アオイ逃走中②
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木の洞での短い休息。
交代で不寝番に立ち、私は神経を研ぎ澄ませていた。
ライカとマリンさんは、疲労困憊の様子で、今は浅い眠りについている。
夜の森は、昼間とは全く違う顔を見せる。
闇に蠢めく気配、遠くで響く不気味な鳴き声、そして常に感じる、追手の存在への不安。
手にした以前街で作ってもらった本物の薙刀の冷たさだけが、現実感を繋ぎ止めてくれるようだった。
隣で丸くなっていた伊奈帆は、眠っているように見えても、その耳は絶えず微かな音を拾っている。
と、突然、伊奈帆がガバッと身を起こした!
全身の白い毛が逆立ち、喉の奥から低い唸り声が漏れている。
その視線は、洞窟の外、森の奥の一点を鋭く捉えていた。
(敵!?)
その尋常でない警戒態勢に、私は即座にライカを揺り起こした。
「ライカ、起きて! 何か来る!」
「…っ! はい!」
ライカも瞬時に飛び起き、短剣を構える。マリンさんも目を覚ましたが、私は目で「隠れていて」と合図を送った。
彼女の役目は、万が一の時にロバを守ることだ。
私とライカは、伊奈帆の視線の先、月明かりが僅かに差し込む森の闇へと意識を集中させる。
ゴソッ…ゴソッ…と、重い何かが地面を踏みしめる音。
そして、木々の間から、二つの巨大な影が現れた!
(大きい…! オークよりも、ずっと…!)
それは、私が本でしか見たことのない魔物だった。
ずんぐりとした巨体に、醜く歪んだ顔、そして肩には巨大な棍棒を担いでいる。緑色というよりは、土気色に近い、分厚く硬そうな皮膚。
「オーガ…?」
私の口から、思わずその名が漏れた。それも、二匹。
ゴブリンやコボルド、ホブゴブリンとは比較にならない、圧倒的な威圧感。
なぜ、こんな森の奥深くに…? いや、今はそんなことを考えている場合ではない!
「グルオオオオォォォ!!」
私たちの存在に気づいたのか、オーガの一匹が、腹の底から響くような咆哮を上げ、その巨体に見合わぬ速度で突進してきた!
地面が揺れる!
「伊奈帆!」
私が叫ぶより早く、白い閃光が動いた!
伊奈帆が、オーガの突進を迎え撃つように飛び出したのだ!
その瞬間、彼の姿が明らかに変化した!
ふわりとしていた二本の尾が大きく膨らみ、全身の毛が淡く輝き、両目には妖しい金色の光が宿る!
それはもはや、ただの狐の姿ではなかった!
「コンッ!!」
鋭い鳴き声と共に、伊奈帆の前足から、白く燃えるまさに狐火のような炎の塊が放たれる!
それはオーガの顔面で炸裂し、視界を奪う!
「グオッ!?」
怯んだオーガに、伊奈帆は目にも止まらぬ速さで飛びかかり、その鋭い爪と牙で分厚い皮膚を切り裂き、肉を抉る。
まるで白い幻影が舞うように、オーガの巨体を翻弄している!
これが、伊奈帆の本当の力…!?
「ライカ! もう一匹をやるわよ!」
呆然としている暇はない。
もう一匹のオーガが、棍棒を振り上げ、私たちに向かってくる。
私は薙刀を構え、『流水槍術』の歩法で棍棒の薙ぎ払いを紙一重でかわす。
風圧だけで体がよろめきそうだ。
「『アクアランス』!」
水の槍を生成し、オーガの目を狙って放つ!
だが、オーガは顔を腕で庇い、槍は腕に浅く突き刺さっただけだった! 硬い!
「ライカ、援護を!」
「はい! 『ウィンドカッター』!」
ライカが風の刃を連射し、オーガの足元や関節を狙う!
致命傷にはならなくても、動きを阻害し、注意を引きつけることはできる。
彼は、以前入手した兵士の剣を抜き、オーガの攻撃を捌きながら、隙を見て短剣での攻撃も試みているが、オーガの皮膚は硬く、なかなか有効打を与えられない!
(伊奈帆の方は…!?)
ちらりと目をやると、伊奈帆は狐火と幻術のような動きでオーガを翻弄し、確実にダメージを与えているようだが、相手も巨体とパワーで抵抗し、決定打には至っていない。
(まずい…このままではジリ貧だわ…!)
オーガが再び棍棒を振り下ろす!
私はバックステップで回避。
その瞬間、ライカがオーガの背後に回り込み、剣でアキレス腱を狙う!
「グオッ!」
僅かに体勢を崩したオーガ!
(今だ!)
私は、薙刀の石突きで地面を強く蹴り、体重を乗せて穂先をオーガの脇腹、鎧の隙間と思われる箇所へと全力で突き込んだ!
ズブリ! という鈍い手応え!
「グゴオオオオッ!?」
オーガが苦痛に咆哮し、私を薙ぎ払おうと腕を振るう!
私はすぐさま薙刀を引き抜き、後方へ跳躍!
それとほぼ同時に、伊奈帆が戦っていたオーガの方から、断末魔の叫びが上がった!
見ると、伊奈帆がオーガの喉笛に喰らいつき、その首をねじ切るように引き裂いていた!
白い毛並みが返り血で赤く染まっている!
残るは一体! しかも深手を負っている!
「ライカ! 伊奈帆! 一気に行くわよ!」
私とライカ、そして一匹目のオーガを仕留めた伊奈帆が、三方向から最後のオーガへと襲い掛かる。
伊奈帆の狐火が視界を奪い、ライカの風が動きを止め、そして私の薙刀が、水の魔力を纏ってその心臓を貫いた!
「……ゴ……フッ……」
巨体が、ゆっくりと、地響きを立てて倒れ伏した。
「…………はぁ…はぁ…はぁ……」
オーガの死体が転がる森の中に、私たちの荒い息遣いだけが響く。
私もライカも、全身汗だくで、肩で息をしている。
伊奈帆も、膨らんで大きくなった二本の尾を揺らしながら、少し疲れた様子で佇んでいた。
マリンさんが、木の洞から心配そうに顔を出す。
かろうじて、勝った…。
本当に、紙一重の勝利だった。
伊奈帆の、あの想像を絶する力がなければ、どうなっていたか…。
(伊奈帆…あなた、一体何者なの…?)
私は、白い毛並みに付着した血を舐めとっている伊奈帆を見つめながら、その底知れない存在に、改めて畏敬の念を抱いていた。
「…感傷に浸っている暇はないわね。すぐに魔石と素材を回収して、ここを離れるわよ。オーガの匂いを嗅ぎつけて、他の魔物が寄ってくるかもしれない」
私たちは、疲れた体に鞭打ち、ライカと共にオーガの死体へと近づいた。
オーガの魔石は、オークのものよりさらに大きく、濃い魔力を宿している。
皮や牙も、何かに使えるかもしれない。
これらも貴重な資金源、あるいは装備の材料になるだろう。
手早く戦利品を回収し、再び夜の森へと足を踏み出した。
今夜見つけた安息の場所は、もはや安全ではない。
休む間もなく、私たちは北へ、朱斗さんのいるかもしれない場所へと、再び歩みを進めるしかなかった。
伊奈帆の本当の姿、そしてこの先の過酷な道のり。
考えなければならないことは山積みだが、今はただ、生き延びるために、前へ進むだけだった。
昼は薄暗い木漏れ日の下を、夜は僅かな星明かりと伊奈帆の白い姿を頼りに歩く。
道なき道を踏み分け、時には険しい崖を迂回し、冷たい沢を渡る。
食料は最低限の保存食で済ませ、水は私が魔法で生成するか、綺麗な沢を見つけて補給した。
交代で短い仮眠を取りながらも、疲労は確実に蓄積していく。
そんな過酷な逃避行が、一週間続いた頃だった。
鬱蒼とした森が不意に途切れ、私たちは日の光が差し込む、開けた場所に出た。
そこにあったのは、かつて人の営みがあったことを示す、打ち捨てられた村の残骸だった。
家々は半ば崩れ落ち、屋根には苔が生え、道だった場所は雑草に覆われている。
だが、石造りの基礎や、かろうじて形を保っている建物もいくつか見える。
そして、村の周囲には、朽ちてはいるが、防御用だったと思われる低い石垣や堀の跡も残っていた。
(廃村…? でも、ここは…雨風をしのぎ、少しの間だけでも安全に休息するには、もってこいかもしれないわね)
しかし、その廃墟には、新たな住人が巣食っていた。
建物の陰から、緑色の汚らしい肌をしたゴブリンが数匹、こちらを睨み、キーキーと警戒音を発している。
さらに奥からは、ゴブリンより一回り大きく屈強なホブゴブリンの唸り声や、粗末な武器を打ち鳴らす音、そして一際大きな、ゴブリンキングと思しき個体の、腹の底から響くような咆哮も聞こえてくる。
どうやら、この廃村は彼らの巣窟と化しているようだ。
「…ゴブリンに、ホブゴブリン、それにキングまでいるようね。厄介な連中が根城にしているわ」
「数は…ざっと見て、30前後でしょうか。ホブゴブリンが5、6匹…キングらしき個体も確かに見えます」
ライカが、短剣の柄に手をかけ、警戒しながら周囲を見渡し、冷静に報告する。
オーガに比べれば一体一体は格段に劣る。
だが、数が多く、連携して襲ってくれば厄介だ。
特に、キングが兵士ゴブリンを統率している場合、単なる烏合の衆ではなくなる。
油断すれば足元をすくわれかねない。
「アオイ様、どうしますか? 一度迂回して…」
マリンさんがロバの上から不安そうに尋ねる。
「いいえ」
私は薙刀を構え直した。その切っ先を、廃村の中心へと向ける。
「ここを、私たちの一時的な拠点にする。そのためには、まず鬱陶しい先住者を追い出す『大掃除』が必要でしょう?」
長旅で疲労は溜まっている。
だが、ここで安全な休息地を確保することは、今後のためにも不可欠だ。
それに、この程度の相手に怯えているようでは、この先到底生き残れない。
私とライカの実力を試し、連携を再確認する良い機会でもある。
私は、隣にいた伊奈帆に向かって言った。
「伊奈帆、あなたは見ていてちょうだい。周囲を警戒し、万が一、他の魔物や追手が近づいたら知らせて。
ここの雑魚たちは、私とライカで片付けるわ」
オーガ戦で、伊奈帆の力が尋常ではないことは分かった。
だが、その力の源や限界はまだ未知数だ。軽々しくその力に頼るべきではない。
(それに、私とライカも、あの戦いを経て確実に成長している。この程度の相手なら、私たちだけでも対処できるはずだし、そうすることで、さらに力を高める必要がある。
伊奈帆の力は、本当に危険な時のために温存しておくべきだわ)
伊奈帆は、私の意図を理解したように「コン」と短く鳴き、少し離れた場所にある、見晴らしの良い崩れかけた石造りの建物の屋根へと、音もなく軽やかに飛び乗った。
その姿は、まるで戦場を見守る指揮官のようだ。
「ライカ、行くわよ! まず数を減らす! 雑魚は私がまとめて吹き飛ばすわ!
あなたは生き残ったホブゴブリンとキングを警戒して!」
「はいっ!」
ライカも剣と短剣を抜き放ち、風魔法を発動する準備を整える。
私は深呼吸し、体内の魔力を練り上げる。
両手に水の魔力を集中させ、それを一気に解放する!
この廃村全体に響き渡るように、広範囲の制圧魔法を!
「『ワイド・アクアブラスト』!!」
私を中心に、激しい水流の衝撃波が放射状に広がり、廃村の中を駆け巡る。
水は瓦礫を跳ね上げ、朽ちた木材を砕き、油断していたゴブリンたちを容赦なく飲み込んでいく!
水飛沫が上がり、泥が跳ね、建物の壁に叩きつけられる鈍い音が響く!
「ギャアアッ!」
「ブゴッ!?」
「ギギィィィ!!」
水の奔流に巻き込まれ、壁や瓦礫に叩きつけられるゴブリンたちの断末魔の悲鳴があちこちから上がる!
水飛沫が上がり、泥が跳ね、一瞬にして廃村の前半部分は水浸しになり、それだけで半分以上のゴブリンが戦闘不能に陥った!
「残りはホブゴブリンとキング、それに数匹のゴブリンね! ライカ!」
「お任せを! 『ゲイル・スラッシュ』!」
私の魔法を生き残り、あるいは物陰に隠れていたホブゴブリンたちが、混乱から立ち直り、怒りの形相で棍棒や粗末な斧を振りかざして襲い掛かってくる。
だが、それらは全てライカが風のように舞いながら対処した。
「遅い!」
彼は風魔法で自身の速度を上げ、ホブゴブリンの攻撃を紙一重でかわしながら、複数同時に放たれる鋭い風の刃『ウィンドカッター』を連射する。
風刃はホブゴブリンの鎧の隙間や関節を狙い、動きを確実に削いでいく。
一体が風刃に怯んだ隙を見逃さず、懐に飛び込むと、兵士から鹵獲した剣と短剣を巧みに使った二刀流で、喉元や心臓といった急所を的確に突いていく。
まさに、風刃乱舞!
ライカの動きは、オーガ戦の時よりもさらに洗練され、力強さを増していた。彼の剣が閃くたびに、ホブゴブリンが一体、また一体と血飛沫を上げて倒れていく。
「グルル…キシャアアアッ!」
最後に残ったのは、一際大きな体躯を持ち、歪んだ鉄兜を被り、禍々しい黒光りする鉄の剣を構えたゴブリンキングだった。
その周囲には、まだ数匹のゴブリンが盾となるように侍っている。
「グルオオオオッ! オマエラ…コロシテヤル!!」
仲間をやられた怒りで、ゴブリンキングが配下のゴブリンたちに突撃命令を出す! キーキーと奇声を発しながら、ゴブリンたちが私とライカに向かってくる!
(鬱陶しい!)
私は弓を構え、炎の魔力を込めた特殊な矢を番える。
オークの宝箱から手に入れた、貴重な魔法の矢だ。
狙いを定め、引き絞った弦を一気に放つ!
ヒュオッ! 炎を纏った矢が、ゴブリンの群れの中心に着弾し、小さな爆発を起こす!
「ギィヤアアア!?」
炎と衝撃でゴブリンたちが吹き飛び、混乱に陥る!
その隙にライカが風魔法でさらに追い打ちをかけ、残ったゴブリンは散り散りになって逃げ出した。
これで、邪魔者はいなくなった。
残るは、キングただ一体。ゴブリンキングは、怒りに目を赤く染め、その巨大な黒鉄の剣を振りかざし、私に向かって猛然と突進してきた!
(火には強いかもしれない…なら!)
私は弓を捨て、相棒の薙刀を手に、迎え撃つ。
『流水槍術』の流れるような体捌きで、ゴブリンキングが力任せに振り下ろす剣を紙一重でかわし、同時に薙刀の石突きでキングの膝裏を強かに打ち据える!
「グッ!?」
キングが一瞬よろめいた!
「ライカ!」
「『エア・ステップ』!」
ライカが風の力で跳躍し、キングの背後に回り込む。
そして剣で背中を切りつけるが、キングの粗末な鎧に阻まれ、浅い傷しか与えられない。
「チィッ!」
キングが振り返り、ライカに剣を薙ぎ払う! ライカは再び風を使い、後方へ飛び退く。
(手強い…! ただのゴブリンキングじゃないかもしれない…動きに無駄が少ない。それにあの剣…業物ではないけれど、ただのゴブリンが持つには不釣り合いだわ)
キングの動きは、ただのゴブリンの親玉にしては洗練されている。
私は薙刀を構え直し、キングと正対する。
「あなたも、私たちが憎くて、殺したいのでしょう? ならば、こちらも全力で行かせてもらうわ!」
水の魔力を薙刀の穂先に集中させる。
蒼い光が螺旋を描きながら集束していく。
研ぎ澄まされた水流が、薙刀の刃と一体化する!
「『穿水・螺旋突き』!」
薙刀の基本の突きに、水の魔力を回転させながら乗せた応用技!
穂先が高速で回転し、水を纏った鋭い切っ先が、キングの鎧の隙間、心臓部を目掛けて一直線に突き進む!
「グオオオッ!?」
キングは咄嗟に黒鉄の剣で受け止めようとするが、回転する水の力が剣を滑らせ、穂先は狙い通り、キングの胸の奥深くへと突き刺さった!
「グ…ガ……ア……」
ゴブリンキングは、信じられないものを見るような目で私を見つめ、口からごぼりと黒い血を吐き出し、そして、ゆっくりと前のめりに崩れ落ちた。
「…ふぅ」
廃村に、再び静寂が戻った。
伊奈帆が屋根から音もなく飛び降りてきて、私の足元にすり寄り、「コン」と短く鳴いた。
周囲に他の敵がいないことを知らせてくれているのだろう。マリンさんも、隠れていた場所から安堵の表情で出てきた。
「終わったわね」
私とライカは、互いの健闘を称えるように頷き合った。
ライカの額には汗が光り、息も上がっているが、その目には確かな自信が宿っている。
疲労は大きいが、この廃村を確保できた意義は大きい。
私たちは、手早く魔石を回収した。
ゴブリンキングの魔石は、通常のゴブリンのものより一回り大きく、禍々しい光を放っている
。彼が持っていた黒鉄の剣も鹵獲した。
これは頑丈そうだ。
ライカかマリンさんが使うのに丁度いいかもしれない。
そして、村の中でも比較的損傷の少なかった、石造りのしっかりした家を見つけ、そこを仮の宿と定めた。
埃っぽいが、壁も屋根もしっかりしている。
扉を閉めれば、夜風や魔物の侵入もある程度は防げるだろう。
交代で見張りを立てながら、一週間の逃避行で疲弊しきった体を、これでようやく本格的に休ませることができる。
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