圧倒劇
それから素材を確保したミサさんはリペアドランの背中から跳躍し、空中で身を翻しながら洞窟の天井を両脚で踏み締め、重力を従えながら竜の頭蓋へ引き絞った右拳を振り下ろした。
まるで隕石が落下したかのような凄まじい衝撃音が炸裂し、極彩色の竜は全身から力が抜け落ちその巨体が地面へと雪崩込んだ。
「暫く眠りなさい」
衝撃と共に巻き起こった砂埃を裏拳で一掃し、颯爽と来た道を引き返す彼女の姿に俺は圧倒的な力を従え蹂躙する姿に恐怖の感情と覚えると同時に、かつて幼少の頃に抱いた感情が胸中に蘇る。
その感情の名は羨望、または憧憬。現実と虚構の区別がまだまともにつかなかった幼少期、画面の向こう側で巨大な怪物に立ち向かい、今眼前に広がる光景と同じように圧倒してみせたとある女優が演じた登場人物の後ろ姿に目と心を奪われ、何度も何度も見返した当時の懐かしい感覚が鮮明に思い起こされる。
「あら、まだ居らしたのね」
目的を達成したミサさんが道を引き返して来たが、ピタリと眼前で立ち止まり声を掛けてくる。まるで先程の激しい一方的な圧倒劇などなかったかのような平然とした佇まいであり、ほんの一瞬狂気が垣間見えた笑みを浮かべていた同一人物なのかと我が眼を疑う。切り替えが恐ろしく早い。
「それとも私のファンだったかしら?……そうね、握手であればして差し上げもよくてよ?」
スッとミサさんから差し出される右手に「いや実は逃げるタイミングを見失っただけで……」とは言い出しにくい雰囲気だったので、俺も右手を差し出して握手を交わした。
「えっと、ありがとうございました。いきなりドラゴンと遭遇して戸惑っていたんですけど助かりました」
「礼には及びませんわ、私が勝手に成した事ですもの。それより貴方はどうしてこの洞窟に居らして?見たところ、単独行動のようだけれど」
「エリクシードの採集クエストの高額報酬目当てで来ました。採集クエストなので一人でも問題ないかなと思いまして。いや実際はドラゴン登場という問題が発生したんですけども」
「リペアドランの事ね。あれはエリクシードを餌として生きる個体でこの近辺ではよく目撃されていましてよ」
成程、採集クエストなのに難易度がBに設定されてたのはそれが理由なのだろうか?
いきなりこんなダンプカーみたいに巨大な竜が出てくるなら中級者じゃないと無理だよな。……いや中級者でも無理じゃないか?フルパーティ組んでようやくとかそういう雰囲気のあったモンスターだと思うんだけど、なんで単騎無双出来てしまっているんだこの人……。




