4 シュート記憶を取り戻す 5歳②
「父さん、窯の形はもっとこう…空気の流れを考えて、ここに穴を開けてほしいんだ。そうすれば、もっと効率よく高温で焼けるはずだから」
「なるほど、空気の流れか…言われてみれば、確かに。よし、やってみろう! お前の言う通りなら、薪も節約できるかもしれんな」
父さんは、俺の知識に感心しながらも、早速、土と石で新しい窯を作り始めてくれた。
「兄さん、その赤土、もっと細かく! この石臼で、時間をかけて、サラサラになるまですり潰してくれ! 大変だけど、これが一番大事なんだ!」
「えー、またこの地味な作業かよー! でも、シュートが言うなら仕方ねえな! 任せとけ!」
兄さんは、文句を言いながらも、力強く石臼を引き始めた。
「母さんと姉さんは、砂利を大きさごとに分けてくれるかな? 大きい石と小さい砂を混ぜるのがコツなんだ。細かい作業だけど、お願いできる?」
「はいはい、お安い御用ですよ、シュート先生。私たちに任せなさい」
「うん! 頑張る!」
母さんと姉さんは、楽しそうに笑いながら、丁寧に砂利を選別し始めてくれた。
俺の持つ前世の知識と、5歳児とは思えぬ的確な指示。それに、父さんの長年の経験と職人としての勘、母さんと姉さんの丁寧で細やかな手作業、そして兄さんの有り余る体力が組み合わさることで、ブロック作りは驚くほど効率的に、そして質の高いレベルで進んでいった。以前、俺が一人で半年かかってようやく10個作るのがやっとだったブロックが、今では家族総出で、一日で数十個も作れるようになっていた。
作業の合間には、冗談を言い合ったり、歌を歌ったり。貧しいながらも、家族の絆がより一層深まっていくのを、俺は肌で感じていた。
数週間後、家の補修に十分な量のブロックが完成し、いよいよ改修作業に取り掛かった。俺が描いた簡単な家の図面(壁の補強箇所、床をブロック敷きにする範囲、隙間風が入りやすい窓枠の補強方法など)を元に、作業を進める。父さんと兄さんが古い壁の一部を慎重に壊し、俺が指示する通りに新しいブロックを積み上げていく。
俺は、特別な配合で作った泥(これが天然素材のモルタル代わりになる)をブロックの間に塗りつけ、水平器代わりの水の入った器で傾きを確認する。母さんと姉さんは、材料を運んだり、細かい隙間を泥で丁寧に埋めたりと、後方支援に徹してくれた。
全ての作業が終わった時、我が家は文字通り、見違えるように生まれ変わっていた。壁の隙間は完全に塞がり、デコボコだった土間の床の一部は、平らで頑丈なブロック敷きになった。何よりも劇的に変わったのは、家の中に絶えず吹き込んできていた、あの冷たくて不快な隙間風が、ピタリと止んだことだ。
その夜、ランプの灯りの下で、いつもより少し豪華な(母さんが腕を振るってくれた)夕食の食卓を囲むと、その違いは歴然だった。
「すごいわ、シュート! 本当にすごい! 全然寒くないのよ! 家の中が、こんなに暖かくて静かなんて、初めてだわ!」
母さんが、何度も自分の腕をさすりながら、心底感動したように言った。その目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
「ああ、本当だ。まるで、どこかのお金持ちの石造りの家の中にいるみたいだ。これなら、どんなに寒い嵐が来ても、冬の厳しい寒さも安心して乗り越えられるな! ありがとう、シュート! お前は、我が家の救世主だ!」
父さんも、普段はあまり見せないような満面の笑みで、俺の頭を力強く撫でてくれた。
「シュート、お前、マジですげーよ! 魔法使いみたいだぜ! 俺、弟がこんなにすごいなんて、鼻が高いよ!」
兄さんは、興奮冷めやらぬ様子で、俺の肩をバンバン叩く。
「ありがとう、シュート。これで夜も、寒くて目が覚めることもなく、ぐっすり眠れるわ。本当に嬉しい」
姉さんも、心からの感謝を込めて、優しく微笑んでくれた。
家族全員の、心からの笑顔と感謝の言葉。それが、俺にとって何よりの報酬であり、開発から建設までの一年近くの苦労が全て報われた瞬間だった。俺が持つ前世の知識が、この異世界で、俺の大切な家族の役に立った。その事実が、何よりも、俺の心を温かく満たしてくれた。
「父さん、母さん。このブロック、すごいだろう? だからさ、この作り方の基本を村のみんなにも教えて、この丈夫な石レンガを『ダンテ石』と名付けて、みんなでたくさん作って、村全体の家を良くしないかな?」
俺は、次のステップへと進む提案をした。
「うちだけじゃなくて、みんなの家も少しでも暖かくなれば、きっと喜ぶと思うんだ。冬も越えやすくなるだろうし」
「村のみんなに…? この『特別な石レンガ』を、一緒に作るというのか? 確かに、みんな困っているからな…」
父さんは、村長としての顔で、真剣に考え込んでいる。
「だが、シュート。お前が苦労して見つけ出した技術だぞ? そう簡単に人に教えてしまっていいものか…?」
「いいんだよ、父さん。だって、俺たちもこの村の一員だし、みんなにはいつも助けられてるじゃないか。困った時はお互い様だよ。それに、この石レンガを作る一番大事なコツ――石の混ぜ方(配合比)や、何種類かの特別な粉(混ぜ物)のこと――は、しばらくは俺たち家族だけの秘密にしておけばいい。でも、出来上がったこの丈夫な石レンガをみんなでたくさん作って、村の家を直すことはできるはずだよ」
「……そうか。シュート、お前は本当に優しい子だな…」
父さんは深く頷き、決意したように顔を上げた。
「よし、分かった! 村のみんなに話してみよう! 村長として、この『ダンテ石』…いや、『シュートの石レンガ』と呼ぶべきか…これを使って、村全体の家を良くする計画を立てよう!」
「やりましょうよ、あなた! きっとみんな喜ぶわ!」
母さんも賛成してくれた。
父さんの呼びかけで、村の集会が開かれた。最初は半信半疑だった村人たちも、我が家の生まれ変わった壁や床、そして薪で叩いてもびくともしないブロックを目の当たりにして、驚きの声を上げた。
「こりゃすげえ!」「こんな石が作れるのか!」「ぜひうちの壁も直してくれ!」
村人たちの反応は上々だった。こうして、俺の知識(核心部分は秘匿しつつ)と父さんの指導のもと、村ぐるみでの「家屋補修プロジェクト」が始まった。
俺たち家族が中心となり、村人たちに基本的な材料の準備や土の練り方、型枠の作り方、そしてブロックの積み方を教える。一番肝心な『混ぜ物の種類と配合』は父さんと俺が管理し、家族だけで行うようにした。
こうして、秘密の配合で作られた『特別な石レンガ』を村総出で製造し、各家の補修に使う体制を整えた。男たちは力を合わせてブロックを作り、壁を補修し、女たちは材料を運んだり、食事の準備をしたりして協力する。村全体が、一つの目標に向かって活気づいているように俺には見えた。
数ヶ月後、村のほとんどの家の、特に傷みの激しかった壁や雨漏りのひどい箇所が、新しい「石レンガ」で補修された。完璧ではないかもしれないが、以前に比べれば格段に住み心地が良くなったはずだ。村人たちは、口々に俺たち家族、特に発案者である俺に感謝の言葉を述べ、収穫物の一部や手作りの品々をお礼にと持ってきてくれた。村全体の雰囲気が、以前よりも明るく、そして一体感を増したように感じられた。
「シュートのおかげだ」「ありがとうよ、村長さん一家!」 そんな言葉を聞くたびに、俺の心は温かいもので満たされた。自分の知識が、こんなにも直接的に人の役に立ち、喜んでもらえる。それは、前世ではなかなか味わえなかった、大きな喜びだった。
それと同時に、俺はもう一つの準備も始めていた。村の家屋補修プロジェクトが軌道に乗ってきた頃を見計らい、家の裏手にある少し開けた場所で、個人的な鍛錬を始めたのだ。手頃な木の枝を剣に見立てて振るう。
(剣の鍛錬だ。これも、絶対に怠るわけにはいかない)
記憶を取り戻した今、この世界が単に貧しいだけでなく、危険も伴う場所であることを理解していた。村の大人たちの話の端々に出てくる、「ゴブリン」や「牙猪ファングボア」といったモンスターの存在。そして、10歳になると全ての子供が受けるという「鑑定の儀」。そこで、その後の人生がある程度決まってしまうという。
これから何が起こるか分からない。自分の身は、自分で守れるようにしなくてはならない。そして何より、いつか蒼依と再会できた時、今度こそ、俺が彼女を守れるだけの力が欲しいのだ。
幸い、前世では幼い頃から父の道場で剣道を叩き込まれていた。その基本動作や精神は、体に深く染み付いている。今の5歳の体では、体力も筋力も全く足りないが、それでも、基本の型や素振りなら、今からでも始められるはずだ。
俺は、拾ってきた手頃な木の枝を、竹刀を握るように両手でしっかりと握りしめ、前世の記憶を頼りに、すり足、構え、そして素振りを繰り返す。最初は、体の小ささや筋力の無さから、動きはぎこちなく、すぐに息が上がってしまった。木の枝も、竹刀とは重さもバランスも全く違う。だが、一振り一振りに集中し、正しいフォームを意識しながら、何度も何度も繰り返した。
そんなある日のことだった。いつものように素振りを繰り返していると、背後から視線を感じた。
「シュート、何してるんだ?」
振り返ると、そこには兄のルカオンと姉のシャナイアが、不思議そうな顔をして立っていた。
「うわっ!? に、兄さん、姉さん…!」
見られた…! こっそりやっていたつもりだったのに。まずい、子供の遊びだと思われて、また変な目で見られるかもしれない。
「変な動きだな」「木の棒振り回して、面白いのか?」
兄姉は、俺の奇妙な行動に首を傾げている。
「これは…その、体を鍛えてるんだ。強くなるために」
俺は、少ししどろもどろになりながら答えた。
「強くなるため? なんでだ?」
ルカオン兄さんが尋ねる。
「それは…いつか、父さんや母さん、兄さんや姉さん…みんなを守れるようになりたいからだ。それに、この村だって、いつモンスターに襲われるか分からないだろ?」
(半分は本当の理由、半分は建前だ。蒼依のことを話すわけにはいかないからな…)
俺の真剣な言葉に、兄さんと姉さんは顔を見合わせた。
「ふーん…シュートが、俺たちを守る、ねえ…」
ルカオン兄さんは腕を組んで少し考える素振りを見せた。
「まあ、ダンテ石といい、お前、最近ちょっと変わってるしな。よし、面白そうだ! 俺もやる!」
「えっ?」
「だって、シュートだけ強くなるのはずるいだろ! 俺だって、土いじりだけじゃなくて、戦えるようになりたいんだ! 父さんみたいに!」
ルカオン兄さんは、力強く拳を握る。
「私もやるわ!」
シャナイア姉さんも、きっぱりと言った。
「シュートが家族を守りたいって言うなら、私も手伝う。それに、私も強くなりたい。母さんみたいに、ただ守られるだけじゃなくて…ね」
彼女は優しく微笑む。
「兄さん…姉さん…」
まさか、こんなにすんなり受け入れてくれるとは。俺は驚きと、少しの感動を覚えた。そうだ、一人で抱え込む必要はないんだ。この頼もしい兄と姉となら、一緒に頑張れるかもしれない。村のためにも、その方がいいはずだ。
「…分かった。じゃあ、一緒にやろう! ただし、俺の言うことはちゃんと聞いてもらうぞ? 結構厳しいからな!」
「「うん!!」」
こうして、俺の秘密の特訓は、兄姉を巻き込んだ「家族強化プロジェクト」へと変わった。
まずは体力作りからだ。素振りだけではすぐにバテてしまう。
「走るぞ!」
「「ええー!?」」
俺たちは村の周りを走り始めた。ルカオン兄さんは体力はあるが走り方は滅茶苦茶、シャナイア姉さんはすぐに息を切らす。それでも、二人とも必死でついてきた。
「次はこれだ!」
俺は地面に寝転がり、腹筋運動や腕立て伏せ、スクワットなどをやってみせた。
「な、何それ!?」「変な動き!」
二人は初めて見る動きに目を丸くしている。
「いいから、やってみて! 強い体を作る基本だよ!」
「うぐぐ…きつい…」「体が痛いよー!」
俺が前世で得た基礎体力トレーニングの知識を教え込む。それは、この村の子供たちが普段やるような、ただ駆け回ったり木に登ったりするのとは全く違う、体系的な訓練だった。
そんな俺たちの奇妙な訓練を、しばらく遠巻きに見ていた人影があった。村一番のわんぱく坊主で、シャナイア姉さんと同じ6歳のジャンと、その妹で俺と同い年のリリーだ。彼らは村の猟師の子供で、兄妹揃って身軽で勘が良い。
「おーい! シュートたち、何やってんだー?」
ある日、ジャンが声をかけてきた。リリーも隣で興味深そうにこちらを見ている。
「体力作りだよ。強くなるための訓練だ」
「訓練!? すげえ! 俺たちも混ぜてくれよ! な、リリー!」
ジャンは目を輝かせている。
「うん! 私もやりたい! シュート、教えて!」
リリーも元気よく手を挙げる。
「私たち、大きくなったら絶対に冒険者になるんだ! 強いモンスターを倒して、お父さんみたいにかっこよくなるの!」
「冒険者か…」
またその言葉を聞いたな。
「おう! だからシュートたちも一緒になろうぜ! みんなでやれば楽しいし、最強だ!」
「私もシュートや、お兄ちゃんたちと一緒がいい!」
ルカオン兄さんとシャナイア姉さんも、反対する様子はない。むしろ、仲間が増えることを歓迎しているようだ。
(仲間か…悪くない。それに、猟師の子なら、体力もあるし、何かと頼りになりそうだ)
「よし、じゃあ一緒にやろうか! その代わり、ちゃんと最後まで続けるんだよ?」
「「うん!!やったー!!」」
ジャンとリリーが加わり、俺たちのトレーニングはさらに活気づいた。ジャンは持ち前の体力と負けん気の強さで、きつい訓練にも音を上げない。リリーは兄ほど体力はないものの、動きの覚えが早く、身軽だ。
こうして、俺とルカオン兄さん、シャナイア姉さん、そして猟師兄妹のジャンとリリーという、ちょっと変わった組み合わせの「未来の守り手(仮)」育成計画は、地道な基礎体力トレーニングから始まった。そして、村での「特別な石レンガ」による家屋補修も順調に進み、俺の異世界での人生は、家族と、新しい仲間たちと共に、確実に動き出していた。
(蒼依、待っていてくれ。必ず、お前を探し出す。そして、今度こそ、俺が君を守るから――)
お付き合いいただき、誠にありがとうございました。
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