思い出話
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周囲の村人たちが何事かとざわめき、父であるダンテが訝しげな顔でシュートを見、ライカとマリンさんが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
その異様な雰囲気を破ったのは、やはりダンテの声だった。
「…シュート。あの娘は…知り合い、なのか?」
父さんの問いかけに、シュートは涙を拭い、しかし未だ感極まった様子で、力強く頷いた。
「うん…! 知り合いなんてもんじゃない…俺が、ずっと探し求めていた大切な人なんだ!」
「なんと…」
ダンテは驚きに目を見張り、そして土塁の下で立ち尽くす私たちを改めて見つめた。
その目には、もう先程までの厳しい警戒心はなく、代わりに深い同情と、そして神子たる息子が探し求めていた相手だという事実への納得の色が浮かんでいた。
「そうか…ならば、話は別だ。門を開けよ! アオイ殿と、その連れの方々を、客人として村の中へお通ししろ!」
父さんの指示で、門扉が、ゆっくりと開かれる。
ライカとマリンさんに支えられるようにして、私は夢見心地のような、それでいて確かな現実感と共に、七年ぶりに再会した彼のいる村へと、足を踏み入れた。
村の中は、質素ではあるが、清潔で、活気に満ちていた。
人々は皆、私たちを好奇と、そしてシュートの知り合いということであろう、少しの敬意と温かさを持って迎えてくれた。
フレッド男爵領の、あの淀んだ空気とは全く違う、健全な共同体の匂いがする。
私たちはシュートの家…村長の家であり、村で一番しっかりした造りの、「ダンテ石」で補強された暖かい家へと案内された。
シュートの母マイアさん、兄のルカオンさん、姉のシャナイアさんが、驚きながらも優しく私たちを迎え入れ、温かい飲み物と、着替えまで用意してくれた。
追われる身であることを簡単に説明すると、彼らは何も深くは聞かず、「大変だったでしょう。ゆっくり休んでください」と、心からの労りの言葉をかけてくれた。
この家族の温かさは、シュート自身の纏う雰囲気からも伝わってくるようだった。
客間に通され、ようやく人心地ついたところで、シュートと二人きりになる時間を得た。ライカとマリンさんは、別室で休ませてもらっている。
改めて向かい合うと、言葉が出てこなかった。七年という歳月。互いがどんな日々を過ごしてきたのか、聞きたいことは山ほどあるのに、溢れる感情が邪魔をする。
「蒼依…本当に、本当に、蒼依なんだな…?」
先に口を開いたのはシュートだった。その声は、まだ震えている。
「はい…朱斗さん…いえ、シュートさん…私も…信じられなくて…」
私の声も、涙で掠れていた。
「無事で…本当によかった…! 心配してたんだぞ、ずっと…!」
「シュートさんこそ…! 私、ずっと…ずっと、あなたに会いたくて…!」
どちらからともなく、私たちは歩み寄り、そして、子供のように、ただただ互いの無事を喜び、肩を抱き合って涙を流した。
言葉にならない想いが、温かい涙と共に流れ落ちていく。
どれだけの時間が経っただろうか。
ようやく落ち着きを取り戻した私たちは、少し離れて互いの顔を見つめ合った。
「あの狐が…やっぱり、繋いでくれたんだな」
シュートが、感慨深げに呟いた。
「ええ…伊奈帆が、あなたの手紙を…。そして、私の返事を…」
「伊奈帆…?」
「私が勝手に呼んでいるだけよ。でも、彼はただの狐じゃないわ。きっと…」
「ああ、俺もそう思う。あいつは、この日ノ本神社の…お狐様、神様の使いなんだと思う」
シュートは、丘の上に見える小さな社の方を見やりながら言った。
「実はな、あの神社、俺が設計して、ルカオン兄さんが今年の初夏に建ててくれたんだ。
神様のお告げがあってね。あの日、俺がお狐様に手紙を託さなかったら…
そして、蒼依があのお狐様…伊奈帆を信じて返事を託してくれなかったら、こうして会うことはできなかったかもしれない」
「まあ…シュートさんが設計して、ルカオンさんが…? すごいわ…!本当に…神社のおかげなのね…」
私は、目に見えない大きな力への感謝と、彼の持つ不思議な力への驚きを新たにしていた。
「そうだ、蒼依。神社に行ってみないか? きっと、お狐様も待ってる。それに、蒼依も懐かしい気持ちになるかもしれない」
シュートの誘いに、私は頷いた。
彼に案内され、私たちは再び外へ出て、村を見下ろす丘の上に建てられた「日ノ本神社」へと向かった。
丘を登るにつれて空気が澄んでいくのを感じる。
辿り着いた先にあったのは、決して大きくはないけれど、手入れが行き届き、清浄な空気に満ちた質素な社だった。
真新しい白木で作られた赤い鳥居、苔むした古い石灯籠(これは元からあったそうだ)、そして社の前に鎮座する一対の狛犬のような石像。
その光景は、驚くほど私の故郷、日本の神社を思わせた
。異世界に、こんなにも心が安らぐ、懐かしい場所があるなんて…! 私は思わず目頭が熱くなるのを感じ、社の前で深々と頭を下げた。
「どうしたんだ、蒼依?」
シュートが心配そうに覗き込む。
「ううん、なんでもないの。ただ…少し、故郷を思い出して…とても、素敵な神社ね」
涙を拭いながら微笑む。
そして、社の前には…やはり、伊奈帆が静かに座り、私たちを待っていた。
彼は私を見ると小さく「コン」と鳴き、そしてシュートにも警戒する様子なく、むしろ親しげに尻尾を振っている。
「やっぱり、ここにいたんだな。ありがとう、お狐様」
シュートが優しく声をかけると、伊奈帆は嬉しそうに彼の足元にすり寄った。
その時、伊奈帆がふと顔を上げ、社の奥、本殿に静かに安置されている一つの水晶玉をしきりに見つめ始めた。
それは、ただの水晶玉ではない。
以前シュートがお狐様から授かったという水晶玉は、まるで神社のご神体として祀られているかのように、厳かで神秘的な輝きを放っていた。
「伊奈帆…? あの水晶が気になるのか?」
シュートが尋ねるが、伊奈帆はただ水晶を見つめ、「コン」と小さく鳴くだけだ。
「…あの水晶、何か特別なものなのかもしれないな」
シュートは、水晶をじっと見つめながら言った。
「今日、こうして俺たちが再会できたことも、この水晶…いや、この神社が示す、何か、新しいことが始まる一つの節目なのかもしれない…そんな予感がするんだ」
しばらくの間、二人は言葉もなく、神社の境内から眼下に広がるルアン村の穏やかな風景を眺めていた。
夕餉ゆうげの支度したくなのだろうか、いくつかの家からは細く白い煙が立ちのぼり、子供たちの元気な声が風に乗って微かすかに聞こえてくる。
それは、アオイが長い間焦こがれてやまなかった、平和で、温かい日常の光景だった。
「ねえ、シュートさん…」
アオイが、不意にシュートの顔を見上げた。
「こんな時に不謹慎かもしれないけれど…少し、昔の話をしてもいいかしら?」
「昔の話?」
シュートは、アオイの少し寂し気な、それでいて懐かしさを湛たたえた瞳を見て、優しく頷いた。
「ああ、もちろんだ。俺も、聞きたいことがたくさんある。それに…蒼依と、こうしてゆっくり話せるのが、まだ信じられないくらいなんだ」
二人は神社の縁側に並んで腰を下ろし、遠い日の記憶を手繰たぐり寄せ始めた。
「私たちが初めて会ったのって、大学の道場だったわよね」
アオイが、微かに頬を染めながら言った。
「ああ、覚えてる。俺は剣道部と、あとは古武術研究会で合気道の真似事みたいなことをしていて…蒼依は、確か弓道部だったよな?」
「ええ。それと、薙刀も少し。母や祖母から、神社の奉納演武のためにって、小さい頃から叩き込まれていて」
アオイは、どこか遠くを見るような目をした。
「シュートさんは、その頃から強かったわ。竹刀を持った時の気迫が、他の人とは全然違っていて…試合で初めて手合わせした時、あっという間に一本取られたのを覚えてる」
「そんなことないって。蒼依だって、弓を引く姿は凛として綺麗だったし、薙刀の稽古も、いつも真剣だったじゃないか。俺の方こそ、蒼依の集中力にはいつも感心してたんだ」
シュートは、少し照れくさそうに頭を掻かいた。
「卒業してからは、シュートさんのご実家の道場で、毎週のように稽古させてもらっていたわよね」
アオイが懐かしそうに目を細めた。
「お父様も優しくて、いつも歓迎してくださって」
「ああ、親父も蒼依が来るのを楽しみにしてたみたいだしな。
俺も、蒼依と毎週手合わせできるのが、社会人になってからの数少ない楽しみの一つだったよ。
蒼依の薙刀の鋭さには、いつもヒヤヒヤさせられてたけど」
言葉を選びながら、二人は一つ一つ、大切な記憶の欠片かけらを拾い集めるように語り合った。
楽しかったこと、大変だったこと、些細ささいなすれ違いや、言葉にはできなかった想い。
それは、異世界で孤独に耐え、必死に生きてきた二人にとって、何物にも代えがたい癒いやしの時間だった。
そして、話は自然と、あの運命の日に向かっていった。
「最後に…私たちが会った日、覚えてる…?」
アオイの声が、微かに震えた。
シュートは、黙って頷く。
忘れられるはずがない。
脳裏には、あの日の出来事が鮮明に焼き付いている。
「あの日は…シュートさんが、勇気を振り絞って映画に誘ってくれたのよね。確か、派手なアクション映画」
アオイが、ふふっと小さく笑った。
「あ、ああ…よく覚えてるな。柄にもなく緊張しちまってさ。でも、映画、面白かったよな?」
シュートは、少し顔を赤らめながら、早口に言った。当時の自分としては、渾身の勇気を振り絞った誘いだったのだ。
「ええ、とっても!ハラハラドキドキして、あっという間だったわ」
アオイは、楽しそうに頷いた。
「そのあと、私の実家の神社に、お礼参りに行ったのよね。映画が無事に終わって、今日一日、何事もありませんようにって」
「そうだったな。夏祭りとかでもないのに、なんでまた神社に、って聞いたら、蒼依が『日々の感謝を伝えるのは大切なことなの』って、真面目な顔で言うからさ」
「だって、本当のことですもの。それに、あの日は何となく…行っておきたかったのよ」
アオイは、少し遠い目をした。
「そして…お参りを済ませて、顔を上げたら…急に空が暗くなって、雷が…」
アオイの言葉が、そこでふと途切れた。
まるでその瞬間の衝撃を再び感じたかのように。
シュートも息を呑み、彼女の次の言葉を待った。
「あの時…雷が落ちる直前、何か聞こえなかった…?」
アオイが、思い出すように眉をひそめた。
「私は、確かに聞いたの。『来たれ』って…男の人のような、でも人じゃないような…不思議な声を」
「『来たれ』…?」
シュートは、はっとしたようにアオイを見た。
「俺も…何か聞こえたような気はしたんだ。でも、あまりに一瞬の出来事だったから、雷鳴のせいかと思っていた…でも、蒼依も聞いていたなら…」
あの瞬間。
全てが閃光せんこうに包まれ、意識が遠のいていく感覚。
そして次に目覚めた時には、この見知らぬ世界にいた。
「まさか、あの雷で…二人とも、こっちの世界に来てしまうなんてね…」
アオイは、空を見上げながら、絞り出すように言った。
「あの声は、一体何だったのかしら…」
「分からない…でも、一つだけ確かなことがある」
シュートは、アオイの小さな手を、そっと握った。
「俺たちは、こうして再会できた。それだけは、紛れもない事実だ」
握られた手の温ぬくもりに、アオイは涙が込み上げてくるのを感じた。
七年間の孤独と不安が、その温もりによって溶けていくようだった。
「ええ…そうね。また、こうして…シュートさんと話せてる。それだけで、私は…」
言葉に詰まるアオイの肩を、シュートは優しく抱き寄せた。
「辛かったな、蒼依。一人で、よく頑張った」
「シュートさんこそ…!」
もう、言葉は必要なかった。
二人はただ静かに寄り添い、七年という長い歳月が生んだ溝を埋めるかのように、互いの存在を確かめ合っていた。
シュートは、アオイの髪の匂いや、肩の温かさを感じながら、胸の奥から込み上げてくる愛いとおしさに、どうしようもない気持ちになった。
好きだ、と。
ずっと好きだった、と。
今すぐこの想いを伝えたい。
けれど、言葉が出てこない。
こんな状況で、自分の気持ちを押し付けていいのだろうか。
アオイは、フレッド男爵からの追手におびえ、心も体も疲れ切っているはずだ。
今は、彼女が心から安心できる場所を作ること、彼女を守ることの方が大切なのではないか。
そんな葛藤が、シュートの口を重くする。
アオイもまた、シュートの腕の中で、彼の温もりと優しさを感じていた。
日本にいた頃から、ずっと彼に惹かれていた。
この再会は奇跡だ。彼がここにいる。
それだけで、どんな困難も乗り越えられる気がした。
日が完全に落ち、空には満月が優しく輝き始めていた。
「そろそろ戻ろうか。きっと、みんな心配してる」
シュートが、名残惜しそうに、しかし努めて普段通りの声で呟いた。
その声には、伝えられない想いが微かに滲にじんでいたが、アオイは気づかないふりをした。
今は、この再会をただ喜びたかった。
「ええ」
アオイも頷き、シュートの温もりを感じながら、もう一度だけ、故郷の空に思いを馳せるのだった。
あの雷が何だったのか、あの声が何を意味するのか、その答えはまだ見つからない。
けれど、二人でいれば、きっとどんな困難も乗り越えられる。
そして、いつかその答えに辿り着ける日が来るかもしれない。
そんな予感を胸に、二人はゆっくりと立ち上がり、温かい灯が待つシュートの家へと、肩を並べて歩き始めた。
シュートは、アオイの隣を歩きながら、いつか必ず自分の気持ちを伝えようと、月明かりの下で固く心に誓うのだった。
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