熱暴走に御用心
「戻っ――アセリア!?」
「おわっと!?」
それから暫くしてソーマが両手にドリンクとチュロスっぽいデザートを手に取り戻ってきたのだが、力なく座っているアセリアさんを見て狼狽。
俺はソーマが落としかけたドリンクとチュロスを慌てて掴み、惨事を回避。
「従機士の仕様がよくわからないからなんとも言えないんだけど、席に着いてからずっとこんな感じなんだ」
「あとなんかすっげぇ熱い!」
「超過駆動による熱暴走か……!回復魔法で対応……いけるか?」
ソーマは腰のカバンから本を取り出してページを開き、右手をかざした。
すると本から光が溢れ出し、循環する球状となった光の奔流がソーマの右手に宿る。
「『キュア』!」
掛け声と共に放たれたおそらく回復魔法であろう光球はそのまま力なく座すアセリアさんに接触し、彼女の全身を優しく包み込む。
「………………マスター……?」
どうやら回復魔法が効いたらしく、苦悶の表情から持ち直したアセリアさんは眼前に立つ主人の存在に気がついた。
「ッ!すまないアセリア、無理をさせた」
「……、これに凝りたら次から気をつけなさいよね」
「ああ」
「とりあえず大丈夫そうか?」
「おそらく、な。念の為もう一度回復魔法をかけておく『キュア』!」
回復魔法を再び発動するソーマを見守っていると、場内の証明が突然落ちた。
『—―――レディース・アンド・ジェントルメン!!ただ今を持ちましてインターバルの終了をお知らせ致します!!』
四方から実況者の声が場内を反響すると同時に、周囲に座る観客のボルテージが一気に最高潮まで跳ね上がる。
『待ってましたァ!!』
『勝ってくれー!【拳鬼婦人】!!』
『ミサ様ー!!』
『【紳士槍兵】!!全財産ツッパしたんだ負けるんじゃねーぞ!!』
『ウルスさん頑張ってー!!』
鳴り響く指笛と氾濫する歓声と拍手喝采は留まるところを知らず、もはや耳が痛いレベルだ。
「ちょっとうるさすぎる……!ミュート機能とかねぇかなぁ!?」
「耳抑えたらなんとかなるんじゃね?あ、ソーマこれ飲み物とデザート」
「すまない、助かった」
咄嗟に掴んでそのままだった飲み物とチュロスっぽいデザートをソーマに返す。
受け取ったソーマはそれをそのままアセリアさんに手渡していた。
「シキお前天才かよ!?静かになった!!」
「マジでか」
隣に座るモリーが両耳を塞いで嬉々として報告してきた。
いやいや適当に言っただけなのにそんなんで聴こえる爆音が…………本当に静かになった、だと……?
耳を塞ぐモリーの真似をして俺も両耳を抑えてみると、驚くべき事に周囲の喧騒が嘘のようにみるみる聴こえなくなっていく。
なんだこれどうなっているんだ?プレイヤーが耳を塞ぐモーションを取るとゲーム内の音量が自動で調整されるようになっているのか?
恐る恐る両耳に覆い被せた手を離すと、鼓膜には再び爆音が届き始めた。原理はよくわからないが、とにかく耳を塞ぐと音量の調節機能が自動で働くらしい。
とはいえ、完全に耳を塞ぐとほぼミュートに近い状態になるので周囲の状況が何も把握出来なくなるから使い方としてはだいぶ限定的だな。観戦時で今みたいにうるさすぎる時に使うくらいだろうか?
【従機士の小話】
従機士は見た目は人族をベースに亜人族の身体的特徴を備えた人造的に生み出された存在です。
開発にはゴルドノアが深く関わっており、ルーシッドに存在する従機士はすべてゴルドノアの名の下に製造を行っています。
従う機械の戦士の略称で従機士なので、従機士の身体はすべて機械で構成されています。
今回アセリアは長時間の移動により、体内にある従機士の動力源である『機械魔臓』が過負荷状態になり、従機士固有の異常状態である『熱暴走』となってしまいました。
自然放置でも内蔵された冷却機能により勝手に回復する仕組みではありますが、一定時間従機士が行動不能となる為、いますぐ状態異常を治したい場合は今回のように回復魔法、もしくは魔力を回復させるアイテムを従機士に与える必要があります。
従機士には体力ゲージやスタミナゲージが存在せず魔力で稼働し、魔力が枯渇すると行動不能に陥ります。
そのため回復魔法も体力を回復しているのではなく、回復魔法に含まれるマナを『機械魔臓』が吸収することで、熱暴走を緩和しています。
従機士はルーシッドの大気中に存在する微量のマナを呼吸と共に吸収している為、戦闘後や長時間の稼働後もしばらくすれば自動で魔力(MP)が回復するのですが、今回は稼働させすぎだ事で魔力吸収が追いつかなかったので熱暴走してしまいました。




