滅私奉公の刑、執行猶予まで残り7年
洗い物を終えてダイニングに戻ると、未來がテーブルに座って朝食を摂っていた。
ファッションについて詳しくないのでそれがトレンドなのかはよくわからないが、なんか夏を感じさせる私服に着替えている。どうやら出かけるらしいが生憎の雨模様だ、ついてないな。
雨女な妹を若干哀れみつつ、俺もテーブルに置かれた朝食にありつく為に未來の隣、空いている椅子に着席して両手を合わせて合掌からの一礼。
「いただきます」
それから黙々と互いに言葉を交わすことなく、食材を口へと次々放り込む。俺は基本的にあまり噛まないで料理を食べるので、未來がよく噛み咀嚼する傍ら爆速で皿を空にして再び合掌からの一礼。
「ごちそうさまでした」
空になった食器を手に取り流し台まで持っていく。我が家は食べ終えた食器は自分で洗うルールが設けられている。加えて食べ終えた食器をテーブルに放置しようものなら次の朝食や昼食夕食が出されない仕組みだ。
仕事が翌日休みでビールを飲んで酔っ払った父が空になった食器を放置してメシ抜きにされ、酒のつまみのあたりめで飢えを凌ぐ姿をよく目撃している。俺の眼前に父用の作り置きの朝食が置かれていたが、たぶんまた昼くらいまで寝てるんだろうな。だいたい土日休みだけど毎回昼くらいまで寝てるし。
母は近所のドラッグストアで薬剤師、父はなんかそこそこ有名な企業で毎日死んだ魚の眼で勤務している。
「技術が進歩しようが労働時間は減りやしない」と二週間に一回はボヤいているので、俺も将来こういう大人の仲間入りを果たすのかと考えると、自らの限られた時間と体力気力を捧げて働かなければならない大人って結構しんどいな。
まあ一応大学進学予定なので、労働で身も心もすり減らして眼も濁らせるかもしれない闇の将来に身を投じるまで、まだ十分猶予は残されている。将来の為にも日々を大事にほどよくダラダラして過ごそうと思う。
そんな雑な将来設計を練りながら食器を洗い終えた俺は歯を磨きに洗面台へ。未來による占領から解放された空間を伸び伸びと使い歯のブラッシングを完遂させる。
さてと、そうしたら課題もサクッと終わらせてしまおう。階段を昇って自室に戻り、通学用に使用しているリュックの中身をガサゴソと漁る。えーっと、確か課題が出てたの数学と英語だっけか。
今じゃ世界各国の言語を瞬時に翻訳出来る機能が標準搭載のスマホをほぼ全人類が持っている現代において、はたして他国の言語を学ぶ必要はあるのかという疑問はあるけども。
あと数学な、因数分解とか√とかどこで使うんだ。街中で使ってる人見かけた事ないぞ。それより道路交通法とかその辺り教えた方がいいだろ。自転車で逆走して警察官に罰金支払ってる大人よく見るぞ?昔はなんか違ったらしいけど。
課せられた課題に対して別方向の疑問を抱きつつも、数学の問題集と英文法のプリントを片付けた俺は大きく伸びをする。さてと、やることやったしLDDやるかな。
解き終えた課題と筆記用具をリュックに仕舞い、戸棚に片付けたVRヘッドセットを装着してベッドに寝転び、仮想空間へダイブするのだった。