シュート ハイオークと対峙する
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季節は巡り、ルアン村にも本格的な初夏の陽気が訪れていた。
冬の厳しさを忘れさせるような暖かな日差しが降り注ぎ、開墾された東の畑は瑞々しいイモの葉で緑に染まり始めていた。
村の中では、ドリマ村の人々のための新しい家々が次々と形になり、北側と南側を固める防御施設も、空堀、土塁、そして虎口の構造がほぼ完成し、村の威容を誇示しているかのようだ。
村全体が、力強い生命力と、未来への希望に満ち溢れているように感じられた。
そんな活気ある日の午後、南の街道方面から、待ちわびた知らせが届いた。
「帰ってきたぞー!」
「ドリクさんたちが、馬車を連れて帰ってきた!」
村人たちが、わっと街道が見える場所へと駆け出す。
俺も、訓練仲間たちと一緒に、急いで南の虎口へ向かった。
そこには、誇らしげな表情のドリクさんとフージーさんが、立派な木製の荷馬車に乗って到着していた。
馬車は頑丈そうで、村の様々な用途に活躍してくれそうだ。
そして、その荷台には、これでもかとばかりに荷物が満載されている!
「おお! これは…!」
父さんをはじめ、村人たちが驚きの声を上げる。
荷台には、新しい鉄製の鍬や鋤などの農具、様々な種類の作物の種子、色とりどりの丈夫そうな布地、鍋や桶、縄などの生活雑貨が山積みになっている。
「村長! 皆さん! やりました!」
ドリクさんが、満面の笑みで報告する。
「オラライ殿からありがたく頂戴した資金と、我々がお預かりした魔石の売却代金で、この馬車本体を含めて、これだけの品物を揃えることができました!
オラライ殿には、街での商売の仕方や、品物の目利きについても、色々と『親切に』教えていただきましてな!」
ドリクさんは、オラライの名前を出す時に、意味ありげにニヤリと笑った。
どうやら、街でも相当「お世話」になったらしい。オラライさんに少し同情するが、自業自得だ。
「「うおおおおお!!!」」
村中に、地鳴りのような歓声が巻き起こった!
新しい馬車! 山のような物資!
それは、ルアン村が自分たちの力で未来を切り開いていくことの、力強い象徴に見えた。
誰もが荷物を降ろすのを手伝い、新しい道具を手に取って感嘆の声を上げ、しばし村はお祭り騒ぎのような喜びに包まれた。
しかし、その喜びも束の間だった。
荷解きが一段落し、皆が少し落ち着いたところで、ドリクさんが深刻な表情で口を開いた。
「村長、皆さん。喜んでいるところ申し訳ないのでが…フレッドの街で、良くない噂を耳にしてきました」
「良くない噂?」
父さんが眉をひそめる。
「はい。フレッド男爵領のいくつかの村が、最近、魔物にかなり激しく襲撃されたとのことです。
中には、壊滅的な被害を受けた村もあるとか…」
「なんだと!?」
「それだけではありません。他の領地でも、このところ魔物の活動が活発化し、被害が頻発していると…」
集会所の喜びの空気は、一瞬にして不安なそれに変わった。
「魔物が…活発化している?」
「どういうことだ…?」
「まさか、この村にもまた…」
村人たちの間に、動揺が広がる。
「そして…」
ドリクさんは、さらに声を潜めて続けた。
「領主様も、度重なる被害に、防衛費の増強を考えておられるとか…そうなると、我々への税も、さらに重くなるかもしれません…」
「税が…また上がるのか…」
「ただでさえ厳しいのに…」
「これからどうなるんだ…」
せっかく手に入れた希望に、冷や水を浴びせられたような重苦しい空気が漂い始める。
キィィィィィン! キィィィィィン! キィィィィィン!!
けたたましい警鐘が、初夏の穏やかな空気を引き裂いた。
北だ! 前回よりも明らかに切迫した響き!
「敵襲ーーーっ!! 北の森から、大規模な魔物の集団!!」
「数が多すぎる! 30…40…いや、50はいるぞ!!」
「ま、待て! あれは…ゴブリンやコボルドだけじゃない! オークだ! オークが4匹! しかも…でかい! ハイオークまでいる!!」
報告を聞いた瞬間、村全体が戦慄に包まれた。
オーク4匹、そしてその上位種であるハイオーク。
ゴブリンやコボルドが束になっても比較にならない、絶望的な戦力。
ドリマ村を滅ぼした時以上の悪夢が、今まさにルアン村に迫っていた。
「オークだと…? ハイオークまで…!?」
「嘘だろ…終わった…」
「壁は…持ちこたえられるのか…?」
恐怖と絶望が、人々の顔を覆う。
「うろたえるな!!」
父さんの雷鳴のような一喝が、恐怖に沈みかけた空気を打ち破る。
「壁がある! 我々はこの冬、地獄の淵から蘇った! あの悪夢を繰り返してたまるか! 全員、戦闘配置! 家族を守れ! 村を守るぞ!!」
父さんの言葉に、人々は恐怖を振り払い、あるいは恐怖に突き動かされるように、それぞれの持ち場へと殺到した。
弓兵は土塁の上へ、男たちは槍と斧を手に虎口と土塁の基部を固める。女子供は家の中へ。
俺も、心臓を鷲掴みにされたような恐怖を感じながら、仲間たちと共に北側土塁の後方へと走る。
隣には、顔面蒼白ながらも、瞳に決死の覚悟を宿したルカオン兄さん、シャナイア姉さん、ジャン、リリー、そしてブレディとキャシーがいる。
(オーク…ハイオーク…勝てるのか? いや、勝つしかないんだ! この村を、みんなを、守る!)
森の闇から、おぞましい軍勢が姿を現した。
先頭に立つのは、汚らしいゴブリンや素早いコボルド。
その後ろには、一回り体が大きく、より獰猛なホブゴブリンの姿も見える。
そして、その後方に、見るからに強靭な肉体を持つ緑色の巨人、オークが4匹。そのうちの1匹は、一際巨大で、禍々しいオーラを放つハイオーク。
そいつが巨大な棍棒を肩に担いで立っていた。総勢およそ50。絶望的な光景だ。
「グルルル…ギャアアア!」
号令があったのか、先頭のゴブリンとコボルドが、雄叫びを上げながら村に向かって突進を開始した!
だが、森と村の間には、俺が仕掛けた罠がある!
「ギャッ!?」
「ピギィッ!?」
先頭を走っていた数匹のゴブリンが、足元の地面が抜けて深い落とし穴に転落。
穴の底に仕掛けられた鋭い杭が、その体を貫く。
さらに、別の場所では、巧妙に仕掛けられた首括り罠が作動し、コボルドが逆さまに吊り上げられ、もがき苦しんでいる。
森の中に仕掛けた複数の罠が効果を発揮し、敵の先鋒の勢いを削ぎ、数を減らしていく。
しかし、ホブゴブリンや、後続のオーク、ハイオークは、罠にかかった仲間を気にも留めず、一直線に空堀へと迫る。
「来たぞ! 堀に落ちた奴、登ってくる奴を狙え! 射てぇっ!」
土塁の上から、ジョバンニさんたちの号令で矢が一斉に放たれる。
ヒュンヒュンと風を切る音と共に、矢が堀の中でもがくゴブリンや、斜面を登ろうとするホブゴブリンに突き刺さる!
「「『ストーンバレット』!」」
「「『ファイアボール』!」」
俺とルカオン兄さんの石礫、ジャンとブレディの火球も、土塁の上から援護射撃を行う。
堀の中が、阿鼻叫喚の地獄と化す。
ゴブリン、コボルド、ホブゴブリンといった下級・中級の魔物は、空堀と土塁、そして集中攻撃の前に、ほとんどが壁に到達することすらできずに数を減らしていった。
だが、問題はオークとハイオークだ!
「ブモォォォッ!!」
オークたちは、味方の死骸やもがく者たちを踏み越え、その膂力に物を言わせて空堀の斜面を強引に登り始めた。
降り注ぐ矢や石礫も、その分厚い皮膚と筋肉の前には、致命傷を与えるには至らない。
「まずい! オークが土塁に取り付くぞ!」
「集中攻撃! オークを落とせ!」
土塁の斜面をよじ登ってくる3匹のオーク! その巨体とパワーは、間近で見ると凄まじいプレッシャーだ。
「火で動きを止めろ! ジャン、ブレディ!」
「おう! 『ファイアストーム』!」
「『フレイムランス』!」
ジャンが広範囲を焼き尽くす炎の嵐を、ブレディが槍のような鋭い炎を放つ! 炎がオークの体を舐め、皮膚を焦がす!
「グオオオオ!」
オークが苦痛に吼えるが、それでも登ってくるのを止めない!
「弓兵! 目を狙え! 口の中だ!」
ジョバンニさんの指示! 矢がオークの弱点を狙うが、動き回る相手に当てるのは至難の業だ!
「『ロックランス』!」
「『アースウォール』!」
俺は鋭い岩の槍を生成してオークの胸を狙い、ルカオン兄さんはオークの足元に小さな土の壁を作り出して、その動きを阻害しようとする。
「グオッ!」
俺の『ロックランス』が一体のオークの肩に深々と突き刺さった!
バランスを崩し、斜面を転がり落ちていく。
「よし一体!」
だが、残りの二体は、炎で焼かれながらも、ついに土塁の上端に手をかけた。
「登ってきたぞ!」
「押し返せ!」
土塁の上で待ち構えていた父さんや村の男たちが、槍や斧でオークを突き、叩き落とそうとする。
激しい攻防が、土塁の頂上で繰り広げられる。
「ぐわっ!」
しかし、オークの振り回した棍棒が、盾ごと村の男を打ち砕き、その体は力なく土塁の内側へと転がり落ちた!
「マ、マルコ!」
仲間が殺されたことに激昂した別の男が槍で突っかかるが、オークの巨大な爪がその胸を引き裂いた!
「うああああっ!」
二人目の犠牲者! 土塁の上が、血と怒号で染まる!
その時だった。
後方に控えていたハイオークが、退屈したかのように、巨大な棍棒を振り上げ、地面の岩石を、棍棒でフルスイング!!
ゴォンッ!!
凄まじい轟音と共に、岩石やが砲弾のように土塁の上へと飛来した!
「危ないっ!!」
それは、土塁の上で弓を構えていた一人の男に直撃! 男は声もなく吹き飛び、その命は一瞬で奪われた。
三人目の犠牲者…! そして、その破片のいくつかが、近くにいたルカオン兄さんとシャナイア姉さんを襲った!
「ぐあっ!」
「きゃあっ!」
二人は、吹き飛ばされるように地面に叩きつけられ、手足から血を流し、激しい苦痛に呻いている。
骨は折れていないようだが、全身を強打され、手足はありえない方向に曲がっているように見え、明らかに大怪我だ!
「兄さん! 姉さん!!」
俺は目の前が真っ白になるのを感じた。仲間が殺され、そして何より、大切な兄と姉が目の前で…!
血の気が引くような恐怖と、内臓が煮えくり返るような激しい怒りが、同時に俺を襲う。
「よくも…よくも、僕の兄さんと姉さんを!!!!」
ブチッ。俺の中で、何かが決定的に切れる音がした。
恐怖も、計算も、何もかもが吹き飛んだ。
あるのは、ただ、目の前の敵への、燃え盛るような激しい怒りだけ。
(殺す…! あいつだけは、絶対に、俺が!!)
「うおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!」
俺は、自分でも信じられないほどの魔力が、体の奥底から、魂の叫びに応えるように湧き上がってくるのを感じた。
両手をハイオークに向ける。
全ての意識を、魔力を、怒りを、一点に集中させる!俺の目の前の空間が、バチバチと音を立てて歪む。
地面が震え、周囲の石や土が、俺の手元へと吸い寄せられるように集まっていく。
それらは、凄まじい魔力によって圧縮され、融合し、形を変えていく!
そして、顕現したのは、全長5メートルはあろうかという、禍々しい輝きを放つ、超巨大な岩の槍――『ストーンジャベリン』!!
「いっけえええええええええええっ!!!!」
俺の絶叫と共に、『ストーンジャベリン』が、音速を超えたかのような速度で、ハイオークに向かって射出された!
それは、勝ち誇ったように棍棒を振り上げようとしていた、まさにその瞬間だった。
ドゴォォォォォォォォォォォォン!!!!
空気を切り裂き、大地を揺るがすほどの、凄まじい破壊音。
『ストーンジャベリン』は、ハイオークの頑強な肉体を、まるで紙切れのように貫き、その巨大な体を、文字通り真っ二つに引き裂いた。
ハイオークは、断末魔の叫びを上げる間もなく、肉塊となって四散した。
「………………」
戦場が、再び静まり返った。
誰もが、目の前で起こった出来事を、信じられないものを見る目で見ていた。
土塁の上で戦っていた最後のオークも、主の壮絶な死と、俺から放たれる凄まじいプレッシャーに怯え、動きを止めている。
残っていた数匹のゴブリンやコボルドは、恐怖に駆られ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
それを追う者は、誰もいない。
最後のオークも、父さんたちによってすぐに討ち取られた。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
全魔力を使い果たした俺は、その場に膝をついた。体が鉛のように重い。視界がぐらつく。
だが、今はそれどころじゃない。
「兄さん! 姉さん!」
俺は、ふらつく足で、倒れている二人の元へ駆け寄った。
血の匂いが酷い。
二人の苦痛に歪んだ顔を見るのが辛い。
「しっかりして! 大丈夫だから! すぐに…!」
俺が声をかけると、隣からリリーが駆け寄ってきた。彼女も泣きそうな顔をしているが、その手は震えながらも、淡い光を帯びている。
「シュート君、どいて! 『ウォーターキュア』!」
リリーの手から溢れ出す清らかな水が、兄さんと姉さんの夥しい傷口を優しく洗い清めていく。
完全な治癒魔法ではないが、浄化と痛みの緩和、そして止血の効果があるのだろう。
彼女は、涙をこらえながら、必死に魔法をかけ続けている。
俺は、ただ二人のそばに膝をつき、その手を握りしめることしかできなかった。
怒りは消え去り、代わりに、ひどい虚脱感と、兄さん姉さんへの心配、そして守りきれなかった仲間への罪悪感が、冷たい空虚さとなって胸を満たしていた。
父さんや母さん、村人たちが集まってくる。
勝利の歓声は、どこか遠くに聞こえる。
だが、俺たちの周りには、重い沈黙と、倒れた仲間を悼む悲しみ、そして傷ついた者への心配が満ちていた。
ルアン村は、勝った。
オーク、ハイオークを含む大軍勢を退けた。それは奇跡的な勝利だ。
だが、失われた三つの命と、深く傷ついた兄さんと姉さん。その代償は、あまりにも大きく、そして重い。
その日の夕暮れ時、村の外れにあるささやかな墓地に、三つの新しい土饅頭が作られた。
ドリマ村から来た神官様が、
慣れないながらも弔いの言葉を捧げ、村人全員で彼らの冥福を祈った。
土をかける手は、誰もが重く、悲しみに震えていた。マルコは、いつも俺に気さくに話しかけてくれる、気のいい若者だった。他の二人も、顔見知りだった。
(こんな形で、別れることになるなんて…)
俺は、新しい墓の前で、強く拳を握りしめた。
(いつか、必ず。この村に、みんなの魂をちゃんと祀れる場所を作ろう。ただ土に埋めるだけじゃない。
この村を守ってくれた英雄として、ずっと感謝を伝えられるような…そうだ、神社のような場所を、いつか必ず…)
それは、固い決意として、俺の胸に深く刻まれた。
悲しみに沈んでばかりもいられないのが、この世界の現実だ。
葬儀が終わると、父さんの指示で、男たちは魔物の死骸の処理と、戦利品の回収に取り掛かった。
ゴブリンやコボルドの死骸はまとめて燃やした。
オークやハイオークは、貴重な素材の宝庫だった。
「よし、まずは魔石だ。オークやハイオークのものは、ゴブリンのとは比べ物にならんほど大きいはずだ。慎重に取り出せよ」
ジョバンニさんたちが、慣れた手つきで魔物の心臓部あたりを探り、鈍く光る魔石を取り出していく。
オークのものはピンポン玉くらいの大きさだが、ハイオークの残骸から見つかったものは、俺の拳ほどの大きさがあり、不気味なほどの魔力を放っているように感じられた。
「すげえ…こんなデカい魔石、初めて見たぜ…」
「これなら、かなりの値が付くんじゃないか?」
男たちの間から、驚きと少しの期待の声が上がる。
犠牲へのせめてもの報いだ。
さらに、オークの硬い皮や、鋭い牙、ハイオークの巨大な棍棒など、加工すれば武器や防具、道具の材料になりそうなものが、手際よく剥ぎ取られ、回収されていく。
これらの素材と魔石は、売れば村の貴重な収入源になるし、加工して使えば村の戦力や生活を向上させる助けになる。犠牲の対価として、無駄にはできない。
戦後処理が一段落し、夜の帳が下りる頃、ルアン村は深い疲労と、そして静かな決意に包まれていた。
俺たちは生き残った。
だが、多くのものを失い、傷ついた。
この苦い勝利を糧にして、俺たちは、それでも前を向いて生きていかなければならない。
防御施設の完成、食料の確保、そして、いつか来るかもしれない、さらなる脅威への備え。
やるべきことは、まだ山積みだ。
この勝利は、俺たちルアン村にとって、決して忘れられない、あまりにも苦い味を残すことになった。
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