ルアン村防衛拠点化始動②
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やがて、長く厳しい冬が終わりを告げ、村の周りを覆っていた分厚い雪がゆっくりと解け始めた。
大地が息を吹き返し、凍っていた小川からは雪解け水のせせらぎが聞こえ、日差しには確かな暖かさが感じられるようになった。
枯れ木ばかりだった森にも柔らかな緑の新芽が顔を出し、鳥たちのさえずりが空に響き渡る。
そんな生命力に満ちた春の息吹と共に、ルアン村の姿もまた、以前とは大きく変わり始めていた。
冬の間、村人総出で進められた防御施設の建設は、目覚ましい進捗を見せていた。
村の北側、魔の森との境界線と、南側の旧街道に面した部分には、既に大人の背丈をゆうに超える深さの『空堀』が、まるで大地に刻まれた巨大な傷跡のように延びていた。
堀底には、ジョバンニさんたちが指導して作った鋭い『乱杭』や『逆茂木』が覗き、容易な侵入を拒んでいる。
そして、その堀の内側には、掘り出した土と運び込んだ石、そして俺たちの『ダンテ石』を使って築かれた、見上げるような高さの『土塁』がそびえ立っていた。
特にダンテ石で基礎や要所を固めた部分は、素人目にも分かるほどの堅牢さを誇り、鈍い光を放っている。
土塁の高さは平均して4メートルを超え、厚みも十分。
頂上部には、まだ簡易的ではあるが、丸太を組んだ頑丈な『柵』が設置され始めており、村全体を囲む完全な壁となる日もそう遠くないことを感じさせた。
南側の街道に面した正門となる『虎口』も、その複雑な構造の基礎が形作られつつあった。
完璧ではない。
それでも、最も危険とされた北と南の守りがここまで形になったことは、村人たちの心に大きな安堵と、自分たちの力で未来を切り開けるという確かな自信をもたらしていた。
誰もが、日に日に堅固になっていく村の姿に、頼もしさと誇らしさを感じていたのだ。
土の匂いと新しい木の香りが混じる村の空気には、確かな希望が満ちていた。
そんな春の訪れを感じさせる柔らかな日差しの中、村が活気を取り戻し始めた、まさにその時だった。
キィィィン! キィィィン!
再び、見張り台から甲高い警鐘が鳴り響いた! 北だ! 魔の森の方角から!
「敵襲だ! 北の森から魔物だ!」
「数は10…いや、15はいるぞ!」
見張りの声に、村が一瞬で緊張に包まれる。
しかし、以前のような混乱はない。
冬の間の訓練と、そして目の前にある防御施設が、村人たちに冷静さを与えていた。
「よし! 全員、配置につけ! 北側土塁だ!」
父さんの号令が飛ぶ!
男たちは斧や槍を手に、女子供は安全な場所へ!
ジョバンニさんやケイトさんをはじめとする弓の射手は、素早く土塁の上へと駆け上がり、柵の隙間から眼下の森を睨む
。俺たち魔法を使える子供たちも、それぞれの持ち場へ急いだ。
やがて、森の中から、緑色の肌をしたゴブリンと、犬のような顔つきのコボルド、合わせて15匹ほどの群れが姿を現した。
前回よりも数は多いが、今の俺たちには、そびえ立つ土塁と深い空堀がある!
「ギャギャ!」 「グルル!」
奴らは、高い壁に一瞬戸惑ったような素振りを見せたが、すぐに本能的な飢えと凶暴性を取り戻し、土塁に向かって突進してきた!
「来たぞ! 落ち着いて引きつけろ!」
ジョバンニさんの声が響く。
敵は、まず目の前の空堀に到達する。
深さと傾斜に戸惑いながらも、数匹が勢いよく飛び降りる!
「ギャッ!?」 「グェッ!」
狙い通り! 堀
底に仕掛けられた鋭い乱杭が、飛び降りたゴブリンやコボルドの足や腹に突き刺さる!
激痛に叫び声を上げ、もがき苦しむ魔物たち。
後続の者たちは、それを見て躊躇し、堀の斜面を這い上がろうとするが、足場が悪く、思うように進めない。
「今だ! 射て!」
土塁の上から、矢の雨が降り注ぐ!
ジョバンニさん、ケイトさんの矢が、堀の中でもがく敵、斜面を登ろうとする敵の急所を正確に射抜いていく!
「ルカオン! シュート! 援護しろ!」
「「『ストーンバレット』!!」」
俺と兄さんの魔法が炸裂! 土塁の上から放たれる無数の石礫が、堀の中と斜面にいる敵に追い打ちをかける!
悲鳴を上げ、次々と動きを止める魔物たち!
だが、数匹のゴブリンと、身軽なコボルドが、味方の死体を踏み越え、土塁の斜面に取り付いた!
「登らせるな!」
「ジャン! ブレディ!」
「おうよ! 『ファイアボール』!」
「『ファイアアロー』!」
ジャンと、魔法に目覚めたばかりのブレディが、同時に火魔法を放つ! 大きな火球と、小さな火矢が、斜面を登ってくるゴブリンに直撃!
「ギィヤアアア!!」
炎に包まれ、黒焦げになって転がり落ちていくゴブリン! ブレディの魔法はまだ小さいが、ジャンの援護としては十分だ!
「キャシー! 風を!」
「はいっ! 『ウィンドカッター』!」
キャシーが小さな竜巻のような風の刃を放つ! それはコボルドの体を切り裂くには至らないが、その突風が敵のバランスを崩し、足を滑らせる!
「そこだ!」
父さんや他の男たちが、土塁の上から槍を突き下ろし、落下していくコボルドに止めを刺す!
シャナイア姉さんとリリーは、後方で待機しつつ、万が一、土塁を突破された場合に備え、水の壁や地面を凍らせる準備をしているようだ。
敵は、空堀と土塁、そして上からの攻撃に完全に翻弄されていた。
登ろうとすれば矢と魔法が降り注ぎ、堀の中でもがけば杭と石礫が襲う。突破口はどこにもない。
やがて、生き残った数匹のゴブリンとコボルドは、戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように森へと逃げ出した。
「逃がすな! 追撃!」
弓兵たちが、逃げる敵の背中にさらに矢を浴びせる!
そして、森の奥に最後の魔物の姿が消えた時、戦いは終わった。
土塁の上から、そして村の中から、わあああっと歓声が上がる!
「勝ったぞー!」
「やった! 一人も怪我なしか!」
「シュート様のお告げ通りだ!」
「この壁はすげえ!」
村人たちは、互いに肩を叩き合い、勝利を喜び合った。
顔には安堵と、そして自分たちの手で作り上げた防御施設への誇りが浮かんでいる。
前回とは違い、村人は誰一人として怪我を負っていない。完璧な勝利だ!
「…見事だったな、シュート」
父さんが、土塁の上から降りてきて、俺の頭をくしゃりと撫でた。
「お前の『お告げ』のおかげで、村は守られた。大したもんだ」
その言葉に、周りの大人たちも頷き、
「シュート様のおかげだ」
「神子様だ」
と口々に称賛の言葉をくれる。
少し照れくさいが、自分の知識が、そしてみんなの努力が形になって、実際に村を守れたという事実は、大きな達成感と喜びを俺に与えてくれた。
俺の村での信頼と期待は、この一件でさらに高まったようだ。
戦闘後、男たちは慎重に堀に降り、討ち取った魔物の死骸から『魔石』を回収した。
ゴブリンやコボルドのものは小さいが、それでも貴重な資源であり、換金すれば村の足しになる。これも大事な戦果だ。
この勝利は、ルアン村の住人たちに大きな自信を与えた。
そして、この堅固な守りがあれば、安心して未来への計画を進められるという確信も。
この勢いのまま、俺たちは、春の訪れと共に、村の未来を決める重要な会議へと臨むことになったのだ。
集まったのは、ルアン村の主な大人たちと、ドリマ村から来たドリクさんたち代表者だ。
集会所の中は、冬の間の共同作業で生まれた一体感と、春の訪れへの期待感で、以前とは違う熱気に満ちていた。
「皆、集まってくれて感謝する」
父さんが口火を切った。
「この冬は、ドリマ村の悲劇、そして我々自身の戦いと、厳しいものだった。
だが、皆の協力と、シュートの『お告げ』、そして子供たちの魔法の力のおかげで、こうして春を迎えることができた。
まずは、それに感謝したい」
集会所が、安堵と、しかし引き締まった空気で満たされる。
「だが、課題は山積みだ。
まず、食料だ。
正直、この冬は綱渡りだった。
ジョバンニたちの狩りと、シュートの知恵(罠)のおかげで何とかなったが、人口が増えた今、このままではいずれ立ち行かなくなる。
春になった今、最優先で取り組むべきは、食料の安定確保だ」
父さんの言葉に、皆が真剣な表情で頷く。
「ついては、東側の畑をさらに広げ、開墾を進めたい。
これは大変な作業になるが、村の総力を挙げて取り組む!」
「次に、ドリマ村のことだ」
父さんの視線が、ドリクさんたちに向けられる。
「先日、ジョバンニとドリク、数名の者で、危険を承知でドリマ村の様子を見に行ってもらった。
…報告を頼む」
ジョバンニさんが、厳しい表情で立ち上がった。
「…村は、酷い有り様だった。
家々は破壊され、略奪され尽くし、ゴブリンやコボルドの類が住み着いていた。
魔物の死骸も多く、衛生状態も最悪だ。
とても、人が住める状態ではない。
残念ながら、復興は…不可能と言わざるを得ない」
その報告に、ドリマ村の人々の顔が悲痛に歪む。
すすり泣く声も聞こえる。
分かっていたことかもしれないが、改めて突きつけられた現実はあまりにも重い。
「そうか…」
父さんは静かに頷き、集まった全員を見渡して続けた。
「ドリク、皆。辛い決断だが、ドリマ村への帰還は諦めざるを得ないだろう。
だが、君たちはもはや、他人ではない。
この厳しい冬を共に乗り越えた、我々ルアン村の大切な仲間であり、家族だ!」
そして、父さんは力強く宣言した。
「この村で、共に生きていこう!
そのために、家を建てる!
防御施設を作るために、北の森との間に緩衝地帯を作るべく伐採した木が大量にある。
あれを建築資材として、ドリマ村から来た全員分の新しい家を、この村の中に建設する!
みんなで力を合わせれば、必ずできるはずだ!」
「「おおっ!!」」
今度は、驚きと、そして深い感謝と喜びの声が、ルアン村とドリマ村、双方の村人から、嵐のように巻き起こった。
家を失い、未来が見えなかった避難民にとって、これ以上ない希望の光だ。
そして、ルアン村の住人にとっても、新たな仲間を正式に受け入れ、共に未来を築いていくという、村の新たな門出を意味する決断だった。
「ありがとうございます、村長! ありがとうございます、ルアン村の皆さん! この御恩は、決して忘れません…! 我々も、この村のために、命懸けで働きます!」
ドリクさんが、涙ながらに深く頭を下げる。
他のドリマ村の人々も、次々と感謝の言葉を述べ、集会所は感動と決意の空気に包まれた。
ひとしきり皆の興奮が収まったところで、父さんが新たな議題を切り出した。声のトーンが少しだけ低くなる。
「さて、皆。喜びに水を差すようで悪いが、考えておかねばならんことがある。…納税についてだ」
納税、という言葉に、集会所の空気が少し引き締まる。
「ご存知の通り、我々はフレッド男爵様に税を納めている。
これまでは、毎年、俺や村の代表者が直接、領都フレッドまで出向き、納めてきた。
お陰で、役人がわざわざこんな辺境の村まで来ることは滅多になかった」
父さんは、集会所の壁、そして外に見える土塁の方へ視線を向けた。
「だが、この防御施設だ。
もし、徴税官や役人の目に触れたらどうなるか?
我々が何か良からぬことを企んでいると疑われたり、あるいは、これだけのものを作れるほどの『力』があると見なされ、税を引き上げられたりするかもしれん。
それは避けたい」
(確かに…下手に目立つのは得策じゃない。
特に、魔法を使える子供たちがいることや、ダンテ石の技術は隠しておきたい情報だ)俺は内心で頷いた。
「何か良い手はないものか…」
村の古老が呟く。
「いっそ、ドリマ村の跡地に納税所のようなものを設けて、そこで役人と会うというのはどうだろうか?」
ドリクさんが提案する。
「うーむ、それも一案だが…かえって怪しまれんか? なぜ村の中に入れないのか、と」
父さんは腕を組む。
「やはり、これまで通り、こちらから領都へ出向くのが一番ではないか? 村の中を見られる機会を極力減らすのだ」
ジョバンニさんが言う。
「そうだな…」
父さんが頷く。
「それが最も確実だろう。
今後も、納税は必ずこちらから領都へ出向く。
そして、村の様子、特にこの防御施設や魔法のことについては、外部の者には極力知られないように、皆で注意を払う必要がある」
その方針に、皆が同意した。
「それに関連して、もう一つ」
父さんが続ける。
「春になれば、行商人のオラライ殿が、月に一度のペースで村に来るようになる。
彼には世話になっているが、村の変化を目の当たりにする最初の外部の人間になるだろう。
彼の口をどうするか…」
(オラライさんか…人の良い商人だけど、口が軽いところもあるかもしれない。彼から情報が漏れるのはまずいな…)
「脅したり、追い返したりするのは良くないでしょう。彼は貴重な交易相手ですから」
母さんが心配そうに言う。
「うむ。ここは、正直に、しかし上手く話すしかないかもしれんな」
父さんが顎に手をやる。
「例えば、『最近、森の魔物が凶暴化しており、やむを得ず村の皆で必死に柵を強化した。
ドリマ村の人々は、その手伝いに来てくれている親戚のようなものだ』…といった具合でどうだろうか?」
「なるほど…完全に嘘ではないが、核心は隠す、と」
ジョバンニさんが頷く。
「そして、オラライ殿には、これまで通り、いや、これまで以上に親切に接し、交易でも少し色を付けてやる。
その上で、村の事情を他言しないよう、やんわりと釘を刺しておく…というあたりが落とし所か」
皆、その案に納得したようだ。村の安全のためには、情報管理も重要になる。
「さて、議題はこれで終わり…」
父さんが締めくくろうとした時、俺は手を挙げた。
「父さん、村のみんな、お願いがあります」
視線が集まる。
「僕はまた、神様のお告げを聞いたんです」
「おお、シュート様! 今度は何ですかな?」
「神様は言っていました。『農民の子だからといって、学がなくて良い理由にはならない。文字を知り、数を理解することは、生きる力を強くする』って」
俺は、集まった大人たちと、壁際で聞いているであろう子供たちの顔を見ながら言った。
「この村には、僕たちや、ドリマ村から来た子たちも含めて、子供がたくさんいます。
これから村を発展させていくためにも、子供たちが文字の読み書きや計算を覚えることは、とても大事だと思うんです」
「学、か…我々には縁遠いものだが…」
「でも、シュート様のお告げなら…」
大人たちがざわめく中、俺は続けた。
「幸い、この村には、ドリマ村から来てくれた方の中に、神官様がいらっしゃいますよね?」
俺の視線の先にいた、少しやつれたが、知的な目をした中年の男性が、驚いたように顔を上げた。
彼はドリマ村で神に仕えていたが、今は他の避難民と同じように、日々の労働を手伝ってくれている。
「神官様なら、文字や数を教えることができるはずです。
どうか、子供たちのために、小さな教室を開いてもらえませんか?」
俺の提案に、神官は戸惑いながらも、やがて静かに、しかし力強く頷いた。
「…私のような者でよろしければ、喜んで。
知識を伝えることは、神に仕える者の務めでもありますから」
その言葉に、親たちからも
「ぜひお願いしたい!」
「うちの子にも!」
と賛同の声が次々と上がる。
「よし、分かった!」
父さんが、にっこりと笑って言った。
「教育も、村の未来のための大事な投資だ。
神官殿、どうか、子供たちを頼みます。
必要な道具などは、村でできる限り用意しよう」
「ははっ、ありがたき幸せ…」
神官は深く頭を下げた。
こうして、ルアン村は新たな段階へと進むことになった。
防御施設のさらなる建設、食料確保のための大規模な開墾、新しい住民のための家作り、そして未来への投資としての教育。
やるべきことは山積みだ。
だが、村には活気と、そして強い一体感が満ち溢れていた。
(防御、食料、住居、外交、教育…課題は多いし、複雑になってきた。
でも、人が増え、魔法を使える仲間も増えた。
神様のお告げ(という名の俺の知識)もある。
きっと乗り越えられるはずだ)
俺は、集会所の熱気を感じながら、決意を新たにした。
この村を、真の意味で安全で、豊かな場所にすること。
そして、その力を蓄え、いつか必ず蒼依を探し出すこと。俺の戦いは、まだ始まったばかりなのだ。
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