紳士槍兵
私の名前はジレン――、というのはこの世界における仮の名前だ。
本名は寿錬司。仕事終わりにバッティングセンター通いとVRゲームをプレイすることを趣味とする、対人戦に少し心得のある何の変哲もない社会人である。
現在LDDの闘技場内に用意されている選手控室で、これから行われる決勝戦の対戦相手である女性のプレイヤー達と私を含めた三名が一堂に介していた。
「こうして会うのは初めてですね、アリエス杯での活躍は聞き及んでます。私はウルス、握手してもらっていいですか?」
「ええ、よろしくてよ。私の名はミサですわ」
「他人から聞いた話なんですけど、あの鬼琉コーポレーションの珠沙様って本当ですか?」
「事実よ。自ら公言しているから隠すつもりは毛頭ないのだけれど、プレイヤーの個人情報を探るのは無礼でなくて?【紫電のフェンサー】さん?」
「わあああああ!?その現役時代の絶妙にダサい異名嫌いなのになんで知っとーと!?てか私もリアバレ!?ナンデ!?」
「あらごめんあそばせ。貴女の試合中の立ち姿があまりにも似通っていたものだからつい」
ボディラインの出た黒を基調とした赤いラインが混じるバトルスーツの様な防具を纏った女性と、そんな彼女とは対照的に頭から爪先まで全身を鎧で隠した女性が雑談に花を咲かせている。
その光景を視界の端に捉えつつ、精神統一を図る為に昔からのクセである指回しを取り組んではや10分。
そろそろ試合開始時間だ、対戦が行われるステージへと向かおうと座していた椅子から立ち上がり、部屋を後にする。
決して二人の会話に混ざる余地がなく、気まずい雰囲気から逃れる為ではないとだけは伝えておきたい。
メインステージへと続く薄暗い通路を進んでいると、背後から駆け寄る足音と金属が擦れ合うような音が鼓膜を揺らした。
「相変わらずつれない人ですねジレンさん、挨拶の一つもないなんて」
投げかけられた会話に振り向くと、そこには全身鎧のウルスさんが立っていた。そのやや離れた背後には、ミサと名乗った女性のプレイヤーが悠然と品のある所作で静かに歩を進めている。
そんな彼女と視線が交差する。こちらに気づいて微笑む彼女に対し、私も社会人生活で新たに身に着けた営業スマイルで返した。
「これから嫌と言うほど語り合うのですから言葉は不要かと」
「ジレンさんってピンとした立ち姿と装備から【紳士槍兵】なんて言われてますけど全然紳士じゃないですよね」
「別に私は紳士キャラを模倣しているつもりはないのですが……。姿勢の良さは昔取った杵柄です、染み付いた癖というのは中々抜けないものですね」
幼少期の頃から新体操を嗜んでいた私は師から「新体操は魅せる競技、常に姿勢を意識して生活をしなさい」と言われ、愚直にその教えを守り続けていた。
そのお陰もあって学生時代や会社員になってからも、行く先々で姿勢の良さを褒められたものだ。背骨が曲がり切るような齢になるまでは、継続していきたいものである。
「そういえばあの傘みたいなユニーク武器、どこで入手したんですか?」
「アン・ブレラの事ですか?私に勝てたら教えてあげますよ」
「言質取りましたからね!……あ、タウルス杯の時みたいに忽然と姿を消すのはナシですよ?」
「善処しましょう」
ウルスさんとは先月行われたタウルス杯にて知り合ったのだが、その日は試合中に急な仕事の呼び出しがあり、途中棄権していた為彼女とは最後まで戦うことが出来なかった。今回は最後まで戦える事を祈るばかりである。




