ!

何卒、何卒コライス子爵閣下のお力で、あの者どもに鉄槌を!」


コライス子爵は、フレッド男爵の無様な報告を、冷ややかに、しかし興味深そうに聞いていた。


内心ではフレッドの無能さを嘲笑いつつも、貴族の秩序を乱す存在への怒りは本物だった。


「ふむ…フレッド男爵、その苦境、察する。そして、我が愛すべき部下でもあるゴミュ殿を喪った悲しみ、このコライスも共有するところだ」


コライス子爵は、芝居がかった仕草で溜息をつき、そしてフレッド男爵の肩に手を置いた。


「安心するが良い。貴族を舐める不届き者を、このコライスが許しておくわけがない」


その瞳の奥に、冷たい光が宿る。


「フレッド男爵、貴殿には直ちに軍の再編を命じる。

兵が足りぬなら、さらに民から徴収せよ。

武器が足りぬなら、商人から買い上げよ。

金がないと言うなら、さらに税を上げればよかろう。手段は問わぬ。

そして、貴殿の軍備が整い次第、このコライスが、そして我が配下のグライフホルン男爵、アイゼンフェルス男爵、そして十騎士家の者たちも兵を出し、大軍でルアン村を完全に殲滅する!

あの者らに、貴族に逆らうことが何を意味するのか、骨の髄まで教えてくれるわ!」


コライス子爵の言葉は、フレッド男爵にとって地獄に仏であった。彼は、深々と頭を下げ、何度も感謝の言葉を繰り返した。


「ありがとうございます!閣下!この御恩は一生忘れませぬ!」


こうして、フレッド男爵はコライス子爵という強力な後ろ盾を得て、復讐の機会を確約された。

だが、その代償は大きかった。

コライス子爵の命令通り、フレッド男爵は領民に対し、これまで以上の重税を課し始めたのだ。

ただでさえ疲弊していた領民たちの生活は、もはや限界に達しようとしていた。


元々、フレッド男爵の領地は、この領都と、港町キンテロ、そして五つの村から成り立っていた。


しかし、ルアン村とドリマ村は完全に離反。キンテロも、表向きは従順を装いつつも、モビック町長の下でルアン村との連携を水面下で強化しており、もはや男爵の支配が及んでいるとは言い難い状態だった。


そして、残る他の村々も、ルアン村の成功とフレッド男爵の圧政強化の噂を聞きつけ、不穏な動きを見せ始めていた。


各地で一揆が頻発するようになり、男爵が派遣する徴税役人も、村人の抵抗に遭い、空手で帰ってくることが増えた。


再軍備は遅々として進まず、フレッド男爵の焦りと怒りは募るばかり。


しかし、彼はコライス子爵の言葉だけを頼りに、ひたすらルアン村への復讐の炎を燃やし続けていた。


こうして、ルアン村とドリマ村が着実な発展を遂げ、新たな希望に満ちていたのとは対照的に、フレッド男爵領は混乱と不満、そして絶望の色を深めながら、年の瀬を迎えることとなった。


雪が降り積もる領都の城で、フレッド男爵は一人、春の雪解けと共に始まるであろう、コライス子爵を中心とした大軍によるルアン村蹂躙の夢想に耽り、歪んだ笑みを浮かべるのだった。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

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