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手紙

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

季節は巡り、ルアン村は、活気あふれる夏を迎えていた。


開墾された畑には作物が青々と茂り始め、ドリマ村の人々のための家々の建設も順調に進んでいる。


防御施設の工事も東側と西側に着手し、村全体が未来への希望を胸に汗を流す日々。


そんな真夏のさなか、俺は、日々の激務の合間を縫って、いつものように丘の上の日ノ本神社を訪れていた。


父さんたちとの会議で決まった方針は、村全体を突き動かし、活気と同時に、常に張り詰めたような緊張感ももたらしている。


この神社で一人静かに祈る時間は、俺にとって心を整え、思考を整理するための、なくてはならないひと時となっていた。


この日も、蝉の声が降り注ぐ社の前で手を合わせ、村の行く末、家族や仲間たちのこと、そして…心の大部分を占める蒼依の無事を祈っていた。


フレッド男爵からの更なる増税や、理不尽な命令がいつあるか分からない。


日に日に高まる脅威の中で、蒼依はどうしているだろうか。


俺と同じように、厳しい状況にいるのではないか…。


そんな不安が、祈りの中でどうしても頭をもたげる。


祈りを終え、ふと気配を感じて顔を上げると、すぐそばに、あの白い狐がいつの間にか座っていた。


夏の陽光を浴びて、その純白の毛並みは眩しいほどだ。


複数の尾、そして全てを見通すかのような黒い瞳。以前、不思議な鑑定の水晶を授けてくれた、謎めいた存在。


(また来てくれたのか…)


俺は、もはやこの狐をただの獣とは思っていなかった。


この神社に現れること、そしてあの水晶をくれたこと。


何か、人知を超えた存在であることは間違いない。


そして、なぜかこの狐を見ると、蒼依の面影が強く胸をよぎるのだ。


(この狐なら…もしかしたら…?)


突拍子もない考えが、俺の頭に浮かんだ。


この狐は、俺と蒼依の間で、何か特別な繋がりを持っているのではないか?


もしそうなら、この狐に伝言を託すことはできないだろうか?


馬鹿げているかもしれない。


だが、他に蒼依の安否を知る術がない今、試してみる価値はあるのではないか?


俺は意を決し、懐から羊皮紙の切れ端と炭の棒を取り出した。


そして、そこに、この世界で蒼依以外には読めないはずの文字で、祈るような気持ちでメッセージを記した。


『蒼依さん  南基 朱斗  元気です 』


短い言葉。


だが、俺の生存と、彼女を想う気持ちが、少しでも伝わればいい。


俺は、書き終えた羊皮紙を手に、ゆっくりと狐に近づいた。


狐は、逃げる素振りも見せず、ただ静かに俺を見つめている。


「…お願いがあるんだ」


俺は、しゃがみ込み、狐と目線を合わせるようにして、そっと羊皮紙を差し出した。


「これを…蒼依さんに、届けてくれないだろうか? もし、君が彼女を知っているなら…もし、届けられるのなら…」


言葉が通じるかは分からない。


それでも、必死の想いを込めて語りかけ、羊皮紙を狐の目の前の地面に置いた。


狐は、置かれた羊皮紙を一瞥し、次に俺の顔をじっと見つめた。


その黒い瞳の奥に、深い知性と、何かを理解したかのような光が宿ったように見えたのは、俺の願望だっただろうか。


やがて、狐は、迷いのない動きで羊皮紙を口に咥えた。


「!」


そして、俺に向かって、まるで「任せろ」とでも言うように、一度だけ小さく「コン」と鳴くと、次の瞬間には淡い光の粒子を残して、その姿は跡形もなく消え去っていた。


「…………」


あまりにもあっけない、しかしあまりにも確かな手応え。


俺は、狐が消えた空間を、しばらく呆然と見つめていた。


(…行った。持って行ってくれた…!)


本当に蒼依の元へ届くのか、それは分からない。


だが、あの狐は、確かに俺の願いを受け取ってくれた。


それだけで、胸の中に熱いものが込み上げてくる。


(蒼依…どうか、無事でいてくれ。そして、この手紙が、お前の元へ届きますように…)


俺は、社の前で再び深く頭を下げ、天に、あるいはこの不思議な縁を繋いでくれたかもしれない「神様」と「お狐様」に、ただひたすらに祈りを捧げた。


蒼依の無事と、いつか必ず再会できる日が来ることを。


淡い期待と、しかし確かな希望の光を胸に、俺は神社を後にした。やるべきことは山積みだ。


だが、今日、俺は未来へと繋がるかもしれない、小さな、しかし決定的な一歩を踏み出したのだ。


その事実が、俺に新たな勇気を与えてくれていた。





ロバを注文してから4日ほどが過ぎた、夏の盛りのことだった。


うだるような暑さが続く中、私はいつものように秘密の拠点で汗を流していた。


夜の鍛錬に加えて、昼間もマリンとライカの訓練に付き合い、自身の魔力制御や体力向上にも励んでいた。


屋敷での息苦しい生活から一時的に解放されるこの時間は、私にとって貴重なものだった。


その日も、薙刀の素振りを終え、木陰で伊奈帆と一息ついていると、不意に空間が揺らぎ、淡い光と共に伊奈帆が私の目の前に現れた。


彼の口には、小さな羊皮紙の巻物が咥えられている。


(伊奈帆…! また何か獲物を、ゴブリンの服の切れ端…? いや、これは…羊皮紙?)


以前、彼が珍しく大きな魔石を持ってきたことがあったが、今度は羊皮紙だ。


巻かれているそれは、古びていて、何かの一部のように見える。


(まさか、何か良くない知らせ…? どこかで争いでもあって、誰かの死を伝えるとか…例えば、ハイオークの襲撃とか…そんなものじゃないでしょうね…?)


胸がざわりと冷たくなる。


最悪の想像が頭をよぎる。


それでも、伊奈帆がわざわざ持ってきたのだ。


確かめないわけにはいかない。


伊奈帆は、私の足元にそっと羊皮紙を置くと、「コン」と鳴いて私を見上げた。


その瞳は、いつもと変わらず静かだが、どこか期待するような色を浮かべているようにも見える。


震える指で、羊皮紙を拾い上げ、ゆっくりと開く。そこに書かれていたのは…インクではない、炭で書かれたような、しかし見間違えるはずもない、懐かしい日本の文字だった。


『蒼依さん  南基 朱斗  元気です 』


「…………っ!?」


息が、止まった。視界が、一瞬にして歪む。


嘘だ。


信じられない。


これは、彼の…朱斗さんの字だ。朱斗さんが、生きている? しかも、元気だと…?


「あ…あ…」


声にならない声が漏れる。次の瞬間、堰を切ったように感情が爆発した。


「うわああああああああーーーーっ!!!」


私は、その場に膝から崩れ落ち、羊皮紙を胸に強く、強く抱きしめながら、声を上げて泣き叫んだ。


涙が、嗚咽が、止まらない。


これまでの孤独、絶望、怒り、恐怖、そして心の奥底にしまい込んでいた彼への想い、その全てがない混ぜになって、激流のように溢れ出す。


「生きてた…! 朱斗さんが、生きてた…! よかった…! 本当に、よかった…!!」


言葉にならない叫びと涙が、静かな森の奥に響き渡る。


どれほどの時間、私は泣き続けていただろうか。


地面に膝をつき、朱斗さんからの短いメッセージが書かれた羊皮紙を胸に抱きしめ、溢れる涙を止めることができなかった。


「元気です」…その短い言葉だけが、絶望に覆われていた私の世界に差し込んだ、あまりにも眩しい希望の光だった。


ようやく涙が少し収まり、顔を上げると、心配そうに私を覗き込んでいた伊奈帆の黒い瞳と視線が合った。


彼が、この奇跡を運んできてくれたのだ。


「伊奈帆…本当に、ありがとう…あなたのおかげよ…」


かすれた声で礼を言うと、伊奈帆は小さく「コン」と鳴き、まるで私の気持ちを理解しているかのように、そっと私の濡れた頬に鼻先を擦り寄せてきた。


その温かさが、また私の涙を誘った。


(返事を…書かなければ! 初めての…彼への返事を!)


そうだ、朱斗さんに伝えなければ。


私も生きていること、そして、必ず会いに行くということを!


伊奈帆が今ここにいるということは、彼を通じてなら、想いを届けられるかもしれない。


私は、まだ少し震える手で、急いで懐から羊皮紙と炭の棒を取り出した。


地面に羊皮紙を広げ、炭を握りしめる。何を書くべきか?


言いたいことは山ほどある。聞きたいことも山ほど。


でも、今は、私の無事と、決意を伝えるだけで十分だ。


無事に届く保証もない。


息を吸い込み、心を集中させる。


そして、一文字一文字、力を込めて、私と朱斗さんだけが理解できる文字を記していく。


『朱斗さん 蒼依です 会いに行きます 』


書き終えた短い返事を、私は破れないように丁寧に折り畳んだ。


そして、目の前で静かに待っている伊奈帆に向き直る。


「伊奈帆、お願い。これを、朱斗さんに届けて。私が必ず会いに行くって、伝えて欲しいの。お願い…必ず…! これは、私からのとても大切な手紙なのよ…!」


懇願するような私の声は、まだ涙で潤んでいた。


私は、その大切な返事を、伊奈帆の口元へとそっと差し出した。


伊奈帆は、私の目をじっと見つめ返した。


その瞳には、深い理解と、そして何かを約束するかのような強い光が宿っているように見えた。


彼は、差し出された羊皮紙を、傷つけないようにそっと、しかし確実に咥えると、もう一度だけ「コン」と短く鳴いた。


それは、確かに「任せろ」と聞こえた気がした。


そして、次の瞬間、伊奈帆の白い体は淡い光の粒子となり、風に溶けるように、私の前からふっと姿を消した。


「…………」


後に残されたのは、私一人。


手の中には、朱斗さんからのメッセージが書かれた羊皮紙の温もりだけが残っていた。


(…行った。届けてくれるはず…)


私は、伊奈帆が消えた空間を、そして彼がいつも見つめていた北の空を、じっと見上げた。


胸の中には、先ほどまでの激しい感情の波が嘘のように、静かで、しかし燃えるような決意が満ちていた。


会いに行く。


必ず。


そのために、私はここを出る。


二、三日後には、注文したロバが手に入る。


それが、私の自由への、そして朱斗さんとの再会への、本当の始まりの合図となるだろう。


私は、朱斗さんからの羊皮紙を大切に懐にしまい、固く拳を握りしめた。




あの日、お狐様に初めて手紙を託してから数日後。


相変わらず村の仕事と訓練に明け暮れていた俺は、その日も息抜きと報告を兼ねて、丘の上の神社を訪れていた。


空は高くどこまでも青く澄み渡り、真夏の日差しが力強く降り注いでいる。


神社の木陰が心地よい。


社の前で手を合わせ、いつものように村の安全と村のみんなの健康、そして蒼依の無事を祈る。どうか、俺の手紙が無事に届いていますように、と。


祈りを終え、顔を上げた、その時だった。


社の脇から、ふわりと白い影が現れた。お狐様だ。


前回と同じように、静かにこちらを見つめている。


そして、その口には、小さな羊皮紙の巻物が咥えられていた。


(まさか…返事…なのか!? 初めて出した手紙の…返事が!?)


前回と同じ衝撃と期待が、しかし今回はより強く、俺の胸を貫く。


お狐様は、俺の前まで静かに歩み寄ると、そっと羊皮紙を俺の足元に置いた。


そして、「コン」と小さく鳴き、期待するように俺を見上げる。


俺は、高鳴る心臓を抑えながら、震える指でその羊皮紙を拾い上げた。


炭の匂いが新しい。俺が書いたものではない。


(…蒼依からだ!)


確信があった。


ゆっくりと羊皮紙を開く。


そこに書かれていたのは、彼女の、力強くも優しい、見慣れた文字だった。


『朱斗さん 蒼依です 会いに行きます 』


「…………っ!!」 


息が、止まった。心臓が、喜びで張り裂けそうになる。


「蒼依…! 返事が…! 俺を…待ってる…いや、会いに来るって…!」


名前を呼ぶ声が震える。熱いものが目頭から込み上げてきて、視界が急速に歪んでいく。


「生きてた…! それだけで十分だって思ってたのに…返事が…! 会いに来るって…!」


次の瞬間、俺は、再びその場に膝から崩れ落ちていた。


涙が、後から後から溢れ出して止まらない。


嬉しくて、嬉しくて、どうしようもなかった。彼女も戦っている。


そして、俺に会うために、来てくれる…! それだけで、俺はなんだってできる気がした。


(思いが…確かに、繋がったんだ…!)


顔を上げると、お狐様が、変わらず俺をじっと見つめている。


(この狐は…お狐様は、俺たちの運命を繋いでくれている…!)


俺は、涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、お狐様に向かって深く、深く頭を下げた。


「ありがとう…! 本当に、ありがとう…! あなたのおかげだ…!」


俺が心からの感謝を伝えると、お狐様は、満足そうに小さく「コン」と鳴き、そして、ふっと淡い光と共にその姿をかき消した。


後に残されたのは、俺一人と、手に握りしめられた、蒼依からの、何物にも代えがたい宝物のような返信だけだった。


「会いに行く…か」


俺は、羊皮紙の文字を何度も何度も指でなぞりながら、その言葉を噛み締めた。彼女も、俺と同じように、この世界で戦い、生き抜いているのだ。


そして、俺に会うために、来てくれる…!


(待ってる。必ず、ここで待ってるからな、蒼依…! どんな困難があっても、お前を迎えられるように、俺はもっと強くならなきゃな!)


俺は、込み上げてくる喜びと、彼女への愛おしさ、そして必ず彼女を守り抜くという新たな決意を胸に、再び立ち上がった。


空はどこまでも青く澄み渡り、力強い夏の日差しが、まるで俺たちの未来を祝福しているかのようだった。


蒼依からの返信を、破れないように大切に懐にしまうと、俺は、これまで以上の力強さで、村へと続く道を歩き始めた。


守るべきものが、そして目指すべき希望が、より一層、明確になったのだから。

ご一読いただきありがとうございます!

思った以上に読んでくださる方がいて、とても嬉しいです。

もっと楽しんでもらえるように頑張りたいと思います。

今後の励みになりますのでもし「面白かった」「続きが読みたい」と思っていただけたら、 ページ下の【☆☆☆☆☆】からポイントを入れて応援してもらえると嬉しいです。


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