会敵
それから坑道を奥深くまで進むも、岩壁で樹の枝を見つけられても肝心の実がついていなかったったり、何かに齧られたような痕がついていたりなどで納品出来そうなエリクシードを見つける事が出来なかった。
抜群のスタートダッシュから躓き続けて長丁場になりそうな様相を呈している。このままズルズルと悪い流れを引きずるのは避けたいと思いつつも、乱数は対策のしようがないのであるがままを受け入れるしかない。
ステータスの幸運を上げたらドロップ率が上昇したり良乱数を引きやすくなるのではないかと考えつつ、分岐となった開けた空間まで戻ってくる。さて、次は左の坑道だな。
左の坑道に進もうとした直後、遠方から何者かの足音が聞こえてきた。
洞窟内に反響する規則的な音は徐々にこちらへと近づいて来ている。もし同じクエストを受注しているプレイヤーだとしたらエリクシードの争奪戦になるのは必須。そうなる前に目標数を確保しないと。
やや駆け足気味に左の坑道を進んでいくと、早速エリクシードが実っている枝を発見。今度は失敗しないよう細心の注意を払いながらブロンズソードで枝から実を切り離す。……よし、今度は問題なく採取出来たぞ。
ステートウォッチに入手した完品のエリクシードをかざして亜空間箱に収納すると、目標個数のカウントが進むのを確認、これで残り4個。どんどん行こう。
先程までの苦戦が嘘のようにトントン拍子で枝を見つけてはエリクシードを採取してあっという間に4個確保。しかし左の坑道はもう間もなく洞窟の最奥に到達するので、そこで見つけられなかったらエリクシードがリポップするのを待たなければならない。どの程度の間隔でリポップするのか不明なので、出来ればこの勢いのまま決めておきたい。
逸る気持ちを抑えきれずにダッシュで洞窟深部へ向かおうとした、その瞬間だった。
「――――ッ!!?」
洞窟の最奥、突き当りであるはずの前方から突如、謎の突風が全身を襲う。予期せぬ暴風に対して武器を手に取り身構える。なんだ、この先に何かがいる。
洞窟内部で風が発生するのであれば爆破による爆風などが想定されるが、風が迫りくるまで破砕音も爆破音も聞こえなかった。となると、先程の突風をもたらした存在は何か。
思考を巡らせ解を導き出すよりも先に、その存在は眼前に正体を示す――――。
「…………………グルルル」
「――ドラ、ゴン……!?」
この世のものとは思えない程に綺羅びやか七色の鱗に覆われ、頭部には二本の立派な剛角を生やし、薄暗い洞窟内部を燦々と照らす輝く極彩色の大翼を広げ、地を這うような低い唸り声を鳴らす巨大な怪物が姿を現す。
会敵しても極彩色のドラゴンからヘイトが向けられているようには感じない、というか全く意に介しているそぶりがない。下手に攻撃を仕掛けようものなら無駄にヘイトを買うだけな気がする。
――――どうする?
エリクシードを齧ったような痕跡が残っていた時点で警戒しておくべきだった。エリクシードを餌にするモンスターがいる可能性を。
――――立ち向かう?
この狭い洞窟内部での戦闘は得策ではない。眼前に居る巨大なドラゴンが暴れようならあっという間に体当たりをくらい壁のシミになる未来しか見えない。
もしくは角か鋭い爪で串刺しか、それともペロリと胃袋の中か。
――――引き返す?
このドラゴンが討伐すべきボスモンスターであるならば、一般的なボス戦で背を向けて一目散に逃げるのは背後からの強襲を考慮するとハイリスク、愚策だ。
けれどヘイトが向けられていない上に即攻撃を仕掛けてこないのであれば逃走が成功する目算が高い。現に眼前のドラゴンはこちらに興味を示していない。
ならばここは引き返すべきだろう。目標個数には届いてはいないが、下手にヘイトを買ってせっかく修理した鎧を他の防具含めて一撃で粉砕してきそうなドラゴンと戦うのはハイリスクでしかない。
「――――あら、先客がいるのね」
しかし数刻の逡巡から撤退を選んだ俺の背後から飛んできた女性プレイヤーの声が、引き下がろうとする脚をその場に縫い留めるのだった。




