触らぬチビに祟りなし
「……やれやれ、頭は相変わらず人使いが荒いんだよなぁ」
「ッ!」
突如、大通りからボヤきながら人気の少ない路地裏である此方へと近づいてくる小柄な男が一人、キョロキョロと周囲を見渡しながら周辺を捜索している。
それを見たパトロは右手で口元の前で人差し指を立て「音を立てないように」というジェスチャーをし、左手で前進するようにというハンドサインを出す。その指示に対して無言のまま頷く。外套の認識阻害効果がちゃんと機能しているようで、男は俺達の存在には気がついていないようだ。
「はー、早く昇進してぇなぁ。なーんかデカい手柄でも立てられたらいいんだけどなぁ。それか上の人みーんなパクられたら役職空くんだけどなー」
認識阻害効果があるとはいえ、パトロの指示から察するに音まではあまり誤魔化せなさそうなので、極力足音を立てないように注意して前進する。誰にも見られていないと思い込んでいるからか、なかなかにぶっ飛んだ愚痴をこぼしながら男とすれ違う。
いかにも下っ端、といった感じの装いである。白いよれたスーツ姿で、胸元には組織に属しているのを示す証か何かか、金属製の小さなブローチがついていた。右手をポケットに突っ込み、左手にはメリケンサックのようなモノが握られている。メリケンサック、武器としてあるのか……。
それから男に気付かれる事もなく、危なげなくやり過ごして俺達一行は大通りへと出る。大通りに出ても周囲から視線を向けられることはなく、引き続き認識阻害は有効のようだ。そしてすぐに目に飛び込んできた光景は、それはもう酷かった。
地面は至る所がボコボコで、なんなら今出てきた路地裏より荒れている。なんらかの破片と思しき欠片が散乱しており、よくよく辺りを観察すると周囲の建物の外壁の一部だというのがわかった。その建物の外壁には人が突っ込んだような大穴が空いており、おそらく盛大な喧嘩でもあったのだろう。
「――っ、いってぇなぁ、邪魔だ!どけやチビ!!」
「ああン!?誰が豆粒ドチビだゴラァ!!?」
「ぐおッ!?んだこのチビ!?なんつー怪り――ぐあああ!??」
喧騒の声が本当に途絶えない大通りでまたもや喧嘩の気配。小人族で黒いスーツを着た男が、絡んできた頭に黄色いバンダナを巻いた巨人族の男の脚を摑んで持ち上げ、思いっきりぶん投げる姿が視界に映った。
「きゃあっ!?」
「うおっ!?」
「ぐはっ!!?」
放り投げられた巨人族の男は離れた所を歩いていた通行人の頭上を越えて飛んでいき、不様にも背中から地面へロクな受け身も取れずに落下した。巨体が墜落した衝撃で地面が揺れる。その余波で、穴の空いていた建物の外壁がガラガラと音を立てて完全に崩壊する。
「ハッ!!図体がデケェだけの『ティタンズ』のカスがイキってんじゃねぇよ!!磨り潰されて土竜の餌になりたくなきゃとっとと失せな!!」
黒いスーツの小人族は、投げ飛ばした巨人族の男に中指を立てて煽り散らかすも、巨人族の男は打ちどころが悪かったのか、ピクリとも動かない。
「く、黒いスーツの小人族で規格外の怪力……!『リリパット』のヴィヒテルだ!?」
「ヒィっ!?」
通行人はそれを見るなり血相を変え、来た道を引き返して蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ出した。どうやらこの地下街でも有名な危険人物のようだ。小人族はゲーム的には補助魔法が得意な種族なのに、怪力で噂になるなら物理特化なのだろうか。




